第2話 不器用な男と困惑混じりの祝福
「うぅーん・・・」
土曜日の午後、激しい頭痛と腰の痛みと共に見知らぬ場所で目を覚ます。
(そういえば昨日は彩さんと久しぶりにバーで飲み過ぎたっけ・・・。)
慣れない感触と狭いベッド。
飲み干したビールの缶がいくつかと丸めたティッシュが散らかったどこか獣臭い部屋。
自分の家ではないし、記憶が正しければ彩の家ではない。
昨日の後半の記憶が全くと言っていいほどない。
それに腰の痛み・・・。
手探りで自分のスマホを探し当てると、彩からメッセージが来ていた。
『昨日はうまくいった・by恋のキューピッド』
「はぁーーーー????」
思わず大きな声を出してしまった。
(は?恋のキューピッドって何のことか分からないんですけど!!)
「ん?めぐさん起きたの?」
この声は・・・
まさか・・・
くたびれた中年太りのビール腹にタオルを巻いて出てきたのは大熊だ。
「大熊さん!?これは一体どういう事ですか!?」
よく見たら自分はベージュの少し伸びたショーツにくたびれたブラジャーしか身に付けていない。
「ん?どーゆー事って覚えてないの?」
「覚えてません!!説明していただけますか!?」
「そんな怒られてもね・・。だいたい誘ってきたのめぐさんの方でしょ?」
「私が!???てゆーか彩さんは??」
大熊は散らかった四つ足テーブルの上から綿棒を取り出し耳をほじりながら怠そうな顔で言った。
「昨日の夜、彩さんから僕に会いたがってる人が居るってバーに呼び出されたんだよ。そしたら酔っ払っためぐさん押し付けて彩さんは帰ったよ。」
「なるほどぉ~!ってじゃぁこの格好は何ですか!?」
「ほんとに覚えてないんだ?タクシーに乗せようとしたらめぐさんが酔っ払って僕に抱き付いて来たんでしょ。離れたくないって。」
(私が・・・・・?信じられない。)
自分の醜態を淡々と読み上げるように話す大熊は呑気に迎え酒をしていた。
「でもびっくりだな~めぐさんてほんとに処女だったんだね。」
「!!!???」
自分の初体験を知らない間にこの男に奪われてしまった事実と、一番見られたくない相手に醜態を晒してしまった葛藤のはざまで恵は悶えていた。
「めぐさん、スクランブルエッグ出来てるけど良かったらどう?」
「あ・・・いただきます。」
大熊はテーブルに乗っかっていた空き缶やお菓子の食べかすをざっとどかして用意していたと思われるスクランブルエッグに焼いたベーコンを添えて差し出した。
「コーヒーでいいかな・・?」
「はい・・・。」
とりあえずだらしない体型に服を着て食事を置かれたテーブルの横に座った。
地味なプレートに、雑に切られたベーコンと決して見た目がいいとは言えないスクランブルエッグは、不器用な大熊のようだった。
(不器用だけど・・・確かに悪い人ではないかも。)
「あ・・・美味しいです。」
「そう?よかった。」
あ・・・笑った。
自分と話していて自然に笑ってる大熊を見たのは初めて見たかもしれない。
それから数カ月が経ち、恵と大熊はたまに会って身体を重ねる関係にまで発展していた。
だが「好き」とか「愛してる」という決定的な一言はない。
会ってお酒を飲んだ勢いでセックスをするだけ。
その関係に恵はやきもきしていた。
なんせ自分はセカンドバージンとかではなく彼氏いない歴=年齢、しかもアラフォーというこの年齢ではレアな人種だ。
周りの友達が20代半ばにはだいたい結婚していく中、自分はただひたすらに仕事をしていた。
自分は大熊とどうなりたいのだろう・
「訊いてみりゃいいじゃん!私達ってどういう関係?って。」
行きつけのバーでシャンディガフを飲み干しながら彩が言う。
「どうやって?どういうふうに切り出せばいいのでしょう?」
「だからー普通に次会った時でも聞けばいいじゃん。」
「次会う約束してないんですけど。」
「・・・逆にいつもどういう流れで会ってるの?」
「普通に仕事終わった後に何となく・・・帰りが一緒になって・・。」
「えー!!めぐさんの事を待ってたって事?待ち合わせてたんじゃなくて?」
「待ち合わせも何も、プライベートの連絡先知らないので・・・。」
「はぁ~~~~~???」
「何て聞けばいいか分からないし、今さら聞くのも。それに変に訊いて・・・気まずくなる方が嫌なんです。」
「ぶっちゃけ大熊さんとどうなりたいの?」
「どう・・・?」
「このままの都合のいい関係でいるのが嫌ならハッキリ聞いた方がいいね!!」
その通りだ。
正直こんな事になるまで恵の中での大熊は「あの男」という厄介な存在でしかなかったのだ。
それがあの一夜でこんなにも変わってしまった。
厄介な男との初体験。
あの男への気持ちの変化。
自分の中で色んな事が起こりすぎて感情が処理しきれていない。
ただ、大熊と迎える朝は悪くない。
不器用だけど自分のために作ってくれた朝ごはんや、照れ臭そうな笑顔。
あれが自分のモノだったらいいのにと思ったのは事実だ。
「めぐさん、今帰り?」
施設のシャッターを閉めて帰ろうとしたところを先に上がったはずの大熊に呼び止められた。
大熊はいつも定時で上がるし残業は絶対にしない。
そのせいか送迎で帰りが遅くなると、車内に添乗員が居るにも関わらず運転が荒くなる事はだいたいの職員が知っている。
「大熊さん・・・まだ居たんですか?」
「めぐさんそろそろかなとと思って一回帰って迎えに来たんだ。」
(わざわざ私を迎えに・・・?これってもう付き合ってる?)
結局そのまま大熊のバイクの後ろに跨ってまたいつもの流れだ。
大熊の家に着くまで、バイクの走る風に吹かれながら恵の頭の中は悶々としていた。
自宅のドアノブに大熊が手を掛けた時に恵はついに切り出した。
「大熊さん!!!!あの!!!!」
思わず大きな声を出してしまった恵。
「わ!何どうしたの急に。」
いつもと変わらない態度の大熊に少し苛立ちながら恵は話を続ける。
「私達の関係についてです!!!」
「ん?ん?関係?」
「この・・・・たまに会ってセックスするだけの名前のない関係についてです!!!!!!」
築40年程の古いアパートの二階に玄関の前で恵は声を張り上げた。
「めぐさん・・・ここだと目立つし、とりあえず中に・・。」
「見られたら何か問題なのですか!?私は都合のいい女なんでしょうか!???」
「だから・・落ち着いて・・・穏やかにね?」
「答えて下さい!!!!」
今にも火を噴きそうな恵にため息をつきながら大熊は口を開いた。
「・・・僕はもうとっくに付き合ってるつもりだったよ。初めてめぐさんを抱いたあの時から。その後誘ってもめぐさんは断ったりしないから、僕達は同じ気持ちだと思ってたけど。」
恵の圧力に耐えながらも大熊は淡々と答えていた。
「めぐさんは名前のない関係と言ったけど、僕はあの時めぐさんの事可愛いと思ったよ。酔っ払って自分を抑えられなくなっちゃう所とかも含めてね。」
大熊は自分の思っていた以上に自分の事を思っていた事に恵は言葉が出なかった。
「逆にめぐさんは僕の事どう思ってるの?」
「私は・・・。」
もう認めてしまおう。
恵は一度飲み込んでからまた言葉を紡ぐ。
「私はあなたが好きです。」
39歳にして生まれて初めて告白した。
そして人生で初めての恋人。
「めぐさん、そろそろ家に入らない?」
「あ、すいません。」
それでもやはりこの男はこの男なのだ。
恵と大熊が付き合ってから、「おひさま」の雰囲気は一変した。
めぐの行き詰まっている時の苛立ちや、若い男性職員に対しての八つ当たり、彩と共謀して職員を否定する事もなくなった。
何より、花を散らすようにいつも笑顔で居る恵に対して職員が皆首をかしげている。
「めぐさんご機嫌じゃない!うまくいってるのね。」
鼻歌を歌いながら書類を作成している恵に彩がコーヒーを差し出す。
「彩さん・・・!その節はお世話になりました。」
「まさかめぐさんと大熊さんが付き合うなんてね~!」
「ちょっと!!彩さん声が大きいですよ!」
他の職員達はまだめぐと大熊の関係を知らない。
「でもずっと隠しているのはさすがに無理でしょ~!」
「・・・・その事なんですけど、実は・・。」
なんと彩の知らぬ間に恵と大熊は結婚話まで進んでいたのだ。
一週間前。
「めぐさん、もし嫌じゃなければなんだけど、僕達結婚しない?」
「え!!!!」
「勿論今すぐってわけじゃないんだけど、お互いいい歳だし・・あ、全然それだけじゃないんだけど。」
「いえ!!!!嬉しいです!!!!しましょう!!!結婚!!!!」
大熊と恵はまだ付き合って半年も経っていないがお互いもういい歳だ。
そのせいなのか付き合い始めてから2人の関係はトントン拍子で進んでいった。
「・・・という訳なんです。それで近々、婚約発表をしようって大熊さんに言われていて・・。」
「・・・えーーーーー!!!!おめでとう!・・・いいじゃない!おひさまみんなでお祝いしなくちゃね!」
彩は自分の事のように喜んでくれたのか。
恵にとっては祐佳が居なくなってから自分を支えてくれてたのも、大熊と付き合うきっかけをくれたのも全部彩だった。
結婚式を挙げるとなったらスピーチは当然彩に頼むだろう。
「2人とも何かあったんですか?」
パート職員の1人が手洗い場の消毒をしながら心配そうに恵と彩を見つめる。
「ううん!!何でもない!!今はね!」
彩の高すぎるテンションにパートの職員は苦笑いをせずにいられなかった。
「皆さんすみません、時間になりましたのでミーティングを始めたいのですが、その前にお話したい事があります。
いつものミーティングの時間に恵は職員達が着席している中、ホワイトボードの前に大熊と2人で並んで前に立った。
「私事ではありますが、この度私と大熊さんは婚約しました。」
職員達は驚きを隠せなかった。
無理もないだろう。
この「おひさま」にて大熊はほとんどの職員からの評判が悪い。
逆もしかりで恵もだ。
男性職員に厳しい恵がよりによって大熊と・・・と皆驚きを隠せないでいる。
中には「ドッキリ・・・?」とつぶやく職員も居た。
「そりゃ驚くよね。でもね、僕はめぐさんの事真剣なんだ。だから、ね、僕じゃ頼りないかもしれないけど、めぐさんの事一生をかけて守っていくつもりだよ。」
「大熊さん・・・。」
職員達の何とも言えない空気に包まれている中、事情を知っている彩が切り出した。
「はい!!という訳でめぐさんと大熊さんをおひさま職員みんなで暖かく祝福しましょう!」
彩のこの一言によってちらほらと拍手が起こり始めたが、職員一同怪訝な表情を隠せないでいる。
「おめでとうございます・・・。」
「おめでとー・・ございます。」
人生初の恋人と婚約が一気にやってきた恵はやはり花のように笑っていた。
気持ちが高揚しすぎて周りの反応なんて気にならなかったのだ。
その中で1人不敵な笑みを浮かべている者が居るとも知らずに・・・。
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