第77話:勇者


 金曜日。俺はロナウディアから東の彼方にあるイシュトバル王国に来ている。


 イシュトバルは決して大国じゃない。特に肥沃とも不毛とも言えない土地で、それなりに農業と酪農を行っていて。周辺諸国とバランスを取りながら国土を維持して来た中堅国だった・・・

 しかし、イシュトバルの王太子が半年ほど前に勇者に覚醒したことで、情勢は一変する。


 今、王都イズリーには、武装した冒険者や傭兵が溢れている。勇者が周辺諸国から戦力を掻き集めているからだ。

 武力を強化する表向きの理由・・・・・は、世界の敵である魔王を滅ぼすためだ。その資金は各国から流れ込んでいるって噂だけど。


「アリウスはん、待っとったで」


 王宮に着くと、正門の前でアリサが待ち構えていた。今日は勇者に会う約束だからな。だけどこいつ、絶対に俺の行動を監視しているよな。


「うちの転移魔法テレポートを使えば、ここまで一瞬やったのに。アリウスはんは遠慮深いんやな」


 アリサは転移魔法で送り迎えをすると言ったけど断った。何を考えているか良く解らない奴の魔法で移動したくないからな。

 俺はグレイとセレナと一緒に世界中を巡ったときに訪れた王都イズリーに1番近い場所に転移して。そこから飛行魔法フライで移動して来た。


 王宮の中にも、武装した兵士がそこら中にいる。装備が統一されているから、こいつらは正規兵だろう。だけど王宮の兵士って感じの穏やかな雰囲気じゃないな。廊下で擦れ違う度に、鋭い視線を向けて来る。


「アリウスはん、ここやで」


 天井が高い広間に通される。奥にある玉座へと続く赤い絨毯。左右には武装した騎士たちが俺を威圧するように立ち並んでいる。


 玉座の周りにはアリサ以外の勇者パーティーのメンバーが勢揃いだ――クリス・ブラッドも含めて。

 勇者が保釈金を積んでクリスを牢獄から出したことは、アリサから聞いている。


 アリサと一緒に玉座の前まで歩いて行くと、玉座に座る男が口を開く。


「君が最年少SSS級冒険者のアリウス殿か。アベル・ライオンハートだ。ようこそ我が・・王宮へ」


 波打つような緑色の髪と碧の瞳。20代半ばのインテリ系イケメンって感じだ。こいつがイシュトバル王国の王太子で、半年ほど前に勇者に覚醒した奴だな。

 いや、色々とツッコみどころ満載だけど。


 王太子なのに玉座に座っているとか。王族が身分に関するルールを逸脱すると、自分の首を絞めるだけなのにな。


 それに『鑑定』したらアベルは1,000レベルを超えているけど、それだけ・・・・の話だ。

 スキルと魔法のレベルの上げ方のバランスが悪いし。ステータスも均一に伸ばし過ぎているから、レベルほど強くない。

 まるでゲームみたいに、スキルやステータスが勝手に上がったみたいだな。


「アベル殿下、冒険者のアリウスです。今日はお招き頂き、ありがとうございます」


 とりあえず、礼儀正しく挨拶をする。話の腰を折ると、訊きたいことが訊けないないからな。


「アリウス殿。殿下ではなく、勇者・・アベルと呼んでくれないか」


 こいつは『勇者』と呼ばれたいんだな。


「解りました。勇者アベル殿、アリサ殿から勇者殿がに用があると伺っておりますが。どのようなご用件でしょうか?」


 いや、俺だってこういう・・・・喋り方もできるからな。面倒だから普段はしないけど。


「私は交渉事が嫌いだから単刀直入に言う。SSS級冒険者アリウス殿、君を勇者パーティーの一員に加えたい。世界の敵である魔王を倒すために、共に戦ってくれないか」


 勇者パーティーに誘われることは解っていたし。それ自体は特におかしい話じゃないけど。当然入るだろうという態度が気に食わない。


「誘って頂いたことは光栄ですが、先に幾つか質問をさせてください。まずは魔王が世界の敵だと仰られましたが。私の知る限り、半年前ほど前に覚醒した魔王は、まだ何もしていない筈です。世界の敵と断定する根拠は何ですか?」


 俺の言葉に騎士たちが騒めいて、何を言い出すのかと非難の視線を集める。

 アベルは身振りだけで騎士たちを制して、余裕の笑みを浮かべた。


「アリウス殿は冗談が好きなようだな。魔族は人類の敵で、魔王は世界を滅ぼすために存在する。こんなことは子供でも知っている常識だろう」


 確かに魔族と人間の争いは度々起きている。17年前にダリウスたちが救ったロナウディア王国の危機も、魔族との紛争が原因だ。

 だけど人間の国同士でも紛争は起きている訳だし。そもそも300年前の勇者と魔王の争いだって、魔王アラニスからは真逆の話を聞いているからな。


「では質問を変えますが。我々は魔王を倒すことで何を得るんでしょうか?」


「なるほど。力を振るうことで報酬を得る冒険者らしい質問だな。魔王を倒せば富も名誉も思うがままだ。我々は世界を救った英雄として後世まで称えられるだろう」


 何だよ、具体性のない空手形みたいな回答だな。まあ、俺も魔王を倒したときの報酬を訊きたい訳じゃないけど。


「いいえ、そういう意味ではありません。魔王との戦いに参加した国が何を得るか知りたいんですよ。魔族の領域には豊富な資源があるという話ですが。魔王を倒せば当然その利権を得られる訳ですよね」


 ストレートに言わないと通じないみたいだからな。俺はアベルの反応を伺う。


「これは失礼した。アリウス殿は、私が考えていたよりも切れ者のようだな」


 アベルが面白がるように笑う。冒険者なんて所詮は脳筋だと馬鹿にしてたってことか。


「魔王を倒した結果として・・・・・、利権が得られるのは事実だ。だが正義の行いをした者に対する当然の報酬だろう。アリウス殿がそこまで解ってるいなら話が早い。具体的な報酬の話をしようじゃないか」


 勝手に勘違いしてくれて助かるよ。まあ、答えは解っていたけどな。俺は自分で確認したかっただけだ。


「報酬の話の前に、もう一つ質問をさせてください。勇者殿の『勇者の心ブレイブハート』ってスキルは、無尽蔵に誰にでも与えられるんですか?」


 今度の質問にアベルの顔色が変わる。


「どうして『勇者の心』のことを……」


 アベルは疑いの視線をアリサに向ける。だけどアリサは何食わぬ顔で。


「アベル様は誤解してるみたいやけど。うちらが喋った訳じゃありまへんで。まあ、そんなことどうでもええと違います? アベル様の力があれば、この程度の情報が漏れたところで問題ありまへんし。相手はアリウスはんやから」


 どうせ味方になるのだからと、言外に匂わせる。


「……ああ。アリサ、その通りだな」


 アベルは余裕を取り戻して、俺の方に向き直った。


「アリウス殿の質問に答えよう。君が想像しているように『勇者の心』は誰にでも与えることができる。ただし強力なスキルだからな。簡単に与える訳にはいかないだろう」


 いや、見え見えの嘘をつくよな。本当に誰にでも与えられるなら、勇者パーティー以外にも『勇者の心』を使える奴がいる筈だ。自分の戦力を見せつけるような真似をするアベルが、『勇者の心』を出し惜しみするとは思えないからな。

 だけど他に誰も使える奴はいないからな。『勇者の心』を与えるのに何か制限があるってことだろう。


 まあ、情報の裏付けも取れたし。アベルの性格も大体解ったからな。これ以上付き合う必要はない。


「それでは報酬の話に戻るが……」


「いや、勇者アベル殿。俺は勇者パーティーに入るつもりはありませんので。報酬の話は結構ですよ」


「何だと……」


 アベルは俺を睨みつける。余裕ぶっているけど、こいつって底が浅いよな。エリクの方が余程敵に回したくないよ。


「とりあえず俺は、勇者と魔王の戦いに関しては中立ってことです。魔族だからとか魔王だからとか、そんな理由で彼らと敵対するつもりはありません」


「てめえ……黙って聞いていれば!」


 ここで動いたのはクリスだ。いきなり魔剣ウロボロスを抜いて、襲い掛かって来る。

 『勇者の心』が、クリスのステータスを底上げしている。

 だけどアベル。おまえが合図したことに、俺が気づいていないと思っているのか。


 アベルの狙いは解っている。王宮で俺が剣を抜けば、殺す理由には十分だからな。それに周りにはアベルの部下しかいない訳だし。どうにでも言い繕える。

 まったく、手に入らなければ殺してしまえば良いとか。ホント、短絡思考だよな。だけどさ――


「クリス。おまえも少しは学習しろよ」


 俺はクリスの顎を殴って、天井へと弾き飛ばす。まあ、手加減したからな。クリスは天井に突き刺さらずに落ちて来て、床に叩きつけられる。


「な……」


 アベルが驚愕しているのは、クリスと俺との実力差を把握していなかったからだろう。

 アリサが意図的に報告しなかったのか。アベルがタカを括っていたのかは解らないけど。


「これは正当防衛で良いですよね? 勇者アベル殿。パーティーのメンバーの教育くらい、しっかりやってくださいよ」


 とりあえず、アベルを黙らせるには十分な効果があったな。

 黙ったままのアベルを置き去りにして、俺は王宮を立ち去った。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,323

HP:24,382

MP:37,130


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