第86話:カウンター


 その日の夜。俺は馬車を降りると、エリスをエスコートして洒落た感じの店に入った。


 魔導具を使った青い光に照らし出される店内。天井の高いホールでは、ミニオーケストラが音楽を奏でて。着飾った男女が曲に合わせて踊っている。


 これは後で聞いた話だけど。エリクが予約したこの店は、今王都の若い貴族たちの間で一番注目されているらしい。俺的にはどうでも良い話だけどな。


 俺とエリスが腕を組んで店に入ると、客たちが注目する。

 まあ、エリスは美少女だからな。注目されるのは当然だろう。

 だけどさすがは王女ってところか。エリスは他人の視線なんて全然気にしていない。


「噂だとアリウスは女の子の相手を滅多にしないって話だけど。スマートにエスコートしているじゃない」


「俺が女子のことが苦手なのは事実だけどな。エスコートするのだって今日が初めてだよ」


「それ、本当なの? 怪しいわね。アリウスは噂と違って、女の扱いに慣れているみたいだし。背が高くて見た目も良いから、貴方と一緒の女は鼻が高いわよ」


「またそんなことを言って。エリス、俺を揶揄からかうなよ。俺なんかよりも、エリクの方がモテるだろう」


「確かにエリクはモテるわよ。だけどアリウスとはタイプが全然違うし。どちらかと言うと私の好みのタイプは――」


 エリスはわざと言葉を止めてクスリと笑う。やっぱり、俺を揶揄っているな。


 俺たちは螺旋階段を上って、2階からホールを見下ろせるガラス張りの個室に入る。エリクが予約したVIPルームだ。

 この店のメシは創作料理って感じで、様々な料理が出てくる。味の方も悪くないし、気取らない料理は俺好みだな。


 食事をしている間も、俺とエリスは止めどなく話し続けた。お互いの家族のこととか、学校のこととか。他愛のない内容だけど。


 エリクは子供の頃から天才だけど。したたかだから敵を作らなかったとか。

 ジークは自分で思っているよりも才能があるのに、エリクと自分を比べ過ぎるとか。


 俺も家族の話をしたけど。ダリウスとレイアのことは、エリスも良く知っているみたいだな。

 シリウスとアリシアの話をしたら、是非会わせてくれとエリスが食いついた。エリスも子供好きなのか?


 あとはエリスが留学している帝国の大学の話だな。エリスに言わせると、帝国の大学は軍事一辺倒の教育をするから詰まらないらしい。


「軍事一辺倒なら、バーンに合いそうだな」


「バーンって、学院に留学している帝国の第3皇子よね。私とは入れ違いになったけど、どういう人なの?」


「まあ、一言で言えば暑苦しい脳筋だな。悪い奴じゃないけど」


 エリスはクスクスと笑う。


「何よ、それ……典型的な帝国の皇族じゃない。でもアリウスの話しぶりだと、バーン皇子と仲が良いみたいね」


「バーンが特別って訳じゃないけど。エリクとも今日みたいな無理難題を押し付けられるくらい仲が良いよ」


「それって本当に仲が良いの? アリウスがエリクに良いように使われるとは思わないけど」


「俺が無理難題を引き受けるのは、エリクが良い奴だからだよ」


 エリクは油断ならないけど、基本的には良い奴だからな。俺にできることは、してやりたいと思う。


「アリウスとエリクの関係が、なんとなく解った気がするわ。エリクはアリウスを信頼しているのね。あの子が他人に頼るなんて……アリウスに、益々興味が湧いたわ」


 エリスがどこまで本気で言っているのか解らないけど。エリスにとってエリクは大切な弟みたいだな。だったら、確かめておかないと。


「なあ、エリスはエリクが俺を取り込むために、エリスのことを利用していると思うか?」


 俺とエリスを引き合わせたのはエリクだ。背後に国王がいることも解っている。あわよくば俺とエリスを――と企んでいることも。

 だけど俺が知りたいのは、エリクの真意なんだよ。


「アリウスなら、もう答えは解っているわよね。エリクは計算高いけど、情を大切にする子よ。必要なときは冷徹に振る舞うけど、それはエリクの本心じゃないわ」


 まあ、そうだよな。俺だってエリクがどんな奴なのか解っている。

 俺はエリクの策略に乗せられた。だけど重要なのは、あいつが何を優先しているかだ。

 利益のためにエリスを道具として利用するのか。エリスのために状況を動かそうとしているのか。


 エリクだって、俺がエリスに惚れるなんて思っていない。俺が恋愛に興味がないことを知っているからな。

 だけど俺がエリスに会えば何か仕出かして。それが責任に縛られているエリスの状況を変える切欠きっかけになると、期待したんだろう。


「エリクがエリスを利用するような奴なら、俺は敵に回るつもりだったよ。だけど結局のところ、あいつは素直じゃないだけで良い奴だよな」


 エリクの思い通りに踊らされたことはムカつくけど。

 こんな風にエリスと話していて、不思議に思う。俺とエリスは今日初めて話したのに、違和感がないというか。良く知っている奴と話しているみたいだ。まあ、理由なら解っているけど。


「ねえ、アリウス。今の話って、私のためならエリクを敵に回すってこと?」


「いや、エリスだからって訳じゃないよ。エリクが家族を道具に使うような奴ならってことだ」


「そこは嘘でも『おまえのため』って言えば、大抵の女は落ちるのに。アリウスは正直なのね」


「勘違いで好かれても困るからな。エリスだって後から本当のことを知って、幻滅したくないだろう」


「そうね。だけど相手がアリウスなら、私は幻滅したりしないわ」


「俺だと何か違うのか?」


「そんなの決まっているじゃない。私にとってアリウスが特別だからよ」


 こんな風に軽口を言っているけど。エリスは俺に対する先入観なしで。俺が何を言いたいのか、何を考えているのか。そのまま受け止めてくれる。

 エリスも自分が言いたいことをストレートにぶつけてくる。それが心地良いんだよ。


「アリウスは自分のやりたいことしかしないって言っていたけど。貴方がやりたいことって、結局は大切な人を守ることじゃないの?」


「それは買い被り過ぎだな。俺は単純に強くなりたいだけだ。強くなることは大切な奴を守ることにも繋がるけど、それが目的じゃない。

 ギリギリの戦いを続けて自分が強くなっていくことが、堪らなく楽しいんだよ」


 だから俺もエリスには、言葉を飾らずに自分が考えていることを素直に伝える。


「これってエリスが嫌っている脳筋そのものの発想だけど。俺がやりたいのは、そういうことだからな」


「それって、強さを極めたいってことよね。ねえ、アリウス。たとえば大切な人を守るために、冒険者を辞めなければいけないとしたらどうする?」


 だけどエリスは呆れた顔をすることもなく、質問してきた。


「さすがに冒険者を辞めるかな。別に冒険者じゃなくても、強くなることはできるしな」


「じゃあ、誰かを守るために強くなることを諦めるしかないとしたら? たとえば自分を犠牲にしないと守れない状況なら?」


「その答えは簡単には出せないな。俺は最後まで足掻くよ。自分も守りたい奴も両方助かる方法をギリギリまで考える。それでも方法が見つからなくて、そいつが本当に大切な奴なら――」


「アリウス、良く解ったわ。貴方は自分に対して、どこまでも正直なのね」


 何故かエリスが嬉しそうだ。何が嬉しいのか、俺には解らないけど。


「エリスの質問は執拗だよな」


「当然よ。私はアリウスのことをもっと知りたいから」


 エリスは口角を上げながら、海のように深い青の瞳で俺を見る。


「ねえ、アリウス。私はドミニク皇太子と結婚する以外の方法で、ロナウディアに貢献することを考えてみるわ。

 とりあえず、夏休みまでは里帰りという名目で王都にいるつもりよ。学院にも頻繁に顔を出すから、貴方も覚悟・・をしておいてね」


 何を覚悟するのか良く解らないけど。エリスが自分のために動くことは歓迎するよ。


「エリス。俺にできることはやるから、遠慮なく言えよ」


「ええ。是非そうさせて貰うわ。アリウスには私をその気にさせた責任を取って貰わないとね」


 エリスは挑発的な笑みを浮かべる。


「ああ。エリスをけしかけたのは俺だからな。その責任は取るよ」


「私が言いたいのはそういう・・・・意味じゃないけど。まあ、今日のところは・・・・・・・仕方ないわね」


 ここまであからさまだと、さすがに俺もエリスが何が言いたいのか解る。

 だけど俺とエリスは今日初めて話した訳だし。やっぱり、俺のことを揶揄っているんだよな?


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,362

HP:24,796

MP:37,758

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