第九章 涙と光と ー前編ー

 討伐員が武器を一閃すると真っ二つになったぐれ者が消えた。

「おい」

 別の討伐員が声を掛けた。

 の隣にもう一人た。

 今ぐれ者を切った討伐員より先に来ていた二人だ。

「村に住めと言われてるだろ」

「無駄だって。幾度いくどとなく言ってるんだが聞かないんだ」

 片方がお手上げと言うように言った。

「イナを見付けたら住む」

の人間はずっと前に死んだんだろ」

「そろそろ生まれ変わってるはずだ」

「名前も姿形も変わってるんだぞ。分かる……」

「俺のあとが付いてる」

 二人が呆れ顔をした。

「前世の事は何も覚えてねぇんだぞ。おめぇの事も含めて」

「全然違う性格にっててがっかりするかもしれないぞ」

「姿形だって違うんだし」

それでもい、もう一度イナに会いたい」

 の言葉に討伐員は諦めの溜息をいた。

「好きにしろ」

 と言うと討伐員達は其々それぞれの村へ帰っていった。

 しばらくして少女の足音が聞こえた。

 自分に会いに来たのだ。

 しかし今出ていったら討伐員に見付かってしまう。

 気配を消したまま隠れて様子を見ていた。

 少女は討伐員を見ると、はにかんだ笑みを浮かべた。

 討伐員が目を見開いた。

 自分が〝見えた〟事で少女がイナ――今は違う名前だが――だと気付いたのだ。

 普段は人間を無視している討伐員が少女に近付いていく。

 そばまで行って自分の気配を確認すると少女に話し掛けた。

 討伐員は少女の村に住み付いた。

 イナの生まれ変わりを見付け出したと知った他の二人は驚愕きょうがくしていた。


 貞光達が部屋へ戻ろうとした時、

「所で、お前ら」

 季武が声を掛けた。

なんだ」

「貞光が六花の家に行ったってどう言う事だ。猫を見なかったって言ってたな。つまり家の中まで入ったんだな」

 季武の言葉に三人は顔を見合わせた。

「何が有った」

 三人は再度視線を交わした。

「ネットイジメだよ」

 金時が渋々応えた。

「何?」

 季武が気色けしきばんだ。

「落ち着け。サーバーのログも生徒達の記憶も全部消した。誰も覚えてないしネット上の痕跡も全部消した」

「待て、お前達三人で其処そこまで出来るはずが無い。小吏しょうりらせたな。鬼が関わってたって事か?」

 三人は三度みたび顔を見合わせた。

「そうか、鬼か土蜘蛛の可能性が有ったのか」

「どう言う事だ。ぐれ者が関わってるかどうかも分からないのに小吏が動いたのか」

「いや……ネットイジメは自殺の危険が有るだろ」

「人間の自殺に小吏は関与しないだろ」

「他の人間ならな。けどお前は前科が有るだろ」

「六花ちゃんがイジメの所為せいで自殺したりしたらお前が何仕出しでかすか分からないから」

 季武は反論出来ずに黙り込んだ。

「あ、これ、お前に知られたって聞いたら傷付くから黙ってろよ」

「自殺未遂を知られると傷付くのか?」

「未遂までいってねぇよ」

「気付いてぐ六花ちゃんに連絡したから」

「スマホが有るのに何故なぜ直接行った」

 季武が言った。

し自殺しようとしてたらスマホじゃ止めらんないじゃん」

かくぐに連絡して記憶もデータも全部消すからって言って落ち着かせたから」

それとお前にも内緒にしとくって約束した」

何時いつの話だ」

「五月下旬だ」

「二ヶ月近く前じゃないか!」

 季武は大声を出したが、ぐに溜息をいてソファに座り込んだ。

つまり、ずっと続いてるんだな……」

「ネットは監視してるが、今のとこ六花ちゃんの悪口とかは無いぞ」

 季武は六花の体操服が切り刻まれてた事を話した。

 頼光が節約しろと言ったのを聞いてペットボトルのお茶すら遠慮しようとするくらいだ。

 季武が新しい体操服を買って渡したら屹度きっと恐縮するだろうしそれまた切られたりしたら更に気に病むだろう。

 かと言ってったヤツを捕まえて弁償させても六花の事だから其奴そいつに申し訳ないと考えるに違いない。

「確かに六花イナちゃんはそう言う性格だよな」

の話を聞かせたのは失敗だったな」

「宝くじか何かに当たって大金が入ったって言って渡すのは如何どうだ?」

それより渡したらロッカーのぞいた事がバレるじゃん」

それは気にしないだろ。俺の目の前で番号を合わせてたくらいだし」

「そうか?」

 綱が疑わしそうに言った。

「GPSで居場所検索されても平気なんだぞ」

 貞光の言葉に綱がそう言われてみればと言う表情にった。

「問題は俺達の金の有る無しより、中学生の小遣いで買えないようなものを渡される事を気にするんじゃないかと思うんだ。特に何度も切られての度に渡されたりするのはかなり負担にると思う」

「六花ちゃんはそう言うの気に病むタイプだよな」

「買うのが駄目ダメならくじの景品で当たったって言うのはどうだ? 俺達じゃ女物は着られないからあげるって言えば……」

「体操服が景品のくじ引きたがるヤツなんかるか?」

「むしろ殺到するだろ」

「お前が渡したら気にするって言うなら他の誰かに渡させたらどうだ?」

「他の誰かって誰だ。八田はないんだぞ。鈴木ってヤツは論外だし……」

何方どっちにしろ恋人でもない男から贈られた体操服なんて気持ち悪いだろ」

「匿名で贈ればいじゃん」

「友達がないんだぞ。俺達だってバレるに決まってるだろ。暗示が効くならなんとでもったんだがな」

 季武が言った。

「……親から渡させるのは如何どうだ?」

 考え込んでいた貞光が言った。

「え?」

「六花ちゃんの親は暗示に掛かっから適当な口実付けて親から渡させりゃいんじゃねぇか?」

 四人は話し合って六花の母親から渡させる事にした。


 昼休み、季武と六花は何時いつものように屋上にた。

「え、お客さん?」

 六花が聞き返した。

「ああ、しばらうちに泊まる事にったんだ。だから料理をもう一人分作って欲しい。礼として何でも聞いていから」

「そんな、お礼なんていよ」

「いや、頼光様や客が気にするから遠慮なく聞いてくれた方がい」

「そう言う事なら……」

 何を聞いてもいと言う事は客も異界むこうの人なのだろう。


 もしかして歴史に名前が残ってる人かな。

 歴史上の人なら資料に残ってない話を聞けるかもしれない。


 六花の胸が期待におどった。


 放課後、季武と一緒に頼光達のマンションへ行くとリビングに頼光と同い年くらいの男性がた。

 やはり格好良かっこいいと言うかすごい美形だ。

 落ち着いていて上品な印象の男性だった。


 異界の人って美形ばかりなのかな。

 でも見た目を変えられるって事はこう言う外見を自分で選んでるんだよね。


「六花ちゃん、平井ひらい保昌やすまさだ」

 頼光が紹介した。

よろしく」

 保昌が微笑んで言った。

 声も低く落ち着いていてやわらかい。

「……もしかして、藤原保昌ふじわらのやすまささん、様ですか?」

如何どうして分かった?」

 保昌が意外そうに訊ねた。

「以前、頼光様が保昌ほうしょう……様って言ってた事が……。それに、平井に住んでいたから平井保昌ひらいのやすまさとも呼ばれてるって資料で読んだので……」

「だから安直過ぎると言ったんだ」

 頼光がそれみろという顔で睨んだ。

「部下達が藤原保昌ふじわらのやすまさなんて学校では習わないって言ってたんだがなぁ」

 保昌がおっとりとした口調で言った。

「『今昔物語集』とかに、いくつか話が載ってますよ」

「六花、今時『今昔物語集』を読んでるのは古典好きくらいだ」

 季武が言った。

「『今昔物語集』を読んでなくても和泉式部……さんの結婚相手ですし……」

弾正台だんじょうだい帥宮そちのみやは日記で有名みたいだけど、橘道貞たちばなのみちさだや私は普通は知らないと思うがなぁ」

「普通はな」

 貞光が、ぼそっと呟いた声が聞こえて六花は赤くなった。

「でも、正式な結婚相手は保昌様や道貞さんですよね?」

「まぁそうだけど、日記には書いてもらえなかったからねぇ」

 保昌が微苦笑びくしょうを浮かべた。

「もしかして、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ……さんとか、藤原利仁ふじわらのとしひとさんも異界むこうの……」

本当ホントに良く知ってるねぇ」

 保昌が苦笑にがわらいした。

「大江山の時は保昌様もご一緒だったんですよね?」

「そうだけど……伝承っての程度残ってるの?」

「えっと……」

 保昌の問いに六花が答えようとすると、

「伝説は伝説ですから!」

「かなり脚色されてるよな!」

「色々間違ってるとこ有りますから!」

「創作がかなり入ってますので」

 四天王が口々に六花を遮った。

 保昌は、どうやら訊かない方がようだと気付いたらしくそれ以上は突っ込んでこなかった。

 六花も、伝承に残ってる話はされたくないらしいと悟って口をつぐんだ。

 頼光達は普通に話してくれているからおそらく保昌に聞かせたくないのは事実ではなく伝説の方だろう。

 六花は昔の都の話など当たり障りのない事を聞きながら夕食を作った。


 季武は六花をマンションまで送り届けると貞光に待ち合わせに少し遅れると連絡した。


 季武は前にぐれ者討伐に来た公園に来ていた。

 以前気配を感じた場所へ向かう。

 隠形おんぎょうると植え込みの中へ入った。

 低木の影に元は白かったと思われる黒い鞄が落ちていた。

 ぐれ者に喰われた時に飛び散った血で黒く染まったのだろう。

 して白い小石に見える骨の欠片。

 肉片も付いていたのかもしれないが、小さいから土と木の匂いで腐敗臭ふはいしゅうに気付かれなかったか、ネズミか虫に食われてしまって臭わなかったか。

 骨からかすかに綱の気配がする。

 エリの痕は鎖骨の辺りだから骨まで綱の気配がみ付いていたのだろう。

 エリが此処ここで喰われたのだ。

 人間と異界の者の気配が入り交じっていたのは所為せいだ。

 季武は溜息をいた。


 月曜、六花は四天王のマンションで料理を作っていた。


 季武君達は何も言わないけど五馬ちゃんはもう……。


 五馬が生きている可能性が有るなら綱が捜しているはずだ。

 だが最近は綱もマンションにる。

 おそらく見込みが無いか、死んだとはっきり分かっているから捜してないのだろう。


 多分、私のために黙っててくれてるんだよね……。


 ふと、ゴミ箱に捨ててあるスナック菓子の袋が目に入った。

 パッケージに印刷された茶色い塊を見て五馬が持っていた小石スコリアを思い出した。

「あの、スコリアって知ってますか?」

「スナック菓子の?」

「女の子だぞ、イギリスのお菓子に決まってんじゃん」

「火山噴出物ふんしゅつぶつだろ」

 貞光が呆れたように言った。

「そうです、火山から生まれる石です」

それも何かの伝説と関係あるの?」

 金時が訊ねた。

「いえ……普通の石とは違うんですよね? 私、見分けられないので……」

「探してるって事? 今の中学で地学なんて習う?」

「そうじゃないんです」

 六花は口籠くちごもった後、ちらっと綱に視線を向けた。

 目が合った綱が不思議そうな顔をした。


 綱さん、あの石の事、聞いてないのかな……。


「六花ちゃん、前にも言ったけど俺達は傷付いたりしないから」

 金時にそう言われて六花はわずかに躊躇ためらった後、

「五馬ちゃんがスコリアを大事にしてたんです。前に住んでた所に沢山落ちてたって言ってましたから、其処そこで拾ったものだと思って」

 と思い切って言った。

 四人が視線を交わした。

「スコリアが落ちてるのは一番近くても伊豆だよ」

 金時が答えた。

「この辺には無いんですか?」

「火山がるのは関東平野の周辺部だから」

 季武が言った。

「火山弾は重いから相当な大噴火じゃないと東京ここまで届かないんだよね」

「そう言う噴火は直近ちょっきんで何万年か前の箱根くらいだよ」

「箱根は軽石らしいしな」

 金時、綱、貞光が補足した。

「一番近いスコリア丘は伊豆の火山だね。噴火したからって必ずスコリアを噴出するとは限らないから」

「六花、他に何か八田と火山に関する話はしたか?」

「酒呑童子と八岐大蛇の他にって事?」

「火山の石の事だ」

「黒曜石も火山で出来るって」

「黒曜石は持ってた? あるいは見た事は有るって言ってた?」

「スコリアだけです。見たって話も聞いてませんけど……」

「八岐大蛇は溶岩だって言ってたよね?」

 金時が言った。

それも五馬ちゃんと話した? 大蛇おろちに付いては何か言ってた?」

 綱が訊ねた。

「八岐大蛇の尻尾から出てきた草薙剣くさなぎのつるぎは黒曜石のナイフの見立てじゃないかって事と、大蛇ってホントにたのかなって事くらいです」

 お湯が沸騰した音に、六花が鍋に目を向けると四人は再度視線を交わした。


 六花は季武に送られて自宅マンションに帰ってきた。

まん、一寸ちょっとスマホ貸してくれるか?」

 季武は六花のマンションの前に着くと頼んだ。

 六花はぐにポケットから出して渡した。

「返すまではこれ使っててくれ」

 季武は自分のスマホを渡した。


 季武はマンションへ戻るとスマホの通話履歴とメールをチェックした。

 六花は何度か五馬にメールやLINEでメッセージを送っていたが返事は一度も来ていなかった。

如何どうかしたか?」

 綱が画面を覗き込んだ。

一寸ちょっと待ってくれ」

 季武はGPSで五馬のスマホを検索した。


 出た!


「八田のスマホの電源が入ってる」

 五馬が持っているとは限らないが少なくとも電源は入っている。

「え!」

 綱はスマホを取り出して五馬に掛けようとした。

「待て。電源が入ってる事に気付いたってバレる」

 季武は綱を止めた。

「八田のスマホの場所が分かりました」

 季武は頼光に報告した。

 頼光と四天王、それに保昌と保昌の部下達はGPSの示す場所に向かった。


 GPSの場所に近付いた時、酒呑童子と茨木童子の気配を感じた。

 かなりの数の鬼もる。

 の前はうっかり近付いてしまって酒呑童子達に気付かれてしまったので今回は離れた場所から完全に気配を消してきた。


 保昌達は離れた場所にひそんでいた。


 スマホが有るのは高級マンションだった。

 部屋までは分からない。

 多数の鬼が入れる場所とるとそれなりに大きい家か、部屋が広いマンション、後は倉庫くらいしかない。

 倉庫は人の出入りが有るし一戸建ては窓から中が見える。

 隠形で自分の姿は消せても血や人間の肉体を見えなくする事は出来ない。

 家の中で人を喰えば室内が血でまる。

 鬼が見えなくても家の中が血塗ちまみれだったら騒ぎにってしまう。

 そう言う意味では中を覗かれる心配の無いマンションの部屋は鬼にとっても都合が良いのだ。

 の時、ガラスが砕ける音と共に鬼達が降ってきた。

「気配は消してたのに!」

「鬼に知らせたヤツるんだ」

「土蜘蛛か!」

 最初の鬼は地面に足が付く前に頼光に真っ二つにされて消えた。

「全員、気を抜くな!」

「はっ!」

 綱、貞光、金時は鬼に斬り掛かっていった。

 季武は街灯の上から弓で鬼を狙い撃ちにし始めた。


 茨木童子が空から季武に斬り掛かってきた。

 季武は跳んでけると、弓を背に戻して腰の刀を抜いた。

 刀と刀がぶつかり合い火花を散らした。


 綱は酒呑童子と斬り合っていた。


 貞光と金時は次々に鬼を斬り伏せていったが鬼は後から後から降ってくる。


「金時! 穴を塞いでこい!」

 頼光が叫んだ。

「は!」

 金時がマンションに向かって駆け出した。


 茨木童子が空に飛び上がって金時の方に向かおうと季武に背を向けた。

 季武は茨木童子に向けて刀を投げ付けた。

 刀に翼を切り裂かれた茨木童子が落ちる。


 季武は脇差を抜いた。

 茨木童子は季武が払った脇差をかろうじてけると金時を追うのを諦めて季武に向かってきた。


 茨木童子が刀を思い切り振り下ろした。

 季武はそれを脇差で横にはじくとのまま斜めに斬り下ろした。

 脇差の切っ先が茨木童子をかすめて体液が噴き出した。

「ーーーーー!」

 茨木童子が逆上して吠えた。


 鬼の増援ぞうえん途絶とだえ、金時が飛び降りてきて酒呑童子にまさかりを振り下ろした。

 酒呑童子は咄嗟とっさに飛び退いたものの左腕を斬り落とされた。

「貴様!」

 酒呑童子が憤怒ふんぬの表情で金時を睨んだ。


 季武の脇差を刀で受け止めて動きの止まった茨木童子に貞光が大太刀を斬り下ろした。

 茨木童子が真っ二つにる。


 綱が酒呑童子に向かって真っ直ぐ突っ込んでいった。

 酒呑童子の腹に綱が髭切を突き立て、金時が鉞で首を切り落とした。


 同時に、

「ーーーーー!」

 土蜘蛛の断末魔の叫びが聞こえた。

 保昌達が核を狙っていた土蜘蛛を討伐したのだ。

 の瞬間、頼光達の周囲で大量の鬼の気配が湧いた。

 頼光達は多数の鬼に取り囲まれた。

 確実にとどめはしたものの核が異界むこうに戻ったか確認する間も無く鬼達を迎え撃つ事にった。


「はっ!」

 貞光が大太刀をぎ払って鬼を両断するのと季武の矢が別の鬼にとどめを刺すのは同時だった。

「終わったな」

 頼光が言った。

「私達は異界むこうへ行って核の確認をしてくる」

 頼光はそう言い残すと保昌と共に異界へ戻った。


 季武は六花のスマホを取り出した。

「五馬ちゃんのスマホ探すのか?」

「ああ」

これ、ベランダに落ちてた」

 金時が懐からスマホを出した。

 季武が試しに掛けてみると金時の持っているスマホが振動した。

 画面に六花と表示されている。

「室内じゃなくてベランダ?」

 綱が言った。

「連中に気付かれないように外から置いたんだろ」

「外からって十五階……」

 金時は言い掛けて口をつぐんだ。

 異界の者なら何階だろうと外から上がれる。

 してや土蜘蛛なら造作ぞうさもない。

 誰も口には出さなかったが最早もはや疑いようが無かった。

 大江山でもさらわれた人間全てがぐに喰われていた訳では無かったから捕まったものの最近まで無事だった可能性は有る。

 だが此処ここで喰われたならスマホは室内に落ちていたはずだ。

 四人のスマホが同時に振動した。

 綱が画面を見た。

「一旦マンションうちへ帰れって」

 綱の口調から核が戻ってないのは明らかだった。

如何どうすんだよ! 二度も同じ手を喰らったなんて、オレ達の方が頼光様あのひとに核にされんぞ」

 貞光が頭をかかえた。

「どうせ核にされてもぐに再生されて人間界こっちに戻されるだろ」

 金時はそう言って溜息をいた。


「抜かったな」

 頼光が厳しい表情で腕を組んでいた。

「保昌様は……」

「向こうで叱責しっせきを受けてる」

 季武以外の三人が同情するような表情を浮かべた。

 元々保昌達は土蜘蛛から核を守るため掩護要員えんごよういんだ。

 それがあっさり奪われてしまったのだから今頃相当しぼられているだろう。

また一からり直しですか」

「そうなる」

 頼光と四天王は溜息をいた。


 頼光が部屋に戻り、季武も部屋へ行こうとした時、

「季武、お前だ告白してないのか?」

 綱が声を掛けた。

「六花ちゃん、落ち込んでるんだろ。お前に好きだって言われたら喜ぶぞ」

「六花は八田が死んだかもしれないって時に嬉しい事が有ったりしたら八田に申し訳ないって考えるはずだ」

「なら逢引デート如何どうだ? 俺がデートプラン建ててるよ。都内にはい場所一杯いっぱい有るんだぞ」

 綱が言った。


 此奴こいつ、女子に近付けないように見張られてたのに、しっかりデートスポット調べてたのか……。


 季武は半ば呆れて綱を見た。


 昼休み、季武と六花は何時いつものように屋上にた。

「え、日曜日?」

 六花が聞き返した。

い店が有るからお前を連れてってやれって」

如何どうして?」

「食事の礼だ」

「そんなのいよ」

「見返りなしじゃ気軽にリクエスト出来ないって言ってたぞ」

「……高いお店じゃないよね?」

「綱が調べてた店だから学生向けだろ」

「綱さんがわざわざ調べてくれたの?」

「自分で行くためだ」

「え、五馬ちゃんと行こうと思ってたお店って事?」

 六花が痛ましそうな表情を浮かべた。


 しまった!


 綱と五馬に同情しているのだろう。

 季武は胸の中で舌打ちした。

「多分、八田と付き合う前からだ。女を口説くどいたらぐ連れていけるように」


 そう言えば綱さんって女ったらしなんだっけ……。


「女に近付かないように見張ってるんだが隙を見ては口説こうとするからな」

「……見張ってる? 痕を付けた恋人がいるんでしょ。その人だったらどうするの?」

の時はそう言うから」

「そっか」

「で、行けそうか?」

「そう言う事なら」

 綱からは丸一日のデートプランを渡されていたがの様子では六花は楽しめそうにない。昼食後に喫茶店に行くだけにしておいた。

 季武は五馬の話をすべきか迷っていた。

 六花が五馬を心配しているのは分かっている。

 ただ、季武達に負担を掛けたくないから何も聞いてこないのだ。

 し鬼に喰われてしまっていたら五馬が死んだと告げなければならない。

 たった一人の友達が死んだと訊かされるのも悲しいが、それを告げる方もつらいだろうと気をつかっているのだ。

 死んだと言われなければ生きてるかもしれないという希望を持っていられると言うのも有るだろう。

 しかし五馬はず間違いなくぐれ者だ。

 四天王は酒呑童子以外にも昔から多くのぐれ者を討伐してきたから恨んでいる者は大勢いる。

 おそらくの中の一人だ。

 エリの痕を付けていた事から考えても六花から季武の気配がするのに気付いて四天王に近付く為に仲良くなったのだろう。

 五馬が鬼と手を組んでいたと訊かされれば利用するために友達の振りをしたのだと知って心を痛めるに違いない。

 だから出来れば教えたくない。

 いっそ死んだ事にしてしまおうかと思ったが五馬は自分の死を偽装ぎそうしてない。

 再び姿を現す可能性が有る。

 五馬の死を悲しんだ後に生きてる姿を見たら季武に嘘をかれたと知って更に傷付くだろう。

 それに死んだと思っていた五馬が生きている姿を見て混乱した心の隙を突かれて利用される恐れも有る。

 五馬が六花の前から消えたままでてくれればこれ以上六花は傷付かずにむ。

 たった一人の友達がなくなったのはつらいだろうが傷は最小限におさえられる。

 だが人間側に付いている季武でさえイナ以外の人間の感情には斟酌しんしゃくしたりしないのだ。

 して人を喰いに来てるぐれ者が人間の気持ちを思いったりはしないだろう。

 六花が初めて五馬と下校した翌日の事はく覚えてる。

 見た事もないくらいはしゃいでいた。

 相当嬉しかったのだ。

 出来る事なら教えたくない。


 のまま八田が二度と姿を見せないでくれれば……。


 外見が違えば六花は五馬だと気付かないはずだ。

 五馬の見た目で出てこないでくれるだけでい。

 それだけで六花はこれ以上傷付かずにむ。

 六花に気付かれずに討伐出来ればそれに越した事は無いのだが……。


 放課後、六花をマンションに送り届けた季武は、中央公園に入って隠形にると歌壇の低木のかげに五馬のスマホを置いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る