第96話:覚悟
カーネルの街でみんなとジェシカを引き合わせてからも。俺は
みんなの想いを無視しないために。戦い続けるだけじゃダメだってことは何となく解る。
どうすれば良いか、自分の頭で考えるけど。考えるために立ち止まることが正解とは思わない。
みんなとの関わりの中で何を感じて、俺が何をしたいのか。一つ一つじっくり考えて、答えを見つけるしかない。直ぐに答えが出るなら、とうに出ているからな。
夏休み前の最後の1週間。俺は学院の授業を全部サボって、『魔神の牢獄』に挑み続けた。
階層ごとに1,000体を超える
階層が深くなる度に、偽神は強くなって行く。
俺は延々と戦い続けて、ついに最下層に辿り着いた。
最下層に出現するのは『混沌の魔神』。
1,000体を超える異形の魔神たちが、広大な空間を埋め尽くす。
『混沌の魔神』が放つ渦巻く『混沌の魔力』は、全てを飲み込んで消滅させるし。魔力を凝縮した『混沌の大剣』は、一撃で俺のHPの8割を削る威力だ。
だけど俺も強くなっている。削られる度に『
異形の魔神たちを次々と魔石に変えながら、戦いに集中する。
そして全ての『混沌の魔神』を殲滅したとき。天井から膨大な魔力の塊が堕ちてきた。
魔力の塊の中から現れたのは、黒髪と黒い瞳の男だ。悪魔のように整った顔以外は、普通の人間のように見える。
だけどこいつの強さは『混沌の魔神』と文字通り桁違いだ。
『魔神の王』というシンプルな名前の『魔神の牢獄』のラスボス。攻撃もシンプルで、武器は漆黒の大剣だけだ。だけど威力と速度が尋常じゃない。
こいつの攻撃が直撃すれば、俺のHPでも余裕でオーバーキル。それを音速の何倍あるかって速度で、絶え間なく放ち続ける。
グレイとセレナと一緒に攻略したときは、無言の意思疎通で攻撃役と盾役を交代しながら戦った。
だけど今の俺はソロだから。単純に俺の方が強くないと、こいつに勝てない。
短距離転移を繰り返しながら、2本の剣で『魔神の王』の無数の斬撃を受け流す。こいつの方がスピードが速いから、回避するのは不可能だ。
俺は防戦一方の中で、勝ち筋を探ろうと集中する。
俺が短距離転移した直後。『魔神の王』が俺の方に向き直るときに、僅かな隙が生まれる。
俺はその瞬間を狙い。ダメージを受けることは覚悟の上で。奴の攻撃をギリギリで躱しながら、同時に2本の剣を叩き込んだ。
『魔神の王』の攻撃は直撃した訳じゃないのに、『絶対防壁』を貫通して俺のHPを削る。だけど奴にもダメージが入った。
俺は短距離転移して『絶対防壁』と『
ダメージ覚悟の攻撃を繰り返す度。少しづつ俺が削られるHPが減って、『魔神の王』に入るダメージが増えていく。
ギリギリの戦いを続けることで。この瞬間も俺は確実に強くなっている。
あとは俺の集中力とMPが持つかだ。こいつを倒した先にあるモノ。それだけを求めて、俺は戦い続けた――
どれくらい時間が経ったのか解らない。エフェクトと共に『魔神の王』が消滅して、巨大な魔石だけが残る。
俺のMPが残り2割を切るなんて。グレイとセレナに、魔力操作の基本を叩き込まれたとき以来だな。
「やった……この感じ、最高だよな!」
他に誰もいなくなった『魔神の牢獄』の最下層で。俺は思わず呟く。
だけどこれで終わりじゃない。
最難関ダンジョンは、すでに発見されているだけでもまだ5ヵ所あるし。この世界には、俺より強い奴なんて幾らでもいるからな。
それでも今日だけは、満足して眠れるだろう。
俺はラスボスを倒した後に出現する転移ポイントを使って、地上に戻った。
※ ※ ※ ※
結局。俺は一学期の終業式に出ることもなく、夏休みを迎えた。
後で確認したところ『魔神の王』と24時間近く戦っていたから。終業式に間に合わなかったんだよ。
まあ、こうなることは予想していたからな。エリスをグランブレイド帝国に連れて行く件については、事前に打ち合わせしたから問題ない。
夏休みの初日。俺は約束通りに、待ち合わせ場所の学院の正門に向かった。
「アリウス、1週間ぶりね」
ノーコーンが引く王家の大型馬車の前で。エリスが待っていた。
これから馬車の旅に出るから、エリスは旅行用のシンプルな服を着ている。
シャツにズボンという男装のような格好は、モデルのような体型のエリスに良く似合っている。
「姉上には馬車の外で待つ必要はないって言ったんだけど。どうしても聞いてくれなくてね」
エリクが苦笑する。今回、グランブレイド帝国までエリスを連れて行く責任者はエリクで。ヨルダン公爵の襲撃のときと同じように、エリクの騎士たちと諜報部の連中が護衛につく。
「エリス殿下は何を着ても似合うから、羨ましいですよ」
ミリアが不満そうな顔をする。
「わ、私まで……ほ、本当に一緒に行って良いんですか?」
ノエルは緊張している。
「エリス殿下。細々としたことは私に任せてください」
当然のように申し出たのはソフィアだ。
「私もエリス殿下のお役に立てるように頑張りますわ」
それに続くのはサーシャ。
「姉上、俺も自分の役割を果たすぜ」
最後を締め括ったのはジーク。今回ジークは5人の騎士を連れていて。そのうち3人はエリクの配下と一緒に、外で護衛をする。
「みんな、私に付き合わせて悪いわね。だけど私に気を遣わないで、帝国への旅を楽しんでくれると嬉しいわ」
「そうだね。姉上の件は、僕とアリウスが対処するから」
どうせ帝国まで行くならと。エリクがみんなを旅行に誘った。
まあ、エリクが何か企んでいることは解っているけど。
ちなみにバーンは帝国で用があるからと。終業式を待たずに1足先に帰国している。
「ねえ、アリウス。貴方のことを疑うつもりはないけど。本気なのよね?」
エリスが念を押す。
「ああ、勿論だよ。だけど、あくまでも
「それは解っているわよ。だけど――」
エリスは満面の笑みを浮かべる。
「もう一度お礼を言わせて。アリウス、ありがとう。私のために
エリスとグランブレイド帝国の皇太子の婚約を解消するために。今回、俺はエリスを奪う恋人のフリをすることになった。
これはエリクの案だけど、俺は了承済みだ。あくまでもフリだからな。
俺がエリスの恋人役をすることを話したとき。ミリア、ソフィア、ノエルの3人は最初唖然としたけど。キチンと説明したら解ってくれた。イマイチ納得してないみたいだけどな。
「エリス、礼を言うのは成功してからだ。婚約解消を申し出ても、帝国側が承諾するとは限らないだろう」
向こうは面子を潰される訳だからな。承諾するにしても、何か条件を付けて来る可能性が高い。
まあ、その辺りの対処はエリクの役目だけど。俺もできることはするつもりだ。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:2,822
HP:29,634
MP:45,186
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