第8話 筑前煮と煮物
途中の自販機で水は購入した。
「りょうく~ん、気持ち悪い~。もう歩きたくない~」
「そうだな、少しゆっくり歩こうな」
そういったが璃里はその場にしゃがみこんだ。
「もう少しだから歩こう」
「いやだ~! りょうくん、おんぶして~」
『これはほんとに無理なやつっぽいな……
おとなしく言うこと聞くか』
おれは璃里に背を向けてしゃがむ。
「わかったよ、ほら」
「う~気持ち悪い~」
喜ぶ元気もないらしい。
背中に璃里の柔らかさを感じるがそんな気分にもなれない。
とりあえず家に着いたので、鍵を開けさせソファに璃里を寝転ばせた。
「う~」
『家めちゃくちゃ広いな。キッチンも対面なのに引戸が付いてて締めれば見えないのか、入り口もドア付きだし。なかなか凝った造りだな。でも璃里は綺麗にしてるなぁ、おれとは全く違うよ』
おれは璃里を家の近くまで送ったことはあったが、実際に家を見るのは始めてだし、もちろん、家の中まで入ったこともなかった。
「りり、大丈夫か?」
璃里から返事がない。どうやら寝てしまったようだ。
おれは、椅子に掛かっていた大きめのタオルを璃里に掛け、家を出た。鍵は締めてポストから落とす。
『鳥ッキーの味付けよかったな。璃里が言うには醤油とみりん、酒と砂糖か。今度鶏肉焼くとき試してみるか。璃里が牧場で言ってたガリバタチキンなるものもまた調べよう』
そんなことを考えながら実家に帰った。
翌日。
璃里に体調はどうかメールしたら、大丈夫だけどもう少し休みたいから今日のご飯はやめとくねとだけ連絡がきた。
まあ、あれだけ酔ってたしゆっくりしたいんだろう。
おれは特にすることもなかったので、母さんに料理のレシピをメモしてくれと頼んだ。母さんは目を見開いて驚いたが、しばらくして鼻唄混じりにたくさんのメモを書いてくれた。煮物やハンバーグ、魚の煮付けやグラタンまで。ガリバタチキンも聞いておいた。
……
おれは中学の頃、次第にチャットやオンラインゲームに没頭しだした。
最初は母さんが『ご飯よ』と呼びにきてくれて、家族で食事をした。父は物静かな人で特に仲良くはなかった。
しばらくすると、食事よりもゲームの時間が大切になった。だから、母さんに頼んで部屋の前に食事を置いてもらってチャットしながら食べるようになった。
食事にあまり興味が出なくなったのはそれからだ。
だから、同期に誘われた食事会に行ったのも、ただの人数合わせに頼まれた結果で単なる偶然だった。
でもそこで璃里と出会い、食べるときにどんな味がするのか教えてくれるようになってから料理に興味がわいた。
やってみると、案外ゲームに似て楽しかった。
強い武器が欲しいから戦ってお金を稼いで買う。
武器を強化したいときは材料を集めて合成する。
キャラやスキルを自分好みにしたいから、また戦って習得する。
味噌汁が飲みたいから、材料を買って作って食べる。
味を自分好みにしたいから、材料をかえたりしてまた作って食べる。
スキルを覚えてる気分だ。
そう思ったら不思議と料理をするのに抵抗がなくなった。
もちろん最初は味噌辛かったり、水くさかったりした。
おれは古い記憶を漁った。
小学校の頃、調理実習で作った味噌汁。
『たしか先生が料理はだしが決め手だって言ってたな。璃里もだしの素とか使ってたし』
結果、だしの効いた味噌汁にはまった。
かつおだし、昆布だし、煮干しだし。合わせだし。
キャベツ、豆腐、ほうれん草、カボチャ、玉葱、油揚げ、長ネギ、茄子、たまご、なめこ、里芋、豚肉。
璃里と食事しないとき、最初は味噌汁とご飯で十分満足した。
ただ、一緒に食べるときはおれが決めたメニューなのにスーパーで買うだけしかできない。
だから、瑠璃の食べているものがいつも美味しそうで、自分好みの味付けのものが食べたくなった。たぶん璃里が食べているから余計にそう思った。筑前煮。豚ジャブサラダ。冷麺。
だしは毎週各一リットル作って冷蔵庫で保管し1週間で消費するようになった。
休みの日、試しに筑前煮を作ってみた。合わせだしに砂糖、醤油、みりん。璃里が言っていた調味料だ。味は薄かったが、だしが効いているので美味しかった。璃里は特に作ったか買ったのかは聞かなかったので作ったとは言わなかった。
おれは次第にゲームをする時間が少なくなった。明らかにそれとわかるゲーミングチェア、真ん中が横置きで両サイドが縦置きの27インチ画面三台が放置された。
月曜日の夜。
メニューは母が持たしてくれたごった煮。
いつものように食事をするが璃里の元気はなく、煮物もあきらかに買ったもののようだ。
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ。酔っぱらってごめんね」
「あぁ、全然いいよ」
いつものように解説が出ないし、美味しそうじゃない。こんな璃里は初めて見る。
「ねぇ、りょう君。なんかわたしに言うことない?」
『まさか、寝込みを襲ったとか思われてるんじゃないだろうな』
「いや、特にないよ、襲ってもないからな」
そう言うと、璃里は『そっか、じゃ、そろそろ切るね』と作り笑いで言った。
おれは様子が変だなと思いながら切ろうとしたら手から電話が滑り落ちた。
電話は机に置いたお皿に寄りかかり、ゲーミングチェアの方を向いた。
『ヤバいっ、見られたっ! ゲームして食べてなかったの絶対バレたよっ!』
「あ、ごめん。携帯滑らせた」
「うん、大丈夫だよ。また明日ね」
そう言って璃里は電話を切った。
『璃里の機嫌がなんかいつもと違うのに余計怒らせたかなあ』
色々考えた結果……
『明日正直に言おう!』
そう決心した。
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