第76話:理解すること
放課後。ノエルと一緒に古ぼけた
俺がコーヒーを、ノエルがミルクティーを注文して10分ほど待っていると。制服姿のミリアがやって来た。
「ノエルさん、初めまして。ミリア・ロンドです」
「は、初めまして。ノ、ノエル・バルトです」
自然体のミリアに対して、ノエルはちょっと緊張している。
ミリアの分も飲み物を注文して。飲み物が運ばれてくるとミリアが話を切り出した。
「ノエルさん。今日は時間を取ってくれてありがとう。アリウスから聞いていると思うけど、私もアリウスの友だちで。アリウスからノエルさんの話をたまに聞くから、会ってみたいと思ったのよ」
「わ、私もミリアさんのことは、ア、アリウス君から聞いています」
そこで話が途切れる。やっぱりノエルは緊張しているみたいだな。
ミリアに物凄く会いたいって意気込んでいたけど。実際に会ったら完全に受け身になっている。
ここは話しやすいように、俺が間に入るか。
「ミリアには話したと思うけど。俺とノエルは図書室に良く行くから、そこで知り合いになったんだよ。ノエルは学院で最初にできた俺の友だちだな。
ミリアと俺はソフィアの件が切欠で知り合ったんだ。それから授業が一緒だったり、知り合い繋がりで一緒に行動するようになって、友だちになったって感じだな」
俺の説明にノエルはコクコクと頷く。
「私もそれなりに本を読む方だけど。ノエルさんはどんなジャンルが好きなの?」
「ほ、本なら何でも好きです」
「その辺は俺と一緒だよな。本からしか得られない知識があるし。どんな知識も無駄にならないからな」
「わ、私の場合はアリウス君とはちょっと違うよ。単純に本を読むのが好きで、読んでいると時間を忘れちゃうんだよね」
「ふーん。私は2人の中間かな。本を読むことは好きだけど、授業で解らないことを図書室で調べることもあるし。だけどアリウスみたいに知識を得ようと意識的して、本を読んでいる訳じゃないわね」
「俺だって本を読むこと自体も好きだからな。物語とか小説とか、図書室には結構面白い本があるよな」
「図書室にある小説は面白いよね。だけどアリウス君の場合は、自分が小説の主人公みたいなことをしているから。私とは感覚が違うんじゃないかな」
「いや、俺も普通じゃないって自覚はあるけど。小説の主人公みたいってのは、さすがに言い過ぎたろう」
ミリアが呆れた顔をする。
「あのねえ。アリウスは自覚していると思っているみたいだけど、全然自覚が足りないわよ。貴方がやっていることは、小説の主人公そのものじゃない」
「そうだよ。ダンジョン実習のときの活躍とか。女の子にいっぱい告白されていることとか。そう言えば、この前SSS級冒険者の人がアリウス君を訪ねて来たって噂になってたけど。アリウス君の噂を聞かない日なんてないからね」
ノエルまで同意する。だけどダンジョン実習での活躍は、エリクが勝手に流した噂だし。女子の件は関係ないだろう。それにシュタインヘルトがやって来たことも、俺のせいじゃないよな。
「ねえ、アリウス。今『俺のせいじゃない』って思っているわよね。だけど周りが騒ぐそもそもの原因を作ったのはアリウスじゃない。だから貴方は無自覚だって言うのよ」
ノエルが深く頷く。すると何が可笑しかったのか、ノエルとミリアが急に笑い出した。
いや、訳が解らないんだけど。
「私もノエルさんも、無自覚なアリウスに振り回されているわよね」
「そうだよ。アリウス君に自覚がないから困るんだよ」
なんかイマイチ納得できないけど。まあ、2人が楽しそうだから構わないか。
「ねえ、ノエルさん。貴方とは友だちになれそうだわ。同じアリウスの被害者として」
「そ、そうかも知れませんね。ミリアさんもアリウス君のことで困っているみたいですし」
だいぶ打ち解けたみたいだけど。まだノエルが踏み出せないでいると。
「だけどその前に。私はノエルさんに謝らないといけないことがあるのよね」
「え……」
いきなり何を言い出すのかと、身構えるノエルに。
「アリウスからノエルさんの話を聞いて、私はノエルさんと友だちになりたいと思ったから。実はアリウスから事前に色々と教えて貰ったのよ。
たとえば今日の話題にするために、ノエルさんが好きな恋愛小説のこととか。でも良く考えてみれば、相手のことを調べて話を合わせようとするなんてズルいわよね。だから、ごめんなさい」
ミリアは深く頭を下げる。
「え……そ、そんなことで、あ、謝らないでください。わ、私だって、アリウス君にミリアさんのことを……え、ちょっと待って! ア、アリウス君。まさか、あの小説のことをミリアさんに……」
「ノエルさん、本当にごめんなさい!」
ミリアがテーブルの上に置いたのは『近衛騎士理論』というタイトルの恋愛小説だ。
俺がノエルに勧められて読んだことをミリアに話して。今回の話題作りのためにミリアも読んだって聞いていたけど。
『近衛騎士理論』を見た瞬間、ノエルが真っ赤になる。いや、そんなに恥ずかしがるような本じゃないだろう。
大まかな内容は、真面目で地味なヒロインと派手な貴族女子が、主人公と三角関係になる話で。恋愛小説は俺の趣味じゃないから、ほとんど読んだことがないけど。良くある話じゃないのか?
「だけど……凄く面白かったわ! ヒロインの気持ちに思いっきり共感して、キュンキュンしちゃったわ!」
「え……うん、そうだよね! シンを想うアスカの気持ちとか、カレンに対するシンの態度にモヤモヤするところとか!」
「そうそう! なんでシンはアスカの気持ちに気づかないのって――」
『近衛騎士理論』の中身の話になった瞬間。空気が一変した。
ミリアとノエルは夢中になって話しているけど。俺は全然2人の話について行けない。
暫く『近衛騎士理論』の話で盛り上がった後。ノエルが不意にバツが悪そうな顔をする。
「あ、あの……ミリアさん。さっき言い掛けたけど、私もミリアさんに謝らないと。私だってアリウス君にミリアさんのことを色々と訊いて。ミリアさんに会いたいと思ったのだって……」
「だったら、お互い様だわ。私もノエルさんのことが気になったから」
全部言わなくても解っているわよという感じで、ミリアが笑う。
「ねえ、ノエルさん。これからはノエルって呼んで良い? 私のこともミリアって呼んでくれると嬉しいわ。同じ想いをしている
「うん! その……ミ、ミリア、ありがとう……」
「だから、ノエル。お互い様よ」
途中で、俺は自分が余計なことをしたのかと思ったけど。結果的にはミリアとノエルは仲良くなったみたいだからな。
何でこうなったのかイマイチ良く解らないけど。何となくだけど、2人の気持ちは想像できる。
みんなと一緒に遊びに行ったときに、ミリアに無自覚だと言われて。俺も自分と周りのことを客観的に見るようになった。だからこんなことを言うと、己惚れていると言われるかも知れないけど。ミリアとノエルが俺のことをどう思っているのか、気づいていない訳じゃない。
だけど2人の気持ちを理解することができないのは、俺が人を好きになったことがないからだろう。
俺にとってミリアとノエルは大切な友だちだ。だから守りたいと思う。だけどその気持ちは、シリウスやアリシアを守りたいと思う気持ちと変わらないんだよな。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:2,315
HP:24,278
MP:36,998
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます