第39話:転生者


 ノエルが落ち着くのを待ってから、俺たちは図書室を後にした。

 とりあえず熱は下がったみたいだから、心配はないだろう。


 念のためにノエルを教室まで送って行ったら、噂のせいか女子からいつもより熱い視線を向けられる。

 男子の嫉妬の視線も多い気がする。

 まあ、そんなことはどうでも良いんだけどな。


「ねえ、アリウス。ちょっと付き合ってくれない?」


 授業が終わって教室を出て行こうとすると、何故かミリアが待ち構えていた。


 この後の俺の予定は当然最難関トップクラスダンジョンの攻略だけど。ミリアの有無を言わせない雰囲気に、断る気にはならなかった。


 無言のミリアについて行き学院の敷地の外に出る。

 ミリアに連れて行かれたのは繁華街の奥まったところにある古ぼけた喫茶店カフェだった。


「私はミルクティ。アリウスは?」


「俺はコーヒーで」


 他に客のいない狭い店内には、店主だろう渋い感じの老人がいるだけ。

 注文した後もミリアは無言で。飲み物が届いて店主がカウンターに戻ってから、ようやく口を開く。


「ねえ、アリウス。もしこれから私が言うことを訳が解らないと思ったら直ぐに言って……

 ああ、こんな前置きをしても無意味よね。貴方が惚けるかも知れないから」


「すでに何を言いたいのか訳が解らないけどな」


 軽口を言うとミリアに睨まれる。


「単刀直入に言うわ。アリウス、貴方は私と同じ・・・・転生者よね?」


 本当に単刀直入だな。まあ、別に驚いたりはしないけど。

 ミリアが転生者である可能性は考えていた。発言や態度とか、ミリアは他の誰よりも明らかにゲームと違うからな。


「ああ、そうだ。俺は転生者だよ」


「やっぱり……ゲームのアリウスと完全に別人だし。ダンジョン実習のときもそうだけど、普段の授業のときからアリウスの強さは異常だって思ってたのよね。

 でも簡単に認めるのね。もしかして隠すつもりはないってこと?」


「面倒なことになりそうだから、わざわざ自分から宣伝するつもりはないけどな。バレたらバレたで構わないよ。

 俺たち以外にもこの世界には転生者はいるみたいだけど、そいつらが魔女狩りみたいな目にあった訳じゃないしな」


「え……どういうことよ?」


 まあ、ミリアが驚くのは仕方ないか。俺は王国宰相の息子だから勝手に情報が入って来るし、冒険者として世界中を回りながら情報収集を続けている。


 それに比べてミリアは『恋学コイガク』の主人公だけど、所詮は普通の学生だからな。一般人レベルの情報しか入って来ないだろう。


 ロナウディア王国に俺たち以外の転生者がいるって話は聞かないからな。他の転生者の存在を知らなくても仕方ないだろう。


「俺自身で調べた情報だから間違いないよ。稀にだけど他にも転生者はいるし、意外と普通に受け入れられてる。俺が転生者だってことも両親や親しい人間にはバレてるからな」


 直接訊いた訳じゃないけど、ダリウスとレイアは俺が転生者だと気づいている。その上で普通に自分の子供として接してくれているんだよな。


 それにグレイとセレナが気づいているのも間違いないだろう。2人が俺のことを子供扱いしなかったのはそのせいだ。


「だから、隠す必要はないって言いたいの?」


「いや、そうじゃないよ。転生者が持っている知識や力を利用しようとする奴はいるし、異端扱いや差別される可能性もある。

 だからバレないに越したことはないな。特に学院や王都の奴らは、どんな反応をするか予想できないからな」


 学院があるロナウディア王国の王都周辺だけが『恋学コイガク』の世界にある閉ざされた箱庭だ。


「ここだけが『恋学』の世界で、王都の外には別の世界が広がっているんだよ。ああ、ミリアは王国の田舎街の出身だよな。たぶんミリアの故郷も『恋学』の外の世界にあるんじゃないかな。王都に来てから違和感を感じないか?」


 ミリアは俺が説明したことを理解しようと考え込む。たぶん心当たりがあるんだろうな。


「だけどダンジョン実習のときの事件とか、ゲームのイベントにはなかったわよね。暗殺なんて『恋学』の世界観に合わないし」


 王都が『恋学』の閉ざされた世界なら、なんでゲームと違うことが起きるのかと言いたいみたいだな。


「ここはゲームじゃなくてリアルだからな。『恋学』の世界に干渉する奴がいたって不思議じゃない。俺に言わせれば、むしろ恋愛脳ばかりの学院生活が成立する方がリアルじゃないからな」


 王侯貴族の子女が通う学院に、権力やしがらみが関係しない筈もない。まあ、俺としては恋愛脳の奴らの相手をするより全然マシだけどな。


「その恋愛脳って言い方……もしかしてアリウスは『恋学』を馬鹿にしている? ちょっとムカつくんだけど」


「ミリア、悪いけど俺は乙女ゲーに興味がないんだよ。だからアリウスに転生してからも強くなることだけを考えて来たんだ」


「ふーん……だから異常に強いんだ」


「アリウスのスペックが元々高いってのもあるけどな。『恋学』の攻略対象は無駄にスペックが高いからさ」


「確かにそうね。アリウスがバリバリに鍛えたら強くなるのも当然か。でもアリウスは眼鏡男子の草食系王子の筈なのに、完全にキャラが崩壊してるじゃない」


「そんなことを言ったらミリアもだろう。全然『恋学』の主人公をしてないし」


「それは……誰のせいだと思ってるのよ!」


 いきなり文句を言われた。まあ、心当たりがない訳じゃないけどな。


「俺はダンジョン実習で派手にやったからな。他に転生者がいるならさすがにバレてるって思ってたけど。まあ、俺はミリアが転生者だってバラすつもりはないから安心しろよ」


「……どういう意味よ?」


「ミリアは俺が転生者だって気づいて、俺の言動から自分が転生者だってこともバレてると思ったんだよな。だから口止めするために俺を呼び出したんだろう?


 だけど俺にそのつもりはないよ。転生者だろうとなかろうと、目の前にいるおまえがこの世界のミリアだ。


 そして俺はこの世界のミリアが嫌いじゃないんだ。だから下手な干渉をして、ミリアの世界を壊すつもりはないってことだよ」


「私がアリウスは転生者だって、みんなにバラしたとしても?」


「俺はミリアがそんなことする奴じゃないって思ってるよ」


 即答したらまた睨まれた。だけど俺は本当にそう思ってるんだよ。


「まあ、仮定の話として。万が一、ミリアが俺が転生者だとバラしたとしても、俺は特に何もしないかな。


 さっき話したけど、俺が転生者だってことは両親や親しい人間にはバレてるし。転生者だからと態度を変えるような奴とはその程度の関係だからな。


 それに今の俺ならこの世界のどこでも生きられるから、バレたせいで王国を追い出されても問題ないよ」


 本当にあり得ない話だけど。ミリアが自分が転生者だとバレないために俺をスケープゴートにしても、恨むつもりはない。俺が転生者なのは事実だからな。


「なんか……やっぱり、アリウスはムカつくわね。全部見透かしたような顔で、私のことを簡単に信じたり。転生者だとバラしても気にしないとか……でも全然解ってないじゃない!」


 ミリアは頬を膨らませて横を向く。


「私が聞きたいのは、そんな言葉じゃないわ。ううん……聞きたいんじゃなくて、言いたかったのよ。

 『恋学』の世界に転生して、みんなをキャラだと決めつけて、ミリアを演じていた私にアリウスが言ってくれたことが……私を変えてくれたの」


 ミリアは不機嫌な顔でゆっくりと話す。

 

「ダンジョン実習の事件のときも、私たちを巻き込もうと企んだのはエリクよね? アリウスは関係ないのに、私の我がままを聞いて、最下層に連れて行って、最後まで守ってくれたわ。


 そんな貴方にその……お礼と、私も転生者だってことを伝えたかったのよ。アリウスは1人じゃないって……

 だけど他にも転生者がいるなんて、色々考えてた私が馬鹿みたいじゃない!」


 ああ、そう言うことか。俺が勝手なことを言ったばかりに、ミリアに余計なことまで喋らせたみたいだな。


「そう思ってくれるだけで俺には十分だよ。ありがとう、ミリア」


 自分で恥ずかしくなるような台詞。だけど不思議と素直に言えた。


「だから、そういうところがムカつくのよ!」


 ミリアの顔が赤い。まあ、お互い恥ずかしいことを言ったからな。


 だけど本当のことを言うと、少し疑問が残っている。ミリアが俺の前世について訊かなかったことだ。

 まあ、自分の前世のことを言いたくないから、俺のことも訊かなかったのかも知れない。単純に詮索するのが好きじゃないのかも知れない。


 理由は解らないけど、無理に訊くつもりはないし、俺もミリアの前世を詮索したりしない。

 ミリアが言いたくなったときに言えば良いだけの話だからな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:????

HP:?????

MP:?????

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