第14話:やめられないこと


 天井が高い広々としたホールのような空間。体長10mを超える12体の竜がひしめいている。所謂、太古の竜エンシェントドラゴンって奴だ。

 金色の牙と爪、金属のように硬い鱗を持つ色とりどりの竜たちが、一斉にドラゴンブレスを吐いて襲い掛かって来た――


 今、俺がいるのは、ロナウディア王国と大陸の反対側にある高難易度ハイクラスダンジョン『竜の王宮』の最下層だ。

 『竜の王宮』は高難易度ダンジョンの中では最も攻略難易度が高く、俺はグレイとセレナと4年ほど前に攻略済みだ。


 ドラゴンブレスを躱して、竜の群れの中を擦り抜けながら、禍々しい光を放つ2本の剣で1体ずつ確実に仕留めていく。

 エフェクトとともに竜が次々と消滅して魔石だけが残る。俺は5分ほどで12体の竜全てを片付けた。


「さてと、次はラスボス戦と行くか」


 最下層の一番奥には巨大な両開きの扉。扉を開けると視界に広がるのは先ほどのさらに数倍ある広大な空間だ。

 部屋の奥に佇むのは、さっきの太古の竜が可愛く見えるほどの体長25m級の巨大な赤竜――『竜の王宮』のラスボス赤竜王レッドドラゴンロードだ。


「だから、反応が遅過ぎるんだよ」


 赤竜が焔のブレスを吐く前に、射線を避けて加速する。

 奴はブレスを吐きながら射線を動かすが、ギリギリの距離で躱しながら距離を詰める。

 巨大な身体の下に潜り込んで2本の剣を叩き込む。そのまま床を滑るようにして腹を切り裂いた。


「まあ、これくらいじゃ倒せないよな」


 計算通りに・・・・・赤竜はまだ生きていた。金属すら溶かす灼熱のブレスが空砲に終わると、今度は牙と爪で襲い掛かって来る。

 巨体に似合わない素早い動き。だけどこれも遅過ぎる。奴が振り向く前に後ろに回り込んで背中からもう一撃食らわす。


 それでもまだ赤竜の息はあった。俺は巨体を蹴って飛び上がると、奴の顎の下から剣を突き刺す。

 これでようやく赤竜がエフェクトと共に消滅して、巨大な魔石とドロップアイテムが出現した。


 『恋学コイガク』の世界はオーソドックス過ぎて没になったRPGの設定を引き継いでいる。その認識は間違いじゃない。

 だけどもっと正確に言えば、王立魔法学院がある王都周辺の地域だけで『恋学』の世界は完結していて、その外側は完全にRPGの世界だ。


 ロナウディア王国に守られた学院という箱庭で、恋愛脳の生徒たちが『恋学』の世界に没頭する。こんな現実を知ってしまうと結構シュールに感じるよな。

 俺が宰相の地位を継ぐ可能性は低いけど、3年間学院に通うのは親との約束だからな。乙女ゲーの世界なんて無視して、貴族社会を体験する場だと割り切れば良い。


 学院の授業は15時に終わるから、俺は放課後になると毎日転移魔法テレポートで『竜の王宮』に通っている。

 グレイとセレナと3人で世界中を回ったときに各地に転移ポイントを登録済みだから、大抵の場所なら転移魔法で移動できる。


 結局、俺は学院に通うようになっても冒険者を続けている。空き時間に何をしようと自由だからな。

 さすがに俺の都合に付き合わせることはできないから、グレイとセレナのパーティーからは抜けた。だから今はソロでダンジョンを攻略している。

 

 ソロで何処まで通用するか試したいというのもある。所詮、俺が転生してからまだ15年だからな。俺より強い奴なんて幾らでもいるだろう。

 だけど逆に言えば、まだ上を目指せるってことだ。目指すは世界最強……なんて俺はそこまで脳筋じゃないけどな。


 今の俺ならソロでも最初の最難関トップクラスダンジョンなら攻略できる自信はある。だけどソロは失敗したら終わりだから慎重に行動しないとな。

 暫く『竜の王宮』でソロの戦いに慣れて、十分戦えるようになったら最難関ダンジョンに挑むつもりだ。


「まあ、今日のところはこれくらいにするか」


 ダンジョン内の転移ポイントを使って地上に戻る。さらに転移魔法で移動して、冒険者ギルドがある街に向かった。目的は魔石とドロップアイテムの換金と食事だ。

 転移魔法を使えば、距離なんて関係ないから。俺は昔の知り合いがいる街の冒険者ギルドに行くことにしている。


 冒険者ギルドは冒険者たちで溢れていた。時間は18時半を少し回ったところ――ロナウディア王国とは時差が2時間あるから俺の感覚的には20時半だけどな。

 ギルドに併設された酒場でみんな酒を飲んで盛り上がっている。


「よう、アリウス。今日もいつも通りの時間だな」


「ああ。俺はおまえみたいに適当じゃないからな」


 声を掛けて来たのは頬に傷がある強面の男、A級冒険者のゲイルだ。年齢は確か28歳で結構年上だけど、俺とゲイルは気安く喋る仲だ。

 このカーネルの街には5年ほど前に高難易度ダンジョン『ギュネイの大迷宮』を攻略しているときに3ヶ月ほど滞在していた。


 そのときに知り合ったカーネルの街の冒険者たちは気の良い奴ばかりだった。当時10歳で生意気なガキにしか見えない俺にも気軽に話し掛けて来たからな。

 まあ、グレイとセレナと一緒にいたのが大きいんだろうけど。カーネルの街に来る前は、ガキだと馬鹿にする奴は結構いたからな。まあ、全部実力で黙らせたけど。


 ゲイルたちのテーブルの席が一つ空いていたから勝手に座る。


「それに今は門限があるんだよ。なあ、マスター。腹が減ったから肉中心で適当にメシと酒を持って来てくれよ」


 俺がマスターと呼んだ男は、5年前も冒険者ギルド飲食部門の責任者だった。


「門限? 何だよ、それ。アリウス、女でもできたのか?」


「いや、そんなんじゃないって。まあ、こっちの話だ」


 俺が王立魔法学院に通っていることは、他の冒険者たちには話していない。

 そもそも俺がロナウディア王国宰相の息子だってことも知らないだろう。

 冒険者登録するときに唯の『アリウス』と家名まで登録しなかったからな。


 ロナウディアの貴族や学院の連中も、グレイとセレナと一緒に最難関ダンジョンを攻略した冒険者アリウスがアリウス・ジルベルトと同一人物だなんて気づいていない筈だ。


 俺は8年間も社交界に顔を出してないから、冒険者をしていたこと自体はバレている。だけどアリウスなんて珍しい名前じゃないし、両親にはグレイたちのパーティーにいるアリウスが俺じゃないかと訊かれても、白を切るように頼んでおいたからな。


 俺がアリウス・ジルベルトだとバレると色々と面倒なんだよ。訪れた国の王族や貴族に挨拶しろとか社交界に顔を出せとか。そんな無駄なことに時間を使うつもりはないからな。


「なあ、ゲイル。俺は魔石を換金して来るから、注文が来たらこれで払っておいてくれよ」


 ゲイルに金貨1枚を預けると、ギルドの受付カウンターに向かう。


「アリウスさん、いらっしゃい。どうせ今日も大量に魔石があるんでしょう? カウンターに置ききれないから、倉庫に入ってから出してくださいね」


 ギルド職員のイメルダ。彼女も5年前からの顔なじみだ。


「俺が帰るまでに換金が間に合わなかったら、金は明日でも構わないからな」

 

 『収納庫ストレージ』から大量の魔石を出してもイメルダは驚かない。5年前に『ギュネイの大迷宮』を攻略したときも似たようなものだったからな。すっかり慣れたものだ。


「いや別に今さら驚きませんけど……毎回この量と質はどうなんですかね」


 俺は毎日『竜の王宮』の最下層に直行で、5時間くらい連続で攻略している。

 『ギュネイの大迷宮』よりも魔物モンスターが強いから魔石の質は上で、魔物を延々とリポップさせて戦っているから数は500を余裕で超えていた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:????

HP:?????

MP:?????

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