第4話 撮られていた真実と反逆開始のゴングが鳴る

週明けの月曜日は何となく憂鬱だ。

大好きな週末までが長い。

帰りはいつも20時前、アラフィフの女は身体がクタクタ。

家に帰ったらまず、汗だらけの仕事の空気をまとった身体を洗いたい。

そんな気持ちを抱えながらまたいつもの1週間が始まる。


福祉の仕事をしていると週案や月案といった長期目標と短期目標、活動予定などを決める業務がある。

分かりやすく言うと児童の支援内容を具体的にどうするのかという事なのだが、彩はこの業界ではベテランだが、パソコンを使った事務作業が苦手なのだ。

時代の流れについていけないアナログな自分に嫌気がさすと共に、そんなに頑張らずとも「今」の仕事の仕方を飲み込んでいく若い職員達に嫉妬していた。


以前「おひさま」に配属されていた相沢も仕事が出来る訳ではないがパソコンを扱うのには慣れていたので、作業を終わらせるのは早かった。

それが何となく気に入らなくて彼が考えた活動案にケチをつけ、手書きで修正させた事は何度もある。

その他にもレクリエーションの説明をしている時に意味もなく難癖を言って彼を困らせていた。


予定は未定。

今日はレクリエーションの予定。

今日は防災訓練をする予定。

そう、全て予定なのだ。


今日もいつも通り気に入らない職員やパートの奴らに嫌味の1つや2つでも言ってストレスを発散する。

(だって自分が埋もれてしまいそうになるの。)

若いイケメンのバイト君には優しくしてあげて「頼れるお姉さん」になる。

気に入らない反応をされたら恵と一緒にいびり倒す。

それが今日の彩の予定のはずだった。


朝の11時過ぎにいつも通り少し怠そうな顔で出勤する彩。

「お疲れ様でーす!」

恵と理沙が何か話していて、彩に気付くとそれぞれ挨拶をする。


いつもの日常。

12時になったら昼食休憩を取る。

そして13時にはパートの職員達が来て・・・それから・・・


「こんにちは~!」

ベテランパート職員の萩原だ。

萩原は年配の職員だがいつもきちんとメイクをしていて、若い頃はさぞかし美人だったのが感じられる。

バイトやパートで新しく入ってきた職員にも親切な事から、皆のお母さんのような存在だ。

「おひさま」に入る前は看護助手を長年やっていたらしく、入職当初から気転をよく利かせてバリバリ動いてくれたらしい。

夫と趣味でやっているという家庭菜園で取れた野菜や、お土産と言ってデパートで売っているような少し高そうなお菓子をよく差し入れしている。

(そういう所もうっとおしいのよ。)


「ねぇめぐさん・・・ちょっといいかしら。」

「萩原さんこんにちは。どうしました?」

萩原は恵の目をまっすぐ見れずにどこかもじもじしている様子だ。

「あの・・・ね・・。」

そこに彩が児童の調書を取りに職員室に入ってきた。

「あ!やっぱいいわ!!思い出したら話すわね!」

萩原は彩が入ってくると逃げるように職員室を出た。


「こんにちは~。」

14時出勤のパート職員達が入ってくる。

1番に来たのは羽生だ。

「あ、こんにちは~今日萩原さんも出勤だったんですね~!」

「そうなのよ!よろしくね!・・・・ねぇ羽生さんちょっと来て!!」

「え?どうしました?」

萩原は羽生を更衣室の方へ引っ張るようにして連れて行く。

すると自分のロッカーからスマートフォンを取り出して、いくつかの画像をピックアップして羽生の通知音を鳴らした。

「じゃぁまた後でね!その事は2人だけの秘密よ!!」

「え・・いやちょっと!!!」

羽生は訳が分からないまま自分のスマートフォンへきた萩原からのメッセージを確認する。

「!!!!」

羽生に送られてきたのは、彩と大熊が腕を組んでホテルから出てくる写真や、その道端で口づけを交わしているなんとも言えない写真だった。

「これは・・・。」


浮ついた気持ちと書いて「浮気うわき」と読む。

本当に浮ついていたんだろうなと気付くのはだいぶ後になってから。

後悔した時には大抵本当に大切なものは無くなっているのだ。

自分では気付いていなくとも第三者に見られていた場合は特に。


「萩原さん・・・これ・・。」

終業後に萩原と羽生は先ほどの写真について議論している。

2人はこの写真の件で今日は仕事どころではなかったのだ。

利用児童の子供達と接していても大熊と彩の衝撃的な姿が脳裏をちらついて離れなかったのだ。

「先週末に南越谷あたりで見かけたのよ。」

「あぁ・・買い物してたんですね!ていうか、そうではなくて!!大熊さんは恵さんと婚約したばかりですよね!?」

「そうよ!だからあたしも出勤した時に恵さんに言おうと思ったわ・・でもそしたら彩さんが入ってきて・・!」

「ひゃ・・・怖すぎる!!」

「大熊さんも悪いけど、彩さんだって旦那さんが居るのよ!?」

「えーーーー!!!!私てっきり独身だと思ってました!!あれで結婚出来るんですね!!」

「羽生さん!!だからこそ問題なのよ!これを見てしまった以上・・・」

萩原がスマートフォンの写真を羽生の目の前にかざす。

萩原は羽生よりも10センチくらい低い身長だが、映し出されたスマートフォンの写真の威力は充分届いていた。

「うぇー・・・ちょっと気持ち悪いんであんま近づけないでください・・・。」

羽生は思わずかざされたスマートフォンを落としてしまった。

美男美女という訳でもない、しかも苦手な職員2人のキスシーンなど間近で見せられて気持ちのいいものではない。

羽生もまた、入職当初から彩にきつく当たられていたうちの1人だ。

萩原も同じく。

だからこそ気が合うのかもしれないが、それどころではなくなってしまう事態が吐き気で崩れ落ちる羽生の背後で起こっていた。

「あ・・・羽生さんに萩原さん!まだ残ってたんですね。羽生さんどうしました?大丈夫ですか??」

施設の戸締りをしていた恵が小太りの身体を揺らしながら、羽生と萩原の元に駆け寄ってくる。

「!?」

萩原は落ちているスマートフォンを恵の足元から取り除こうとした時にはもう遅かった。


恵はスマートフォンに気付くと、ゆっくりとそれを拾い上げて映し出されている真実を数秒間見つめた。

「萩原さん・・・・。」

「は・・・はい!?」

恵がどんな表情をしているのか確認する勇気は2人にはなかった。

「もしかして、萩原さんが今日伝えようとしてくれたのはこの事でしたか?」

「え・・えぇ・・まぁ。」

「私の携帯にも送ってもらえますか?」

「え・・えぇもちろん。」

ワンレングスの髪が顔周りにかかっていて恵の表情が見えないが、その声はいつもより低く、冷たさを感じさせた。

「ありがとうございます。この事は何とか自分で解決してみようと思うので、お二人とも内密にお願いできますか?」

萩原も羽生も肯定するしか出来ない雰囲気だった。


「恵さんたら一体どうするつもりなのかしら。」

「さー・・・何か恐ろしくて明日出勤したくないです。」

「あーゆー真面目な人ほど何するか分からないのよね!明日私休みだからどうなったか教えてよね!」

「ちょっと萩原さん楽しんでません?」

「そぉんな事ないわよ~!」


所詮他人事。

だから第三者にとってはどうでもいいこと。

皆結局自分さえ良ければいいのだから。


萩原が写真を見せたのだって本当の正義ではないのかもしれない。


単なる気まぐれ。


退屈な日常にスパイスを加えただけかもしれない。


「さて、これからどうしてくれましょう?」


可愛さ余って憎さ100倍とはまさにこの事かもしれない。


ついこの前まで「愛してる」と何度言って伝えきれないくらい愛に溢れていたのに。

世界中で自分が一番幸せだって胸張って言える自信があったのに。

何をするにも楽しい!

今なら誰にでも優しさを配りたい!

そんな気持ちが身体中から溢れていた恵だったが、今は違う。


(少し眠いけど何とか乗り切れそう。)


(大丈夫うまくいく。)


皮肉ながら次の製作活動はコラージュもいいなぁなどとこの作業しながら思ってしまうのはもはや職業病かもしれない。


実家が新聞を取っていて良かったと今日ほど思った事は後にも先にもないだろう。


早朝にはまた「おひさま」に戻ってこの力作を施設内に張り付ける。


時刻は8時半を周り、9時半には正職員が出勤する頃だ。

今年度異動してきたばかりの理沙は新しい環境に慣れるためにいつも早めに出勤してくるのだ。

「シャッター重すぎる・・・。」

一番に出勤してくるとシャッターを開けるのが暗黙のルールだが、華奢な理沙には少し辛い作業かもしれない。


理沙は手洗いと消毒を済ませると、自分のパソコンの電源を入れた。

「おひさま」で使用しているパソコンのほとんどが古いモデルのため、なるべく早く起動させないと動きが遅くて仕事が進まないのだ。

「ん?あれ・・・」

理沙は誰も居ない事から教室内でユニフォームに着替えようと部屋の電気をつけ、異変に気付いた。

「こ・・・い、つ、ら、は・・・・」


――――こいつらは不倫している。――――


そこにあったのは大きな模造紙がまるで号外のように大熊と彩の写真を添えて貼られていた。

新聞紙の文字を1つずつ切り取って作成された文章と共に。

号外のような模造紙は1つではなく、施設の廊下やキッチン、至るところに貼られていた。

『こいつらは不倫している』の他にも沢山の文章が作成されていた。


『年老いた彩は欲求不満で手近な大熊と長年の不倫関係!?』

『裏切られた恵・・・絶望か?』

『大熊、婚約はフェイク!?』

『醜い2人の肉体関係はいつから?』

『南越谷で逢瀬?人目気にせず熱烈キス!!』

などと内容はどれも誹謗中傷と取れるものばかりだ。


「こんなの恵さんに見られたら・・」

一気に入ってきた膨大な情報量に理沙は耐え切れず、かつての自分の絶対的な上司である「おひさま」の統括部長の直美に電話した。

「もしもし・・直美さん!?実は・・・」

理沙は自分の頭の中を整理しながら焦りを隠せずともゆっくりと直美に自分の目の前で起きている事を説明した。

『話はだいたい分かりました。なるべく早くそちらに向かいますので、理沙さんは恵さんが来る前に何としても片付けてください。』

「はい・・!分かりました!」

直美の声を聞いて少し落ち着いたのか、理沙はいつもの冷静さを取り戻した。

電話を切ると、理沙を急いで模造紙を剥がす作業に取り掛かる。


「それにしても彩さんと大熊さんが・・・」

彩は周りの職員からは評判が悪いが、理沙が入職した時はわりと可愛がってくれた先輩だった。

例えこの模造紙たちを恵に見られる前に撤去出来たとしても、自分は見てしまった。

まさか大熊と不倫しているなんて・・・という困惑した自分を隠しきれるとは限らない。

見てしまった事は変わらないのだ。

自分の先輩が同僚と不倫して、しかも施設長を裏切るような行為をしていたなんて・・・。

そう思うとなかなか作業は進まなかった。

「理沙さーん!」

直美が来たのは思ったより早かった。

「あら、まだこんなにあるじゃない!急いで!」

「あの、直美さん・・・。私思ったんですけど、この事恵さんに伝えた方が良くないですか?」

「・・・どうしたの理沙さん。」

「だって!私は知ってしまったし、恵さんが騙されたままなのを黙っているなんて出来ません!」

「落ち着いて理沙さん。何もずっと黙ったままにしろなんて言ってません。ただ、子の事が真実だったにしても、恵さんだってこんな形で知りたくないでしょう。それに、ここは子供達が来る場所です。こんなものを見せる訳にいきません。」

「直美さん・・・。分かりました。」

直美のこういう所が理沙の信頼を得ているのだ。

「おはようございまーす!!あれ?直美さん?どうしたんですか?」

その声を聞いて理沙と直美は時計を見た。

気が付けば時計は9時を回っていた。

「め・・恵さん・・・おはようございます・・。」

「おはようございます・・・ってこれは!!!」

終わった・・・。

見られてしまった・・・。

「何なんですかこれは!!!????」

恵は今まで聞いた事のないような声の荒げ方で模造紙を掴んで2人に問う。

「落ち着いて恵さん・・私達も今見つけて・・」

「落ち着いてなんかいられませんよ!!!婚約したばかりなんですよ???私は騙されていたんですか???彩さんは私の背中を押してくれた人です!!大熊さんは私と結婚したいと言ってくれました。なのに・・・!!!これは何なのでしょうか!!!???」

「私達にも分かりません・・・とりあえず恵さんは今日は一旦帰ってもらって、彩さんと大熊さんには今から正職員を集めて職員会議を開き、その場で事実確認をしたいと思います。もしもこの事が真実だった場合にはこちらも対処が必要となってくる必要があるので。恵さんもそれでいいですか?」

「・・・分かりました。取り乱してしまって申し訳ありません。」

直美の言葉で少し落ち着きを取り戻した恵は、言われた通り一旦帰る事にした。


さて・・・本番はこれからですよ。



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