第2話

「あづい……」


 駅から出ると、待ってましたとばかりに、夏真っ盛りの強烈な日差しが遠慮なく降り注ぐ。


 ここまできたら、学校まであと少し。早く教室に行って涼みたい。

 信号よ、早く変われ! 変わらぬと、これだぞよ!


 向こうの信号がチカチカしている。あと少し。

 それにしても、あんなアホな一人芝居をするとか、暑さで頭が沸いてしまったのだろうか。まぁ、そうなってもおかしくはないほどの暑さだ。

 

 信号が青に変わり、人がゾロゾロと横断歩道を渡り始める。

 僕もそれに続いて渡り始めるが、少し違和感。

 

 暑そうな人がいない。一人も。


 こんな暑さだ。道ゆく人が誰も汗をかいていないのは絶対におかしい。

 ほら、あそこのちょっと横に育っている人とか、そこの筋肉質で暑苦しそうな人とか、なぜかコートやらダウンやらで着膨れてガタガタ震えてる人とか。あ、倒れた。

 大量に汗をかきそうな人でさえ、全く汗をかいていない。

 むしろ涼しい顔をしている。……一人だけ真っ白な顔と紫の唇をしている人がいるが。


 …………。まぁ、そんなこともあるか。

 もしかしたら、新しいハンディクーラー的なのが発売されたのかもしれないし、この街の人たちが異常なほど汗をかかない体質なのかもしれない。


 昨日まではこんなことなかったような気がするのだが……。


 気にしないようにしよう。気にしないように。


 なるべく、周りを見ないようにして歩く。


 俯き気味に、5分ほど歩いて。


 やっと校門が見えてきた。

 しかし、これで終わりだと思ってはならない。

 ラスボスがいるのだ。階段という。


 学校の下っ端たる僕ら一年は、四階に教室がある。

 毎日毎日登るのは大変だ。

 夏の登校時、一番汗をかくのはここだと言えるだろう。


「はぁ、はぁっ」

 軽く息を切らしながら階段を登る。

 今は……、まだ二階。やっと半分だ。つまりあと半分あるのか。

 きつい。


「やっと、ついたぁ……」

 四階如きで大袈裟な、と思うだろうが、この辛さはエレベーター・エスカレーターの申し子たる社会人にはわからないだろう。

 適当な計算で、四階分の高さをロッククライミングするのより多いエネルギーを使うのだ。大変じゃないわけがない。


 ともかく、やっと4階についた。

 もう教室はすぐそこだ。


──ガララッ。


 教室のドアを開ける。

 来れ涼しい風っ!


「ああ、顕。おはよう」

 意気揚々とドアを開けた僕に声をかけたのは、メガネをかけたおとなしそうな男子・亮太だ。

「おはよう亮太」

「って、どうしたのそんな汗だくで!?」

「いや、今日暑いからさー」

「あ、今日は転移して来なかったんだ。珍しいね」

 転移……。瞬間移動のことだろう。

 今度は異世界転移系にでもハマっているのだろうか。

 この亮太という男子は、良くも悪くも読んだ本の影響を受けやすい。

 今回のもそんな感じの冗談だろう。

「転移? そりゃするはず無いじゃん。つか出来ないし」

 普段なら、ここで『だよな!』とか言って笑うはずなのだが──。

 今日は違った。

「で、出来ないって? ……冗談だよな?」

 冗談はお前の発言だろう。

 まさか、影響を受け過ぎて厨二病になってしまったのだろうか。

「いや、冗談なんかじゃ──」


──キーンコーンカーン。


 チャイムと同時に、担任の教師が入ってくる。

「よし、早く座れー。ホームルーム始めるぞー」

「やべっ。じゃ、放課後で!」

「うん。部活でね」


 亮太は急いで自分のクラスへと帰って行った。……つうか、なんでアイツは朝っぱらから他クラスに入り浸ってんだ。

 その理由とは、ズバリ(死語)。


 このクラスに彼女がいるからだ! 名前は知らない。

 うらやま死。なんであんな地味男に──というのは言わないでおく。

 たとえ厨二病予備軍の地味男でも、いいところはあるのだ。それなりに。

 中学からの付き合いの僕としては出し抜かれた感が強い。

 昔は年齢=彼女いない歴で、リア充爆発しろとか言ってたくせに。

 くそっ!


「きりーつ、きをつけぇ、れー」

 HRホームルーム委員のやる気のない号令がかかった。

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