第9話 ヤム兄上の職業
「ほら、ここがリヒトの部屋だ」
「おお……」
俺はヤム兄上に連れられて、これから自分が暮らすことになる部屋を見に来ていた。
部屋の広さは、俺がシグマ村にいたころの自室の倍近くはあるだろうか。部屋の右端には、ミラのものと比べても遜色ないように見える(もちろん俺の素人な見立てなので、本当にそうなのかはわからないが……)ベッドが置かれている。さらに、立派な机や本棚もあり、クローゼットを開けると何着か服が掛けてある。
窓を開けてみる。どうやらミラの部屋とは家の反対側であるらしい。さっきとはまた違う景色が見える。
もう日が昇ってからずいぶん経っていて、魔族の人々はすでに街に繰り出している。馬車を操っている者、商談をしている者、急いで走っていく者……一人一人を説明していればきりがない。大人には角があり、子供には角がない。おそらくこれが、いつものガロンの風景なのだろう。
そして、さらに向こうに目を向けると、小高くなっている山の上に、大きな建物が見える。縦にも横にも他の建物とは規模が違い、黒を基調に派手に装飾されている。
「あれが……」
俺が思わずその建物を指差すと、後ろでヤム兄上が満足そうにうなずいている気配がした。
「そう、あれが魔界の全てを統括する、魔王城だ。かっこいい黒色だろう? あそこで魔王や首相をはじめとする武官と文官たちが働いていて、俺たちの暮らしのために貢献してくれているんだ」
なるほど、あれが魔王城なのか。人界にいた俺は写真や映像でしか見たことがないが、実際に見ると圧巻だ。人界には魔王城を『闇の黒色』とか言って批判している人も多いけど、かっこいいと言われれば、不思議とそう思えてくる。
「ところで、『首相』というのが、俺にはよくわからないんだけど……」
魔王城は魔王が絶対的権力を握っているのではないのだろうか。
「あー、確かに人界の人たちには、魔界における魔王は独裁者というイメージを持たれているかもしれないね。でも、実はそれは大きな間違いなんだよ。魔王の権力は、首相をはじめとする文官たちによって制限されているんだ。だから、もし魔王が暴走しそうになった場合、俺たちはそれを止めることができるんだよーーなにしろ、トップクラスの文官の選挙権は、全魔族に与えられているからね」
「へぇ……魔族の世界はかなり民主的なんですね。俺が住んでいた人界の国とは全然違います」
俺の故郷であるフレマロン王国は、国王に大きな権力があった。国王に逆らったり、国王の悪口をおおっぴらに言いふらしたりしていれば、捕まったり殺されたりするものだった。
「でも、人界にもそういう国が最近増えていると聞いたことがあるな。国王の権力が制限されている国や、国王がいない国があるらしいけど……」
というか、そんな情報が入ってくるということ自体、フラマロン王国がそこまでは強権的ではないという証拠かもしれない。
俺が故郷を懐かしく思い出していると、ヤム兄上が俺の手を引っ張った。
「さて、景色を眺めるのもいいが、さっきも言った通り、リヒトは今から学校に行くことになっている。とりあえず外に出よう。ミラが学校まで案内してくれるはずだ」
ヤム兄上は俺に背を向けて、部屋を出ていった。ここは二階のようだし、階下にある玄関から外に出るのだろう。俺も慌てて追いかける。
「あれ、ヤム兄上は行かないの?」
俺も詳しくは知らないが、こういう生徒が学校に転入するときには、保護者がついていくものではないのだろうか。
「いや、俺はもう仕事に行かないといけないからな」
そうか、ヤム兄上は俺よりもかなり年上に見えるし、もう社会人なんだな。
「ちなみに何の仕事をしているのですか?」
「実は、ガロン市街の警察官なのだ」
ヤム兄上は少し得意そうに言った。
「えっ、もしかして、ヤム兄上は魔王城直属の武官なの?」
なんかかなり偉そうな職名だ。
「いやぁ、俺はまだまだ下っ端だよ。むしろ魔王城で事務をやってる文官たちの方が偉いぜ。なにしろ、魔王になれるかどうかは、武官も文官も一般市民も関係ないからな。ーーまあ、なかなか魔界のシステムは複雑だが、学校の友人にでも教えてもらえ」
俺が専門的な説明に頭をひねっていると、ヤム兄上がフォローしてきた。とはいえ、俺はまだ学校で友達を一人も作っていないのだけど。そもそも学校にまだ出ていない。
「おっと、ミラも準備ができたようだな」
一階ではミラがすでに待っていた。さっきとは服装が違う。学校に行くにあたって着替えたのだろう。俺もそうだが、意外とカジュアルな服装だ。これから俺が行く学校は、都会によくあるような、校則の厳しい学校ではないらしい。
「よし、じゃあ俺はここまでだ。頑張れよ」
俺たちが玄関を出て道に出ると(ショーリン家には都会にしてはシグマ村と同じくらいの広さの庭があったが、そこも抜けて)、ヤム兄上は反対方向に歩いていってしまった。ここからはミラと二人での行動になりそうだ。
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