第7話さすらい冒険者


「ようやくおふたりにお礼が言えるようになりました。

あのときはありがとうございました」


シルフィーは自らの口から声を出して俺たちに頭を下げた。


それは聖女からの突然の知らせだった。


“シルフィーはしゃべれるようになったから教会に来てくれ”


「どうして急にしゃべれるようになったんだ?」


「僕を誰だと思っているんだい? 聖女だよ。これくらい癒しの力で当然!」


「聖女様ってのは本当だったんだな」


「ああ」


「それはどういう意味なのかなふたりとも」


眉をピクピクさせる聖女パラド。


「まぁいいや。さっきのは冗談。実のところ彼女がしゃべれるようになったのは僕にもわからないんだ」


聖女が話すにはシルフィーが今朝たどたどしくはあったけど『せいじょさま』と話しかけてきたそうだ。


「なんの兆候もなかったからとても驚いたよ」


そして聖女はシルフィーに聞こえないように俺たちに話す。


「おそらくだけどシルフィーはなにか人に話せない事情や悩みを抱えていた。

しかしその悩みを家族や友人に打ち明ける前に命が奪われてしまった」


「つまりしゃべりたくないことをしゃべりたいのにしゃべれる相手がいなくなったショックでしゃべれなくなったと」


「⋯⋯うん? まったくわからないぞスタルク」


「正解だ。さすがスタルクだ」


「せ、正解なのか⁉︎」


「それよりもふたりに来てもらったのには他でもないお願いがあるからだ。

シルフィーが新しく働くところが見つかったんだ。彼女をそこに案内してほしかったんだ」


「働く? 修道女をつづけるんじゃないのか?」


「しゃべれるようになった彼女だったらもう大丈夫だよ。

シルフィーには前を向いて歩いてほしいのさ」


「それで案内する場所ってのは?」


スタルクが尋ねる。


「冒険者ギルドさ」


「ギルド?」


「マスターと話はつけた。彼女ならきっと君たちの“役に立つ”」


こうしてシルフィーは俺たちが所属する冒険者ギルドで働くことになった。

受付はまだはやいと料理の注文を受け付ける仕事からはじめた。


『シルフィーちゃん。肉お願い』


「はーい」


『シルフィーちゃん俺にも』


黙々と働くシルフィーの姿にギルドでの評判はうなぎのぼりだ。


いっぽうの俺たちはというとーー


蝉の鳴き声が響く中、山間にある畑で草むしりに没頭している。


俺たちはギルドの依頼で1ヶ月、住み込みで依頼主の畑で働くことになった。


“体よく追い出された”なんて笑う冒険者もいたがそうではない。


ーーそう、そう信じたい。うっううう。


いかんいかん。目から汗をかいている場合ではない。


依頼主の依頼にしっかり応えるのがアウトロー・ローグとダーティー・スタルクだ。


しかし、こうしてスローライフをして過ごすのも悪くないな。


ここ2、3日の過ごした情景が頭に思い浮かぶ。


日が登りはじめるのと一緒に起床をして、牛から乳を搾りとる。


ニワトリが産んだ卵も拾い集めてから牛の乳を詰めた容器を荷車に積んで

宿舎へと運ぶ。


搾りたての牛の乳を飲みながらトーストと一緒に採れたての卵で焼いた目玉焼きをほおばる。


これが朝の日課だ。


そして日中は草むしりをしながら野菜の手入れをして食べごろのトマトを摘み取る。


とくにもぎたてのひと齧りがいちばんうまいことに衝撃を覚えた。


“勇者パーティーを追放された俺だが冒険者の依頼も放り投げて田舎でスローライフ”


なんて人生も悪くないと思えてきた。


「ローグ。あっちの方にまだ草が残っているぞ」


「本当だ。草は隅々までむしらないとな」


ハンモックに寝そべるスタルクが指摘する。


「っておい! お前はもっと働けよ」


「やれやれ」


「なんでそこで肩をすくめるんだ。さっきから俺ひとりしか草むしりしてないだろ」


「仕方ない。俺がむしっとくからローグはジャガイモを運ぶのを任せたぜ」


「俺ばかり大変じゃないか」


スタルクの言動が俺を現実に引き戻した。


はやくギルドに帰りたい。


『おーい。ふたりとも!』


依頼主の農夫レギンのじいさんが呼んでいる。


「これから馬車の整備があるんだ手伝ってくれ!」


***


レギンのじいさんは馬小屋のとなりにある倉庫へと俺たちを案内した。


厳重に鍵をかけられていた扉がじいさんの手によって開けられると豪華絢爛な金の装飾が施された白い馬車がお目見えした。


「すごい。なんだこの馬車は⁉︎」


レギンのじいさんにはなにかと謎が多い。


「これは領主様であるガオルド・ウィンディル公爵公がお乗りになる馬車だ」


「領主様が⁉︎」


「じいさん本当になにもんだよ」


「1週間後にかつてのドトム国に勝って5年を記念する戦勝パレードがある。入念に磨くんだぞ」


「おーいレギン!」


「これは、これはコルト様」


コルト? 聞いたことがあるな。


ああ、公爵の息子か。


身なりからしていかにも貴族の坊ちゃんって感じがしてイケスカないな。


相棒も同じ感想か。


俺に視線送ってきている。


こっちへ歩いてきたところをしれっと引っかけて転ばすつもりだな。


悪い相棒だぜまったく。


「ん? 新しい使用人か?」


「そのようなもんです」


「ずいぶんと厳つい格好しているな。レギンの弟子か? 勇者を引退してずいぶん経つのに

まだお前の師を仰ぎたい者が来るんだな」


勇者だと? 俺より先に農村でスローライフを送っていた勇者がいたのか。


「おいおい。ローグ。お前は勇者じゃなかっただろ」


⁉︎ スタルク。なぜ俺の心の声が?


「冒険者ですよ。しかも低級の。ギルドが扱いに困って私のところによこしただけですよ」


「なッ⁉︎」


帰ったら覚えていろマスター。


頭の上にリンゴを乗せて的にしてやる。


「そういうことか。よい。おい!そこのふたり」


やれやれ。顔を合わせて間もないというのにもう家来扱いか。


どうやら世間知らずの坊ちゃんに世間を教えてやらないといけないな。


いくぜ相棒。


「お前たちもレギンに使われて大変だろうから。これチップだ」


コルトは小袋を俺たちに手渡した。


中には金貨がぎっしり⋯⋯


「少ないと思うがしっかり励め」


「「コルト様! 俺たちを家来にしてください!」」


「は? 間に合っておる」


「こ、こんな大金。見たのはじめてでございます」


「よ、よかったな⋯⋯だから土下座はやめてくれないか」


「「はい!」」


「ところでコルト様、今日はいかようでございましょうか? 馬車の整備をタダ視察に来たとは思えませぬ」


「やはりレギンは俺のことをわかっているな」


「レギンはコルト様が赤子の頃から世話をしておりました。口にせずともわかりますよ」


「やはりかなわんな。⋯⋯父上が家督を妹に譲るつもりだ」


「まさか⁉︎」


「本当だ。兄上さえ生きていれば」


「ターラス様のことはいまも残念でなりません」


「お兄さんってのはどんな方だったんですか?」


「それはもう尊敬できる兄上だった。戦場にでれば誰よりも強くて

頭もキレて他国の貴族も一目を置いた。そんな兄上も病には勝てずでこの世を去った⋯⋯」


「惜しい人でした」


「なんだか、そなたたちに話してすっきりした。肩の荷がおりた気分だ。

そう。俺は次男だ。はじめから家督を継ぐ立場になかった。なのに兄上が死んで

公爵家をなんとかしようと必死になって周りが見えなくなっていた。

身の丈に合わないことはするもんじゃないな」


「コルト様⋯⋯」


「泣くなレギン。ところでそなたたちは冒険者だったな」


「ああ」


「名はなんと申す」


「アウトロー・ローグと」


「ダーティー・スタルクと覚えてください」


「おもしろいやつらだ。よい。俺も廃嫡されたら冒険者になるかな。レギンに鍛えられた腕もある。

何より未知を求めてみたい」


「なら俺たちもコルト様とパーティーを組める日を楽しみにしてます」


「うむ」


「コルト様、もうひとつ相談があるのでは?」


「そうだ。さすがはレギン。むしろこっちの方が本題だ。ドトム国の王子がパレードの襲撃を企てているという噂を耳にした」


「カッシュですね。まだ生きておられたとは」


「ずいぶんと穏やかじゃない話だな」


「カッシュは2年前から領内に潜伏して父上への復讐の機会を狙っていた。

騎士団にカッシュに影響されて企てに賛同する者たちを捕らえさせてはいたが

踏み込んだ時にはいつもカッシュだけはすでに逃げられたあとでどうしても捕まえられなかった」


「王子がテロリストにまで落ちぶれるか」


「またニホンの言葉か」


「ああ」


「おそらくこの馬車は狙われる。不審な者が忍び込まぬように注意をしてくれ。レギン」


「は!」


***


俺たちは1ヶ月ぶりに冒険者ギルドに戻ってきた。


契約期間を終えた俺たちは意気揚々と報酬貰いに中へと入る。


『シルフィーちゃんを離して!』


中に入るなりリラの叫び声。


ギルド内がやたら騒々しい。


見渡すと受付嬢はカウンターに身を隠し、冒険者たちは怯えながら

一点を見つめている。


視線の先にはシルフィーが騎士3人に囲まれて、力づくで腕を押さえつけられている。


「なにがあったリラ?」


「ローグ、スタルク、いいところに! 騎士団の人たちがやってきてシルフィーちゃんを連れていこうとしているの」


「冒険者、そこをどけ! この女には戦争計画者カッシュとの関係が疑われている。城への連行の邪魔はゆるさん」


橋の上でシルフィーがローブの男と会話している光景が頭をよぎった。


「なるほど」


「ローグ、道を開けるぞ。騎士さんの仕事の邪魔しちゃ悪い」


「そうだな」


「ちょっとあんたたち!」


俺たちは顔を見合わせる。


騎士たちが俺たちの目の前を通過しようとした瞬間ーー


「おっと手が滑った!」


スタルクが横切る騎士の顔面に一撃。


「俺も手が滑った」


「ぐはッ!」


俺も騎士の腹部に一撃。


「な、なにをするんだ貴様たち」


「この女は俺たちが預かる」


スタルクが魔道拳銃を取り出して発砲。


“バンッ” “バンッ”


その流れに俺もつづく。


“バンッ”“バンッ”“バンッ”


花瓶が吹き飛び、リラたちが悲鳴を上げてうずくまる。


そして流れ弾がカウンターに置かれたリンゴに当たってうずくまるギルマスターの頭の上にふりそそぐ。


「なにをしているのよあんたたち!」


「カッシュに会うにはこの女が必要なんでね。あばよ」


シルフィーを腕に抱えたスタルクはリラに銃口を向けて黙らせる。


「ひっ!」


「なんせ俺たちダーティースタルクと」


「アウトロー・ローグなんでね」


「意味がわからないわよ!」


俺は騎士が抜刀しようとグリップを握ろうとした瞬間を見逃さない。


“バンッ”


俺は騎士に向けて威嚇の発砲。


「きゃあああ!」


この発砲を合図に俺たちはギルドを飛び出す。


つづく


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