第8話 学校
ミラはリサを俺の前の家まで送りに行ったため、ミラの部屋に俺とヤム兄上が残る形になった。
「ふう、昨日の夜からほとんど寝ていないし、眠いなあ」
ヤム兄上は何の遠慮もなく、ミラのベッドにごろりと横になった。
「まあリヒト、いつまでも立ったままなのもなんだから、そこにでも座って」
ヤム兄上はミラの机とセットになっているらしい椅子を俺に勧めてきた。
「兄上、そんなにミラの持ち物を勝手に使ってもいいのかい」
いくら家族といっても、ヤム兄上の行動はプライバシーを無視しているとしか思えない。少なくとも、俺の前の母さんは、俺が勝手に母さんの自室に入ることを認めてはいなかった。
「いいんだよ、俺とミラの仲だからな」
さっきは仲が悪いと言っていなかったっけ。
ところで、気になることがある。
「俺の部屋ってどこにあるの? まさかミラと同室じゃないよな……」
もしそうなら、ヤム兄上はいよいよミラに嫌がらせをしているとしか思えないが。
「いやいや、そこは心配しなくていいぞ。リヒトの部屋はちゃんと用意してある。今俺たちがミラの部屋に残っているのは、ミラが戻ってきた後、二人に説明しておきたい事情があるからだよ」
それはよかった。人界のシグマ村でも女の子と密着する機会はめったになかった俺だ。毎日ミラと同じベッドで寝るとなれば、俺は鼻血を流していただろう。ーーいや、そんな想像をしてしまった俺も、かなり妄想癖が深かったのかもしれない。ショーリン家は由緒正しい家だ。ヤム兄上も、こんな性格だとはいえ、そういう面についてはわきまえているようだ。
ところで、さっきヤム兄上が言っていた『事情』とは何だろうーーと俺が考えを巡らせていると、ポンと音がして、ミラが部屋の中に転移してきた。
「まったく、兄上はまた私のベッドを勝手に使ってますね……この変態が……」
ミラは苦々しげにヤム兄上に文句を言うが、ヤム兄上はそれは無視して、まるでミラが無言であるかのようにベッドから起き上がった。
「さて、リヒトにミラーーミラはもうだいたいわかっているかもしれないがーー説明しておきたいことがある」
ミラはつかつかとベッドの前まで歩いていって、ヤム兄上の手をつかんで引きずり下ろそうとした。だが、ヤム兄上は全く動く様子がない。よく見ると、ヤム兄上はがっしりとしていて、かなり筋肉があるようだ。見た目としてはスタイルがいいが、筋肉のようなものはあまりあるように見えないミラでは、動かすこともできないのだろう。かくいう俺も、もしリサに全力で引っ張られたとしても、余裕で引き戻せる自信がある。それに少し似ているのかもしれない。
とにかく、ヤム兄上はミラをものともせず、わざと俺の方を向いて話を続けた。
「リヒト、今日は何曜日だっけ?」
「水曜日ですが」
「ということは?」
「さあ……」
いったい水曜日には何があるというのだーーと俺が首をひねっていると、ヤム兄上は呆れたように俺を見た。
「決まっているじゃないか。学校があるだろ」
「えっ! 学校が!?」
それは驚きだ。俺はてっきり今日は休みかと思っていた。だって……
「今って六月で、農繁期でしょ? 学校ってないんじゃないの?」
俺の住んでいたシグマ村では、学校は畑が雪で使えない冬の間にあるものだった。夏の間は学校は休みで、子供たちも家族の畑仕事を手伝うものだった。
ところが、ヤム兄上は少し哀れむような目で俺を見るばかりだ。
「リヒト、まずはちょっとカーテンを開けて、外の様子を見てみろ」
「はあ……」
ヤム兄上に言われるままにカーテンを開けた。普通の住宅街が広がっているばかりだ。確かに俺の住んでいた田舎とは全然違うが、それでも前に行った、俺が住んでいた人界の国の王都の様子によく似ている。
「何かわからないか?」
「いや……都会だなということしか……」
「ははは。まあ、いきなりこんな謎かけをしたのも、俺が酷だったかもしれないが……」
ヤム兄上は窓際の俺の横までやってくると、俺の肩に手を置いた。
「ここはガロン、魔界の中心、首都のようなものだ。だから、この街に住んでいる家族は、ほとんどが農業をしていない。やりたくてもそれをやるだけの土地がないというだけなんだがな。だが、それだからこそ、ガロンには農繁期も農閑期もないんだ。いつでもみんなが同じように仕事をしているのさ」
「あー、なるほど」
「それに、これを言うと自慢に聞こえるかもしれないが、ガロンは魔界全体の中心となる都市だ。リヒトの住んでいた村はもちろん、ほとんどの人界の都市と比べても、経済的に潤っているだろうな。ショーリン家はもちろん、それなりの家庭であれば、一年中子供を学校に通わせるだけの余裕はあると思うぜ」
「へえ……」
嘘のような話だが、それがガロンでは普通であるらしい。となれば、俺は今から登校しなければならないということだ。
えっ?
「まさか、いきなり今日!? 魔界に来て一日目で!?」
「そうだ。それがどうした?」
ヤム兄上は全く動じない。俺は肩に置かれているヤム兄上の手が、少し重くなったような気がした。
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