14
出陣前に、ギルドから戦士たちに酒が振る舞われた。
どうやらあたしはあまりお酒が好きではないらしい――なんでもいいお酒らしいが、アルコールは思考能力を奪い去る。
先日の二日酔いを思い出して、失礼にならない程度にちびちびと口をつけるに止めた。
反乱軍はまだまだ抵抗するつもりらしいが、中央政府軍としてはそれに付き合う気はないようで、次の戦闘でけりを付ける気まんまんだ。
当然総力戦になる。
激しい戦闘が予想されるが、司令官に選ばれたハイジは特に気負う様子もなく普通にお酒を飲んでいる。
そうなると一兵卒たるあたしがずっと横についているのも変な話だ。
あまりコミュニケーションは得意ではないが、他の兵士たちとの親交を深めるべく、マグ片手にギルドを歩き回った。
今日までに、エイヒムのギルドに所属する戦士は五名が亡くなったという。
正規兵の戦死者はさらにその倍程度――
なにせ人口が少ない。ライヒ領の首都であるエイヒムですら、市民権を持つのは二千人程度しかいないのだ。
その中で男性は半分以下――どうしても危険な仕事に従事することの多い男性の方が数は少ない――さらに戦える適齢の者になると百名もいない。
その中で十名以上の死者。
一般的な戦闘では三分の一の損害で「全滅」と見做されることを考えれば、被害の大きさもわかるというものだ。
いかに苛烈な戦いだったかが窺い知れる。
すでに戦地にある者もいるので、ギルドに集まった戦士は二十名程度。
もちろん女性はあたしだけだ。
場違い感が半端ない。
この世界では戦士は尊敬される職業だ。
たいていの男は若いうちに戦士に憧れるし、貴族であれば戦闘は義務だ。
しかし、現実的には職業軍人になるものは多くはない。
命懸けの仕事であることもあるし、戦うこと以外にも男手は必要だからだ。
そうなると傭兵や冒険者になるのは、食い詰めた男たち、職を失った男たちなどが多くなる。
つまり、ちょっと柄が悪い人が多いのである。
それでも、戦場に命を預けているのだという自負心があるのか、粗暴ではあっても紳士的な人が多い。あたしのような小娘が挨拶しに行ってもちゃんと敬意を持って接してくれるのだ。
あと、髭率が高い。
なぜか知らないけれど二十代の兵士であっても立派な髭を蓄えている。
ぶっちゃけ邪魔そう。
ハイジが髭を剃ってくれていて本当に良かった。
そんな中、髭がなくてさっぱりした様子の一人の兵士が気持ちよさそうに酒を飲んでいる。
ヘルマンニである。
「こんちゃ」
「お、リン。お疲れ」
「ヘルマンニも参加なのね」
「いやぁ、おりゃあずっと参加しっぱなしだぜ。休みなんてねぇよ」
「え」
あたしとハイジは一ヶ月も休みが貰えたのに、なぜだろう。
やっぱり害獣駆除のためなのだろうか。
「オレの場合直接戦闘するわけじゃねぇしな。敵状視察は継続が大事なんだぜ」
「あー、なるほど。今回はハイジのサポート?」
「そうよ、老体には堪えるぜぇ」
そう言ってヒヒヒと笑う。
「ハイジをお願いね」
「任せとけ。あいつとの連携にゃ年季が入ってるからな。心配はいらねぇさ」
「だといいけど」
「リンも気をつけろよぉ? 今までみたいな「ヤァヤァ我こそは」じゃねぇからさ、混戦乱戦には『黒山羊』の能力もいまいち役に立たねぇだろ?」
「力が足りなきゃ死ぬだけよ。ま、死ぬ気はないけどね。約束もあるし」
「約束?」
「ニコに生まれてくる子供に名前をつけてくれって頼まれてんのよ」
「ああ、ジンクスか」
あのちっこい娘っ子がオカンになるのかー、生まれてくる子に乾杯、などといってヘルマンニはマグを呷った。
「ヘルマンニはジンクスを気にしないの?」
「別にそういうわけじゃねんだけど……あ、オレさ、この戦争が終わったら惚れてる女に結婚を申し込もうと思ってるんだ」
「それ、ジンクスじゃなくてフラグだからね」
「フラグ? なんじゃいそりゃ」
思わず突っ込みながらも、あたしは驚いていた。
「ヘルマンニ、好きな人がいるって話は本当だったんだ」
「ん、誰に聞いた?」
「ユヅキが「ヘルマンニさんは好きな人がいるのに不誠実だ」って」
「……まいったな」
ヘルマンニ照れ臭そうにヘヘヘと笑う。
「なのにあたしを口説いてんじゃないわよ」
「ただの冗談だろぉ? いいじゃねぇか、オレとリンの仲なんだし」
「あたしとヘルマンニがどういう仲だってのよ」
言いながら、ヘルマンニと結婚する女性はきっと幸せだろうな、と思った。
この男なら、自分の手持ちのカードの全てを使って奥さんを幸せにするだろう。
* * *
不幸か幸いか、戦地はエイヒムからかなり離れた土地だ。
エイヒムに被害が及ばないのは素晴らしいことだが、その分軍用馬車に揺られる時間が長い。
ハイジも一緒ならまだ良かったが別行動だ。
ヘルマンニも一緒だというので、同行できないあたしはちょっと憎たらしく思った。
むさっ苦しい兵士たちに囲まれていると、自分のチビさが嫌になってくる。
いっそペトラみたいな巨体になれば子供扱いされなくなるのに、あたしの体はいつまで経っても二十歳程度のままだ。しかもこの世界基準で日本人の二十歳は十四、五歳、大きく見積もってもせいぜい十七歳くらいにしか見えないという。
ニコは目を泳がせながら「ちゃんと大人に見えるよ」などと言っていたが、明らかに嘘だ。本人はすっかり大人っぽくなって、横に並ぶとどちらが年上かわからない……というか、明らかにニコがお姉さんである。
つまり、兵士たちに「なんじゃいこの豆粒は」と思われているというわけだ。
何冊か本は持ち込んでいたが、ガタガタ揺れる馬車の上では読むことはできない。
暇だし、揺れるし、豆だしということで、あたしは連なる馬車をうろうろと移動して暇を潰すことにした。
ちなみに一般的に馬車から馬車に乗り移るなんていうのは普通は不可能だ。とはいえ『黒山羊』の能力を使えば問題はない。ただ、途中で拾った他領の軍人たちが、馬車から馬車に乗り移るあたしを遠巻きに見てめちゃめちゃビビっていた。
ますます悪評が立ちそう。
そして、最後尾あたりでユヅキを発見した。
めちゃめちゃ嬉しかった。
「ユヅキーーッ!」
「リンちゃーーん!」
ガシッと抱き合う。
「来てたんだ!」
「うん、今回は強制じゃないんだけどさ、微力ながらお役に立ちたくてねー」
後ろを見ると、軍服を着た娼婦のお姉さんが三人、皆にっこり手を振ってくれた。
あたしも手を振りかえす。
軍服なのに色っぺぇ〜……どういう理屈なんだコレ。
「でも、危なくない?」
「リンちゃんほどじゃないでしょ。それに娼館がないと近くの村とかで略奪とか起きるしねー。他の領からも結構たくさん従軍してるよ」
「なるほど。三人だけじゃ身がもたないもんね。他の領からも来てくれてるなら安心だ」
あたしは経験がないのでよくわからないけれど、とにかく大事な仕事だということはわかった。戦場にあっては男たちだけでなく女たちもまた、戦士なのだろう。
「あと、戦争が終わったらかなりたくさんお給金が出るんだよ! それに、ほぼ確実に求婚されるというおまけ付き」
そのくらいの役得はあって然るべきでしょ、と言ってユヅキは人差し指と親指で輪っかを作り、ヒヒヒと笑った。
あ、それどこかで見た。ヴィーゴに叱られたことがある。
「横、座っていい? 前の車両は他領の人たちにジロジロ見られてさ。実は居心地が悪くて逃げてきたんだよ」
「うーん……あたしたちはいいけど、リンちゃんも娼婦だと思われるよ?」
「えっ、あたしってばそんなに色っぽい? やー、まいったな」
うふん、とポーズを取るとユヅキと娼婦のお姉さん方が揃って吹き出した。
* * *
酷い馬車酔いと腰痛、背中の痛みがそろそろ限界を迎える頃、ようやっと戦地に到着した。
この世界の戦争は、場所と時間を示し合わせてヨーイドンで始まるのが通例だ。
継続中の大きな戦いの一部であるし、反乱軍(中央軍にすれば、反政府軍とはそのまま反乱軍だ)との戦いであれば儀礼戦は不要なのかと思えば、「ルールを守って戦死しないとヴァルハラに招かれない」との思想により、敵もお行儀良くルールを守る。
戦闘開始は明日の正午。
それまでに戦地の環境は整えられ、炊き出しやら、楽隊の演奏やら、娼館やらが準備される。さらには、自主的に集まってきたのであろう吟遊詩人たちも多く、武勇伝やら故郷で待つ恋人を想う切ない歌やらで自慢の喉を震わせ、
ただ、歌にはハイジとサーヤ姫が主役の演目『黒犬の献身』も混じっていて、本人たちを知っている身としてはなんとも言えない気持ちになった。
まるでお祭りのようだが、あくまでここは戦場だ。
こんなに明るい雰囲気なのはあくまで儀礼戦前夜だからだ。いざ始まってしまえばルールもクソもない。
ここにいる人間のうち、何割かは確実に命を落とす。
だから最期の愉しみとして、または恐怖を忘れようとして、あるいは景気付けとして、男たちは飯を食らい、女を抱き、楽隊に好きな音楽をリクエストして思い思いに過ごす。
食事と娼館の利用については全員に配給票が配られていて、好き放題に利用できるわけではない。あたしは娼館を利用しないので配給票をそのままユヅキにプレゼントしたが、それ一枚で結構な金額になるそうで、「ラッキー!」と喜んでくれた。
食事はともかく娼館は全ての兵士が利用するわけではない。むしろ使わない人の方がずっと多い。中には「使わないので、良かったら」と言って配給票を譲ってくれようとする若い兵士もいた。
しかしユヅキは「
断りながらもそっと手を握り「お気遣いに感謝いたします。どうかご武運を」と囁いて微笑むユヅキはとても美しかった。
プロだなぁ思った。
お仕事中の娼館の近くは流石に気まずかったので、あたしはユヅキから離れたところに移動し、気配を消してマントに包まる。
目を閉じてハイジの気配を探る。すぐに一際明るく輝く力強い光を見つけた。
きっとハイジらしく、自分が今できることを精一杯やっているのだろう。
いつも通りのハイジを見てあたしは安心して、目を閉じる。
喧騒が遠のいてゆき、あたしはゆっくりと微睡の中に身を沈めていった。
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