白虎ルシ・テオの追憶

祐希ケイト

 猫のような娘。

 例えば、彼女の体を表す言葉があるのならば、それが当てはまるだろう。それほどまでに、彼女は気まぐれだ。


 彼女、クンミ・トゥルーエを白虎の乙型ルシであるテオが知り得たのは、クンミが軍部の研究者として配属された当初――皇国元帥閣下であるシド・オールスタインによくひっつき回っていた頃だった。テオにとって、彼女はよく喚く娘だという印象があった。だが、テオは自らがルシである限り、大した関わりもないだろうと興味を持たなかったのだ。


 しかし、そんなテオの意思に反し、二人が相対する日は意外にも早かった。

 鴎歴838年、嵐の月。皆が寝静まった深夜、導かれるようにクリスタル制御ルームに向かったテオは、クリスタルの下で資料を広げたまま寝転がるクンミを見つけた。


 普段ならばぎゃんぎゃんと喚く娘も、こうして寝姿を見ればただの娘、か……。


 ふと、テオはクンミの普段との違いに妙に揺れる何かを感じた。既に人としての感情を忘れたクリスタルの傀儡である己にあるまじき何かを。その答えはわからない。そもそも答えを導く必要がテオにはなかった。だが、膝を抱え、丸くなり眠るクンミを見ていたいと、クリスタルの意思とは別の意思が働いたこともまた、事実だった。

 そうして、クンミを見続け幾時間が過ぎた頃、丸くなった体がもぞもぞと動き出し、クンミは閉ざされた瞳を薄らと開いていく。


「んー……うわっ、あたしいつの間に」


 目元を押さえながら起き上がるクンミがふいにこちらを向いた。


「な、なんでルシが!」


 テオがいたことによほど驚いたのだろう。反射的に体ごと後ろへ退いた結果、クリスタルに頭を強く打ちその場に頭を抱えうずくまった。


「何を驚いている」


 未だに頭を押さえていたクンミが、キッとテオを睨みつける。


「なにって、起きて目の前にルシがいたら誰だって驚くだろ! 最悪!」


 クンミの言葉に感情のない眉がぴくりと動き「テオだ」と告げた。

 急に名を名乗り、意味のわからないクンミはぽかんと口を開けたまま、「は?」と聞き返した。


「我の名はテオだ」


 再び名乗ったテオに対し、怪奇な目を向け「知ってるよ」と眉をひそめ言うが、返事はなかった。

 何を伝えようとしているのかクンミには理解できず、首を傾ける。


「あんたの名前。テオって言うんだろ。んなこと、白虎にいればみんな知ってるよ」


 そういうと、テオはふっと、一瞬だが無の表情が緩んだ気がした――。


 それが、二人の出会いとでもいうのだろうか。互いの存在を認識するだけでなく、向かい合った日だ。

 それからというもの、クリスタルルームだけでなく報告に向かったシドの部屋、魔導アーマー工場、総督府の廊下など、様々な場所で偶然に出会うことが多かった。見かけたからといって声をかけるわけでもなく、ましてや話などするはずもなく、互いに視線をぶつけるだけで特になにかあるわけでもない。それでも、それがなぜか心地よかった。

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