『1組! 冷静にウォールで銃弾を防ぎつつ、ブリザド系魔法で応戦せよ』


 クラサメは後続の1組に指示を迅速に出すと、自らも軍用チョコボの綱を手繰り方向転換しようとしたときだった。頭上から無数の銃弾の雨が降り注いできたのを素早くウォールで防ぐ。すると、先ほどまで誰もいなかったところに人影が現れていた。

 クラサメの目の前には白虎を連想させる仮面を被った人間が立っていた。しかし、白虎兵とは違い、厳つい仮面は口元まで覆っていた。銃口をクラサメに向けると、仮面の人物は語りかけるような丁寧な口調でクラサメに話しかけた。


「はじめまして、「氷剣の死神」だったか」


「……白虎のルシ、か」


 クラサメは相見あいまみえただけで仮面の人物をルシだと見抜くと、間髪なく魔法で氷の剣を右手に宿した。白虎のルシを前にしても冷静でいられるほど、クラサメの心には既に恐怖というものはなくなっていた。

 ルシと相対して勝てる人間はいない、これは常識といっていいほど当たり前のことだったが、クラサメにはその常識を覆す実力があった。

 ルシとの距離はほんの十メートルほど。銃口から飛び出た弾を避けることはほとんど不可能だろう。それをわかった上でクラサメは迷うことなくルシとの距離を一気に詰めにかかった。

 ルシが持つ銃口から火花――マズルショットが視認できた瞬間、クラサメは右手の氷剣で銃弾を水平に斬り捨てた。マシンガンのように撃ち出される銃弾のうち、避けきれないものだけを的確に斬っていく。それはもう人間業などではなく、狂気に満ちた者だけが織り成すことのできる、恐怖を捨てた代価だった。

 テオは初発を斬られた瞬間には、南の方角に位置する滅びしヴァイルの地へとクラサメを誘導しながら逃走した。


「信じられぬ力だ、ルシ以上に強いのではないか「氷剣の死神」よ」


「ルシに言われてもお世辞にしか聞こえないな」


 言葉も弾丸も流すように斬り捨てていくクラサメに追いつかれたテオは、ついに携行していた長刀でクラサメと剣を交じらわせた。ルシの力で強化されているはずなのに、クラサメはそれと同等か、それ以上の力でテオに向かって剣を振り下ろしてくる。少しでも距離が開くと多重魔法を打ち込まれ、テオの身体からは赤色の液体が飛び散り、仮面や腕を穢していった。

 滅びしヴァイルの地を越え、大陸の最下端に位置するサイレントヤードの奥にテオが逃げ込んだときには、右肩は斬り落とされ、左脇と左足の太腿には何度も剣が貫通した跡ができていた。それに対し、振り返って目視したクラサメには傷が一切なかった。テオは力尽き膝から地面に崩れ落ちた。


「白虎ルシ・テオ、といったか」


 剣のきっさきを倒れたままのテオの額に突きつけたまま、クラサメは質問をした。


「白虎兵がなぜ西ネシェル地区にいた」


「シド元帥のご命令だ」


「どういう命令だ」


「答えることはできぬ」


 クラサメは神妙な顔つきで、剣を持ち上げた。


「流石は戦場に身を置く兵士だ。それは、敵であっても同じだ」


 テオは目を閉じ、最期のときを静かに待った。使命を果たすことができなかったのが唯一の心残りだったが、この負けは恥ではない。新たな歴史の幕開けになるのだ。それは、クリスタルの意思――。

 いつもより時間が経つのが長く感じられた。しかし、いつまで経っても剣が振り下ろされることはなかった。目を開けるとそこには、鉄巨人という大型のモンスターと対峙するクラサメがいた。

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