第49話:自分のこと


 市場の散策が終わって、みんなでメシを食べに行く。


 選んだ店は貴族が行くような上品な場所じゃなくて、軒先にテーブルが並んでいるオープンカフェって感じだな。


「みんなと遊びに行くときくらいしか、こういうお店には入れませんから」


 微笑むソフィアにジークとサーシャが頷く。まあ、王族や貴族は面倒なことが多いからな。ジルベルト家はそんなことないけど。


 みんなで注文した料理はピザとパスタ。大皿に載せられた料理を取り分けて食べる。

 コース料理じゃなくて、みんなで分け合って食べることが楽しいのか。ソフィアはちょっとはしゃいでいる感じだ。

 へー……こういうソフィアはめずらしいな。


「何よ、食べてる女の子の顔をじっと見るなんて。アリウスはデリカシーが無いわね」


 なんてミリアに言われたんだけどさ。指摘なんてするから、ソフィアが意識して恥ずかしそうにしてるだろう。


 確かにこの店の料理は旨いな。シリウスとアリシアも美味そうに食べている。

 だけどソースで口を汚すことはないし、行儀も良い。本当に良くできた弟と妹だよな。


 そう言えばジークはトマトが苦手って話だけど。トマトソースのピザとパスタを普通に食べてるよな。

 シリウスとアリシアが感心した顔で見ている。


「ジーク殿下は頑張って食べてるんじゃないのよ。殿下が嫌いなのは生のトマトで、トマトソースは大丈夫だから」


「何でおまえがそこまで知っているんだ……事実だがな」


 なあ、ミリア。それもわざわざ指摘しなく良いんじゃないか。


 食事の後は予定通りに劇場に行く。いきなり増えたシリウスとアリシアの席がないかと思ったけど。


「心配するな。こういうときに王族だと便利なんだぜ」


 俺たちが案内されたのは2階にある王族用の貴賓席。広々した場所に革張りの椅子が並んでいる。

 護衛を含めて全員が座れるだけの席があるな。まあ、護衛は仕事中だから座らないだろうけどな。


 劇の演目は『魔王と勇者の恋』。俺にとってはタイムリーな話だよな。


 身分を隠して勇者パーティーに入った魔王と勇者が恋に落ちる。所謂ラブロマンスだな。

 途中で魔王の正体に気づいた勇者が葛藤して、最後は世界よりも魔王を選ぶ。

 それぞれの立場を捨てて勇者と魔王は結ばれるんだけど、その後の世界については一切語らない……いや、それで良いのかって話だけどな。


「世界よりも愛する人を選ぶなんて、私たちには絶対にできないことですけど。素敵なお話ですね」


 ソフィアがうっとりした顔をしている。まあ、自分は貴族の義務と責任を放棄する訳にはいかないからな。物語の世界だからこそ憧れるってところか。


「ソフィアには悪いけど、私は勇者と魔王に共感できないわね。立場を捨てないでみんなを納得させることもできた筈よ。

 難しいのは解るわよ。だけどその努力もしないで無理だって決めつけて、2人だけの世界に逃げるなんて……納得できないわよ」


 ミリアは真逆の感想だな。逃げずに努力しろか。ミリアも頑張っているからな。


「ねえ、アリウスはどう思うのよ?」


 ミリアとソフィアが俺を見つめる。


「俺としては内容的にシリウスとアリシアが飽きないか、ちょっと心配だったけど。2人とも楽しめたみたいだな」


「うん。アリウス兄様、凄く面白かったわ」


「そうだよ。僕たちはもう子供じゃないんだから」


 シリウスは恋愛パートよりも活劇シーンに夢中だったけどな。まあ、俺はそんな指摘はしないけどね。


「そういうことじゃなくて、アリウスの感想を訊いているのよ」


「俺なら面倒な立場を捨てると言うよりも叩き返すかな。おまえたちが自分でやれってね。それでも俺に責任があるなら果たすけど、責任のために動くのは好きじゃないからな」


 責任だからやるんじゃなくて、やりたいからやるんだよ。


 まあ、今の俺には貴族の責任がないから言えることは解っている。

 ジルベルト侯爵家には家臣がいないからな。もし俺たち兄弟が誰も継がなくても困る奴はいない。

 形だけ治めている領地を王国に返還するだけの話だ。


 侍女とか家庭教師とか雇っている人はいるけど、次の就職先を紹介することくらいできるし。今の俺なら今後の生活を保障する金を渡すこともできる。


 だけどソフィアたちは違う。家臣とか派閥とか、責任を放棄すれば多くの人に迷惑が掛かる。だから責任を果たすために努力していることも理解してるつもりだよ。


「アリウスらしい答えだとは思うけど。そういうこと・・・・・・を聞きたかったんじゃないわよ」


 ミリアはまだ納得してないみたいだ。ソフィアも困ったような顔をしてる。

 まあ、言いたいことは解るけどな。


 だけど恋愛的な話は、俺には良く解らないんだよ。

 結局のところ、俺は本気で人を好きになったことがないんだろうな。


「今日はみんなありがとう。俺自身も楽しめたし、シリウスとアリシアも楽しかったみたいだからな」


「うん。物凄く楽しかったわ。みなさん、ありがとうございます」


「僕も楽しかったです。ありがとうございました」


 シリウスとアリシアに礼を言われて、ソフィアが微笑む。


「それは良かったです。アリウスを誘った甲斐がありましたね」


 俺はシリウスとアリシアを実家に送っていくからと、みんなと別れるつもりだったけど。


「ねえ、アリウス。私もシリウスとアリシアを送って行っても良いかな? もう少し2人とお喋りしたいのよね」


「私もミリアさんとお喋りしたいわ」


「僕もだよ。ねえ、アリウス兄様!」


 ミリアと2人はすっかり仲良くなったみたいだな。4人で喋りながら夜の街を歩いて帰る。

 こんな風に喋りながら歩くのも悪くないよな。


「アリウス兄様、また遊びに行っても良い?」


 シリウスとアリシアがじっと俺を見る。


「ああ、勿論だよ。だけどそろそろ『兄様』は止めて貰えないか。俺は『様』なんて呼ばれる柄じゃないんだよ。『兄さん』でも『兄貴』でも構わないからさ」


「じゃあ……アリウス兄さん」


「……アリウスお兄ちゃん。私はこう呼ばせて!」


「ああ、それで良いよ。そうだ、2人に渡すモノがあるんだ」


 俺は収納庫ストレージから2本の短剣を取り出す。

 2つとも同じもので、鞘も柄もシンプルな造りで飾りっ気のない短剣だ。


「この短剣は扱いが難しいんだよ。雑に魔力を流してもただの短剣だけど。上手く魔力を操作できれば――」


 短剣に魔力を通すと青い光の刃が出現する。

 刃の長さが自由に調節できるから、携帯用の武器として便利なんだよな。


「おまえたちが冒険者になるか解らないけど、身を守るにも強くなった方が良いだろう。この光の刃を自由に出せるようになれば、魔力操作は合格だな」


「アリウス兄さん……こんな凄い短剣、貰って良いの?」


 シリウスにはこの短剣の価値が解るみたいだな。一応高難易度ハイクラスダンジョン『竜の王宮』のドロップ品だからな。


「まあ、今日のご褒美って言うか。光の刃が出せるように鍛錬しろってことだよ」


「アリウスお兄ちゃん、ありがとう。私はお兄ちゃんみたいに強くなりたいから頑張るわ!」


 お兄ちゃんって呼ばれるのは、正直に言うとちょっとむず痒いけど。まあ、仕方ないか。


 シリウスとアリシアを連れて実家に行くと、ダリウスとレイアが待っていた。

 2人にも今日のことは伝言メッセージで伝えておいたからな。


 ミリアが一緒だとレイアがニマニマ笑うから、ミリアを送って行くと言って、直ぐに実家を後にした。


「ご両親と話をしなくて良いの? ほとんど実家に戻ってないって言ってたじゃない。たまには話くらいしたら?」


「良いんだよ。門限までそんなに時間がないし。ミリアを1人で帰らせる訳にもいかないからな」


 俺1人なら転移魔法テレポートを使えば良いけど。ミリアの部屋に転移する訳にもいかないからな。


「そう。なんか私が邪魔しちゃったみたいで悪いわね。でも……ありがとう」


 ミリアがちょっと恥ずかしそうに言う。


「いや、礼を言われるようなことじゃないだろう。俺の方こそ、シリウスとアリシアの相手をしてくれたことに感謝してるよ。2人とも喜んでいたからな」


「それこそお礼を言われることじゃないわよ。私も2人と友だちになれて嬉しいわ。ねえ、アリウス。また2人が遊びに来たら、私も誘ってよね」


「ああ。その方がシリウスとアリシアも喜びそうだからな」


 そう言うと、何故かミリアに睨まれた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど。でもアリウス、さっきも自覚がないって言ったけど。2人が一番会いたいのは貴方だからね」


「そう……だよな。俺は兄だからな。やっぱり俺は自覚がないみたいだな」


「そうよ。もっと自覚がないところが色々あるんだから」


「例えば、どんなところだよ?」


 俺の質問に、ミリアが真っ赤になる。


「だから……そいういうことは、自分で考えなさいよ!」


 まあ、そうだよな。自分のことなんだから。自分で考えて答えを出すしかないよな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:????

HP:?????

MP:?????

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る