第18話:主人公 ※ミリア視点※


※ミリア視点※


 私は乙女ゲー『恋愛魔法学院』、通称『恋学コイガク』の世界に転生した。主人公ミリア・ロンドとして……たぶん。


 断言できないのは『恋学』以外の前世の記憶が曖昧だから。自分が誰だったのかすら思い出せない。

 『恋学』が好きだったことは憶えている。だけど『恋学』のことを思い出すと何故か悲しくなる。


 大切な誰かと遊んだような気がするけど……それが誰なのか思い出せなくて、悲しい気持ちだけが甦る。


 ゲームの世界に転生しただなんて、前世の記憶自体が私の妄想なのかも知れない。だけどそれは違うと思う。『恋学』の記憶が鮮明過ぎるから。


 妄想じゃないことを確かめる方法ならある。私は魔法の才能を認められて、『恋学』の舞台である王立魔法学院に入学するからだ。

 私の記憶通りにイベントが展開すれば、前世の記憶が本物だと証明できる。


 田舎街から王都にやって来た私は『恋学』の最初のイベントに遭遇する。

 学院の寮に向かう途中、貴族の馬車を避けて怪我をした子供。私は彼の傷を魔法で癒した。


「お姉ちゃん、ありがとう」


「別に良いよ。それより怪我が治って良かったわね」


 『恋学』の攻略対象の1人、王国第1王子のエリクに見られていたことは確認済みだ。

 私は学院の制服を着ているから、これでエリクに学院の生徒だと知られたことになる。


 学院の寮に到着すると、今度は金髪碧眼で影のあるイケメンに声を掛けられた。


「おまえ……田舎娘丸出しだな。髪型がダサい」


 彼はエリクの双子の弟、第2王子のジークだ。ジークも『恋学』の攻略対象の1人で、私の推しキャラだった。


「ええ、そうでしょうね。どうせ私は貧乏な平民の娘ですから。王都の貴族様は私の気持ちなんて解りませんよね」


「い、いや……俺はそんなつもりじゃなくて……」


 ゲームと同じ台詞にジークが慌てる。肉食系男子なイメージのキャラなのに、自分が相手を傷つけると直ぐに動揺する。


「ジーク様……この女は何者ですの?」


「いや、サーシャ……俺たちは偶然居合わせただけだ」


 ピンクゴールドの綺麗な髪と水色の瞳の美少女。彼女はサーシャ・ブランカード。ブランカード侯爵令嬢でジークの婚約者だ。


「本当に、本当ですの?」


 サーシャのジト目。彼女は本気でジークが好きだという設定だった。


「そうですよ。私たちは偶然会っただけで、この人と私は何の関係もありません。私は荷物の片づけがありますので、これで失礼します」


 『恋学』のミリアはツンデレキャラで、最初は攻略対象たちに素っ気ない態度を取る。それが彼らには新鮮で、ミリアに興味を持つ。

 ジークは呆気に取られた顔で私を見ていたけど、最後にクスリと笑った。

 これがミリアとジークの最初のイベント……うん。全部、記憶通りだ。私は前世の記憶が本物だと確信する。


 『恋学』の記憶を思い出すと何故か悲しくなるけど、前世の私は『恋学』が大好きだった。

 大好きなゲームの世界に転生するなんて奇跡だから……私はゲームのミリア・ロンドを演じようと思う。大好きだったゲームの世界を壊さないために。


 それからも前世の記憶通りに事態が展開して、私は『恋学』のイベントを淡々とこなしていた。

 学院生活2週間目。次は3人目の攻略対象である王国宰相の息子アリウスと出会うイベントが発生するタイミングだった。


 私は向かったのは学院の図書室。勉強熱心なミリアは授業で解らないところがあって、調べものするために図書室に向かうという設定だ。

 そこで同じように勉強好きなアリウスと出会う。同じ本を取ろうとして指先が重なるというベタなイベントの筈だけど……


「ノエル、その公式は間違ってるから。こっちの公式を当て嵌めるんだって」


「うん、そうか……本当だ。さすがアリウス君だね!」


 アリウスは三つ編みに眼鏡の地味な女の子に勉強を教えていた。こんなシーン、ゲームにはなかった。それにアリウスの雰囲気も……アリウスはインテリ系眼鏡男子で、寡黙で優しい草食系の筈なのに。


 女の子と話しているアリウスは眼鏡すら掛けてないし、なんて言うか……ゲームとは別の意味で存在感があった。

 『恋学』の攻略対象のイケメンだからアリウスが目立つのは当然なんだけど。寡黙で優しいイメージとは真逆で、唯我独尊というか俺様という感じで目立ち捲っている。


 え……どうしてアリウスがゲームの記憶と別人みたいなのよ?

 混乱する私の視線と、アリウスの視線が不意に重なった。


「なあ、おまえ。さっきから、なんで俺のことを見てるんだよ?」


 全てを見透かすような氷青色アイスブルーの瞳。口元に浮かぶ余裕の笑み。それはまるで、私がミリアを演じていることに気づいているかのようだった。


 でもこの表情……どこかで見たことがある気がする。だけど誰なのか……思い出せない。


「あの……ごめんなさい!」


「おい、ちょっと待てよ」


 アリウスの制止を振り切って、私は図書室から逃げ出した。理由は自分でも解らないけど、何故か後ろめたさを感じる。


 図書室から教室に戻る途中で、私は次のイベントのことを思い出した。

 ゲームではアリウスと指先が触れたことを思い出しながらミリアがぼうっと廊下を歩いていると、貴族の生徒とぶつかって絡まれるというイベントだった。


 絡んで来るのはエリクの婚約者である悪役令嬢ソフィアとその取り巻きたち。貴族たちに毅然と立ち向かうミリアの姿を、偶然通り掛かったエリクが見て好感度が上がり、エリクがミリアを助けることで2人の中が深まるという流れだ。


「あ、ごめんなさい……」


「ちょっと待ちなさいよ、そこの平民!」


 肩がぶつかった貴族に絡まれる。ここまではゲームと同じ展開だった。だけどゲームとは状況が違うことに私は直ぐに気づく。


「イザベラ、ソフィア様が平民には慈悲の心を持てと言ってましたわよね?」


「ええ、ローラ。ですがソフィア様はお優しいだけで、わたしくたちに強制した訳ではありませんわ!」


「そうですわね……ソフィア様が私たちよりも平民を優先する筈があり得ませんわ」


 こんな台詞はゲームにはなかった。如何にも貴族という感じの2人が私の前に立ち塞がる。ゲームだとここで悪役令嬢のソフィアが登場する筈だけど、彼女の姿はない。


「さあ、平民。貴族に無礼なことをすればどうなるか、教えてあげますわ」


 私は両腕を掴まれながら中庭に連行される。これもゲームと同じ流れだけど、ソフィアは一向に現れない。それにもう1つ……ゲームと違うことがあった。


 理由は解らないけど、図書室から追い掛けてきたのか。アリウスが私たちの様子を見ていた。


※ ※ ※ ※


ミリア・ロンド 15歳

レベル:22

HP:92

MP:128

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