第10話 ヤム兄上の真実
「で、ミラ、この交差点はどっちに曲がればいいんだ?」
家の前でヤム兄上と別れ、俺はミラと学校に向かっていた。しかし、ガロンは初めての俺には、道はまるでわからない。帰りはミラと一緒に帰れるとは限らないわけで、早く道を覚えてしまいたいところだ。
「ああ、そこは右よ」
ミラはそう言いつつ俺の前に立って自ら右に曲がった。それにしてもよく曲がる。交差点をまっすぐ行けた試しがない。
「まあ、ガロンの街って、結構入り組んでるんだよね。歴史も古いし。大昔、まだ魔界が統一されていなかったころ、市街戦を耐えられるようにと複雑化されたらしいけど」
ミラが物知り顔で解説してくるが、今のところ俺は魔界の歴史にはあまり興味がない。というかミラはなぜこんなに知っているんだ。もしかして学校で暗記させられるのか。
しかし、魔界の歴史談義をするのもいいが、俺はミラに確かめておきたいことがあった。
「なあミラ。ミラとヤム兄上って、どんな関係なんだ?」
ミラは驚いたように立ち止まった。
「どんな関係って……兄と妹だけど? それがどうかしたの?」
もしそれだけなら不自然すぎるだろ。
「じゃあなんで、いまだに兄上に敬語を使ってるんだ。ヤム兄上はタメ口を認めているし、それが家族の決まりなんだろう。それなのにミラが敬語だってことは、やはり二人はただの関係ではないと考えるのが自然だ」
ミラは少し怒ったように俺を見上げた。
「リヒト兄上……どうしてそんなに、家族の私情に介入しようとするの?」
「いや、当然だろ……家族なんだから」
「あ……」
確かに、俺も家族と言われれば、まだリサをはじめとしたシグマ村の家族を想像してしまう。でも、俺とミラたちは、経緯はともかく、すでに家族になっているのだ。ということは、これくらいのことは、俺も知っていてもいいじゃないか。
「ヤム兄上とミラは……血が繋がってないんだろ」
「………………」
俺にそこまで言われて、ミラはついに諦めたようだった。
「そう。ヤム兄上は二年前、うちに養子に来たの。うちの父上は多忙だから、誰か家を任せられる男が欲しかったらしくて……マクロ家にお願いして、三男を送ってもらったの。でもこれはリヒトが成人するまでの措置だから、そのときにはヤム兄上はマクロ家に返されることになっているわ」
複雑なシステムのようだが、要するにヤム兄上はマクロ家から来た養子ということだ。
「で、ミラはまだうまくなじめないのだと」
俺の質問に、ミラはわかりやすく口をとがらせた。
「これでもマシになったのよ。だってヤム兄上って、あの性格じゃん。何か人を馬鹿にしてるところがあるし」
それはそうだな。そういえばミラも何か言われていた。魔力がないとか。
「言っとくけどねリヒト兄上、私は決して魔法が下手なわけじゃないからね。ヤム兄上とはタイプが違うだけで」
タイプ? いったいどういうことだ。
「ヤム兄上は、いわゆる武官タイプの人なのよね。魔法を使って何かを破壊することしか考えていなくて、魔力を増やして、威力の強い魔法をたくさん撃てるようにしているの。でも、私は文官タイプ。魔力量より、魔法の繊細な制御を得意とするわけ。たとえば……『水球』と」
ミラが魔法を唱えると、直径30センチほどの球形の水が空中に現れた。水球魔法、基本魔法の一つだ。
「リヒト兄上なら、この水球をどうする?」
ミラは俺に質問を投げかけてきた。
「うーん……」
どうしよう、『敵に向けて飛ばす』しか思い浮かばない。俺も武官タイプなのかもしれないな。
「ミラならどうするんだ?」
俺が反問すると、ミラは「こうする!」と言って、俺が聞き慣れない魔法名を唱えた。
「変形!」
すると、水球の形が変わり始めた。起伏が付き、何か意味のあるものに向かって変化していっているように見える。
「なんだこれ?」
「まあまあ。完成するまで待ってよ」
使い慣れているのか、ミラは順調に魔法を進めていく。やがて水の変化が止まった。
「はい」
ミラの顔の横には、水球の変化版ができあがっていた。人の顔のように見える。
「ってこれ……もしかして、ミラか?」
俺の勘違いかもしれないが、水球で作った顔の特徴と、その横の少女の顔の特徴は、全く一致している。いや……少し美化されているか。
「そうよ。もちろん、普段よりかわいくすることもお手のものってわけ」
自覚があったのかよ。
「しかし、これができたところで、将来何の仕事に就けるんだ?」
こんなのただの曲芸だろう。
「いくらでもあるわよ。たぶん何かの職人にはなれるはずよ。……おっと、そろそろ着いたようよ」
ミラが足を止めた。俺も続いて立ち止まる。道のりの後半は、あまり曲がり角が多くなかったようだ。いや……俺が気づかないだけで、曲がっていたのかもしれないが。さて、俺は家に帰れるのだろうか。やはりミラに迎えに来てもらうか。
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