第16話 腹が減ってはなんとやら
ひとまずその夜は別の部屋に移動して一晩を明かした。
アレンから事の顛末(てんまつ)を聞くと、ガチャガチャうるさいと思って目を覚ましたらすごい数のモンスターが部屋に入って来ていて、ビックリして跳ね起きたらしい。
でも見回すと私は居ないし、部屋の外に居るはずのサードの戦ってる音もしないから、もしかして二人とも倒されたのかと思ってパニック状態で暴れまわったと。
「でもあんなにアレンが強いなんて思わなかったわ」
昨夜のことを思い出して私は朝食を食べながら心の底から言うけどアレンは、
「何言ってるんだよ、俺は弱いよ」
と生気が無いような顔で呟きながらパンを食べている。
一人であんな立ち回りをしたんだからもっと自信を持ってもいいのに、アレン的には寿命が何年も縮むほど怖い出来事だったみたい。
本当は女の子の幽霊を見たという話もしようかと思ったけど(怖がらせるためじゃなくて情報の共有のため)それでもアレンの怖がっている姿を見るとそれも言いにくい。
「今日は二階行くぞ」
先に食べ終わったサードが城のマップを広げて眺めている。
「二階…は、一階よりも強いモンスターいると思うか?」
少し疲れたような声でアレンも話に参加する。
一階の情報は割と多かったみたいだけど二階の情報となると全くないと二人が言っていた。唯一ある情報は二階にいる中ボスを誰も倒したことが無いくらいだ。
食事を終えて、私たちは玄関から入った広間から左右に伸びる階段を上がる。動かない騎士が手すりに立てかけられていた例の階段だ。
ちなみに立てかけられていた五体の騎士は昨日のままだったから通り過ぎてきたけど、その階段を上がったらバルコニーに続いてるだけで他に進める通路がなかったからすぐ引き返した。
アレンは、
「あれぇ?おかしいな、マップだと通路あるんだけど…」
と言っていたけど。
他の階段に向かってる途中、サードの言った視線を感じる…というのを思い出して辺りを警戒してみるけど、でもサードのいう視線というのがよく分からない。
サードは視線を感じているのかしら。
サードを見ると昨日ほどじゃないけど頭が右に、左に、と動いている。
やっぱり視線を感じているんだわ、本当に周りに何かが居るのねとソワソワする。それでもいくら見渡したって自分たち以外誰もいない。
そうやって他の石の階段を上り、踊り場を通って二階にたどり着いた。上がり切ると丁字路になっていて、左右へと向かう廊下が長く続いている。
「左だな」
午前の光が差し込む明るい廊下を見てアレンも元々の調子を取り戻したのか、声もいつも通りの明るい声になっている。
光が差し込む長い廊下は気持ちが良い。そのぶん夜は暗闇がどこまでも続く恐ろしい廊下に変わるけど。
左に曲がり、あとはアレンの指示通りに進んでいく。
二階の窓の並ぶ長い廊下から窓のない中央へと進んできたせいか段々と日も差し込まなくなってきて、薄暗くなってきた。
「中ボスはどこにいるの?」
そう聞くと、アレンはマップを私の目線の高さで広げて指さす。
「今がここの廊下だろ?中ボスがいるのはここの大広間だから、あとこの廊下の突き当りを左に曲がって少し歩いたところにある扉の向こうだな」
「うん、だけど…」
私はさっきから思っていた違和感に黙っていられないで辺りを見渡す。
「何か変じゃない?」
その一言にアレンが顔色を変えた。
「変って、ど、どういうこと…?」
急にオドオドし始めたアレンを落ち着かせるように私は手を動かして首を横に振る。
「別にアレンが怖がるような事じゃなくて…。だって、二階に上がって来てから一度もモンスターに遭ってないじゃない?」
「あ」
アレンはそういえば、という顔つきになって立ち止まった。
サードも立ち止まったけど何も言わない。横目で見てみると、サードはこちらの話を聞いていたのかどうなのか別の場所を見ていて、何かの視線を感じるのかしらとゾッとする気持ちになりながら、
「サード、…何か、あった?」
とそれとなく聞いてみる。
私が声をかけるとサードは別に、と言いながら目を向けていた所から視線を逸らして、これから進もうとしている廊下の向こうを見た。
アレンは敵と遭遇しない違和感に気づいたらどうにもその事が気になるみたいで、んー、と唸りつつマップと薄暗い部屋続きの廊下を見比べる。
「そういえばおかしいよな。一階は一定間隔でモンスターが現れてたし。なぁサード」
するとサードはアレンからマップをひったくった。そしてよくよくそのマップを見て、廊下の右から左まで移動して対角線上の斜め先を見ている。
何を確認しているのか分からないままサードの行動を見ていると、サードはこちらも見ずに呟いた。
「…戻って別の道から行った方がいいかもな」
「えっ」
私の驚いた声が一斉に廊下の前と後ろにこだましていく。サードはマップを私にズイッと見せつけてきた。
「このマップには書いてねぇが、実際この廊下にゃ突き当りに行くまで小さい通路が何本か横切ってる」
そう言われてサードと同じように右に左にと移動して斜め先をよくよく見てみると、確かにこれから向かう方向に小さくて狭い通路が何本か横切ってある。
「あの狭い通路がどうかしたの?」
「これだけ死角が多いんだ。仮に両側に敵が居たら挟み撃ちだ、死ぬぞ」
それを聞いてアレンは返されたマップを見て、なるほど、と呟く。
「最短ルートを通ろうとする奴はここで一網打尽にする仕組みか。ってことは、反対の右方向もこんな十字路になってるってことかな?」
アレンがマップを指さしながら聞くとサードは、
「かもな。一旦戻って迂回すっぞ」
と引き返していく。
「最初から地図に描いてなかったの?」
そういえば広間から続く階段もバルコニーだけでマップにある通路が無いってアレンが言っていたのを思い出して、まさかという考えが浮かぶ。
「偽物のマップをつかまされたってこと…!?」
それでも一階はマップ通りだったのにと思っていると二人は案外とケロっとした顔をしている。
「いやいや、あのおじさんここに入った事ないだろうし、しょうがないよ」
と笑うのはアレンで、
「城の正確な地図をご丁寧に手元に残す馬鹿な設計者がどこにいるんだよ。敵に渡ったら大惨事だろ」
と吐き捨てるのはサードだ。
二人の性格がよく表れている返答だわ、本当。
「でもこうやって違うんだもの、二階からマップは当てにならないの?」
重ねて聞くと、アレンはいや、と頭を横に振った。
「大体は合ってると思うよ。多分防衛の面でサードの言った事が本当だと思うし、それだったら城を守る側の不利になることは書かないだろ?」
「それが当てにならないんじゃないかって言ってるんだけどね?」
私もいやいや、と軽く言い返すと、先頭を歩くサードが楽しそうに言う。
「どうだっていい。要は相手を喜ばせず困るやり方を考えながら攻め込むだけだ」
そりゃ性格の悪いあなたにピッタリな作業ね、と嫌味を言いそうになったけど、その性格の悪さが今役に立とうとしているんだからけなすのはどうかと思って口をつぐんだ。
サードとアレンは実際の通路とマップを見て話し合っている。
「ここの通路はどうだ?行ってみる?」
「…まさか全部繋がってんのか?だとしたら二階全体が十字路だらけってことだが…」
「それは無いんじゃね?だとしたらあそこに壁があるのはおかしい。マップに描かれてるこの部屋はあの壁の向こうだろうから十字路だらけじゃないと思う」
「だがこの通路も怪しいから入らねえ方がいいな。あのクランク進んだここで挟まれたら逃げられねえ」
私もマップをちょろちょろと覗き込みつつ二人の会話に目と耳だけは参加してみるけど二人の会話にはついていけない。
アレンは持っている鉛筆でメモ帳に簡単なマップを描き始める。
線も曲がっていて見栄えは悪いけど大体の距離感と構造はしっかりとしているから、私にしてみたら細かすぎる城のマップより分かりやすい。
そうしているうちに光の差さない城の中央から日当りのいい最初に通った長い廊下へと戻ってきて、もっとこの廊下の奥から進むことになった。
今日も外は気持ちのいい天気で、昨日と変わらず小鳥がさえずっていて平和的だ。
と、窓の隙間から木々をぬった向こうに城下町…今現在は謎の病気に侵されて封鎖されている町がチラと見えたけど、歩いているとすぐに背の高い木で隠れた。
「思えばあの城下町を病気に追いやってる毒って川の水ってサードが言ってたけど…その毒の元ってなんなのかしら」
ぽつりとつぶやくと、マップに書き込みを加える手を休めてアレンが顔を上げた。
「さぁなぁ。とりあえず城下町の中にモンスターは居ないっていうし、あの看護長の先生が言ってた通りの姿も見えないで毒だけまき散らす感じなのかなぁ」
「…目に見えない…」
脳裏に昨日の女の子の幽霊の姿が浮かび上がった。
いや、まさかね。
頭を横に振って考えを振り払ったけど、もしかして、とある考えが浮かんでサードの傍に駆け足で近寄った。
サードは急に近づく私の足音を聞くと、聖剣をジャッと半分引き抜きこちらを振り向いた。
たまに後ろから杖で殴りかかろうとするのが原因だけど、だからって聖剣を抜かなくたっていいじゃないの。
イラッとしつつもサードに近寄るとサードは攻撃する気はないと判断したのか聖剣を収める。
「何だ」
私はアレンが聞いたら怖がる内容だから小さな声でサードに考えついたことを伝えた。
「サード。あなたが感じてる視線って、もしかして昨日の女の子の幽霊じゃないかしら」
我ながらいい線をいっている考えだと意気揚々と伝えたけど、サードは呆れた様な顔をする。
「お前、俺をどれだけの超人だと思ってんだ?視線が誰のものかなんて分かるわけねえだろ」
そう言われてムッとなりつつも言い含めるように、
「本当にそうとかじゃなくて、昨日の女の子じゃないかって話をしてるんじゃない」
「確実じゃねえ思いつきの話をするな」
余計にムッとなってサードを睨み、歩みを遅くして少しずつサードと距離を取る。
「悪かったですねー、確実じゃない世間話程度の話をしてー」
そう言いながらふん、と顔を背ける。
あーイライラする、何でちょっと思ったことを伝えただけで余計なことをしたみたいな言い方をするのかしら。それとも何?私の意見は余計なことばっかりだとでも言いたいの?
そうね、普段だって私の意見なんてほとんどスルーだものねー。ふーんだ。
そんなイライラした態度にサードも「なんだよ」と苛立ったように言うけど、それ以上何を言うわけでもなく進んでいく。
それでも私のイライラに当てられたようにサードがイライラしているのはよく分かる。そのイライラしているサードをみて、先にこっちをイライラさせたのはどこの誰よと思うとますますイライラする。
ほんの一分で私とサードがギスギスした雰囲気になったけど、アレンは元のマップと見比べながら地図を描くのに一生懸命でこちらの出来事には気づいていない。
「こっちは平気だと思うんだけど」
アレンはサードに声をかけるとサードもイライラした声ながらもそこはしっかりと、
「そうだな」
と返事をしてアレンと確認しあいながら角を曲がり、地図と通路を見比べて進み、曲がり、引き返しを繰り返す。
そうやって歩いてるうちにイライラも少し収まってきて、こんなに行ったり来たりを繰り返されるともう一人じゃ歩けないわと考える。
下級貴族とはいえ外に出て近所の子たちと近くの森に入って遊んでいたから、ある程度方向感覚はあると思っていた。
でもアレンと…ついでにサードの方向感覚の鋭さの前にはかすむ。
それに城の中を歩き回っていると段々とさっきから同じところを歩いているような、という錯覚にとらわれて、
「ここさっき通らなかった?」
と聞くと、
「いや、ここは初めて通るところだよ。似てる構造だから分かりづらいけど」
とアレンに優しく言われる。
そうしているうちに暗い中央からまた明るく長い廊下へと出た。
でも窓から見えるのは城下町じゃなくて、城の向こう…中心部の塔へ続く長い空中回廊が見える。
「ようやくここまで来たのね…」
主に進路方向を考え続けていたのはアレンとついでにサードで私はただ言われるがままついて来ただけだけど、ようやく朝に見た長い廊下の正反対側に来たんだと少なからずやり切った感がある。
窓から塔に続くその長い空中回廊を見てから少しずつ手前側に視線をずらして廊下の奥を見ると、現在地から奥に行った先に木と鉄で作られた扉が見える。
「あれが中ボスのいる大広間へと続く扉かしら」
嬉しそうに言うと、アレンも嬉しそうに頷いた。
「そうだな!地図でもあれが中ボスへと続く扉だよ!ようやく着いたな!」
でも結局ここに来るまでにモンスターと遭わずに来た。それだけが妙に不気味だけれども、何事もなくここまで来れたんだから別にいっか。
サードもようやくここまで来たと思うとイライラした感情も消えたのか、どこか軽い顔で振り向いた。
「うっし、じゃあ昼飯食うか」
お腹の減り具合からもそろそろお昼だと分かる。だから私もアレンも、賛成、とお昼ごはんの準備に取り掛かった。
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