伸びる爪

岸亜里沙

伸びる爪

「痛っ!」


早朝、私はまたあの・・痛みで目が覚めた。


「まただ」


私は自分の右手の親指を眺め、そして頬を軽く撫でる。

鋭く切られた頬。

伸びた爪で、寝ている間に引っ掻いたようだ。


「なんで?昨夜、あんなにしっかりと切ったのに」


私の体に異変が起こり始めたのは一週間前。

右手親指の爪だけが、一晩で1cmほど伸びるようになった。


「どうして?」


この異変が始まってから、私は毎晩、毎晩爪を切り続けた。

だけど、朝起きたら爪はまた伸びていたのだ。


私はさすがに怖くなり、近所の病院を受診した。


症状を説明してみたが、さすがに症例がないらしく、お医者さんも首を傾げるだけだ。


「確かに一晩でこれだけ伸びるのは異常だね。指の爪は1ヶ月で3mmくらいしか伸びないはずだから。うーん、とりあえず明日また見せに来てくれるかな?今夜は爪を切らず、明日どれだけ伸びているか見たいから」


お医者さんは、私の爪の長さを計り、また明日来院するよう促した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


翌日。

私は朝起きて、右手親指を眺める。


「やっぱり・・・」


親指の爪だけやはり伸びていた。昨夜は切っていないので、その長さは約2cm近い。


私は急いで病院に向かい、診察してもらう。


お医者さんは、私の爪を見るなり驚愕の表情を浮かべた。


「一体何が起こっているんだろう?こんな事はあり得ない。僕も昨日ちょっと調べてみたんだけど、正直分からなかったんだ。一度、大きな病院で診てもらった方がいいかもしれないね。紹介状を書いてあげるから、◯◯大学付属病院へ行ってほしい」


「原因とか分からないんですか?」


「現段階ではなんとも。多分、基礎代謝とかが関係してるとは思うんだけど。精密検査をして何か分かればね」


私はとりあえず帰宅し、明日、大学病院へ行くことにした。


近所のお医者さんも匙を投げた事で、私は凄く不安になった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


翌日。

私は貰った紹介状を携えて、電車で大学病院へ足を運んだ。


結構混んでいて、1時間程待っていたが、ようやく私の順番がきた。


診察室へ入ると、そこには若い女性のお医者さんが。


「お待たせしてすみません。私、医師の田辺たなべと申します。紹介状を確認しました。早速診察に移らせていただきます」


私は状況を説明し、伸びた爪を見せた。


「3日間でこれだけ伸びたんですね?」


田辺先生は表情を変えず冷静に診察をする。


「原因を探る為、精密検査をさせてください」


その日、私は様々な検査を受けた。

血液を取り、レントゲンを撮り、脳波も測定した。


「お疲れさまでした。精密検査の結果は3日後に出ます。なので、また3日後に来てください。爪が伸びて怪我をする可能性もありますので、毎晩爪切りはしてください。他にも気になる事があれば、すぐ連絡をしていただいて結構なので」


私は田辺先生の堂々とした態度に、安心感を得ました。

検査をしたし、何か分かるかもしれない。


とりあえず私は毎晩しっかりと爪切りをして、検査結果を待つ事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


3日後。

検査結果を聞くため、私はまた大学病院へ向かった。


「こんにちは。先生、結果はどうでした?」

診察室へ入るなり、私は自分から切り出した。



「はい、結論から言いますと、どこにも異常はありませんでした。基礎代謝も問題はなさそうですし、その他、検査した数値も全て正常でした」


「そうですか」

私はガッカリした。

原因が分かり、何かしらの治療法があるのかと期待したからだ。


「これは提案なのですが、入院治療をされてはどうですか?」


「え?入院?」


「はい。我々としましても、何とか原因を突き止め、治療を出来ればと思います。もちろん強制ではございません。在宅治療を選択されるのも良いかと思います。ただ状況が状況なので入院治療をされた方が・・・」


私は少し考えた。

あまりにも急展開すぎて頭が追い付かない。


「どうしよう。そんな急には・・・」


「ご予定とかもあるでしょうから、お返事は今すぐでなくても大丈夫です。ご連絡くだされば、調整致します」


「分かりました」


病院を出た私は、ボンヤリと駅までの道のりを歩いた。


なんでこんな事になってしまったのだろう。

右手の親指を眺め、私は途方に暮れた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


5日後。

私は病院に連絡を入れた。入院治療を行う為に。

毎晩の爪切りと、原因不明の奇病に犯されたという事実で私は、だんだんとストレスが溜まってしまった。

入院してどうにか治したい。


病院とのやり取りで、2日後に入院をすることになった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


入院当日。

病院に到着するなり、私はまた血液検査やレントゲンなどの検査を行った。今回は更に検査項目が増え、尿検査や視力検査までこなした。


全ての検査を終え、病室で横になっていると、田辺先生が入ってきた。


「来ていただいて早々、色々な検査をしてしまってすみません。我々としましても、なんとしてでも原因を突き止めますので」


「私も早く原因が知りたいです」


「あと、お願いがございます。今日の夜、爪の伸び方を記録する為に、カメラで録画をさせてください。申し訳ないのですが、今夜だけ手をベッド脇に固定させてもらっても宜しいですか?」


「分かりました」


その夜、私は磔にされた気分だった。自由を奪われ、監視をされる。まるでモルモットになったようだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


入院して1週間後。

状況は何も変わらなかった。

原因も特定出来ず。


毎日の精密検査の他に、食事を減らされたり、睡眠時間を短くするように指示をされたり。

正直、もう限界だった。


「私はきっと治らない。このまま人体実験を続けられるのは嫌だ」


私は持っていたフェイスタオルで右手首をきつく縛り、左手にはさみを持った。


「これで、終わり」


私は躊躇いなく、自分の右手親指を根元から切り落とした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


真っ白なシーツに滴る鮮血を見た私は、凄く安心したのを覚えている。


これでもう自分の爪に悩まされる事はないのだと。

この痛みこそ、自由の代償だ。

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伸びる爪 岸亜里沙 @kishiarisa

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