第13話 悪役令嬢の想い ※ソフィア視点※


※ソフィア視点※


『なあ、おまえだって本当はそう思ってるんだろ。やりたくないことに無理して付き合う必要なんてないからな』


 人を見透かすような氷青色アイスブルーの瞳と、口元に浮かべる余裕の笑み。アリウス・ジルベルト――彼は何を考えているのよ!


 私をいきなり呼び捨てにして、勝手なことを言って。息が掛かるほど顔を近づけて耳打ちするなんて……本当に非常識だわ。


 私は王国第1王子エリク殿下の婚約者なのよ。あんなところを殿下に見られたら……いいえ、エリク殿下のことだから爽やかに笑って許すでしょうけど。

 殿下は私のこと信じてるとか、そんなことじゃなくて……所詮は政略結婚の相手だから興味がないのよ。


 ビクトリノ家は三大公爵家の1つだけど、公爵家の中で1番古い家柄というだけで権力は衰退している。

 だからエリク殿下との結婚はビクトリノ家にとって千載一隅のチャンスだ。そうお父様から言われているし、私自身も自覚がある。政略結婚だから嫌だなんて、子供みたいなことを言うつもりはないわ。


 それでも……学院の生徒でいる間は、人生最後の自由な時間を楽しみたいという細やかな望みがある。

 勿論、完全に自由という訳にいかないことは解っているわ。私の周りには常にビクトリノ家の派閥に所属する貴族たちがいるから。


 エリク殿下と結婚することでビクトリノ家の権力が増すと言っても、派閥の貴族たちとの関係を疎かにすることはできない。

 貴族社会は繋がりが大切だから、派閥の貴族たちの信頼を失って孤立するようなことになれば、結局はビクトリノ家は権力を失うことになる。


 だけど、それにしても……彼に言われたからじゃないけど、平民だからと馬鹿にするのは正直どうかと思うわ。自分たちの領民も平民なんだから、領民を馬鹿にすることになるじゃない。


 それに学院の生徒の2割は平民なのよ。平民だからといちいち馬鹿にするの? 同じ学院の生徒なんだから、身分なんて関係なしに仲良くすることはできないのかしら。


「ソフィア様……どうかされました?」


 レイチェルに声を掛けられて我に返る。今、私は派閥のみんなと一緒に食堂で昼食を取っているところだった。

 彼と平民の生徒のことは向こうが引いたことで、みんなも溜飲を下げたようで、お喋りしながら食事を楽しんでいる。


「レイチェル、何でもないわ……」


 レイチェルはビクトリノ家の派閥に所属するクラノス伯爵家の令嬢だ。派閥に所属する生徒の中で一番温厚な性格で、他の生徒のように率先して平民を馬鹿にしたりしない。

 レイチェルがいるから私は救われている。だけど……今は彼が言った言葉と顔が頭から離れない。


『ソフィア、こいつらを止めるのがおまえの役目じゃないのか』


 そんなこと……私だって解っているわよ。だけど私たちの派閥だけじゃなくて、貴族の生徒の多くが少なからず選民意識を持っているのよ。私や彼は少数派だわ。

 それに私には派閥のみんなを守る義務があるのよ。他の生徒との間にトラブルがあれば味方をするしかないじゃない……


「ソフィア様……やはり、御気分が優れないのではありませんか? さきほど、あの男……アリウス様のハレンチな行為がありましたら仕方ありませんよ」


「ハ、ハレンチ……」


 思わず顔が熱くなる。そうだわ……彼があんなことをするから悪いのよ!


 私のことなんて何も知らない癖に、本当に勝手なことばかり言って……もう……彼の顔と言葉が頭から離れない! そうよ、私だって……


「ねえ、みなさん。私の話を聞いて頂けますか」


 私の言葉に派閥のみんながお喋りを止めて注目する。


「さきほどの彼、アリウス卿のことですが……彼の行為は許せませんが、彼の言葉には一理あると思います。先ほどの女生徒はルールを知らずに席に座っていたのですから、今後同じようなことがあれば、私たちは貴族としての度量を見せて許してあげませんか」


 私の言葉に派閥のみんなが戸惑っている。


「ソフィア様……それは平民を優先しろということですか?」


「まさか、ソフィア様が私たちよりも平民を優遇するなどあり得ませんわ」


 したり顔で言う2人はイザベラとローラ。先程の生徒に文句を言って、肩を掴んだ張本人だ。いつも率先して平民を馬鹿にする。


「勿論です。ですが相手の身分は関係ありません。貴方たちの貴族としての度量で許してあげて欲しいと言っているのです」


「ソフィア様は、お優しいのですね」


「ですわ! 私は無知な平民を教育することこそ貴族の義務だと思いますの」


 2人に私に対する悪意はない。だけど平民を見下すことを当然だと思っている。


「ええ。それも貴族の義務の1つですが、私は慈悲の心を持つことも大切だと思います」


 私の言葉は彼女たちの心に届かない。これが私の限界だった。

 派閥のみんなと対立してまで他の生徒を擁護することはできない。

 だけど私の心は晴れなかった。派閥のために彼女たちを守ることが、本当に私のすべきことなのか……


『なあ、おまえだって本当はそう思ってるんだろ。やりたくないことに無理して付き合う必要なんてないからな』


 ああ……彼の顔と言葉が頭から離れない。本当に私が望んでいることは……


※ ※ ※ ※


ソフィア・ビクトリノ 15歳

レベル:14

HP:51

MP:75

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