第3話

『ありがとーございました』


 教室に午後の日差しが降り注ぐ中、だるそうに生徒たちが立ち上がり、挨拶をする。


 5時間目終わり。

 あと1時間だけで帰れる。やったー……、いや帰れねぇわ。部活でした。

 まぁいいけど。


 次は……、現代の国語現国か。

 楽だな。文字読んで、話聞いてるだけでいいんだから。


 

「座ってください、始めますよ」

 いつのまにか、国語の教師が来ていた。

 名前は、世波 麗朱れいか。長身でクールな感じの美人だ。バカ真面目で堅物なのが玉に瑕とか言われている。

それが逆にイイとかいうやつもいるらしいが。


「今日は先週の続きから……」

 先生の話をぼーっとしながら何となく聞く。


「えー、先週は具現化技術──厨二力における最も重要なことについてやりました。それについて、もう一度確認しましょう」

 カツカツと音を立てながら板書をしていく。国語教師らしい、かっちりとした字だ。


 具現化技術……? そんなのやったっけ。

 得意教科だからといって、ぼーっとしていて聞き逃していたのかもしれない。

 なんとしても取り返さないと。他の教科はてんでダメなのだ。


「じゃあ……、田代くん。厨二力の行使において、最も重要なのは?」

 名前を呼ばれた田代──前髪長めの眼鏡の少年──がビクッと肩を震わせる。


「は、はい……。………………」

 弱々しく返事をして、何事かをモゴモゴというが、やはり聞こえなかったようで。

「もう少し大きな声でお願いします」


「す、すみません……」

 

 このやりとりでもうお分かりかと思うが、田代は極度のコミュ障だ。

 頭はとっっても良いので、絶対に答えは分かっているはずなのだが。

 ちなみに俺は分からない。そもそも、ちゅーにりょくって何? 当てられなくてよかったと思う。


 長い沈黙の後、田代が再び小さく口を開く。

「……オ、オリジナリティ、です」

 少し声は大きくなったが、それでもまだ小さい。

「そう、オリジナリティです。一説によると、半径10キロ以内に似たような詠唱を日常的に使う人がいると、詠唱の効果などが半減するそうです。

 で、それを踏まえて詠唱を作ってくる、というのが宿題だったはずですが……。やってきましたか?」


 やっとらん。

 知らなかった。こんなに話を聞き逃すなんてことあるだろうか。別に授業中に寝ていたというわけでもないのに。

 というか詠唱って何そのファンタジーワード。

 何かおかしい気がする。それとも、僕がおかしいのだろうか。


「では、番号順に発表してもらいましょう。まずは、私がお手本を見せます」


 そう言って、先生はおもむろに手を前に突き出し、


「我は空間世界を掌握するものなり! 世界に託せし氷の刃を今此処に顕現せよ!」

 と、高らかに唱えた。

 

「……へ?」

 何を言って──


 唐突に、先生の周りに光の粒が無数に生じ、それが手に集まっていく。

 そして、そこに現れたのは。


 一振りの、刀だった。


──凄え! 空間収納術か!?


──いや、召喚術でしょ!


「ああ、皆さん大丈夫ですから落ち着いてください。──これは、模造刀です」


 ちげぇよ! そこじゃない!!


 そう。忘れていた。世波先生は──ズレているのだった。


「おほん。まぁ、これは前座──というか、前準備ですので。本番はこれからです」


 そんなことをドヤ顔で言うと、おもむろに上着の袖を捲り始める。

 その下から出てきたのは──包帯でぐるぐる巻きにされた右腕だった。

 

 夏なのに長袖の上着着てて暑そうだなと思ったら、それを隠すためだったのか!


 ──感心するとこはそこじゃないだろ、自分! 何で包帯してんの!? それに! 何で誰もそこに驚いてないの!?

 訳わからない!


「では、行きます……。我が名は余波 零下! 氷の理を支配せし者! 我が身に封じられし無垢なる乙女よ──ぐぅっ、落ち着け! まだその時ではない!」


 唐突に呻き、右腕を抑える。

 この行動症状は──厨二病!

 本日二人目の感染者!?

 唐突すぎる! あの堅物で有名な先生が!?


「その力の片鱗を此処に示せ! 第一封鎖解除!」


 と叫んで、右腕の包帯を少し解く。


「寒っ」


 教室の気温が急激に下がったのを感じた。

 空気中の水蒸気が冷やされ、辺りに幻想的なダイヤモンドダストが降り注ぐ。


──綺麗……。


──スゲェ効果範囲だ……!


 なんだ、これ……。

 何が起こって──


「と、まぁこんな感じです。じゃ、1番 青木さんから」


「あ、あの! トイレ行って良いですか!」


 よくわからない状況にパニクって、思わず言ってしまった。


「あ、はい。どうぞ」


 先生の返答を聞く前に、机の中のスマホを引っ掴み、ゆっくりと教室を出るとトイレに向かって走る。


 何なんだあれ……?

 意味がわからない!

 今日はなんかみんなおかしい。


 男子トイレに入ると、一番奥の個室に駆け込み、鍵をかける。


 スマホで○afariを開き、『今日 おかしい』と検索する。


 特にない。


 じゃあ何なんだあれ。誰もおかしいと思ってないってこと……?

 先生は何と言ってたっけ。


──先週は、具現化技術──厨二力における──


 そう! ちゅーにりょく──厨二力だ!

 

 朝の親父の厨二病、さっきの先生の厨二病!

 

 『厨二力』と検索する。


 出てきた!


 一番上に出てきたウィ○ペディアのページを開く。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


厨二力


概要

正式名称は、『抽象事物具現化機能』。

一定強度以上の思念波イマジネーションによって発現する現象、またはそれを発現させる力のことを指す。

1990年代末に日本で発見されたとされる。

詳細はまだよく分かっていない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そのページを見て愕然とする。


なにこれ。こんなの知らない。こんな不思議パワーなんて聞いたことない!


 この世界は──僕の知ってる世界じゃない!

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