第12話:悪役令嬢
如何にも貴族という感じの10人ほどの女子に囲まれて、ノエルは本から顔を上げて彼女たちを見る。
「許可って……空いていたから座ったんですが」
「空いていたのは当然ですわ。私たちの席ですもの」
「え……でも、そんなことどこにも書いてませんよ?」
戸惑うノエルを貴族女子が嘲笑う。
「書いてないって……これだから平民は、常識も通じないんですのね。何故空いているか理由を察するくらいのこともできないんですから」
訳が解らないという顔のノエル。貴族女子2人が肩を掴んで無理矢理立たせようとする。
「ちょっと、止めてくださいよ……あ!」
ノエルが抵抗するとテーブルの皿がひっくり返って、彼女の制服を汚した。
「な、何をするんですか!」
「騒がないでくれるかしら。貴方が勝手に暴れただけでしょう」
「そうですわ。ああ、汚い……そんなみっともない格好で、よく人前にいられますわね」
貴族女子たちがさらなる嘲笑を浴びせる。さすがにこれ以上放置できないな。
「なあ、良い加減にしろよ。どう考えても悪いのはノエルじゃなくて、おまえたちだろう」
突然割り込んだ俺に、貴族女子たちの視線が集まる。
「「「ア、アリウス様……」」」
まあ、攻略対象のアリウスは有名人だからな。周りの生徒たちも注目しているけど、そんなことはどうでも良い。
貴族女子たちを無視して俺はノエルに近づく。
「アリウス君……」
「ノエル、おまえも少しは空気を読めよな」
『
周りの生徒たちが騒いでるのは無詠唱のせいだな。学院の生徒のレベルだと、無詠唱で魔法を発動できる奴は珍しいからな。
「アリウス君、ありがとう。でも、私が悪い訳じゃ……」
「ああ、解ってるって」
俺は貴族女子たちの方を見る。
「学院では身分は関係ないことになっているし、誰がどこの席に座ろうと自由だろう。勝手なルールを押し付ける方が悪いよな」
貴族女子たちが言い返さないのは、ジルベルト家の方が爵位が上だからだ。
別に爵位なんてどうでも良いけど、勝手に縛られるなら好きにしろよ。
貴族女子たちが救いを求めるように視線を集めたのは、彼女たちの中心にいる生徒に対してだった。
ミルクベージュの長い髪に碧眼。モブな女子とは一線を画す誰もが振り返るような綺麗系美少女。彼女はソフィア・ビクトリノ。三大公爵家の1つであるビクトリノ公爵家の令嬢でエリクの婚約者だ。
俺はソフィアとも子供の頃に社交界で会ったことがある。だけどエリクとは違って何度か挨拶したくらいだ。あの頃はエリクの婚約者じゃなかったし、大貴族の子供同士として親と一緒に顔見世した。
だけど俺の方はソフィアのことを子供の頃から観察していた。別に美少女だから興味があった訳じゃない。こいつが『
だけどリアルなソフィアはゲームとちょっとイメージが違う。子供の頃は素直で可愛らしい感じだった。まだ子供だからなと思っていたけど。
今も貴族女子たちがノエルを取り囲む中で、ソフィアだけがバツの悪い顔をしていた。なんか無理して付き合っている感じだな。
「アリウス様、貴方も貴族ならお解りですよね。身分は関係ないというのはあくまでも建前で、暗黙のルールが存在することを。ルールを守るのは学院の常識です。それを無視した彼女の方が悪いと私は思いますわ」
ソフィアは毅然と告げる。だけどやっぱり無理しているよな。ジルベルト家の方が爵位が下なのに、俺に対して丁寧に様付してるし。
まあ、理由なら予想がついている。周りの女子たちはビクトリノ公爵家の派閥に所属する貴族で、派閥トップの娘であるソフィアには彼女たちを守る義務があるからな。たとえソフィア自身が彼女たちの方に非があると思っていてもだ。
俺は貴族社会を理解してないんじゃなくて、面倒だから嫌いなだけなんだよ。そう言えば、幼馴染みがソフィアは実は良い奴という裏設定があるとか言ってたな。
「暗黙のルールは解るけど、さすがにやり過ぎだろう。ソフィア、こいつらを止めるのがおまえの役目じゃないのか」
不躾な言い方にソフィアが文句を言おうとするが、その前に俺の方から近づいて耳元に囁く。
「なあ、ソフィア。おまえだって本当はそう思ってるんだろ。やりたくないことに無理して付き合う必要なんてないからな」
息が掛かるほどの距離。恋愛脳の女子たちが黄色い声を上げる。
第1王子の婚約者にするようなことじゃないのは解っている。だけどこうしないと他の奴に聞こえるから、ソフィアは否定するしかない。
バチンッと音が響く。ソフィアが真っ赤な顔で俺の頬を思いきり叩いたからだ。
避けるのは簡単だったけど避けなかった。ソフィアの立場がなくなるからな。
「な……アリウス様、何をするのですか!」
「ああ、悪いな。おまえの顔に見惚れてたんだよ」
勿論、嘘だけどな。ここは乙女ゲーの世界だからな。これくらいことを言っても問題ないだろう。
ソフィアの顔がさらに赤くなり、再び湧き上がる女子の黄色い声と男子の嫉妬の視線。 だけど俺は全部無視して、ノエルの腕を掴むと貴族女子たちの輪から抜け出す。
俺の方が目立ったから、ノエルの件は有耶無耶になるだろう。それにこっちが引いた形だから、貴族女子たちの面子が潰れることもない。
全く……これだから貴族の相手をするのは面倒なんだよ。
「ア、アリウス君……」
「ノエル、昼飯のことは諦めろよ。後で何か奢ってやるからさ」
「い、いや、そうじゃくて……て、手を……」
そう言えばノエルの手を掴んだままだったな。だけどなんでノエルの顔が赤いんだよ。
「ああ、悪い。痛かったか」
「べ、別に痛くないけど……いきなり手を繋ぐなんて、恥ずかしいよ……」
最後の部分は声が小さくて良く聞き取れないけど、痛くないなら問題ないな。
周りの視線もウザいし、とりあえず退散するか。
「ノエル。食器を片付けて来るから、ちょっと待っていろよ」
ノエルの食器の方は貴族女子が職員に言って片づけさせている。
俺は人に押し付けるのは嫌いだから、自分で手早く片した。
ノエルを連れて中庭に行く。全寮制の学院では中庭で弁当を食べる習慣はない。だからこの時間は人が疎らだった。
俺はベンチに座ると『
俺は冒険者だからな。非常時に備えて食べ物や飲み物を常備している。
「え……あ、ありがとう」
ノエルは『収納庫』が珍しいのか、突然出現したパンに驚いていた。
温かい料理も『収納庫』の中にあるけど、俺もノエルも途中まで昼飯を食べていたからこれくらいで十分だろう。
「デザートも食べたいなら言えよ。アイスならあるからな」
「え……本当に? だったら食べたいかな」
女子はスイーツに目がないからな。『収納庫』から皿に乗せたアイスとスプーンを取り出す。
「あの……あのねえ、アリウス君。さっきは助けてくれて、ありがとう」
「いや、俺も頭に来たから勝手にやっただけだ。それよりも早く食べないと、昼休みが終わるからな」
「う、うん……アイス、美味しいね」
何故かノエルの顔が再び赤くなる。今日ってそんなに暑いか……いや、冗談だって。俺もそこまで鈍感じゃないからな。
だけど前世と合わせると俺は40歳だから勘違いなんてしない。ノエルが照れているのはアリウスがイケメンだからであって、俺に対してじゃないことくらい解っている。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:????
HP:?????
MP:?????
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