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※ご注意
本日二話更新の二話目です。十二話をまだお読みでない方はそちらを先にお読みください。
本話はいつもよりほんの少しだけ色っぽい? 話になりますが、筆者的には重要な回です。苦手な方もおられるでしょうが、よろしければお付き合いください。
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たくさん貰えたと思っていた休暇だが、一ヶ月というのは思いのほか短い。
時間は飛ぶように過ぎて行き、次の招集まであと少しになってしまった。
でも、惜しむ必要はない。
この戦争はもうすぐ終わるのだ。
戦争が終われば、ハイジと二人でまたここへ戻って来られる。
こんな物騒な森など誰も欲しがらない。
永遠にあたしとハイジだけの土地だ。
だからこの風景は見納めでもなんでもなく、ただのありふれた日常に過ぎない。
きっと、そのはずだ。
* * *
早朝に狩りのノルマを終わらせて、手際よく昼食の準備も終わらせる。
トナカイの世話をして、武器の手入れをすれば、あとは何をしても構わない。
これまで森で「暇な時間」というものが全然なかったが、この一ヶ月だけは別だ。
(どうせなら、いつもしないようなことをしよう)
そう思って、午前中からサウナに薪を焚べる。
真昼間からサウナである。
こんな贅沢は王侯貴族にだってできまい。
昨晩はおそらく今年最後であろう大雪が降って、新雪となって積もっている。
それでもところどころに土と、苔の褪せた緑が顔を覗かせている。
春が近いのだ。
気温は氷点下になるかならないか――まさにサウナ日和である。
窓をコンコンと叩いて、読書中のハイジに声を掛ける。
「サウナに火を入れたから、よかったら一緒に入らない?」
「こんな真昼間にか?」
「たまにはいいじゃない。それにもうすぐ戦場よ? サウナどころか風呂もない生活が待ってんだから、今のうちに堪能しとかなきゃ」
ぶっちゃけ、戦争中の不衛生さは筆舌に尽くし難いのだ。
汚い、臭い、痒い、掻き過ぎで痛い、フケだらけになる、足の皮が捲れる。
それはもう不快のオンパレードなのだ。とてもではないが女子が耐えられる環境ではない。森に戻ってサウナがあると思うからギリギリ耐えられるのだ。
数日後には体を拭く水にすらこと欠く環境が待っている。
サウナくらい入らせろ。
「……そうだな」
「じゃ、あたし先に入ってるから、気が向いたら来て」
そう言って、あたしはまずブーツを脱ぐ。
裸足で雪を踏み締めると、あっという間に身体中の体温が奪われて寒気が来る。
ひー、寒いと言いながら服も脱いで素っ裸になるが、訓練後と違って今は汗もかいていない。春間近とはいえ冬の気温は堪える。あっという間に体が芯まで冷える。
だけど、
水風呂から水を掬って頭からかぶる。
「ひぃーー!」
喉の奥から勝手に悲鳴が漏れる。
ガタガタと震えながらサウナに突入する――ドカンと熱気が襲ってくる。
(これこれこれ! あああ、たまらん。死ぬ)
(戦場にもサウナ置いてくんないかしら、娼館や楽隊も同行してんだからそのくらい……って、他の兵隊もいるんだった)
アホなことを考えつつ、熱気に耐える。
どばっと汗が出てくる。
まだ一巡目だから背中に若干の寒気は残っているが、ひりつくほどの熱に体が歓喜の悲鳴をあげている。
限界まで我慢したあと、外に飛び出して水風呂に飛び込む。
「ぎゃーーっ!」
水風呂に浮いていた落ち葉が邪魔だが、そんなものは気にしない。
一巡目のこれが一番効く。
頭まで潜って、ざぶざぶと水を動かす。
一気に体温が奪われるがしばらく我慢してから上がり、顔だけ布で拭いたら外気浴だ。
しばらくすると体がもうもうと湯気を上げ始める。
(あたし、蒸気機関車みたい)
(そういえばこの世界に蒸気機関ってあんのかしら)
そんなことを考えていると、また肌寒くなってくる。
よし、と立ち上がって、あたしは二巡目に向かった。
* * *
三巡ほどして、ますます勢い良く蒸気を上げながら空を見上げる。
心地よい。
冬から春に移行する空気が外気浴にドンピシャだ。
激しい戦争を体験したからだろうか。
あたしはなんだか馬鹿みたいに開放的な気分になった。
いつも申し訳程度に前を布で隠していたのもやめて、完全な素っ裸で風を浴びる。
なんだこれ。
めっちゃ気持ちいい。
そこにハイジがやってきて、ギョッとしたように一瞬足を止めた。
どうやら少女(二十五歳)の匂い立つような色気に当てられ――たわけもなく、いつもと違うことに驚いただけだろう。何事もなかったように前を通り過ぎてズボンを脱ぐと、サブサブと水を被ってサウナに入っていく。
あたしも同行し、二人並んでヴィヒタでバシバシする。
(あー……)
(うー……)
どうなんだコレ。
なんだかちょっと変な気分になってきた。
二人してサウナから脱出し、水風呂を浴び、外気浴する。
ハイジは腰に巻いた布で股間を隠しているが、あたしは相変わらずのスッポンポンである。
チラリとハイジを見るといつも通りに見えて……どこかちょっと気まずそうでもある。
「ハイジ」
「なんだ」
「なんだかリンは、ムラムラしてきましたよ?」
「何を言っとるんだ、お前は」
ハイジは呆れたようにこちらを見て、少し困ったようにすぐに前を向く。
「あと、前を隠せ」
「いいでしょ、見てる人もいないんだし」
「おれがいるだろう」
「おっ、気になりますか?」
ニヤリと笑ってそう言うとハイジはすっくと立ち上がり、ガバッとあたしに抱きついて――いや違うなコレ! やめろ、何をする! バタバタと抵抗虚しく、ハイジはあたしをヒョイと持ち上げると、ポイと雪の中に放り投げた!
「ぎゃあああッツ!! 冷てぇーーーーッツ!!」
あたしは裸で背中から雪に突っ込んで、悲鳴を上げた。
ムラムラした気分なんて一瞬で吹き飛んだ。
顔をあげて怒鳴った。
「何すんじゃーーーッツ!!」
「頭を冷やせ」
「あがががが、つめ、つめた、冷たい」
ハイジはザクザクと歩み寄ってくると、そのままあたしの隣に仰向けに倒れ込んだ。
もちろん裸でである。
「さささ、さむ、寒くない、の………!?」
「気持ちいいぞ」
ハイジは手を上下に、足を開閉しながら雪に体をなすりつけている。
なんかこれ見たことある……あれだ、子供が雪遊びで天使の真似をしてるやつだ……。
大男の奇行に戦々恐々としながら、あたしはガタガタと震えた。
しかし、なんだかおかしくなってきて「わはは」と笑った。
ハイジは何も言うことなく真顔で奇行を続けていて、それがまた可笑しくて、あたしは久しぶりにゲラゲラと腹の底から笑った。
四巡目は二人して限界まで温まり、今度は自分からハイジと二人して新雪に
また新しい楽しみを覚えてしまった。
寂しの森は、本当に懐が広い。
* * *
あっと今に休暇が終わり、戦地入りの前日になってしまった。
この日はそれなりに忙しく、しばらく留守にするための準備をして回った。
食材を残してはいけないので、ちょうど夕飯で使い切れるように調整した。
食事はパンが足りなくて少し物足りなかった。
あとは煙突を塞いで旅立つだけだ。
明日に備えて、読書タイムは無しになった。
いつもなら早いくらいの時間にハイジは立ち上がり、自室に引っ込んでしまう。
相変わらずそっけないが、休み最終日のセレモニーをするような男でないことくらいわかっている。
あたしも自室に戻り、剣やらナイフやら自作の戦闘糧食やら(あのビスケットが嫌すぎて、思い出すだけでオエっとなる)を最終チェックする。
戦闘用のブーツもピカピカだし、革ベルトも新調した。
戦闘服はハイジの染めたオリーブグリーンのもの。厚手のマントは魔物の毛で織られた濃いグレーのフェルト地だ。
楽しかった一ヶ月と比べて、目の前の道具たちのリアルさはどうだ。
明日からまた戦闘が始まることを、嫌が応にも実感させられる。
あたしは枕――布を巻いただけのもの――を持って、ハイジの部屋に向かった。
扉を開けると、相変わらずどこまでも殺風景な何もない部屋。
ハイジはすでに就寝中で、しかしあたしが部屋に入ってきたことで目を開けた。
「どうした?」
「一緒に寝ていい?」
あたしの言葉に、ハイジは眉に皺を寄せた。
「悪いが、俺に妙な期待をされても困る」
「違うよ、そういうんじゃなくて」
どうやら先日のサウナのことを言っているらしい。
だけど今は別にムラムラしてるわけではない……単にハイジにくっつきたかっただけだ。
変な意味はないし、それに明日からはハイジは司令官なのだ。次に個人的に会話できるのはいつになるのかわからない。
「変なことはしないし、その気もないよ。でも、明日からしばらく別行動だしさ」
だめ? と聞くとハイジは少し考えて「狭いぞ?」と言って毛布を開けてくれた。
「やたっ。ハイジ大好き」
モゾモゾとハイジの隣に潜り込むと、ハイジは「早く寝ろ、明日から忙しいぞ」と言って背中を向けてしまった。
別に構いはしない。あたしもハイジに背中を向けて、丸まるように目を閉じた。
背中にハイジの体温と鼓動を感じる。
あたしは幸せな気持ちになって、そのまま眠りに落ちた。
夢は見なかった。
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