第18話 中ボスから先へ
恐る恐るランディ卿が流れて行った方向を見てみたけど、どうやら通路のずっと奥まで流されて行ってしまったらしく、姿はどこにも見当たらなかった。
「よっしゃ、今の内に奥にいこう!」
振り向くとサードもアレンもランディ卿が出てきた大広間の扉を開けて中へと入って行くのが見えて、慌てて二人の後を追いかける。
「エリー、やっぱ凄いなぁ。さっきの川の水?」
アレンの隣に並ぶと目を輝かせながらアレンが聞いて来た。
「ううん、滝。流れをねじ曲げて持ち上げて上からぶつけたの」
「…あっさり言ってるけど、それって普通の魔導士でもできねぇよな?」
「…多分?」
そこはよくわからない。
でも入った先の軍議を開くための大広間も随分と水をかぶったみたいで、壁も濡れてるし床に敷いてあったっぽい赤い絨毯もどす黒く濡れてまくれ上がっていて、部屋の中心にあったと思う長机に椅子、装飾品も部屋の端の方に破壊されてひっくり返って寄ってしまっている。
でも、と私はサードを見る。
アレンは私をすごいと言ったけど、その提案をしてきたのはサードだ。私は建物の中に自然のものはないって思ってずっと空気を震わせて発動できる風の魔法しか使っていなかったのに、サードは城の外を流れている川の水を使えと、ランディ卿にバレないよう言ってきた。
いくら自然を動かせる力があっても何も思いつかないなら使いこなせてないのも同じ。
私は臨機応変に考えるのが苦手だけど、サードはそういうところの頭の回転は早いし、柔軟だ。
サードは嫌いだし勇者を失業してしまえといつでも思ってるけど、そういう頭の回転の早さは少し羨ましい。…まあ本人には絶対言わないけど。
でもそうだ。建物の中にいるから中のものだけを使わないといけないなんてことはないんだ。
少し戦闘の知恵がついたわと思いつつ水浸しの部屋を通り抜けて大広間の奥の扉を開けると、塔に向かって細い空中回廊が伸びている。
ここに滝は直撃しなかったみたい。良かった、これで真っ二つに折れて先に進めなくなってたらどうしようと思ってた。
それでもしぶきが大量にかかったみたいで、通路全体が濡れて所々に水たまりがあって、天井から滴がぽたぽたとしたたっている。
「この先の塔のてっぺんにラスボスがいるのね」
「だな」
サードが一言そっけなく言うと、そのまま歩き出す。
「待てよサード。トラップとか仕掛けられてないか?」
アレンが心配そうに声をかける。
確かにこの一本道、何かトラップがあったら逃げられない。でもサードは面倒くさそうにこちらを見た。
「そんなこと言ったって、ここを通らねえと先に進めねえだろうが」
「そうだけど…」
アレンはそう言いながら前を見て、後ろを見る。サードは更に面倒くさそうに顔をしかめて戻って来た。
「じゃあここで起こりそうなトラップってなんだよ?」
「…ここまで来たのに、あのスライムの塔の転移みたいなトラップがあって入口に戻ったら嫌だなぁーって」
アレンの言葉におかしさが湧いてきてきて、クスッと笑う。
「大丈夫よ、あれはトラップじゃなかったから」
「え?あれトラップじゃなかったの?」
アレンが聞き返してきたから私は頷いて、
「あれはトラップじゃなくて…じゃなくて…ええと…」
事情を説明しようとしたけど、自分でトラップじゃない言ったにもかかわらず、突発的に何でトラップじゃなかったのか分からなくなって言葉が出てこない。
「…?エリー?」
アレンがどうしたとばかりに先を促してくるけど、答えに詰まる。
「あれは…トラップじゃなかったはずなんだけど、なんでだったかしら。何か思い出せない…」
顔にかかる髪の毛を後ろに流しながら頭を押さえて考え込んだ。
頭に浮かんでくるのはあのフードを目深(まぶか)にかぶったスライムの塔で仲間とはぐれた女の子。そして生態調査員のラグナス。
ん…?まって、あのフードの女の子とラグナスは別人のはずなのに、背格好もフードからはみ出した髪の毛や色合いもよく似ている気がする。思えば声も同じのような?
私の中で何かが繋がり始めていく。
少し前から記憶の端々が繋がらないその中心の記憶に…。
「髪の毛触んなって言ってんだろがゴルァ!」
「イタタタタ!」
サードに腕をひねり上げられて繋がり始めた記憶が弾け飛んで消えた。
「やめ、てよ!」
私も力任せに腕を振り回してサードの腕を振り払う。何か今思い出せそうだったのに、あれこれと考えても何ももう思い出せない。
「エリー、最近なんかボンヤリしてないか?もしかして頭痛とか腹痛とかになってないか?」
「それはないんだけど…」
「痴呆か?」
ギッとサードを睨みつけるとその視界に何か動くものが見えて、その動くものに視線を向けた。
空中回廊の真ん中の辺りで何かが蠢(うごめ)いている。
「あれってモンスター?」
モンスターの言葉にサードとアレンが態勢を整えるけど、その蠢いているものはジワジワと動いていてもこちらに向かってくる気配は無い。
三人で顔を見合わせてじりじりと近づくと、それは透明な水のようなもので、動いていなければ小さい水たまりがそこにあると錯覚してしまうようなものだ。
「…モンスター…なのか?でもこんなモンスターいるか?スライムでもなさそうだし…」
アレンが不思議そうな顔をしてその動く水のようなものを指さし、サードと私に聞いて来る。
「殺すか」
言うや否やサードが私の杖をもぎ取ると、その水のモンスター(?)に杖の尻を突き立てた。
水に触れるようなピチャンッという音と、床の石畳に杖が当たるカン、という軽い音がするだけでその水のモンスターはじわじわと動き続けている。
「ちょっとやめてよ!人の物で!」
サードから杖を奪い取ってもう奪い取られないようにギュッと抱きしめるように守る。
水のモンスターはじわじわと動き続けて、次第にアレンの足元に近寄っている。
「うわー、くるなよー」
アレンは気持ち悪そうにつま先でチョイチョイと横にずらそうとするけど、水のモンスターは足で動かそうとすると左右に平べったく広がって、また元の大きさに戻るとじわじわと進み続ける。
すると聖剣を抜いたサードが水のモンスターに切っ先を突き立てた。
プシュルッ、と小さい袋から空気が抜けた様な音がして、透明な水のような体からドロリと透明な液体が広がって、水のモンスターは濁った白い色になって動かなくなった。
「…動かなくなったってことは、モンスターだったってことかしら…?」
「多分そうなんだろうけど、こんなモンスターいるか?こんなことならモンスター辞典、重いからって売るんじゃなかった」
「ええっ売っちゃったの!?」
驚きのあまり思わず非難がましい口調になってしまう。
モンスター辞典は世界各国で発見されているモンスターの情報や弱点が記載されている本。
でも年々発見されるモンスターは増えていくし、その分だけ本に載るモンスターの量が増えていくからどんどんとページ数も増えて重くなって、持ち歩きはどんどん不便になっている。
A「女たちが意気投合してパーティーを組んで冒険に出る準備も全部整えたんだけど、結局冒険に出ないまま解散したんだって」
B「へえ、なんで?」
A「モンスター辞典を買って誰が持つかで喧嘩になったからさ、HAHAHA」
というジョークが生み出されるくらいモンスター辞典はあると便利だけど重い。
アレンは私の非難がましい声に、悲しげな顔で訴えてくる。
「だって重いしあんまり使わないしかさばるし数年前に発行されたやつだから古かったし…」
確かにずっとアレンに持たせていたし、別に辞典を見なくてもサードの聖剣と私の魔法があれば大抵のピンチでも切り抜けられてきたから文句は言えないけど…。
「新種ならどっかの研究機関に売れるか?」
サードはそれに触らないようにしながら布の袋に入れ、自分のバックの中に入れる。
「水のような体、酸の要素無く知能低し、攻撃性無く、杖と足の直接攻撃効かず聖剣をさすや破裂音と共に白濁(はくだく)し死ぬ…」
サードはメモ用紙に鉛筆でサラサラと特徴を書いていく。
「ん。そいつ、一匹じゃないみたいだぞ」
アレンの言葉に顔を上げると、水ようなものが数匹、通路の壁や地面をはいずっている。
「ここには騎士型のモンスターしかいないんじゃねえの?」
「けどあのランディ卿から先には誰も来てないから、ここから先は騎士以外のモンスターも出てくるんじゃないかしら」
アレンの言葉に私が言って、二人でサードを見た。
何気にサードの一言は的を射ていることが多いから、こういう時だけは無意識的にサードの意見を聞こうという構えが出来上がってしまっている。
「あんな中ボスの先にこんな弱いモンスター用意すると思うか?それだったらあの魔法使う騎士の軍隊を置いた方が効果的だろ」
「じゃあこれなんなの?」
はいずる水のモンスターを指さすとサードは少し考え込んでから、
「川の中にいたモンスターじゃねえの?」
と素っ気なく言いながらも自分の言ったことに納得できない顔つきで黙り込む。でもふと我に返って、
「こんなところでこんなモンスターの話してる場合かよ」
と先に進み始めた。
「こいつら倒す?」
「放っとけ。それ倒して金も何も手に入らねえし時間の無駄だ」
アレンの言葉にサードはそう返して先に進む。
そして通路を渡りきり塔の中に入る扉を開こうとサードが手をかけようとした瞬間、サードは身を固め、叫んだ。
「脇によけろ!」
瞬間的な判断が生死を分ける。
とっさに右に避けると、扉を突き破って長く鋭利な刃が飛び出してきた!
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