鉄巨人は屈強な青白い身体をもち、巨大な斧を振り回すモンスターだ。しかし、直接見たことのある人はいない。記録によれば、何かを守護するモンスターだと記されていた。

 その鉄巨人が目の前にいる。クラサメは鉄巨人の斧を軽快なステップで避けつつ、氷魔法を撃ち出していた。鉄巨人の足が地面と氷で繋がり動けなくなったのを見計らうと、クラサメは目にも止まらぬ速さで鉄巨人を圧倒していた。

 朱雀の民は十八歳頃をピークに魔法力はほとんど残らないというのに、なぜクラサメは魔法をこうも容易く行使することができるのだろうか。記録では現在二十五歳であったはずだが、とテオは右肩の出血を抑えるため布で縛りながら柱の影に身を隠し考えていた。

 布で縛り上げ、柱の影から遠くのクラサメと鉄巨人の戦闘を見ると、ちょうどクラサメが鉄巨人の胸に氷剣を突き刺し、剣を抜いた隙間に氷魔法を発動させていた。鉄巨人が膝から崩れ落ち、上半身からは氷の鋭利な柱が幾つも内側から飛び出して身体を貫いていた。

 クラサメがテオの隠れている柱を一瞥する。またしてもクラサメは無傷に近かった。しかし、ついに魔法力が切れかかっているのか、氷剣を解除し、携行用ナイフを取り出していた。

 テオは隠れるのを止め、クラサメの前に堂々と姿を現した。


「……貴様に殺されるのなら、私としては本望だよ「氷剣の死神」よ」


「そうか……ん?」


 クラサメが何かに気付き歩みを止めた途端、部屋の入口のほうから叫び声のような喧騒が聞こえてきた。直後、何人もの水色のマントを羽織った朱雀兵がクラサメとテオの足元に吹き飛ばされてきた。クラサメが近くの女性兵士の手を取り叫んだ。


「1組! なぜここまで来た! 作戦はヴァイルの踏破だと伝えたはずだぞ!」


「す、みま……せん。隊長を置いていくことなんて、私たち……に、は」


 言葉が言い終わる前に、クラサメの手から女性兵士の手がするりと抜けて地面にした。

 部屋の入口には赤い鉄巨人――データによればウルフマライターというらしい――が鉄巨人同様、巨大な斧を持って朱雀兵の壁魔法をあらかた粉々にして破壊した。

 気付くと、横にいたはずのクラサメが目にも止まらぬ速さでウルフマライターに近付き跳躍すると、赤い鉄巨神の顔面に炎魔法を浴びせていた。ウルフマライターは膝から崩れ落ちるものの、倒せる気配はなく、一時的に戦闘能力を麻痺させたにすぎないようだ。

 クラサメと意識のある朱雀兵は、救護を要する兵士を脇や肩に抱えると、一目散に部屋の最深部にある古代の飛空艇の操縦桿の近くに下ろした。


「候補生はここで待機、飛空挺を出せるなら出してよし。ここは私が食い止める」


 そう言い残すと、クラサメは残った魔法力をひねり出すように右手に左手を添えると、標準をウルフマライターに合わせ、一定の距離に入った瞬間を見計らって「極大魔法、ブリザガ!」と言い放った。

 クラサメの右手からはいままでに繰り出してきた氷魔法とは比にならないほどの威力の衝撃が走った。刹那、モンスターだけではなく、壁から床、天井までもが氷漬けにされていた。

 テオはこのとき、どうしてクラサメは限界を超えて魔法を使えるのか理解できた気がした。それは、仲間を想う力、助けたいと願う気持ちなのだと。

 忘却の彼方に消えてしまいそうな記憶のなか、テオが戦場で仲間を助けようとしてルシになったときのように――。


 クラサメは片膝をついて、終いには氷漬けにされた床の上にした。身体の限界がきたのだろう。魔法力だけじゃなく生命力も尽きかけているのが、テオには同じ境遇を通ったものとして伝わってきた。

 テオはクラサメのもとに近付くと、首元を左手で掴み上げ、最深部にある飛空艇まで引きずった。朱雀兵たちは朦朧もうろうとしながらも、テオに敵意を向けてくる。それもそうだろう、私はこいつらにとって最大の敵なのだから。

 テオはクラサメの意識がなくなったのを確認すると、朱雀兵に向かってクラサメを投げ渡した。そして、白虎の乙型ルシのみが持つ特殊能力、『魔導強化』を飛空艇に施す。

 はじめは能力を使っても飛空艇が起動するかは不安だったが、傍らにあったクリスタルを見て確信した。

 朱雀のルシ・サトリ。彼女もまた朱雀クリスタルに魅入みいられ、ルシとされたのだろう。記録によれば、彼女は約三百年前の朱雀のルシで、千年以上前に何者かによって造られたとされるこの飛空艇の修繕・改造を使命とされたらしい。クリスタルの意思はだ。飛空艇の修繕・改造が戦争の長期化に直接繋がるとは考え難い。これは未来を予知してのクリスタルの采配なのだろう。

 そう、ここでクラサメたち朱雀兵を飛空艇で本国に送り届けるのが、私の使命なのだ。


「飛空艇――セッツァーよ。我が魔導の力で再び空を翔け、朱雀のルシの使命の下、世界に変革をもたらせ」


 飛空艇は地響きを轟かせると、青空の向こうへと飛びだったのだった。

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