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 英雄役として参加した初めての戦は綺麗戦だけで終わった。


 敵はハーゲンベックなどと比べれば遥かに規模も小さく、練度も低い連中だった。

 強者と呼べるような存在は皆無で、指示系統もめちゃくちゃ。

 戦争というよりは小競り合いである。


(よかった。これならわざわざ殺さなくても、無力化するだけでもいいか)


 あたしは敵の腕の健を斬るなどして無力化して回った。

 しばらくは不便だろうが、そのうち治る。痛いだろうけど死ぬよりはマシだろう。


 そんな気遣いには気づくことなく、敵側は皆一様にあたしを見た瞬間に呆けて見せて、次の瞬間『黒山羊』だと気づいて悲鳴を上げて逃げまとう。


(うーん、顔見た瞬間に悲鳴を上げられるのって気分が悪いね……)

(殺さずに済むだけ気は楽だけども)


 ハーゲンベック戦の感覚はまだ手に残っている。

 最後にはとにかく殺して、殺して、殺しまくった。


 本当に、戦争なんて馬鹿のすることだ。

 そんなことをして一体何が手に入ると言うのだ。


 土地か、財産か、名誉か……そんなものがなくても、一歩森に入れば必要なものは全て用意されていると言うのに。


* * *


 夕方頃には、敵方はもうガタガタで、戦う余力などなさそうだった。


 あたしはそもそもこの戦が何を目的に行われているのかを知らない。

 もしかすると敵は極悪人ばかりで、全員打ち倒すことこそ正解だったのかもしれないが、イチ傭兵としてはそんなことは知ったことではない。


(もういいかな)


 今回は一人も殺さずに済んだ。

 司令室へ向かうと、ワッと歓迎された。

 何人くらい斃したのかと聞かれたので正直にゼロと答える。

 皆はキョトンとしていたが、百名近くを無力化したことを伝えると飛び上がって喜び始めた。


 傭兵としては破格の活躍のはずだ。

 皆の士気も上がり、英雄役とやらもきちんとこなすことができた。

 料金分以上は働いたと言えよう。


 なにやら「不殺の英雄」がどうのと盛り上がっているが、これ以上二つ名が増えないで欲しいなと思っていたりする。


 と、近くによく知った気配を感じて振り返ると、ハイジが気負わない様子でこちらに歩いてくるところだった。


「おかえり、ハイジ」

「ああ」

「どうだった?」

「百ほどは無力化できたはずだ」

「無力化……?」

「殺す必要を感じなかったのでな。お前の真似をしてみた」

「へぇ……!」


 敵とあらば容赦のないハイジが、無力化に止めてきたらしい。


「どういう風の吹き回し?」

「ただの小競り合いだ。殺さずに済むならその方がいい。ハーゲンベックはもういないしな」

「……そうね」


 その言葉が、あの日――あたしとの決闘――のやりとりから端を発すものであることはすぐにわかった。


 ハイジは変化しない。

 その生き方しか知らないからだ。

 だけど、あたしの気持ちを無視せず、ハイジなりに変わろうとしてくれているのかもしれない。


 傭兵ギルドとしてはどうか知らないが、あたし個人としては歓迎すべき変化だった。


* * *


 エイヒムに帰り、報告してすぐに森に帰る予定だったが、ヴィーゴに顔を出せと言われてしまった。

 呼び出されたのがあたしだけだったので、ハイジと別れて一人で二階へ出向く。


「一人も殺さなかったそうだな」


 ヴィーゴは何やら書き物をしながらチラリとあたしを見て言った。

 責められているのかとも思ったが、そういう感じでもなく、本当にただの確認と言う感じだ。


「ええ、まぁ。敵は明らかに戦に慣れていない感じでしたし、軍というよりは素人集団だったので、殺すまでもないかと」

「お優しいことだな」

「別に、人を殺すことを好んでいるわけじゃないですし」

「そういえば、これまでもお前はそうだったな」


 たしかにそうだ。

 あたしはこれまで傭兵としてそれなりの武勲を上げてきた自負はあるけれど、脅威と感じられない相手は基本的に殺さずに無力化してきた。

 だが、別に優しいからそうしているわけではない。

 かといって、殺すことへの忌避感でそうしているわけでもない。


「いつも思うんですけど、なんで殺すんです?」

「どう言う意味だ」

「殺したらそれまでですけど、怪我をさせれば軍のお荷物になります。若卒は殺すよりも動けない程度の怪我にとどめた方が、敵の負担は大きくなりますよね」

「……思ったより悪辣だな、お前」


 ヴィーゴは悪そうにニヤリと笑った。

 あたしとしては、せっかく戦争を早く終わらせようと動いているのに悪辣と言われるのは納得できない。


「味方にとって脅威だと判断した相手は、きちんと殺してます」

「ふん、言い分はわかったが、それだと舐められる」

「舐められる?」

「殺されないとなれば、負けても負けても挑戦してくるやつもいるだろう。賠償金を踏み倒すためにな。結果、味方の被害が拡大する」

「なるほど」


 どうせ死なないなら、賠償金を払うよりも再挑戦した方がマシだと考える馬鹿がいるってことか。


「じゃあ、声明を出してください」

「なんだ」

「『次に挑戦してきたら一人残らず殺す』と」

「はっ。よかろう」


 ヴィーゴはペンを置き、クツクツと笑う。

 どうせこの男のことだ。最初からその辺を落とし所にしたかったのだろう。


「噂の『黒山羊』は『不殺の英雄』などではないと伝えておこう」

「それはどうも……」

「すごい熱狂っぷりだったらしいな」

「なんなんです? あれ」

「なに、ハーゲンベック戦での活躍や手配書を使って宣伝に努めただけだ」

「なんてことを!?」

「まだ一度も敗戦したことがなく、参戦した戦では必ず凄まじい武勲を上げ、悪名高いハーゲンベックが最も警戒した人物。そのくらいでないと、ハイジの替わりは務まらん」


(この野郎……)

(面白がってやがるな)


 だが、あたしが一声かけるだけで死者が減り、勝利する確率が上がるのなら、そのくらいは仕方ないとも言える。


 はぁ、とため息を吐いて、


「さんざん勝手に人の名前を使ってくれたんだから、報酬は色つけてくださいよ」

「金の亡者か貴様。何に使うつもりだ」

「いえ、あたし自身はお金なんて要りませんけど、だからと言って好き勝手されるのはちょっと」

「……ハイジが金を何に使ってるか知ってるのか?」

「まぁ、はい」


 本人から聞いたわけではないけれど、ユヅキやその他の皆からの話で大体は理解している。

 あたしとしても、自分の稼ぎをハイジと分けておくようなつもりはないので、同じようにに使ってもらおうと思っている。


「それで、ハイジのやつはどうなんだ」

「どう、とは?」

「お前がわかっていないはずはないだろう?」


 ヴィーゴがじっとあたしの目を見つめる。

 あたしも目をそらすことなく、まっすぐに見つめ返した。


 これまで、ヴィーゴとハイジの状態について話したことはない。

 つまりカマをかけている――わけではなく、単に確証があるだけなのだろう。


「……まぁ、良くはないですね」


 どうせこの男に嘘は通用しない。

 正直に答えることにする。


「聞けば、今回はハイジも不殺を貫いたと聞く。お前、何をやった?」

「んー、まぁ想像通りでしょうね」


 ポンポンとレイピアを叩いて見せる。

 ヴィーゴはため息を吐いて、「止められなかったか」と呟いた。


「ヴィーゴさんにしてみたら、ハイジが引退するのは好ましくないのでは?」

「戦うのはな。だが、英雄役だけでも引き受けてくれると嬉しい」

「鼓舞だけして、本人に戦うなと?」

「無茶なのはわかってる。実際いくら言っても無駄だったしな」


 ヴィーゴはいかにも「ギルドのため」といった態度だ。

 だが、明らかにギルド長の立場を超えて、戦友の行き先を気にかけていることは隠せない。


「今のところはお前を下す程度には実力は衰えていないわけだ」

「いえ、あれはあたしの勝ちでした」

「……は? 止められなかったのだろう?」

「……いつも思うんですけど、ヴィーゴさんってどこまでわかってて言ってるんです? あたしとハイジの間に何があったか知らないはず……」

「そのくらいのことはわかる。どうせお前のことだ、傭兵をやめろと迫ったのだろう?」


 ヴィーゴの言葉に薄寒い気持ちになる。

 ……まさかのぞき見てるわけじゃないよね?


「で、お前の勝ちと言うのはどういうことだ」

「あたしの剣はハイジに届き、ハイジはそれに反応できてなかった。……剣が折れなければあたしの勝ちでした」

「嘘だろ……?!」

「まぁ、ガチンコでやりあえば、今ならあたしのほうが強いです」

「マジかお前。もう手に負えんな」


 ヴィーゴは憎々しげにつぶやく。


「アンジェが邪魔をしたか」

「いやぁ、アンジェさんのせいというか……剣が折れたのはあたしが普段から雑に使ってたからなんで、言い訳はできないですけどね」

「雑とはどういうことだ」

「出先で獣を捌いたり、薪を斬ったりしてました」

「バカかお前!?」

「返す言葉もないです。でもまぁ、大丈夫ですよ」

「大丈夫とはどう言う意味だ?」

「たとえハイジが動けなくなったとしても、あたしは傭兵を止めたりしません」


 あたしの言葉にヴィーゴは目を丸くしたが、


「……バカめ、そう言うことじゃない」


 すぐに陰鬱な表情に戻って、憎々しげにそう呟いた。

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