第3話 牛乳とラーメン

 今日は久々の連休で地元に戻って璃里りりとデートだ。


「りょうく~ん!」

 

 ピンクのワンピース、斜め掛けバッグに麦わら帽子の璃里が遠くから手をふってこっちに歩いてくる。


『は、恥ずかしい』


 駅のロータリーからおれは遠慮がちに手をふった。


「お待たせっ」


 今日はとりあえず牧場に行く予定だ。


「乳絞りして牛乳飲んだり、バター作り体験とかソフトクリーム、楽しみだよね~」


「りり、それ全部食べる系じゃん。餌やりとかもあるだろ?」


「それは時間があればねっ」

 牧場までのバスに揺られながら会話を楽しむ。


 到着して早速、今日の体験時間の案内を見て、璃里はスケジュールを練っている。


「決めたっ! 喉渇いたから牛乳飲んで、お昼してからバター作り体験してソフトクリーム!」


「まあ、時間的にもそれがいいだろうな。でも、牛乳飲むんじゃなくて、搾乳体験だろ?」


 細かいことは気にしないで。と言いながら、牛舎に移動して一通り説明を受けてから、乳牛の隣に璃里としゃがむ。


「どっちがうまく出せるか勝負ね」

 璃里が戦闘態勢に入る。


「お~すご~いっ、シューって勢いよくでるねっ!」

 どうやらセンスがあるらしい。


『ヤバイッ、このままじゃ負ける!』

と思ったとき、事件は起きた。


 牛が璃里の方に一歩近づいて、その圧に押される。


「キャッ!」


 璃里は態勢を崩して、後ろに尻餅をつく一歩手前で地面に手をだし身体を支えた。


『お、今日は白のセクシー系だな』


 おれはいいものを見れたと思っていると璃里がすかさずつっこむ。


「ちょっと~、りょう君絶対見たでしょ~!」


 おれは否定する前に璃里の顔をみた。


「りりっ!」


 顔が牛乳まみれだ。


「大丈夫か?」


「びしょびしょ~! あ、でも濃厚で美味しい~っ」

璃里は舌を出して口の回りをペロペロ舐めている。


「おいおい、先に顔拭かないと」


『てか、顔に牛乳かかった状況で舌を出すなよっ、ドキドキするだろっ』


 飼育係さんが慌ててタオルを持ってきてくれた。


「大丈夫か?」


「うん、ギリギリで手をついたからスカートは大丈夫そうだし、顔だけ~」


 そう言いながらタオルで顔を拭いた。


「なら、よかったよ。勝負は引き分けな」


「それはいいけど、絶対見たでしょ~!」


『見たけどそれよりも舌出したときの方がドキドキしたわっ!』


とは言えず、不可抗力だと璃里に告げる。


「まあ、りょう君だから、別にいいんだけどねっ」


 璃里が顔を赤くして照れながらおれの顔を見上げた。


「ならよかったよ。でも思ったよりセクシー系だったけどな」


 そう言うと、璃里は耳まで真っ赤にしながら牛のようにモーモー言って、おれの胸をポカポカ叩いてきた。


「さあ、りりの楽しみの牛乳飲もうよ」


 おれはさっとよけて、牛乳交換所を指差す。

この牧場は搾乳体験をしたら、牛乳が一杯無料で飲める。


「そうだねっ、いこいこっ!」


 上手く話を反らせたようだ。


 コップに一杯ずつ牛乳を受け取る。


「やっぱりこれ飲むときは腰に手を当てないとだよねっ」


「それはテレビの見すぎだろ?」


「りょう君も一緒にしようよっ!」


まあ、人もそんなにいないし大丈夫だろうと2人で腰に手を当てる。


「「いただきますっ!」」


 いつもどおり璃里の様子をまず見る。


『ゴクッ』


「うん、普通の牛乳より濃厚~! あ、でもさっき舐めたのよりは、甘さが少しない気がするなあ」


「そりゃあ、殺菌処理とかはされてるだろうからな」


「なら、私は貴重な味見ができたんだねっ!」


 腰に手を当てたまま、りりはラッキーだと喜び、再度勢いよく牛乳を飲む。


『ゴクッゴクッ』


「ぷはあ、やっぱり普通に買うやつよりは濃厚だし、まろやかで美味しいね~」


 おれも一緒に飲んだ。


「ほんとだ、濃厚で美味しいな」


 璃里は飲み干して満足したようだ。


「お昼はなに食べる? あ、あれにしようよっ、ミルクラーメンだって! あ、牧場ラーメンもあるよっ!」


 満足したと思ったら勘違いで、もう次に切り替えていただけだった。


「りょう君は牧場ラーメンね、私はミルクラーメンに決めたっ!」


「まあ、別にいいけど、決めるの早すぎだろ」


 璃里はもう食券機にお金を入れている。


「味見のしあいっこしようね!」


『やっぱり食事の話をするときのりりはなんか可愛いよなぁ』


「わかったよ」


 おれは牧場ラーメンを食べることになった。牧場ラーメンはトマトとか野菜たくさんに、バターとチャーシューがのっている。


 ミルクラーメンは手作りソーセージとコーン。バターはお好みでできる仕様だ。


『味変好きのりりらしいなっ』


 そう思いながら、ラーメンが置かれたお盆を受け取る。


 椅子に座って璃里と目を合わせる。


「じゃあ~、一緒に~」


「「いただきますっ!」」


 いつもどおり璃里の様子をまず見る。


 璃里は帽子を脱いで、髪を耳にかけながら麺を持ち上げ、『フーフー』している。


『ズルッ』


「う~ん、麺がモチモチッ! ちぢれ麺だから、スープも思ったより絡んで濃厚で美味しいっ!」


『ズルッ』


「鶏ガラスープベースだね。そこに牛乳の濃厚さが合わさって相乗効果がでてるよっ」


 箸が止まらないらしい。


 おれもその姿を見て食欲がそそられる。


『ズルズルッ』


「うん、おれのも美味しい。野菜の味もいい感じだな」


「このウインナー、牧場で作ってるんだって」


 箸でサッと挟みウインナーを咥える。


「噛んだ瞬間、肉汁が溢れるよ。肉も荒みじんと普通のみじん切りが混在してて食感もいいし、香草もいいね。なんたって油が。ジューシーだよ!」


 そう言って、ウインナーを口に咥えながら、チューチュー、油を吸っている。


『それは駄目なやつだろっ』


 そう思いながら、少し興奮してしまう。


 牧場ラーメンも鶏ガラベースに牛乳で味付けされている。チャーシューの味も混ざって美味しい。


「りょう君、交換しようよっ」


 既におれの目の前のラーメンが入れ替えられる。


『ズルッ』


「お~こっちは豚骨スープだね~。野菜の出汁もしっかり出てて、トマトの酸味がアクセントになってる。スープパスタに近い感じだねっ」


 鶏ガラじゃなかったんだ……


 おれの味覚大丈夫かな……


「どっちも美味しいよな」


「じゃあ、お楽しみしたいから返すねっ」


 璃里はまたラーメンを入れ替える。


「さぁ、お待ちかねのこれこれっ」


 そう言ってバターを投入し、スープを混ぜて溶かしこむ。


『ズルッ』


「う~んっ! さっきよりも濃厚でコクもたされて、口の中にバターの香りが膨らんで、美味しいっ」


 耳にかけた髪と額に少しの汗、ラーメンを食べている璃里は可愛い。


『ゴクッ』


 最後は器を持ってスープを飲み干す。


「ぷはぁっ。このスープなら、もう一杯飲み干せそうっ!」


「それはやりすぎだろっ」


 おれもスープを飲み干した。


「美味しかったね~」


「「ごちそうさまでしたっ!」」

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