第17話:面倒な授業
次の日。午前の授業は剣術だった。魔法学院なのに剣術が必修なのは、王国貴族の大半が騎士学校ではなくこの学院に入学するからだ。
剣術の授業は俺たち1年A組とB組合同で行なう。B組には昨日一悶着あったエリクの婚約者ソフィア・ビクトリノと『
約50m四方の修練場に移動すると、俺に気づいたソフィアがこっちを見ている……何か睨んでるよな。ソフィアの取り巻きたちもコソコソ喋っているし。
「アリウスは、昨日ソフィアと何かあったみたいだね」
エリクがソフィアを見ながら話し掛けて来た。特に何か思うところがあるような感じじゃなくて、いつもの爽やかな笑顔を浮かべている。
「ああ。俺の知り合いとソフィアたちが食堂で一悶着あったんだよ。俺が仲裁に入ったときに、ソフィアが美人だから思わず見惚れたんだ」
隠すようなことじゃないから素直に応える。見惚れたのは嘘だけどな。
「そうみたいだね。だけどアリウスがソフィアに興味を持つとは思わなかったよ。君がキスしようとしたって噂になってるけど?」
「それは誤解だな。俺はソフィアの顔を覗き込んだだけだ」
「おい、アリウス。貴様……ソフィア嬢はエリク殿下の婚約者だぞ!」
取り巻きのラグナスが口を挟んで来る。公爵の息子だから取り巻きと言うには大物だけどな。
「ああ、知っている。だけど見惚たんだから仕方ないだろう。エリクが怒っているなら一応謝るけど」
「何だと、貴様……良い加減に自分の立場を弁えろ!」
「ねえ、ラグナス。アリウスがキスをしようとしたんじゃないなら僕は構わないよ。だけどアリウスもソフィアの件については少し自重してくれると嬉しいかな。彼女は僕の婚約者だからね」
「解った。俺も気をつけるよ」
エリクにとってソフィアは政略結婚の相手だから、ゲームでも恋愛感情は薄かった。
まあ、エリクが本気でソフィアに惚れたら主人公が入る余地がなくなるからな。
「ですが、エリク殿下……」
「ほら、ラグナス。授業が始まるよ」
担当教師がやって来て剣術の授業が始まる。A組とB組の合同クラスは男女に分かれて、修練場の半面ずつを使って軽くストレッチを始める。
ストレッチが終わると教師の指示で用具室に剣を取りに行った。男子は刃は潰してあるけど本物の剣で女子は木剣だ。
先週行なった最初の剣術の授業では、ここから素振りや型など基礎練習だった。
「じゃあ、2人ずつペアになってくれ。ペアに分かれたら立ち合いを始める」
おい、ちょっと待て……ツッコミどころ満載だろう。1回の授業で基礎練習が終わりなのか?
剣に精通してる奴なら基礎練習の重要さを理解している。それでも百歩譲って生徒たちのレベルがそれなりならまだ解るが……冗談だろうってレベルだな。
「おい、アリウス。本来ならば私はエリク殿下のお相手をするべきだが、貴様に騎士道精神を教えてやろう!」
俺の相手はラグナスだ。いや、ペアを組んだ記憶はないけど勝手に決まっていた。
いきなり全力で踏み込んで来たラグナスの剣を受け流す。適当にやると変な癖がつくから、受け流すことに専念する。
「クソ……なんで当たらないんだ?」
別に実力を示す必要はないから、俺は時間一杯受け流し続けた。勢い余ったラグナスが勝手に剣を落としたときは、どうしようかと思ったけどな。
「馬鹿な……何かの間違いだ……」
愕然としているラグナスを放置して修練場の端に座る。まあ、卑怯な手を使ったに違いないとかベタな言い掛かりをつけて来ないだけマシか。
「おまえがロナウディア王国宰相の息子アリウス・ジルベルトだな」
自信満々に話し掛けて来たのは、身長が190cm近くある男子だった。
燃えるような赤い髪と褐色の肌。野性的なイケメンという感じの顔と、鍛え上げられた筋肉質な身体。こいつはB組にいる『
「さっきの剣の動き……素人じゃないな。さすがは元SS級冒険者の息子ってところか」
バーンは『恋学』の攻略対象の中でも、アリウスの次にステータスが高い。剣のスキルレベルは攻略対象随一だった。
「バーン殿下は俺の親のことに詳しいみたいだな」
ダリウスとレイアはグレイやセレナと違ってSS級冒険者だった。功績的にはSSS級の条件を満たしていたけど、昇格するための模擬戦を行なう前に引退している。
「留学する国の主要人物のことを調べるのは当然だろう。まあ、そんなことよりだ……アリウス、今度は俺と勝負しろ。さっきみたいに手を抜かずにな」
上から見下ろして威圧するような態度。高身長な奴の典型的な行動パターンだな。
「ああ。俺は別に構わないけど」
だけど俺の方が身長が高いからな。立ち上がって目線を合わせるとバーンは対抗意識からか、さり気なく踵を上げた。ちょっと笑えるな。
まあ、自惚れが強い皇族の相手をするのも良い経験か。
俺は7歳で冒険者になったから、子供だと馬鹿にする奴の相手は何度も経験した。
だけど今度の相手は冒険者じゃなくて皇子だからな。力づくで黙らせるのは正解じゃない。
「アリウス、行くぜ!」
バーンはラグナスのように闇雲に突っ込んでは来なかった。ゆっくり距離を詰めて自分の間合いになると力一杯剣を振り抜く。
俺が剣を受け流すと、即座に2撃目が来た。再び受け流すと3撃目。その後も同じことの繰り返しだ。
「おい、アリウス……手を抜くなって言っただろう!」
バーンは手を止めて俺を睨みつける。
「ああ、バーン殿下。俺は手を抜かないで真面目に受け流しているだろう」
「ふざけるな! そっちも攻撃して来い!」
バーンはゲームと同じようにステータスが高く、剣のスキルレベルも高い。あくまでも学院の生徒としてはだけどな。
冒険者で言えばせいぜいC級レベルだ。俺が本気で攻撃したら刃を潰した剣でも確実に殺してしまう。まあ、こういうときは……
「じゃあ、攻撃するからな」
「ああ、望むところ……な!」
バーンが声を詰まらせたのは、奴の剣が粉々に砕けたからだ。勿論、砕いたのは俺だけど。折るだけだと剣が悪いとか言われそうだからな。
「俺は元SS級冒険者の親に鍛えられているからな」
SSS級冒険者だとバレないために親を利用させて貰う。まあ、俺が学院に通っている今も、冒険者アリウスは毎日カーネルの街に姿を見せているから、同一人物とは思わないだろうけどな。
ジェシカとマルシアにはロナウディアから
「アリウス、おまえ……」
バーンは刃がなくなった剣と俺の顔を交互に見ると。
「……凄いな! おまえみたいな奴、帝国にもいないぞ!」
素直な称賛。こいつ、意外と良い奴かもな。
「さすがに大袈裟だろう。帝国にもこれくらいできる奴はいる筈だ。バーン殿下が知らないだけじゃないのか」
これくらいの芸当はS級でもできるからな。帝国にS級冒険者がいない筈がない。
「いや、それにしてもだ……アリウス、俺はおまえの実力を認めるぜ」
バーンはいきなり右手を差し出す。握手を求めてるってことだよな。
こういうバトル漫画みたいなノリは好きじゃないけど、仕方ないから握手する。
「改めて。俺はバーン・レニングだ。アリウス、よろしく頼む。これからは『殿下』は不要だ。バーンと呼び捨てにしてくれ」
「ああ、バーン。こちらこそ、よろしくな」
周りの生徒たちが注目している。別に他人がどう思おうと構わないけど、この暑苦しいノリはちょっと恥ずかしいな。
俺たちに注目している生徒たちの中に、当然ながらソフィアと彼女の取り巻きたちもいた。
「アリウスはもしかすると王国一の騎士になるかも知れないね」
「エリク殿下……」
いつの間にかエリクがソフィアの隣にいる。エリクは良い奴だけど油断ならない一面があるんだよな。ときどき何気ない発言……いや何気なさを装っている発言の中に
ロナウディア王国で俺がSSS級冒険者だと気づいている奴がいるとしたから、1番可能性が高いのはエリクだな。
それは置いておいて。傍目で見るとエリクとソフィアはお似合いだな。
『恋学』の世界なんて俺には関係ないけど、ソフィアが実は良い奴なのは知っているから、素直に応援したいと思う。
『恋学』の主人公にエリクとの関係を掻き回されて、ソフィアが悪役令嬢になる姿は見たくないからな。
だけどさ……ソフィア。なんでおまえはまた俺を睨んでいるんだよ?
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:????
HP:?????
MP:?????
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