5

「『黒山羊』に会った」

「『崖の王』か」

「どうだった?

「噂通りだったか?」

「話に聞いていたのとは随分違っていたな」

「『黒山羊』なら俺も見たぜ」

「俺も見た。偉くちっこかったな」

「……ちっこい? 手配書には男顔負けの女傑だとあったが」

「あれのせいでみんな油断しちまうんだよなぁ……」

「似ても似つかねぇよ、なんだあの人相書き」

「実物はどんなだ?」

「気味が悪かったな」

「気味が悪い?」

「ああ。なんていうかあれは……」


* * *


「『黒山羊』を見たか?」

「おお、見たぞ」

「あんなに頼もしく思ったことはねぇな!」

「『戦乙女』に乾杯!」

「見た目は子供みたいなのになぁ。剣を抜いてたった一言「戦え」って叫んだだけで、もう勝ったような気持ちになったな」

「いいな、俺はまだ見たことねぇんだよな」

「俺は遠目に見たぞ」

「オレもだ。なんだかただの子供みたいだったな」

「俺の娘より小さかったぞ。あんなので戦えるのかよ」

「お前、知らないのかよ」

「敵損害の半数近くは『黒山羊』一人の仕業だって話だ」

「流石に眉唾だろ」


* * *


「『黒山羊』とやり合ったって?」

「やり合ったと言うか……出会い頭に腕をやられてこの通りだ」

「不意を突かれたか。一対一なら怖くなさそうだな」

「そう……だな。いや……俺はもう会いたくない」

「なんでぇ、お前けっこうやる方だろ? だらしねぇな」

「女戦士ごときにえらく弱腰じゃねぇか」

「何と言うか……人と戦ってる気がしなかった」

「は? じゃあ何か、噂は本当だってのか?」

「にわかには信じられねぇなぁ。ライヒのホラじゃねぇのか」

「……いや、噂とも随分違ったな」

「何だよ」

「対峙してわかった。ありゃ人間じゃねぇよ」

「『黒山羊』は……俺を見てなかった」

「どう言う意味だ?」

「俺を人間だと認識してもいなかったんだ」

「なんだ、それ」

「邪魔な虫を追い払うみたいに、俺の腕を斬ってどっか行っちまったんだ」

「おれはすっかり自信を無くしちまったよ」


* * *


「『黒山羊』だろ? ……味方だってわかってても、あんまりお近づきになりたくねぇな」

「何考えてるかわかんねぇよな。話しかけてもニコリともしないし」

「敵を斬るだけの装置みたいな感じだよな」

「それだけじゃなくてよ……俺、見たんだよ」

「なんでぇ、勿体ぶるなよ」

「……『黒山羊』は人じゃねぇんだ」

「人じゃなきゃ何なんだよ」

「わかんねぇけど……『黒山羊』はんだよ」

「どういうこった?!」

「俺も見た。目を疑ったぜ。でも、あの無表情のまま空中を歩くように移動して、パッと消えたと思ったら敵が一斉に倒れてな」

「なんだよそれ……」

「味方でも気持ち悪いけどよ……敵にならねぇことを祈るしかねぇな」

「冗談じゃねぇ。『はぐれ』なんざ、それでなくとも縁起が悪いのによ……」

「ライヒとの付き合いは見直した方がいいんじゃねぇのか?」

「だけど、時代はライヒに傾いてるぜ」

「だからって……あんまり仲良くしない方がいいと俺は思うけどな」


* * *


「やっと噂の『黒山羊』を見たぜ」

「どうだった?」

「……なんていうか、ちょっと気味の悪いやつだった」

「オレも見たけど、確かにちょっと……」

「黒髪の事を言ってんのか? 最近じゃ髪の色で差別すんのは流行らねぇらしいぞ」

「そうじゃなくて、こう……」

「なんだよ?」

「……人形みたいなやつだった」

「そんなにツラがいいのか?」

「じゃあ、戦意高揚プロパガンダのためだけに用意された神輿だって噂は本当ってことか」

「バカ、一度でも実物に当たったら絶対そんなこと口にできねぇぞ?」

「そんなにか」

「少なくともおれはやり合いたいとは思わねぇな」

「顔は……不細工ではないけど、特別美人って感じじゃねぇんだけどな」

「こう……無表情なんだよ。顔色一つ変えずにバタバタ敵を倒していくんだ」

「なんだよそれ……気色悪ぃな」

「誰も殺しなんてやりたくねぇだろ。普通はしかめ面になったり、泣きながら剣を振るうもんだ」

「笑いながら殺すやつもいるけどな」

「だから、そのどれでもないんだよ。なんていうか……何の感情もない感じで、オレには人間に見えなかった」

「『黒山羊』の名前は伊達じゃないってか」

「当たらないことを精霊に祈るしかねぇな」

「『黒山羊』は聖霊の国アースガルズ出身らしいけどな」


* * *


「あんなのが居るなんてきいてねぇぞ!」

「化け物だ……」

「強いとか弱いとかいう問題じゃねぇぞ!?」

「消えたり現れたり……壁を歩いたり……あんなのとどうやって戦えってんだ!」

「いくら貰っても割にあわねぇ。悪いがおれは一抜けさせてもらう」

「バカ、ギルドから除名されんぞ」

「違約金がいくらになるかわかんねぇぞ?」

「……命あっての物種だ」

「俺も抜けさせてもらう。あんな気味の悪いのとやり合って、たとえ生き残っても――呪われるに違いない」

「斬るときに目を合わせないらしいな」

「相手を見もせず斬るって噂だ」

「なんでも、目が合うとそれだけで呪いが降りかかるんだと」

「じゃあ剣はいらねぇじゃねぇか?」

「剣で殺さないと金にならないからじゃないか?」

「笑いながら殺すって噂はデマなのか?」

「笑われるならまだマシだ。まるで蜘蛛の巣を払うみたいに斬られてみろ。一体何のために生まれてきたのかわかんなくなるだろうが」


* * *


「『黒山羊』が敵をほとんど全滅にしたらしいぞ」

「百人は殺したって話だ」

「デマじゃないのか?」

「『黒山羊』は『不殺の英雄』だって聞くぜ」

「それこそデマだぜ?」

「ああ。殺しまくってるのをこの目で見た」

「敵が強ければ強いほど苛烈になるタイプらしい」

「戦闘狂か」

「弱い敵なんか眼中にないってか」

「なんでも強い敵と戦いたいだけで、お眼鏡に敵わなければ殺す価値もないらしいぜ」

「……狂ってやがる」

「あの黒い目を見ればわかる。ありゃ人間じゃない」

「……おかげで生きて帰れたんだ。あんまり悪く言うな」

「だけどよぅ、あんなのと仲間だと思われたら迷惑だぜ?」

「戦士として……あまり名誉ある戦いとは言えないよな」

「敵としてはもちろん、味方としても付き合いたいとは思わねえな」


* * *


「また『黒山羊』が活躍したらしいな!」

「『番犬』を従えてるって噂は本当なのか?」

「いや、『黒山羊』が『番犬』にべったりだって話だぜ」

「じゃあ『番犬』が『黒山羊』を遣ってるってことか」

「噂によると十四、五の小娘らしいじゃねぇか。『番犬』もひでぇことしやがる」

「いや、『番犬』に限ってそんなことはしねぇだろ。サーヤ姫との物語ラブロマンスを聞く限り、女を大事にする男にちがいない」

「サーヤ姫以外の女はどうでもいいのかもしれねぇぞ」

「『黒山羊』は『はぐれ』だしな」

「バカ、『番犬』といえば『はぐれの守護神』だぞ?」

「ああ、聞いたことがあるな」

「本当なのか? へぇ、『はぐれ』のねぇ……物好きなやつもいるもんだな」

「噂によると、ライヒ伯爵は『はぐれ』の血を引いてるらしいぜ」

「じゃあ『番犬』が『はぐれ』を守護してるのはライヒ伯爵の命令ってわけか」

「『番犬』も損な役回りを押し付けられて災難だな……」

「お前らしらねぇのか? 『番犬』の恋人のサーヤ姫も『はぐれ』だぞ?」

「そういや吟遊詩人からそんなことを聞いたな」

「デマじゃねぇのか? 俺だったら『はぐれ』と付き合うなんて死んでもごめんだぜ」

「だが、今や時代はライヒ領だ」

「あそこと戦おうって物好きな国はもういないだろうよ」

「ライヒ領は『はぐれ』をうまく利用したな」


* * *


「『黒山羊』!『黒山羊』!『黒山羊』!」

「『麗しき黒髪の戦乙女』!」

「『崖の王』!」

「『不殺の英雄』!」


* * *


「あんなに気味の悪い女は見たことがない」

「表情が変わらねぇんだ……」

「あの何も見てないような黒い瞳……」

「見ただけで呪われる」

「ションベン臭ぇガキにしか見えないのに、会った瞬間に死を覚悟した」

「気持ちの悪い子供」

「本当は少年だって聞いた」

「何を言ってもニコリともしない」

「まだ子供なのに髪を短く刈っている。不謹慎だ」

「耳に誰かの所有のしるしが刻まれていた」

「『番犬』が所有者らしい」

「死神だ」

「死神」

「死神」


* * *


「へぇ、じゃあ娼婦達おまえらはみんな『黒山羊』が好きなんだな」

「うん、だってリンちゃんはあたし達のことを「戦士」だって言ってくれるから」

「戦士?」

「男達とは戦う場所が違うだけだって。だから女王のように気高く生きろって。あたい、そんなふうに言われたの初めてだった」

「おっかねぇな。じゃあ俺が抱いたのは女王陛下だってか?」

「うふ。そうよ。誇りを持ってあんたたちを天国へ連れてってあげるわ」

「おお、期待してるぜ、女王陛下」

かしずきたくなるくらいに溺れさせてあげる」


* * *


「『黒山羊』が『番犬』にじゃれついてるのを見たぜ」

「やっぱりあの二人付き合ってるんじゃねぇのか」

「『番犬』は四十しじゅうを過ぎてるって話だぜ? さすがにないんじゃないのか?」

「幼女趣味か?」

「貴族には珍しくないらしいけどな」

「いや『黒山羊』は十四、五にしか見えないが、あれで二十は過ぎてるって話だ」

「本当かよ、嫁き遅れじゃねぇか」

「だけど、『番犬』は今でもサーヤ姫を愛してるって聞いたぞ?」

「『黒山羊』の横恋慕か?」

「いや『番犬』もまんざらじゃないようだぜ」

「へぇ……英雄色を好むって話だけど、サーヤ姫も当時子供だったろ? やっぱり普通じゃねぇな」

「気持ち悪いな」

「バカ言うな。『番犬』の悪口は許さねぇぞ」

「『番犬』のうたを聴いてみろよ。俺、あの話が大好きなんだ」

「吟遊詩人にとっては定番の定番だな」

「そうなると、やっぱり『黒山羊』邪魔だな」

「ああ、邪魔だ」

「なんだか気持ち悪いしな」


* * *


「リンちゃんは可愛いのに……」

「そうだよ、みんなリンちゃんの可愛いさに目覚めるべき」

「でも、最近のリンはちょっとおかしくねえか?」

「そうそう、なんだか俺たちとの関係を少しずつ絶っている感じがするな」

「それだけハイジさんに一途なんだよ!」

「ほんと、それしか見えてないって感じだよね」

「そこがいいんだよ! リンさんはエイヒムの英雄だよ!」

「リンちゃん大好き! ああ〜、なんて可愛いの!」

「女たちに偉い人気だって話は本当だったか」

「あの子を見ていると勇気が湧いてくるんだ」

「生かされてるだけの弱者じゃなくて、ちゃんと自分の人生を生きようって気にさせられるんだ」

「無表情って言うけど、全然そんなことないよ」

「実は照れ屋だし、笑うと可愛いよね!」

「ね!」

「ね!」

「あんなざんぎり頭じゃなくて、ちゃんとしたらいいのに」

「長い髪は戦いの邪魔らしいよ」

「ああ……あんな小さな子にもう戦ってほしくない……でもリンちゃんが戦っている姿を想像するとなんだかドキドキする」

「お前ら……あれでお前らより年上なんだぞ、わかってんのか」

「関係ないよ、リンちゃんはリンちゃん、あたし達の守護聖女だよ」

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