7
ハーゲンベックが崩壊した。
ライヒとの戦いに負けたハーゲンベックだが、戦費を借金で賄っていた。つまり賠償金の支払いだけでなく、借金の返済義務がある。
そのお金を税金を上げることで賄おうとしたのが間違いだったらしい。
流石にキレた領民たちによるクーデターを蜂起し、あっという間にハーゲンベックは火の海になった。
もちろん領主は軍を動かしてそれを押さえつけようとしたが、今度は軍がクーデターを起こし、領民たちと合流した。
なすすべもなくハーゲンベックの領主は捕まって吊るされ、あまり口に出したくないような悲惨な最後を遂げた。
この世界の人たちは「残酷」に慣れている。
皆喜び、祝い、ハーゲンベックの壮絶な死に様を肴に乾杯した。
(げー……)
ハーゲンベックは敵であるし、最悪な人物でもあるとはいえ、その凄まじい死に様はあたしにそれなりのショックを与えた。
ついでにいえば、ハーゲンベックの苦しむ様子が挿絵に描かれている。
職業柄、人の死に慣れたあたしですらドン引きである。
(よくこんなグロテスクな内容を食事中に読めるわね……)
食欲をなくしつつハイジと連れ立ってエイヒムの街を歩く。
目的は毛皮と加工肉の売買である。
しかしこれでは目立って仕方がない。
何せ、ハーゲンベックの死の原因は直接的ではなくとも横に立ってムッツリとした表情の男なのだから。
「人ごとのように言うな。今回はおれよりもお前のほうが目立っている」
「……『気配遮断』」
歓喜に沸く人々に囲まれる前に、早々に気配を隠す。
戦争に勝った瞬間のことを思い出す。
それはもう大喝采だったのだ。
――――『黒山羊!』
――――『麗しき黒髪の戦乙女!』
ブルっと震える。
大体、あたしは目立つのが好きではないのだ。
はっきりと言わせてもらえば苦手なのである。
だというのに市民に囲まれて、妙ちくりんな呼び名で囃し立てられ、これは一体何の拷問なのだと思ったものだ。
ギルドに入り、ミッラを探す。
あたしとハイジの気配遮断は完璧である。この目立つ二人組に周りの人たちは気づかない。
まるで幽霊にでもなったような気分を味わいながら、ミッラに声をかけると、ミッラは驚いたように振り向いた。
「あっ、リンちゃん、ハイジさんも」
「シーッ! ミッラ、悪いけど目立ちたくないの」
「あっ……」
状況を察したミッラはあわてて口を閉じて、買取スペースに向かった。
「ここは任せた」
ハイジがあたしとミッラに言った。
「ん? ハイジは?」
「ヨーコに用事だ」
「へぇ。うんわかった、ここは任せておいて」
ハイジはうむ、と頷いてギルドの職員スペースに向かう。
慣れたものだ。それに誰もハイジの存在に気づかない。
「相変わらず状態がいい毛皮ね」
ミッラが関心したように言う。
今回の毛皮のほとんどがあたしが狩って処理したものだが、問題はなかったらしい。
「夏毛だけど値段は変わらないの?」
「冬毛のほうが高く売れるわね、お貴族様が買ってくれるから」
「なるほど」
「でも夏毛のほうが加工には向いてるから需要はあるわね」
「へぇー」
確かに革として加工するならば毛が少ない夏の毛皮のほうがいいかもしれない。
「問題なし。じゃあ今回もいつも通り、少し上乗せしておくわね」
「ありがとうミッラ。お金はいつも通りで」
「了解しました。じゃあ、はい」
「どうも」
売ったお金はほとんどはギルドに貯金するが、一部だけ小銭に換金してその場で受け取る。
お小遣いも兼ねてはいるが、基本的に生活必需品を買うために充てられる。
(お小遣いをもらっても、特に欲しいものもないしね)
そんなことを思う。
ハイジがギルド長のところに行ってしまったので、あたしはあたしでやるべきことをして回ろう。
いい加減肉や瓶詰め(マスタードが入っている)が重たいので楽になりたい。
それにブーツの補修に行かなければならないし。
「じゃあミッラ、ありがとう、いくわね」
「えっ、ハイジさんは?」
「放置で」
「えぇ……」
この後ハイジは、どうせユヅキのいる娼館に行くのだ。
あたしはあたしで行きたいところがある。
* * *
靴屋に靴を預け、冬のブーツに履き替え、その足でペトラの店へ向かう。
「こんちゃ」
「あっ、リンちゃんだ!」
ニコがすぐに気づいてパッと顔を輝かせる。
「塩肉と燻製、あとマスタードを納品しにきたよ」
「わぁ、ありがとう!」
どさりと大量の荷物を下ろす。
少し前まではギルドを通していたが、最近は直接納品である。
結構な量があるが、これでも全然足りないと言う。
「どういたしまして、ペトラは?」
「今日はお休み」
「えぇっ、ペトラがお休み?! もしかして体の調子でも悪い?」
あたしが驚くとニコが違う違うと言うふうに手を振って笑った。
「最近はたまにあたしに店任せてくれるの」
「へ? あ、あぁ〜」
寂しの森におけるあたしと同じか。
ニコは将来このお店を継ぐことになっている。
その準備というか練習に、お店を任されているらしい。
「それはおめでとう」
「うふ。今日のポトフもあたしが仕込んだんだよ」
「へぇ……いただける?」
「もちろん!」
そう言ってニコが皿にポトフを装う。
聞けばこの肉も寂しの森製だと言う。つまりあたしかハイジが狩ったものだ。
見た目はペトラの作ったものと遜色ない。
「うん、美味しい」
味もペトラが作ったものとほとんど変わらない。
言わずに出されたら気づかない程度には同じ味だ。
「すごい、ペトラの味だ」
「でしょ。それに最近はオリジナルの料理も開発中なの」
「へぇー、どんな?」
「えへへ、秘密〜」
ニコがおっとりと笑う。
随分と落ち着いた雰囲気だ。
「お客は?」
「夜にはだいたいペトラが顔を出すからね。特に減ってはないよ。最初はペトラを出せって大変だったけど」
「あははは」
「最近はペトラがいない日でも文句は出なくなったかな」
「そのうちニコのファンがついたりしてね」
「ええっ、それはないよぅ」
ニコはちょっと顔を赤らめて鍋をぐるぐるし始める。
よし、かわいいぞ。
「今日もお部屋を借りたいんだけど、大丈夫かな」
「もちろん! あのベッドはリンちゃん専用だよ」
「ありがとう。でも他の従業員が来たらどうするの?」
「うーん、あまりお店を大きくしたくないし、必要ないかな」
「そうなの?」
「それにあたしが出ていくから」
「え、あ、あ〜」
そういえばニコはヤーコブと結婚するのだった。
くそぅ、ヤーコブめ……。
「そうかぁ、じゃあニコと相部屋ももうすぐ終わりかぁ」
「ううん、リンちゃんが来た日にはこっちに泊まるもん」
「何それ?!」
「だってヤーコブとはいつでも一緒にいられるし……」
「……はいはい、ご馳走様」
あたしはわざと呆れたように言ったが、ニコはにへら、と笑ってそれを受け流す。
大人っぽくなったなぁ。
くそぅ、ヤーコブめ……。
「そうだ、リンちゃん。今日、お店を手伝ってくれない?」
「店員として?」
「そう、みんなきっと喜ぶよ」
「えっ、うーん……」
手伝うのはさぶさかではない。
が、それでも……
「やめとく」
「なんで? みんな喜ぶのに」
「あたし、まだ現役の傭兵だもの」
人殺し稼業の人間が、飲食業の店員をするべきではないと思う。
「そんなの誰も気にしないのに……というか、リンちゃんが来たらきっと大盛況だけど」
「それが狙い? ……まぁ、実際大丈夫なのだろうけどね」
それでもやっぱり、傭兵を続けるならばやめた方がいいと思う、と言うとニコは「わかった」と言って理解してくれた。
ごめんねニコ。
でも、あたしには街の生活は似合わないんだよ。
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