第84話:本音


 俺とエリス王女は馬車に乗って、王都をゆっくりと移動している。

 どこか目的地に向かっている訳じゃない。王女のエリスはどこに行っても目立つからな。馬車という密室の中が、誰にも聞かれずに話をするには一番良いんだよ。

 勿論、『防音サウンドプルーフ』の魔法は発動済みだ。


 エリス王女は黙ったまま、じっと俺を見つめている。まだ半信半疑というか、俺を疑っているよな。まあ、簡単に信じる筈がないか。


「貴方は女としても、王女としても私に興味がないと言ったわよね。だったら私のことは『エリス』って呼びなさい。私も貴方のことを『アリウス』って呼ぶわ」


「じゃあ、遠慮なく。エリスが貴族が嫌いな理由って何だよ?」


 エリスは一瞬唖然とすると、突然クスクスと笑い出す。笑われるようなことを言った憶えはないんだけど。


「本当に呼び捨てにして、いきなりタメ口なのね。エリクのことも呼び捨てにしているから、何なのよと思っていたけど。貴方ってあの・・ダリウス宰相の子息なのに、貴族としての常識がないの?」


 エリスもダリウスには一目置いているのか。ダリウスは一番下の爵位である騎士爵から王国宰相になったから、成り上がりと陰口を叩く貴族は多い。だけどダリウスの才覚を疑う奴はいないからな。


 17年前のロナウディア王国の危機を救った実力もそうだけど。ダリウスは王国宰相になってからも、政治的な手腕を発揮して。王国内外の問題を次々と解決して来たからな。


「貴族としての常識ね。俺も知識としては知っているけど、正直どうでも良いと思っているからな。エリクを呼び捨てにしているのは、あいつが構わないと言ったからで。エリスにタメ口で話すのも、呼び捨てにするならタメ口で構わないと思ったからだ。嫌なら止めるけど?」


「別に嫌じゃないわ。普通は私が呼び捨てにしてと言っても断るから驚いただけよ。私に気に入られようとして、わざとやっている訳じゃないのよね? 私も貴族の仕来りは好きじゃないわ。勿論、それが必要なことを理解した上でね」


 国を治めるには権威主義が手っ取り早く。この世界の国の大半は権威主義だ。貴族の仕来りは権威主義に基づいて、あるいは権威主義を解りやすく表す形で形成されている。


 仕来りによって社会が機能している訳だから、仕来りは必要なんだろうけど。仕来り自体に拘る貴族は、目的と手段を履き違えていると思うし。仕来りという形にすれば解りやすいけど。そんなものは俺に言わせれば思考停止だな。


「権威主義の貴族社会と、仕来りに拘って思考停止した頭の固い貴族たち。そんな奴らと話しても面白くないから、エリスは社交界に出なかったってことか」


「その口ぶりだと、アリウスも私と同じ考えのようね。私は王族や貴族に生まれただけで自分は特別だと勘違いしている人や、自分たちの既得権を守るためにそれを容認する貴族社会が嫌いなのよ」


 文句を言っているけど、エリスは楽しそうだな。まあ、王女のエリスがこんなことを考えているなんて。他の奴には言えないからな。


「エリスがそう考えるのは、国王陛下の影響が大きいんだろうな。俺は何回か会ったくらいだけど。陛下は大貴族の反対を押し切って、うちの父親を王国宰相にした張本人だからな」


「そうね。陛下は権威主義を上手く利用しながら、王国の利になることなら手段は選ばないしたたかかな人よ。私も陛下のことを尊敬しているわ」


 エリスの柔らかな笑みは、父親に対する親愛と尊敬の両方を感じさせる。

 だけどその父親がエリスを政略結婚の道具として使って。エリスはそれが嫌でグランブレイド帝国から帰って来たんだよな。


「なあ、エリス。なんでエリスが帝国の皇太子との政略結婚を破談にするような真似をするのか、理由を訊いても構わないか? 俺はエリスのことを、まだ良く知らないけど。エリスは感情的に動くタイプには見えないけどな」


 天才という評判を抜きにして。少し話しただけでも、エリスが理性的で知的な人間だということは解る。


「ドミニク皇太子を含めて、帝国の皇族も貴族も脳筋な人が多過ぎるのよね。だからウンザリしたのは事実だけど」


 エリスは仕方ないかという感じで苦笑する。


「アリウスはもう解っているみたいね。2度と帝国に戻らないって言ったのは本気じゃないわ。私がドミニク皇太子と結婚することが、ロナウディアの利益になることは解っているし。自分の我がままを通すほど私は子供じゃないわよ」


 エリスが突然王国に帰って来たのは、自分が言いなりになるだけの飾りじゃないという意思表示で。これくらいのことで王国と帝国との関係がおかしくならないと、計算した上の行動らしい。


「だけどエリクには、ドミニク皇太子に2度と帝国に戻らないと伝えろって言っていたよな。さすがにそこまで言ったら、冗談じゃ済まされないだろう」


「エリクが素直に伝える筈がないわよ。あの子が計算高いことは、私も良く解っているから。エリクがいるから、私も安心して帝国に行けるのよ」


 エリスとエリクはライバルと言われているけど。エリクのことを話すエリスは、如何にも弟に対する姉の態度って感じだな。ライバルに対する敵対心なんて微塵も感じない。


「なるほどね。国王陛下もエリクも、エリスの本心が解っていて。振り回されたのは俺だけってことか」


「あら、そうでもないわよ。私も陛下がドミニク皇太子とアリウスを天秤に掛けるなんて、思ってもいなかったわ」


 エリスは揶揄からかうように笑う。


「だけどアリウスと話してみて、少し解ったわ。帝国の皇族と血縁関係を結ぶことと天秤に掛けるだけの価値を、陛下とエリクが貴方に感じている理由が」


「さすがに買い被り過ぎじゃないか」


「そんなことはないわよ。最年少SSS級冒険者だって話だから、いけ好かない奴かと思ったけど。アリウスは性格も悪くないじゃない」


 おい、ちょっと待てよ。俺がSSS級冒険者だってエリスにバレているのか。


「エリクから聞いた訳じゃないわよ。私だってロナウディアの第1王女だから、それなりの人脈はあるわ。それに私が確信したのは、たった今・・・・よ」


 つまりカマを掛けられたってことか。やっぱり、エリスは侮れないな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,362

HP:24,796

MP:37,758

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