第17話 ▼中ボス が あらわれた!
「中ボスもきっと魔族よね。魔法とか使うのかしら」
たき火で温めたスープをカップに入れて二人に配りながら聞いてみると、アレンはうーん、と唸った。
「ここまで騎士型のモンスターしか居ないなら、中ボスも騎士なんじゃないかなあ?一階にも簡単な魔法使う騎士も居たから使うって考えた方がいいかもな」
サードはスープをズズーッとすすりながら飲み干して、パンにかじりついている。
何も言わないからアレンが言ったのと同じ意見という事だろう。
私もスープを息で冷ましつつ口に入れた。空きはじめの胃に温かいスープが流れ込んでホッと一息つく。
けどこうやって同じところに留まってくつろいでるのにモンスターは現れもしない。二階の情報が全く無いのは二階にモンスターが居ないからなのかしら。
外から聞こえる滝の音と小鳥のさえずりを聞きながらパンをちぎって口に入れて、スープを飲む。
外の明るさと自然の音を聞きながらの昼食…。なんだかダンジョンの攻略じゃなくてピクニックに来てるみたい…。
そう思っていると、外から聞こえる平和的な音に別の音が混じり始めた。
その音を聞きつけて私が顔を上げるとアレンは周辺の物を無造作に片付け始めていて、サードも聖剣を引き抜いて立ち上がっている。
私も慌てて杖を持って立ち上がった。
今もなお聞こえてくる音は騎士型モンスターの歩く足音…それも一糸乱れぬ足音が大量に聞こえてくる。
「ずいぶんと多くねえ…?」
アレンはスープを簡易の水筒にすべて流し込んで、皆の食べかけのパンも一旦全部袋にしまってバックに入れてから立ち上がって火を消して、私とサードの後ろに下がる。
どこから聞こえてくるのかと頭を巡らしていると、ギギギギと木の軋(きし)む音が響き渡る。この石で出来上がっている城で木材が使われている所と言えば…。
目を中ボスのいる部屋へむけると、その部屋から足並みをそろえて騎士型のモンスターがザッザッと現れ、廊下いっぱいに整列して並んだ。
「な、なにこれ…」
思わず呆然と呟いてしまう。
廊下にずらっと隙間なく並んだ騎士型のモンスターは二列構成で少しのずれもなく立ち並んだ。
一列目は体全体を隠す盾を前に配置してしゃがんでその隙間から長い槍をこちら側に向けている。
後ろの二列目に立っている騎士型のモンスターは同じタイミングで弓を構え、同じタイミングで矢をつがえ、同じタイミングで弦(つる)を引いた。
「エリーーー!」
サードが叫んだ瞬間に風を切って矢が飛んでくる。
風で矢を飛ばそうと力を込めて発動するけど、慌ててしまったのか思わず自分を中心に風を起こして、飛んでくる矢もろとも傍にいたアレンとサードすらも巻き込んでふっ飛ばしてしまった。
二人とも騎士に集中していたのに身内側からそんな暴発的な攻撃が来ると思ってなかったみたいで(当たり前だ)風にあおられ壁にぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
「謝んなくていい!攻撃しろ!」
後頭部を思いっきり壁に打ち付けたサードが睨みつけながらも激を飛ばしてくる。
改めて敵に攻撃しようとすると、二列構成の騎士の背後に新たな騎士たちが一糸乱れぬ動きで並んでいる。
でも手に持っているのは剣でも盾でも弓でも槍でもなく、細長い杖。
…魔法を使う、騎士?
するとその杖の先が鈍く光りだし、その光と同じ閃光が私に向かって一斉に放たれる。
私の魔法は自然を利用して発動するもの、でもこの城の中で利用できるものは空気…いわゆる風。
でもどう考えたって風で光は防げない。
思考が止まって目に映る光の閃光がゆっくりとしたスピードになった。
光が向かってくる。その前では弓矢を持った騎士がまた矢を構えて腕を引いている…。
すると体がぐんっと後ろに引かれて、全ての動きが通常のスピードに戻った。
私が立っていたところに光の閃光が着弾して床がはじけ飛んで、弓が鋭い音を放ちながら向かってくる。風を起こして矢を吹き飛ばしてから後ろを見る。アレンだ。
「大丈夫か」
「ありがとう、助かったわ」
目線を騎士たちに戻してお礼を言うと、更に部屋から騎士の格好をした人物が現れた。
でも他の騎士と比べると明らかに体の大きさが一回り大きくて、他の騎士たちとは比べ物にならないくらい綺麗に施された輝く鎧をまとって仕立ての良さそうなマントを翻している。
「俺様の居る部屋の傍でのんきに昼食を食う奴らはお前らが初めてだ!そのふてぶてしい態度、褒めてやろう!」
轟音と思ったけど、よくよく聞いてみるとその一回り大きいモンスターから発せられてる言葉だと分かった。
「いつ来るのかと思ってたが中々来ないから俺様が直々に来てやったぞ!有難く思え!」
指をこちらに向けて多少ふんぞり返るモンスターの轟音に似た声が静かな城のあちこちに響き渡っていく。
「それって…」
この部屋に居る中ボスなの、という質問をする前にその一回り大きいモンスターは喋り始めた。
「俺様は魔族でありこの二階を守る者、ランディ・ジーンクリーベント・ファーティンスタ卿!いいか、俺様がここに居る限り貴様らなんぞ一切ここを通さんからな!」
そんな、まさか魔族が自ら部屋を飛び出して向かってくるなんて…。今まで魔族は自分の居場所と決めた所を動いたケースが無かったのに。
呆然と魔族のランディ・ジーン…なんとか卿を見ていると、再び魔法騎士の光の閃光が飛んでくる。
ハッとして風を起こすけど、やっぱり光は消えもせず曲がることもなく真っすぐに突き進んでくる。と、サードが前に躍り出て、その光を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた光は威力が無くなったのかフゥッと空中に消えていく。
「切れた!?」
アレンが驚いた声を上げ、私も魔法が切れるのと驚いて目を丸くした。
いままでモンスターや魔族を切っているのは見たことがあっても、魔法を切ったのは初めて見た。
「『その聖剣、神羅万象の物を切らるる事可能なり』…って伝えられてんだろ?つまりこの世に存在するもん全部叩っ切れる、魔法も例外じゃねえってな。一度試してみたかったんだが、中々手ごろな魔法使う奴が居なかったんだ」
サードは剣先を中ボス、ランディ卿へと向けた。
ランディ卿は一瞬面食らったように黙り込んだけど、すぐにその大きい声で笑いだした。
「なるほど、うちのモンスターが手ごろだと!こりゃ喧嘩を売られたな!」
そう言うが早いか、ランディ卿が騎士たちを軽々と飛び越えてドォンッと床に着地するとサードへと斬りかかって来た。
ガィンッと剣のぶつかり合う音がしたけど、体重や体格の差でサードが軽々と吹き飛ばされる。
でもサードは受け身を取りながら体勢を立て直し再び向かって行く。その瞬間、私を横目で見た。
瞬間的なアイコンタクトだったけど、サードの言いたいことは分かる。
きっとあのランディ卿をサードが引きつけているうちに後ろの騎士型モンスターたちを倒せと言いたいんだ。
分かった、と力を込めて風を起こそうとすると、後ろからグイッと服が引っ張られてそのまま床へと尻もちをついた。
敵かと思ったらアレンだ。
何をするの、と文句を言おうとした瞬間にさっきまで私の頭があったところを剣がブウン、と風を切って通り過ぎていった。
「…!」
「ちっ、惜しいな」
ランディ卿が特に悔しく無さそうに呟いて剣を自分の肩へと乗せた。
気のせいかその剣はググネグネと動いたかのように見えて凝視してみたけど、普通より大きい剣の他は何も変わりが無い。
サードも今の一撃を避けていたみたいだけど、警戒しているようにランディ卿を見ている。そうしているうちにランディ卿の後ろからまた弓矢と魔法が飛んできた。
私は尻もちをついたままの姿勢で魔法を使って矢を飛ばしたけど、光は私に向かってくる。慌てて手と足の力で体を浮き上がらせてバタバタと後ろに下がった。
足元で閃光がさく裂して石材の破片が飛び散って来るけど、そんな小さい事には構っていられない。奥の三列構成の騎士型のモンスターをまずどうにかしないと、巨体の魔族に集中できない。
再び魔法を騎士型のモンスターに向かって発動しようとすると、アレンが私の腕の下に手を突っ込んできてそのままずるずると素早く下がった。
すると再び剣の切っ先が私の頭がさっきまでいた所を音を立ててよぎっていく。
「邪魔してるわけじゃないから」
アレンが一応といった体(てい)で一言いう。
私だってさっきから助けてもらってるのは知っているから頷いた。
だけどおかしい。
ランディ卿の剣は確かに大きいけど、その範囲は大きく見ても半径三、四メートル弱…でも私もアレンももっと後ろに居るんだから、ここまで剣が届くなんてありえない。
「サード!そのランディ卿の剣おかしいから気を付けて!」
「どうおかしい!」
弓矢と閃光を切り、ランディ卿の攻撃を避けながらサードが聞き返してくる。
「なんかグネグネして伸びてる気がする!もしかしたら魔法がかかってるか、変わった剣なのかも…」
「分かった」
サードは簡単に言うと、刃を下向きに持ち直して一気にランディ卿の懐に間合いを詰めた。
たまにサードは剣を逆さ持ちにして戦う時がある。
その持ち方をしたときは大抵一発で相手の首をかき切っているし、相手は大剣の持ち主だ。懐に入られたら大きい剣でも魔法のかかった剣でも太刀打ちできないはず…!
サードの剣が首に達しようというとき、ギィンッという剣が交わる音がした。
見るとランディ卿の大剣が大きくしなって、まるで主人の首を守るかのようにぐるりと囲っている。
サードはそれを見て一旦離れて、ランディ卿はガッハッハッと笑った。
「その女の言う通り!これは魔剣よ!この剣に血を吸わせた者が動かなくなるまで主人を守り、主人を傷つけようとする敵を攻める魔剣!流石に聖剣を防ぐと体力が一気に持っていかれるな!疲れる!」
そう言ってるけど疲れてるようにも体力が一切減ってるようにも見えない。ランディ卿はシュルンと元に戻った剣を振りかぶって、サードに思いっきりその剣を振り下ろした。
「だが俺様は強いぞ!」
サードはとっさに聖剣を上にあげて頭を守ったけど、ランディ卿の力の衝撃をサードもいなしきれず、その場に膝をついてしまった!
ランディ卿は笑いながら再び大剣を振り上げている、このままではサードが…サードが危ない!
魔法をと杖を振りかぶるけど、ランディ卿は大剣を上にあげたままの姿勢で少し止まって、剣を肩に担いでから腰に手を当てる。
「さて、ここまで戦って俺様の実力は大いに分かった事だろう」
そういいながら、ランディ卿は私たちを順々に見渡してきた。
「どうする?」
その言葉の意味が分からず、攻撃の姿勢をとったまま私はランディ卿を見つめて、首を動かさないまま目だけでアレンとサードをみた。その隙にもサードは素早く立ち上がって身軽にランディ卿から距離を取る。
「ど、どうするって…何が」
恐る恐る聞き返してみると、ランディ卿は大声で笑った。
「見逃してやってもいいということだ。俺様たちのような魔族と違って人間は死にやすいからな!一度の短い人生だ、ここで死にたくもあるまい!
俺様はそこまで人間が憎いわけではないし、火の粉は払えと主人に言われているが殺せという命令は一度も受けていない!つまり主人もそこまで熱心に人間を殺そうとは思ってないのだ!分かるか!」
サードの顔を思わず見ると、サードはこいつ何を言ってるんだ、何か言葉で騙そうとしているのかという顔をしながらランディ卿を警戒した顔で見据えている。
「何か罠かと疑ってるな?俺様は本気だ!お前ら人間は死にやすいからここで見逃してやってもいいと心から言ってやっている!」
どこか鼻歌でも歌いそうなほどのご機嫌な口調でランディ卿は頭をフンフン軽く横に揺らしながら続けた。
「だがここで俺様に会った事は全て忘れてもらうぞ!俺様が記憶を消した後、お前たちは二階に上った事すら忘れてここから去ることになるからな!」
それを聞いたサードは警戒の表情をふっと和らげて、ニヤと笑って聞いた。
「記憶を消す?まさか力づくで頭を叩いて記憶を消すなんて馬鹿げたことはしないだろ?どうやってやるんだよ?」
さっきまで命を狙われていたのに何を普通に会話してるのよと思いながらも成り行きを見守っていると、ランディ卿も笑いながら続ける。
「当たり前だ!我々は魔族、だから忘却魔法で記憶を消して…おっと、ここから先は魔族の秘密だ!だが人間は全て忘れてあとはこっちの都合のいいように記憶が勝手にすり替えられていくぞ!」
ランディ卿は秘密だと言いながら構わず最後まで言っちゃってるけど…。気づいてないのかしら…。
「ほーう、そんな魔法があるのか…へえ…」
サードが何か納得したような顔でニヤニヤと言うと、ランディ卿も、
「そうだ!あるんだ!」
と隠すこともなくサードの言葉に頷いてから手の平をこちらに向けてきた。
「では記憶を消してやろう!だれが最初だ?お前か?女か?後ろの役立たずの男か?」
すると、サードが鼻で笑った。
「誰が見逃してもらうって言ったよ?ここまで来ておめおめと帰れるか」
ランディ卿は一瞬動きを止め、そして不思議そうに首を傾げた。
「貴様死にたいのか?生きのびたくないのか?」
「俺は死なねえ。そんでお前を倒して先に進む」
ランディ卿はサードの言葉に頭を更にかしげて考え込んでしまった。
「俺様に勝てると本気で思っているのか?」
それには私もランディ卿と同じ意見。
このランディ卿は今まで会ってきた魔族の中で一番強いかもしれない。
自分ひとりの実力もさることながら、モンスターとの連携の巧みさと魔剣の隙の無さは完璧に近い。
その上でこんな余裕のある態度を見せて見逃すと言うんだからランディ卿は余程自分の力に自信を持っているんだろうし、まだまだ本人は本気を出してなくてちょっと遊んでやったくらいかもしれない。
だとしたらこのまま本気を出されたらどうなるのか、力でも技術でも、もしかしたら私の魔法でもこのランディ卿には歯が立たないかもしれない。
何だったらここは退くという選択肢も…でも依頼を受けて前金も受け取ってるんだからやっぱり進むべきかしら…。
チラとサードを見ると、サードはほくそ笑みながら真っ直ぐにランディ卿に聖剣を向けた。
「倒すのは…できねえかもしれねえ。だが一時的に行動不能にはできる。その隙に俺たちは先に進む」
どこから湧いて来るのよ、その自信。
ランディ卿が怒りだして攻撃してくるんじゃないのと身構えたけど、ランディ卿は怒るどころかとても愉快そうな雰囲気でサードを見てあごをさすっている。
「ほほう、この俺様を行動不能にすると?」
「するさ」
と言いながら、サードは横目で私を見て親指でさしてきた。
「こいつが」
「っっはぁあ!?」
いきなり話を振られて、腹からの驚きと怒りの入り混じった声が出た。
その声が思ったよりドスが効いていて、しかも廊下に響き渡っていったので慌てて口を押さえた。それでもすぐに手を放し、
「馬鹿言わないでよ、そんな無茶なこと人に押し付けないで!」
慌てた手つきをしながら言うと、サードは心底人を馬鹿にする表情をしてくる。
「馬鹿?バカはお前だろ。お前、建物の中だと風を起こして攻撃するしかないって考えで固まってねぇか?」
「…?」
サードが何を言いたいのか分からず黙って見返す。
「ここに入った時からずっと聞こえるものがあるだろ?」
聞こえる?
一瞬考え込んで静かになると、耳に聞こえてくるものがある。
その音を聞いて、サードが言いたいことはこれかと理解して頷いた。
ようやく分かったかと軽く馬鹿にする表情をしながらサードも頷き、聖剣をランディ卿に向ける。
「援護するから思いっきりやれ、アレンはエリーに魔剣が当たらねぇようにひたすら逃げ回れ!」
「了解!」
言うや否やの間にもサードは前に飛び出して、アレンは私を担ぎ上げて遠くに逃げ出して、私はそんな状態で音の出ているものに意識を集中し、魔法を発動する。
魔法騎士からの攻撃はサードが切りつけ防ぎ、伸びてくる魔剣からはアレンが逃げ回る。
「なんだぁ?先ほどと変わらんじゃないか」
どこかガッカリしたような声がランディ卿の口から漏れると、外からドドン、ドドンと激しい音が響き渡ってきて、その音に合わせるように床がわずかに揺れ始めた。
ランディ卿は首を動かしているけどこの音の正体にはまだ気づいていない。
ううん、気づかれる前一気にやらないと!
「サード!そっちはもういいからこっち来て!」
私が声をかけるよりも早く、サードは私とアレンの傍にまでやって来ていた。
「何だ?何の音…」
外からの音に負けないほどの声でランディ卿が独り言を言っていると、ふっと城に影がさす。
窓の外には滝坪に落下するほどの勢いの水がどうどうと鳴り響きながら上から迫って来ている。
私は崖から流れ落ちる滝を逆流させてそのまま持ち上げ、ランディ卿に向かって全力で向かわせている。
そして自分たちの周辺にその水の勢いの被害が来ないよう、水を弾き飛ばすイメージで魔法を広げた。
ランディ卿はこれにも何か対抗してくるかと視線を向けると、ランディ卿は呆然とした顔で迫ってくる滝の水を見ていて、
「…なんと」
と間の抜けたような声で呟いた瞬間。
城の壁を破壊するほどの水の勢いに飲み込まれ、騎士たちもろともランディ卿は城の奥へと流されていった。
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