第15話 模擬戦攻防

「『火線』! 『火線』!」


 タニザは俺に『火線』を受けられた後も、さらに同じ魔法を連続して使っている。もちろんこのクラスのメンバーは全員がそれなりの手練れだ、そう簡単には崩れないーーだが、ついに一人が受けきれず、火線を喰らった。


「うわっ! 熱い! 熱い!」


 ダメージを受けた彼に、近くの女子が遠慮なく水をぶっかける。とりあえず彼は致命傷は受けずにすんだようだ。だが、その隙を突いて、敵チームの一人が空いたスペースに走り込んだ。突撃者を支援しようと、彼の周りに援護射撃が集中する。


「させるか! 『風弾ふうだん』」


 後方にいたドリスが風系の魔法を使った。これはピンポイントで空気のかたまりを発射する魔法だ。風弾は敵の突撃者に直撃し、彼の動きが止まる。そこにこちらの攻撃魔法が集中した。


「ぐわっ!」


 次の瞬間、彼はその場から消えていた。といっても、これは彼が跡形もなく消滅してしまったことを意味するわけではない。ある程度以上まで消耗した生徒は、自動的に試合会場たる校庭のフィールドを離脱するようになっているのだ。こうしないと、本当に彼が跡形もなく消滅してしまうからである。


 とにかく、俺たちは最初のピンチを脱した。まあこんな短時間でやっつけられてしまったらかなわない。


「『陥没』!」


 レルカが反撃を開始した。目標の鉄球が置いてある付近の地面が、1メートルほど沈降する。


「うおっ、危ない!」


 タニザも範囲内にいたが、危なげなく空中に飛び上がってかわした。いわゆる浮遊魔法というやつだ。


 だが、何人かはまんまと陥没魔法にはまって足を取られている。これはチャンスだ。


「全員、前へ!」


 レルカの掛け声で、まだ本格的には接近戦をしていなかった俺たちのチームは、ハーフウェーラインを一斉に越えようとした。


 そのとき、俺は敵チームの中で、タニザだけがなぜか上昇していくのを見つけた。浮遊魔法は魔力の消費が大きいから、レルカの陥没魔法をうまくかわせた者も、すぐに地面に降りつつある。だが、タニザだけは反対に上へ上へと上がっていっている。


(何か狙いがあるんじゃないか……)


 考えてみれば、攻勢をかけているこちらのチームの自陣は手薄である。もし裏を取られれば危ない。


(でも、あの位置からどうやって? まさか……)


 俺に何やら嫌な予感が生まれたとき、上空のタニザが、まるでプールの飛び込み台から飛び込むときのように体を曲げた。


 次の瞬間、タニザは急降下していた。それも、俺たちが攻撃目標にされている鉄球をまっすぐ目がけて。


 タニザの読みは当たっていた。正攻法で敵を突破することしか考えていない俺のチームのメンバーのほとんどは、タニザが視界から消えたことにすら気づいていない。これではいとも簡単にこちらの本陣は突破されてしまう。


 だが、こちらの全員がタニザに気づいていなかったわけではなかった。少なくとも、俺とドリス、レルカはタニザの急降下を視界に捉えていた。三人はそれぞれタニザに狙いを定めたーーなんとしても彼を撃ち落とすために。


 ところが、そのとき。


 俺の立っている地面が陥没した。


 当然、発射直前で大きく狙いをずらされた俺の攻撃魔法は、タニザから大きく外れたところを飛んでいった。ドリスも俺と同じ運命を辿った。レルカだけはそれでもタニザをかするような軌道の魔法を撃ったが、タニザは体をひねってかわした。もし三人が一斉にタニザにヒットさせられればまだ勝機があったかもしれないが、これでは話にならない。


 俺たちの妨害をかいくぐったタニザは、ついに鉄球に到達し、右手で触れた。


「試合終了!」


 サンシャ先生の声が響き渡り、試合は終わった。俺はほとんど何もできないままに負けてしまった。タニザが強すぎるのだ。


 気が抜けた俺は、なんとなく辺りを見渡した。そして、仰天することになった。


 なぜなら、自陣のほぼ全域がーー校庭の約半分の広さが、まるまる陥没していたからである。


「嘘だろ……これを全部、タニザがやったのか?」


 陥没魔法をこれくらいの規模で使えば、魔力の消費は莫大な量になるはずだ。加えてタニザは浮遊魔法をあれだけ大がかりにやったのに、よく魔力が切れなかったものだ。


「タニザ! なんなのよこの魔力量は!」


 レルカが大声でタニザを問いただしたが、タニザは表情ひとつ変えなかった。


「いやいや、これはぎりぎりのところだったんだ。もう一割も残っていないよ」

「そういうことじゃなくて……どこからそんなに魔力が増えたのよ。なんか急に増えているじゃない」


 タニザは少し呆れたように笑った。


「おいおい、レルカ、よく考えてみろよ……今日は何の日だ?」

「えっ……あっ!?」


 タニザは自分の頭に生えている角を指差した。


「当たり前のことじゃないか。十二歳になるとーー角が生えると、魔力量は格段に上がる。俺のようにもともと魔力量が多い人は、ますますよく上がるんだ。そのせいだよーーレルカももうすぐ誕生日だろ。今はちょっと不平等だが、すぐに追いつけるさ」


 そうなのか? じゃあ、俺の魔力も大きく増えているはずだ。今回はほとんど魔力を使わないうちに終わってしまったからな。なんとなく減りが少ないとは思っていたけど。


「そっか……待ち遠しいな……」


 レルカは少し遠い目になった。よく見れば、このクラスには角が生えている者と生えていない者が混在している。魔界では誕生日が遅いと大変なのかもしれない。

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