第6話受付嬢の女
レディがケガをした。
右腕には三角巾。
痛々しい姿に周りの受付嬢が心配して寄り添う。
「リラちゃん大丈夫?」
「まだ痛みはあるけど折れているわけじゃないから仕事はできる」
「やっぱり休んだほうがいいよ」
「ありがとうございます先輩。だけど⋯⋯ひとりでいるほうが怖いですから」
「ごめんなさい⋯⋯」
「私も油断していました。昨晩は火曜日じゃないと油断してひとりで帰ったりしたから」
「気にやんじゃだめよ」
レディはここ3ヶ月、男に付きまとわれていた。
はじめは男が帰宅するレディを背後からつけてくるだけだった。
それが日に日にエスカレート。
レディの住む部屋のドアの前にはゴブリンの腕やオークの牙などが
毎晩必ず置かれていた。
ついこの前はサラマンダーの尻尾までーー
それはまるで受付嬢に成果を報告する冒険者のよう⋯⋯
だからつきまとう男の正体は冒険者と見られている。
もしかしたら今日もこのギルドの中に紛れて見ているかもしれない。
そういう男のことをスタルクの世界では“ストーカー”というらしい。
『くっそーよくも俺たちのリラちゃんをよくもあんな目に』
『見つけたらギタギタにしてやりましょうよ』
『このままじゃリラちゃんが浮かばれねぇ』
「あのー、私生きてますけど」
「なぁ、シオン」
「ローグだ」
「ああやって燃えている冒険者がいっぱいいるんだ。ギルドはリラちゃんを襲った男の討伐クエストを出さないのか?」
「ああいうのは騎士団の仕事だ。下手に騎士の管轄に首突っ込むとあとでエライ目を見る」
「どこの世界の組織にも縄張り争いがあるんだな」
「スタルクの世界も?」
「ああ。自衛隊をやめたあと警察に入庁したがあそこは酷かった」
俺たちは顔を見合わせて肩をすくめる。
「リラちゃん! 外に行くって平気?」
「買い出しぐらいさせてください」
レディは買い物籠を手に握り締めて俺たちの方へ歩いてくる。
「何を見ているの? あなたたち暇でしょ。買い物に付き合いなさい」
「「?」」
俺たちは顔を見合わせる。
「警護の仕事よ。私を聖女様のときみたいにしっかり守って」
「ではアウトロー・ローグと」
「ダーティー・スタルクにおまかせを」
「勝手にして」
「はぁ⋯⋯」
***
「レディ。どうして急に外に出るって言い出したんだ」
「外に出るなって言われると出たくなるのよ」
「そういうものか?」
「ねぇ、私の後ろを歩かないで」
「ああ⋯⋯」
「あとそのレディってのもやめて」
「なんて呼べばいい?」
「リラ。リラでいいわ。仕方ないから」
「ところでリラ」
「なんかムカつく」
「⋯⋯ところでリラ。どうして俺たちなんだ」
「そうだぜ。いつも俺たちのこと煙たがっていたじゃないか」
「警護も騎士団に任せればよかったじゃないか」
「騎士団は信用していない。ただそれだけ。あいつらはえらそうなこと言うだけで何もしないから。
それだったらあなたたちのほうがまだ頼りになるわ」
「うれしいこと言ってくれるじゃないか」
「あいつは次は殺すと言っていた。だから殺される前にあいつを殺してよ」
「心当たりあるのか?」
「⋯⋯うん⋯⋯なんとなくだけど」
「どいつだ?」
「あ⋯⋯」
突然、リラが見上げる。
「どうした? リラちゃん」
「あの子」
リラが指を差した橋の上にシルフィーの姿がある。
ローブを目深に被った人物と一緒にいる。
背格好からして男だ。
「揉めている?」
男はシルフィーの腕を振り解いて行ってしまう。
「あの子大丈夫かしら。まだしゃべれないのに」
「まぁ、あの子には無敵の聖女様がついているから」
「それより自分の心配。伏せて」
“ピュン”
黒い物体がものすごいスピードで飛んできて地面に突き刺さる。
「クナイか」
「やっぱりあいつだわ⋯⋯」
「とりあえず物陰へ。スタルク!」
“バンッ“
スタルクが魔道拳銃を発砲して屋根の上の男を牽制した。
俺とリラは建物と建物の間に身を隠す。
「リラ。心当たりって?」
「3ヶ月前よ⋯⋯」
わけを話しはじめるリラの声が震えている。
「冒険者がゴールドからミスリルへ昇格するための面接試験があったの」
「えッ⁉︎ 昇格するのに試験があるの⁉︎」
「いまそこじゃない。とにかくその男は試験に臨んだの。身軽な体を活かした忍び攻撃が得意の”シューグリ“
あの男には前から不正の噂があった」
「不正って」
「ダンジョンを攻略中の冒険者のあとを付けてってはドロップアイテムを掠め取ったり、ときには影から攻撃して奪いとったなんてのがあった。
それを私が問いただした。ミスリルに昇格するならそれに恥じない実績の冒険者でなければならない。
判断する冒険者ギルドにも責任が大きく問われる」
「なるほど。さすがは俺たちの担当」
「案の定、男は取り乱したわ。しまいには装備していたクナイを取り出して暴力で脅してきた。
そのときは立ち会っていたアダマンタイト級の冒険者さんがすぐさま鎮圧してくれたけど。
シューグリは取り押さえられてもなお、暴言混じりに不平不満を叫んでいた。
だからそんな彼に私はこういった。
“あなたが自慢げに語った実績はすべて本物じゃない。偽りの成績に偽りの強さ。
どれも上級冒険者としての評価に値しない”」
「それでシューグリはリラに上級冒険者として評価してほしくて家の前にモンスターの一部やドロップアイテムを
置いてったってわけか。他には?他にはシューグリになにかした?じゃないとあとを付け回す理由が見つからない」
「顔をひっぱたいた」
「“ヒュー” なるほど。つまりあいつはママに褒められたいお子様ってわけか。それで火曜日の理由は」
「試験の日が火曜日だった⋯⋯」
「おしりぺんぺんが必要だな。リラはそこでおとなしくしているんだ」
俺は魔道ライフルを手に建物の間を飛び出した。
「おい! ローグ。目標を見なかったか?」
「見失ったのか?」
「まんまとな。影に擬態するスキルを持っているようだ」
しまった⁉︎
「俺たちひょっとして警護下手?」
「ひょっとするかも」
「探索スキル発動!」
どこだ? どこだ?
「⁉︎」
リラのそばにヒトの反応。
「急げ!」
***
「みーつけた」
「⁉︎ シューグリ⋯⋯」
「昨日の話のつづきをしよう⋯⋯俺はたったひとりでサラマンダーと戦ったんだ。
あんな凶暴なサラマンダーをだよ。そして勝った」
「ちょ、ちょっと何をするの」
「サラサラで手触りのいい髪の毛だ。“スーッ” やっぱりいい匂いだ」
「やめて!」
「その顔だ。その顔が見たかった。強情な女が恐怖に震えて泣きそうになる顔。
どうだそろそろ俺の強さを認めてくれたっていいじゃないか」
「いや!」
「まだわかってくないのかなぁ。そっか。リラさんは俺の強さをこの身体で受けないとわからないんだ。
だったらさ、俺のクナイの切れ味。まずこれから。まずこの柔らかくて白いほっぺにツーっと赤い血が流れたら
さっすがのリラさんでもわかると思うんだ」
「いやあああああッ!」
「いい悲鳴だ。それじゃあーー」
“バンッ”
「ぎゃあああ!」
シューグリは右腕を押さえて悲鳴をあげる。
「スタルク!」
“バンッ”
「ぐわっ!」
スタルクの放った弾が逃げようとするシューグリの太ももを貫く。
「大丈夫かリラ!」
「遅いのよ! 怖かったぁ」
「ローグ。男は取り押さえた」
「さっすが相棒」
「じゃあ騎士団に引き渡しますか」
***
10分後、騎士団がやってきてシューグリを連行する。
「リラ。なんか言ってやりたいことはないのか?」
リラはコクリと頷く。
「待って!」
「リラさん。ようやく俺を認めてくれるんですか? だったらアダマンタイト級ですよね! 僕の実力なら当然だ」
「寝ぼけたこと言わないで。あなたはカッパーに負けたのよ。カッパー以下、冒険者失格よ」
「か、カッパー⋯⋯僕がカッパーに? ありえない! この後に及んでまたウソか! そいつらはアダマンタイトーー」
俺たちはカッパーのプレートをシューグリに見せつけた。
このプレートをこんなに誇らしげに掲げたのははじめてだ。
「行きなさい」
「は、はい⋯⋯」
肩を落としたシューグリはおとなしく騎士団の馬車に乗せられ連行されていった。
「よ、よかったぁ」
「これで後ろを歩いても平気だな」
「私を置いてけぼりにした挙句、危険な目にあわせたこと忘れないから」
「おいおい」
俺とスタルクは顔を見合わせて肩をすくませた。
「やれやれだな」
つづく
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