第9話 メインと小鉢
おれは勇気を振り絞って
『今日は食事じゃなくて話したいことがあるんだ。時間をくれないかな?』
そんなメッセージを送る。
『わたしもりょう君に話したいことがあったから』
『う~ん、やっぱりバレたんだろうな、栄養不足で入院した理由』
おれは、正直に言えば璃里はわかってくれるだろうと思い、あまり捗らなかった仕事を片付ける。
『今日はちゃんと話して味噌汁とご飯でいいかな。野菜は残り物入れよう』
そんなことを考えながら自宅に着き、一息ついてから璃里に連絡した。
「え……」
「ひっ……ひっく……」
「りり! どうしたんだよ?」
「と、とみゃらなぁにょぉ……ひっ」
「少し落ち着こう! りりが泣くことなんて何もないだろ? 謝らないといけないのはおれなんだし」
「ひっ……えっ?」
「いや、ほら、昨日ゲームしてるのバレちゃっただろ? 前入院したとき食事も忘れてゲームしすぎて栄養不足で倒れて入院したんだよ。本当に隠しててごめん」
「え?」
「いや、最近はゲームとかはほとんどしてないんだよ。ちょっ、ちょっと料理するのにはまってきててさ、煮物とか挑戦してるんだよ」
「ちょ、ちょっと、りょう君はなんの話してるの? わたしのキッチンの話でしょ?」
「え?」
キッチンの話なんて検討もつかない。
「キッチンの話って?」
「え、わたしが酔っぱらった日キッチン見てないの?」
「見てないよ。キッチン隠れてるよね?」
「だって机にペットボトルあったし、冷蔵庫から出してくれたんでしょ?」
「え、あれは帰りに自販機で買ったやつだよ。もし吐いたら口の中気持ち悪いの嫌だろうなって思って」
「あ、そうだったんだ」
「で、キッチンがどうしたの?」
「わたし……わたしね……りょう君と出会うまで料理なんてしたことなかったの。でも料理もできない女だって思われるの嫌だからアプリ見て頑張るんだけど、いつもキッチンがぐちゃぐちゃになって。あの日はデートの服選ぶのに時間もかかってキッチン散らかったままだったの……」
『そうだったんだ。りりはおれのために頑張ってくれてたんだな』
「あ、あとね、普通に太る体質だから、りょう君と食事するようになって筋トレとランニングもしてたの……」
「そこまでしてくれてたのか。そんなこと知らずほんとにごめん。で、ありがとう」
「嫌いになったり……しない?」
「もちろんだよ、おれはりりのことが好きだよ」
「よかったあ」
「あのさ」
「料理って楽しいな」
「わたしは食べ専がいいかなあ」
「これでお互い隠しっこ無しだな」
「そうだね~、より仲良くなれた気分だねっ」
二人で笑った。
『よしっ、決めた!』
……五年後……
早朝六時。
『ガラガラ』
ガラスがはめ込まれた格子扉の引き戸を開ける。
まずはエプロンをつける。
その流れで、昨日水につけて仕込んで置いた切り干し大根、ひじき、干し椎茸、干し海老の状態を見る。戻り具合もだし汁もいい感じだ。
いつものようにかつおだし、昆布だし、煮干しだし、合わせだしを作る。
切り干し大根は千切りにした人参と油あげと一緒にかつおだしで甘めに炒め煮する。
ひじきは小さめに刻んだ鶏肉と大豆を入れて醤油と昆布だしでさっぱりめに煮る。
干し海老は冬瓜と合わせだしで清々しく少しとろみをつける。
その他も要領よく調理を済ませていく。
椎茸と里芋煮。だし巻き。カボチャと合挽き肉団子煮。蛸と胡瓜の酢の物。筑前煮。自家製漬け物盛り合わせ。鯵の南蛮漬け。
毎日、日替わり小鉢をだいたい十種類。
ランチは魚定食と肉定食を選べる。メインとご飯と味噌汁。
今日のメインは、ハンバーグか鯖塩だ。
味噌汁は煮干しだしに、キャベツ、玉ねぎ、ワカメにした。
あとは小鉢を自由に取る形式だ。小鉢は百円~二百円でお皿の色を変えているから後から精算できる。
『そろそろ店を開ける時間か』
『ガラガラ』
「やってますかあ?」
「りり、そうじゃないだろ」
「えへっ。今日も頑張ろうね~」
「あぁ、今日も頼むよ」
「任せといて! りょう君の期待に応えるよ~!」
おれは、璃里用の十区画に別れたお皿に小鉢用の料理を少しずつ盛り付ける。
「わあ、今日も美味しそうだね~」
十二時になるとどんどんお客さんが入ってくる。
魚はまとめて焼いたのをすぐ二度焼き、ハンバーグは煮込み鍋から要領よくよそう。
璃里はこの店のど真ん中の席に座っている。
真ん中の机と椅子は璃里専用だ。
「じゃあ、みんな~、一緒に~」
「いただきますっ!」
璃里がそう言うと、お客さんも声を揃える。
「いただきますっ!」
璃里は小鉢の少しずつを食べていく。
「椎茸の旨味が里芋に染み込んでだしがきいて美味しい~」
「だし巻きもたまごがふわふわでやさしいだしの味~」
「冬瓜はさっぱりなのに餡が絡んで海老の旨味が口の中に拡がる~」
「切り干し大根と大豆の食感もいいし、醤油加減も良くてこれはご飯進むね~」
店内にいるお客さんが璃里の食べている姿を見て、席を立ち小鉢を取り出す。
『食べているりりはやっぱりなんか可愛い』
璃里のおかげで小鉢がどんどん無くなっていく。
お客さんが店を出る入れ替わり際に、今日は璃里ちゃん最初から見れずに残念だったな、おれは冬瓜とだし巻きにしたよ。と情報伝達していく。
璃里はその後も人の出入りを見ながら美味しく食べる。
十三時には予定どおり小鉢もメインも全て無くなる。
「りり、さすがだな」
「だって、りょう君の作る料理はほんとに美味しいんだも~ん」
この店は璃里の食べているところを一目見たいとランチ時は席の取り合いになる。
「そう言ってくれるとうれしいよ」
「わたしにとってはこのお店『
「それはどっちの意味でだ?」
「どっちもだよ。りょう君の『亮』と璃里の名前で
「なら、よかったよ」
「でも食べ専でほんとにいいのか?客寄せパンダみたいに思う人も中にはいるだろうし~」
「そんなの全然気にしないよ。わたしは毎日りょう君の料理を食べれるだけで満足だしっ」
「そうか、りりがいいならいいんだけどな」
「うん、これからも一緒に食事していこうね~」
「あぁ、そうだな」
「あ、そうだ、今日は試作品もあるんだ。食べてみてくれるか?」
「もちろんだよ!」
「じゃ、ちょっと待ってて」
「はあ~い!」
おれは厨房に戻り、すぐに下ごしらえ済みの鶏肉を焼く。
味付けはもちろんアレだ。
「お待たせ~っ」
「めちゃくちゃいい匂いだね~」
「そうだろ、でもランチだから嫌な人もいるかもだけどな」
「そこは魚定食もあるし大丈夫でしょ」
「はいよ、お待たせ。ガリバタチキン!」
「うわぁ、ニンニクとバターの香りが食欲そそるね~!」
「バターはあの思い出の牧場のだよ。交渉して入れてもらえたんだ」
「すご~い!産地直送だね~」
そう言いながら、璃里は一口食べた。
「いきなりガツンとくるニンニクの香りに醤油の甘辛。その後にバターの甘味とこくが。鶏の油にマッチしまくりだね~」
「りょう君!これはほんとに箸が止まらなくなるやつだよ!」
「ご飯めちゃくちゃ進むと思う。めちゃくちゃ美味しい~。思い出の味だねっ」
「そうか、なら、よかったよ」
すぐにお皿は綺麗になった。
「ごちそうさまでしたっ!」
彼女の食事風景に飲み込まれた結果、おれは人生を狂わされる「G’sこえけん」応募作 宗像 緑(むなかた みどり) @sekaigakawaru
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