壱
鴎歴841年、皇国元帥であったシドは、白虎ルシであるテオを政務室に呼び出すと、彼にある一つの望みを託し、そして一つの命令を下した。
「テオよ。オリエンスを統一してクリスタルの力を集結し、あの存在から白虎クリスタルを護ってほしい」と。
そう述べた上で、シドは続けざまに命令した。
「そのためには、リーネのクリスタルを回収するのだ」
シドの示すあの存在とは、恐らくフィニスのことだろう。フィニスとは、オリエンス――この世界の大陸に伝わる伝承のなかに登場する言葉だ。フィニスは、クリスタルが力を失ったときに訪れる災厄だと、オリエンスの人々は考えている。
フィニスは伝承のなかで次のように書かれている。
そして 9と9が9を迎える時 根源なる意思 世界に【フィニス】を与えん
クリスタルの傀儡であるルシにも、それが何を意味するかはわからない。ただ、漠然とではあるが、そう遠くない未来にフィニスがもたらされるだろうと、クリスタルの意思が告げていた。
そして問題のリーネであるが、白虎の首都イングラムの大図書館に所蔵されている書物のなかに、まだテオが人であった頃に見覚えがあった。
白虎のルシ、リーネ。
彼女の使命は不明瞭で、経歴等も詳しくは書かれていなかったが、三百年ほど前の朱雀との大戦の折、現在の西ネシェル地区にて使命を果たし昇華した、と記されていた。
この世から命が絶たれたというのに、いまだ我々の記憶に残っているとは、テオとしてもやはり違和感を感じざるを得なかった。
この世界にある不思議なクリスタルの力、それが「記憶の抹消」だ。
オリエンスの世界には四つの大国と、その各々に君する四つのクリスタルが備わっている。クリスタルは死んだ者の記憶を人々から消す。つまり、死んだ者の生きていたときの記憶を、誰も思い出せなくなるのだ。そうすることで悲しみに暮れることなく前を向いて歩いていけると、人々はそう信じていた。
そのなかでも特別、ルシだけは死んでも人々の記憶からは消えない。
正確には、ルシはクリスタルより与えられし使命を果たし昇華してクリスタルとなるか、使命に反し「シ骸」と呼ばれる黒く醜い人型の生命体のような者になれば、人々の記憶には残り続ける。記憶に残らない場合というのは、ルシが使命を果たす前に死亡した場合である。ルシになった段階で超人的な力を手に入れるため並大抵のことでは死亡することはないが、例えば、甲型ルシと戦闘すれば、同じ甲型ルシでもない限りは大抵跡形もなく消え去る。同じルシといえど、圧倒的な力を持つ甲型と、特殊能力を持つ乙型とでは、普通に戦闘すれば乙型が大抵負けてしまう。よって、歴史のなかにルシのいない不自然な空白の期間があったときは、大抵乙型ルシが死亡している場合が多い。
話を戻すと、シドは西ネシェル地区でクリスタル化したリーネを皇国まで持ち帰れと言ったのだ。理由はわからない。しかし、持ち帰ることで、それがこの世界の均衡を崩す兵器なりうる可能性もある。となれば……。
「クリスタルは護ろう。だが、命令には従えぬ」
「それは、なぜだ」
シドは肘をつき顎を組んだ手に乗せたまま問いかけた。
「貴様らルシは、自国のクリスタルを護るために存在しているのだろう。それなのに、命令に従えぬと」
ルシは、クリスタルを護るために存在している。それは確かだ。しかし、クリスタルの意思は別のところにある。
「それは――戦争の長期化、なのだろう?」
シドはテオの心を読んだかのように言い放った。テオは驚きを隠せずにいた。頭全体を覆う仮面を被っているが、その内の目が大きくシドを捉える。
「貴様らの考えなど見え透いてわかる。まるで、子どもが親に隠し事をするかのような稚拙なことよ」
テオは何も言えなかった。シド、いや普通の人間にはクリスタルの意思を見透かすことなどできないと考えていた。シドは……普通の人間などではない。
「クリスタルは第四鋼室室長であり、皇国元帥である私が実権を握っている。貴様らは、私の命令に従うしかないのだ。たとえ、それが世界の均衡を崩すきっかけとなろうともな」
シドは立ち上がり、首都イングラムを一望できる窓際に見据えると「さっさと行け」とだけ言い放った。テオは反抗することも叶わず、ただシドの犬に成り下がるしかなかった。
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