第8話緊急懺悔室

シルフィーを連れて冒険者ギルドを飛び出した俺たちはひとまず建物と建物の間の物陰に隠れた。


「なんとか追ってを撒けたな」


「ああ」


「勢いで飛び出して来たけどこのあとはどうするんだスタルク。なにか考えがあるんだろ?」


「さぁ」


「⁉︎ “さぁ”って?」


「ん?」


「まさかなにも考えてなかったのか? うそだろ? あのときお前が目配せしてくるからなにか策があると思って、俺はスタルクに乗っかたんだぞ」


「俺の方こそ。ローグがいきなり目を合わせてくるから俺はてっきり、この状況を打開できる素敵な策がローグにはあるんだなと思って

俺はローグの大船に乗ったつもりで騎士の顔を殴ったんだぞ」


「いやいや待て。大船を用意してくれたのはお前じゃなかったのか? 俺そんな顔してないだろ」


「そんな顔ってフルフェイスのマスクでわかるかよ」


「それ言ったらスタルクだってフルフェイスのマスクだろ」


「「はぁ〜」」


「お互いやっちまったな」


「いやいや、やっちまったのはローグだ。あれはやりすぎだ」


「なぜそうなる。スタルクの方だろ。発砲したときは驚いたぞ」


「俺は天井に向かって撃ったんだ。音で萎縮させてその場にいたやつらの動きを静止させるためにだ。

なのにローグはやみくもに撃つはグラスや花瓶を破壊する始末。弁償するのはお前だけだぞ」


「は? なぜ俺だけ」


「楽しんでいただろローグ」


「⋯⋯ちょっとだけ」


『あ、あの〜』


「シルフィー⋯⋯」


「ご、ごめんなさい! 私のせいでおふたりを巻き込んで」


「「⋯⋯」」


「とりあえず教会に行こう」


「そうだなスタルク。あそこなら誰も手出しできない」


***


「あははは」


俺たちの事情を聞いた聖女は笑う。


「それで戻って来たのか」


「頼む。しばらく匿ってくれ。俺達は騎士団を相手に手を出しちまったからすっかりお尋ね者だ」


「いいよぉ。あー腹が痛い」


そんなにおもしろいか聖女よ。


「ところでシルフィー、そろそろ僕たちに教えてくれたっていいんじゃないか。

そのカッシュって男のこと」


「⋯⋯」


「黙ってちゃわからないだろ?」


「⋯⋯」


「あんたがしゃべれなくなったのもその男のことが原因なんだね?」


シルフィーは目に涙を溜めてコクリとうなずいた。


「話してごらん」


さすがは聖女。悩みを聞くのが仕事だけある。


「カッシュが村にやって来たのは2年前のことでした⋯⋯」


聖女にうながされるまま、シルフィーはカッシュとの過去を話しはじめる。


そうそれは彼女が口を閉ざすきっかけとなったできごと。


「カッシュは村の仕事を一生懸命手伝ってくれて、それからほどなくしてのことでした。

村長だった父が彼を気に入って私の家に住み込みで働かせるにしました。はじめは私も兄ができたようでうれしくて、

彼をとても尊敬していました。気づけば互いに惹かれ合うような関係になっていました」


「だが、その男には秘密があった」


シルフィーはコクリと頷く。


「村の若者たちが領主様への不平不満を唱えるようになったのです。

ときには里に出てそれを声高に叫ぶように⋯⋯」


シルフィーの表情が一段と暗くなる。


「それから父のところに騎士様たちが押しかけるようになり父は対応に追われるようになりました。

この頃の若い男の人たちの様子は少し変わっていて近寄りがたいものでした。仲のよかった幼馴染も怖い顔で

『俺はウィンディル領の真実を知ったんだ。このままだと俺たちは永遠に公爵に搾取される』と、口にするようになり恐怖を覚えました」


シルフィーの声が震え呼吸の回数も増えてきている。


「つづけて」


「パラド!」


「ローグは黙って」


「とある晩のことでした。日も落ちて暗くなっているのにひとりで出歩いている幼馴染の姿を2階の部屋から目撃して

急いであとをつけました。しばらくすると幼馴染は誰も使わなくなっていた馬小屋に入っていきました。

そこはよく子供のころから幼馴染たちと隠れ家として遊んでいたので、私は子供のころに利用していた隠し通路から

中に入ったのですが⋯⋯驚きました。蝋燭の灯りだけが照らす薄暗い部屋に村の若い男の人たちが集まってカッシュの話に耳を傾けていました」


「なにを聞いたんだいシルフィー?」


「カッシュはこう語りかけていました」


『僕が話すことはほとんどの平民が知ることができない真実だ』


『公爵は領民が貧しく暮らすことを強いている』


『“重い税”をかして領民がせっかく育てた穀物を巻き上げる』


『これもすべて自分たち貴族だけが裕福に暮らすためだ』


『公爵は金色の装飾が入り冬も寒くない服を着ている。なのに領主様のために働いている領民はどうだ? 

つぎはぎだらけの服にお腹いっぱいに膨らむ食べ物もない』


『おかしいと思わないか? 領主は本来、外敵や盗賊から領民を守るためにいる。だから俺たちは税を払って領主に恩を返す』


『なのに、なのに、なのに⋯⋯ウィンディル公爵のしていることは騎士団を使って領民の締め付けだ』


『今朝も見ただろ? 騎士団が村長のところに押しかけて暴力を振るう様を』


『君たちはこのままでいいのか? 領民たちが立ち上がらなければ俺たちはずっと虐げられたままだ。病気になっても

薬が買えないから長く生きられない。食べるものがなくて幼児がすぐ死んでしまう。だけど領主は違う!

薬もあれば食べ物も捨てるくらいにある。こんな世の中で本当にいいのか!』


「カッシュの呼びかけに幼馴染たちは『先生!』『先生!』と言って涙を流しながら答えていました」


「なるほど。歪んだ入れ知恵をしていたのはカッシュだったか」


「スタルク、何かわかったのか?」


「ヤツは知恵を与えたのさ。人は脳に知識が与えられると快楽を覚える。これは詐欺師の常套手段でね。

カッシュが村にやって来た理由は世俗と隔離されている環境に目をつけたからだ。

知識を与えられた者は知識を与えてくれる人間の言うことに妄信的に従う。カッシュの狙いは決して自分を裏切ることなく、

それでいて確実に自分の計画に協力してくれるたしかな駒をつくること」


「さてつづきだ。シルフィー、君はそこでなにを目撃した?」


「世界を変える方法はたったひとつ。ガオルド・ウィンディル公爵を殺すこと⋯⋯

カッシュがそう唱えると、幼馴染たちは床下から次々と剣や槍、弓矢を取り出しました。

そしてチャンスは一度パレードの日と⋯⋯」


コルトの話していたことと一致したな。


「私は怖くなって、急いで父のところへ向かいました。

扉を開けて夜遅くまで仕事をしている父の顔を見た瞬間、カッシュたちの計画のことを話せなくなってしましました。

目にクマを作って疲れきった表情の父になにも⋯⋯これ以上の負担はかけたくないと口をつぐんでしまいました。

まだ時間はあるんだと心に閉まって⋯⋯」


「それでお父様は?」


「2、3日経った朝、いつもの時間に起きてこない父は起こすため、扉を開けると父は⋯⋯首を吊って亡くなっていましたーー」


「どう思うローグ?」


「スタルク。シルフィーのお父さんを殺したのは?」


「「カッシュ」」


「一致したな。スタルク」


「ひょっとして俺たち仲良し?」


「ずっと前からな。だけど一致したのは俺たちだけじゃなさそうだぞ」


「そうなんだね。シルフィー」


聖女の問いかけにシルフィーはコクリと頷く。


「お父さんが死んだのは私のせいだと姉さんに打ち明けようとしました。だけどその日⋯⋯盗賊が村を襲ってーー」


「胸に抱えたままの秘密を話す相手がいなくなってしまって⋯⋯その影響でしゃべれなくなったということか」


「私がもっとはやく話していれば、少なくともあのとき父にちゃんと話していればふたりはいまも生きて⋯⋯」


「ふたりとも。カッシュがシルフィーのお父様を殺した動機はなんだと考える?」


「答えはスタルクに譲るよ」


「村の若者を鼓舞するためだろ。騎士団を横暴を強く印象付けるために。村長が死んだのは公爵のせいと⋯⋯」


「なるほど!」


「分かっていなかったのかローグ」


「も、もちろんわかっていたさ。簡単すぎてスタルクに譲ったのさ」


「盗賊はどう思うローグ?」


「タイミングが良すぎる」


「まったく同感」


「スタルク。盗賊はなぜ村を?」


「武器を集めていたならそこから⋯⋯」


「たどられた? ならスタルク、目的は武器狙い? 金になると思って?」


「うーん。釈然としないな。やはり偶然か⋯⋯」


「ねぇシルフィー、カッシュはシルフィーが教会に入ってからも接触して来ているよね?」


「はい」


「目的は?」


「匿ってほしい⋯⋯と。私が“お父さんを殺したのはあなた”と書いたメモをカッシュに見せたら

逃げるように立ち去っていきました」


あのときの⋯⋯そんなやりとりを。


「とにかくこの事態を打開するためにはカッシュを捕まえることが先決だ。

シルフィー、カッシュのいどころについてなにかわかるか?」


「わかりません」


シルフィーは首を横に振る。


「そんなことなら聖女の僕に任せてくれ。心当たりがある」


つづく







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