第九章 涙と光と ー前編ー
討伐員が武器を一閃すると真っ二つになった
「おい」
別の討伐員が声を掛けた。
今
「村に住めと言われてるだろ」
「無駄だって。
片方がお手上げと言う
「イナを見付けたら住む」
「
「そろそろ生まれ変わってる
「名前も姿形も変わってるんだぞ。分かる
「俺の
二人が呆れ顔をした。
「前世の事は何も覚えてねぇんだぞ。お
「全然違う性格に
「姿形だって違うんだし」
「
「好きにしろ」
と言うと討伐員達は
自分に会いに来たのだ。
気配を消したまま隠れて様子を見ていた。
少女は討伐員を見ると、はにかんだ笑みを浮かべた。
討伐員が目を見開いた。
自分が〝見えた〟事で少女がイナ――今は違う名前だが――だと気付いたのだ。
普段は人間を無視している討伐員が少女に近付いていく。
討伐員は少女の村に住み付いた。
イナの生まれ変わりを見付け出したと知った他の二人は
マンション――
貞光達が部屋へ戻ろうとした時、
「ところで、お前ら」
季武が声を掛けた。
「なんだ」
「貞光が六花の家に行ったってどう言う事だ。猫を見なかったって言ってたな。つまり家の中まで入ったんだな」
季武の言葉に三人は顔を見合わせた。
「何があった」
三人は再度視線を交わした。
「ネットイジメだよ」
金時が渋々応えた。
「何?」
季武が
「落ち着け。サーバーのログも生徒達の記憶も全部消した。誰も覚えてないしネット上の痕跡も全部消した」
「待て、お前達三人でそこまで出来るはずが無い。
三人は
「そうか、鬼か土蜘蛛の可能性があったのか」
「どう言う事だ。
「いや……ネットイジメは自殺の危険があるだろ」
「人間の自殺に小吏は関与しないだろ」
「他の人間ならな。けどお前は前科があるだろ」
「六花ちゃんがイジメのせいで自殺したりしたらお前が何
季武は反論出来ずに黙り込んだ。
「あ、これ、お前に知られたって聞いたら傷付くから黙ってろよ」
「自殺未遂を知られると傷付くのか?」
「未遂までいってねぇよ」
「気付いてすぐ六花ちゃんに連絡したから」
「スマホが有るのに
季武が言った。
「もし自殺しようとしてたらスマホじゃ止めらんないじゃん」
「とにかく、すぐに連絡して記憶もデータも全部消すからって言って落ち着かせたから」
「それとお前にも内緒にしとくって約束した」
「いつの話だ」
「五月下旬だ」
「二ヶ月近く前じゃないか!」
季武は大声を出したが、すぐに溜息を
「つまり、ずっと続いてるんだな……」
「ネットは監視してるが、今のとこ六花ちゃんの悪口とかは無いぞ」
季武は六花の体操服が切り刻まれてた事を話した。
頼光が節約しろと言ったのを聞いてペットボトルのお茶すら遠慮しようとするくらいだ。
季武が新しい体操服を買って渡したらきっと恐縮するだろうしそれがまた切られたりしたら更に気に病むだろう。
かと言ってやった
「確かに
「あの話を聞かせたのは失敗だったな」
「宝くじか何かに当たって大金が入ったって言って渡すのはどうだ?」
「それより渡したらロッカー
「それは気にしないだろ。俺の目の前で番号を合わせてたくらいだし」
「そうか?」
綱が疑わしそうに言った。
「GPSで居場所検索されても平気なんだぞ」
貞光の言葉に綱がそう言われてみればと言う表情になった。
「問題は俺達の金の有る無しより、中学生の小遣いで買えないようなものを渡される事を気にするんじゃないかと思うんだ。特に何度も切られてその度に渡されたりするのはかなり負担になると思う」
「六花ちゃんはそう言うの気に病むタイプだよな」
「買うのが
「体操服が景品の
「むしろ殺到するだろ」
「お前が渡したら気にするって言うなら他の誰かに渡させたらどうだ?」
「他の誰かって誰だ。八田は
「どっちにしろ恋人でもない男から贈られた体操服なんて気持ち悪いだろ」
「匿名で贈れば
「友達が
季武が言った。
「……親から渡させるのはどうだ?」
考え込んでいた貞光が言った。
「え?」
「六花ちゃんの親は暗示に掛かっから適当な口実付けて親から渡させりゃ
四人は話し合って六花の母親から渡させる事にした。
昼休み――
季武と六花はいつものように屋上に
「え、お客さん?」
六花が聞き返した。
「ああ、しばらく
「そんな、お礼なんて
「いや、頼光様や客が気にするから遠慮なく聞いてくれた方が
「そう言う事なら……」
何を聞いても
もしかして歴史に名前が残ってる人かな。
歴史上の人なら資料に残ってない話を聞けるかもしれない。
六花の胸が期待に
放課後――
季武と一緒に頼光達のマンションへ行くとリビングに頼光と同い年くらいの男性が
やはり
落ち着いていて上品な印象の男性だった。
異界の人って美形ばかりなのかな。
でも見た目を変えられるって事はこう言う外見を自分で選んでるんだよね。
「六花ちゃん、
頼光が紹介した。
「よろしく」
保昌が微笑んで言った。
声も低く落ち着いていて
「……もしかして、
「どうして分かった?」
保昌が意外そうに訊ねた。
「以前、頼光様が
「だから安直過ぎると言ったんだ」
頼光がそれみろという顔で睨んだ。
「部下が
保昌がおっとりとした口調で言った。
「『今昔物語集』とかに、いくつか話が載ってますよ」
「六花、今時『今昔物語集』を読んでるのは古典好きくらいだ」
季武が言った。
「『今昔物語集』を読んでなくても和泉式部……さんの結婚相手ですし……」
「
「普通はな」
貞光が、ぼそっと呟いた声が聞こえて六花は赤くなった。
「でも、正式な結婚相手は保昌様や道貞さんですよね?」
「まぁそうだけど、日記には書いてもらえなかったからねぇ」
保昌が
「もしかして、
「
保昌が
「大江山の時は保昌様もご一緒だったんですよね?」
「そうだけど……伝承って
「えっと……」
保昌の問いに六花が答えようとすると、
「伝説は伝説ですから!」
「かなり脚色されてるよな!」
「色々間違ってるとこ有りますから!」
「創作がかなり入ってますので」
四天王が口々に六花を遮った。
保昌は、どうやら訊かない方が
六花も、伝承に残ってる話はされたくないらしいと悟って口を
頼光達は普通に話してくれているから
六花は昔の都の話など当たり障りのない事を聞きながら夕食を作った。
季武は六花をマンションまで送り届けると貞光に待ち合わせに少し遅れると連絡した。
季武は前に
以前気配を感じた場所へ向かう。
低木の影に元は白かったと思われる黒い鞄が落ちていた。
そして白い小石に見える骨の欠片。
肉片も付いていたのかもしれないが、小さいから土と木の匂いで
骨から
エリの痕は鎖骨の辺りだから骨まで綱の気配が
人間と異界の者の気配が入り交じっていたのはこのせいだ。
季武は溜息を
月曜――
六花は四天王のマンションで料理を作っていた。
季武君達は何も言わないけど五馬ちゃんはもう……。
五馬が生きている可能性があるなら綱が捜しているはずだ。
だが最近は綱もマンションに
おそらく見込みが無いか、死んだとはっきり分かっているから捜してないのだろう。
多分、私の
ふと、ゴミ箱に捨ててあるスナック菓子の袋が目に入った。
パッケージに印刷された茶色い塊を見て五馬が持っていた
「あの、スコリアって知ってますか?」
「スナック菓子の?」
「女の子だぞ、イギリスのお菓子に決まってんじゃん」
「火山
貞光が呆れた
「そうです、火山から生まれる石です」
「それも何かの伝説と関係あるの?」
金時が訊ねた。
「いえ……普通の石とは違うんですよね? 私、見分けられないので……」
「探してるって事? 今の中学で地学なんて習う?」
「そうじゃないんです」
六花は
目が合った綱が不思議そうな顔をした。
綱さん、あの石の事、聞いてないのかな……。
「六花ちゃん、前にも言ったけど俺達は傷付いたりしないから」
金時にそう言われて六花はわずかに
「五馬ちゃんがスコリアを大事にしてたんです。前に住んでた所に沢山落ちてたって言ってましたから、そこで拾ったものだと思って」
と思い切って言った。
四人が視線を交わす。
「スコリアが落ちてるのは一番近くても伊豆だよ」
金時が答えた。
「この辺には無いんですか?」
「火山があるのは関東平野の周辺部だから」
季武が言った。
「火山弾は重いから相当な大噴火じゃないと
「そう言う噴火は
「箱根は軽石らしいしな」
金時、綱、貞光が補足した。
「ここから一番近いスコリア丘は伊豆の火山だね。噴火したからって必ずスコリアを噴出するとは限らないから」
「六花、他に何か八田と火山に関する話はしたか?」
「酒呑童子と八岐大蛇の他にって事?」
「火山の石の事だ」
「黒曜石も火山で出来るって」
「黒曜石は持ってた? あるいは見た事はあるって言ってた?」
「スコリアだけです。見たって話も聞いてませんけど……」
「八岐大蛇は溶岩だって言ってたよね?」
金時が言った。
「それも五馬ちゃんと話した?
綱が訊ねた。
「八岐大蛇の尻尾から出てきた
お湯が沸騰した音に、六花が鍋に目を向けると四人は再度視線を交わした。
六花は季武に送られて自宅マンションに帰ってきた。
「すまん、ちょっとスマホ貸してくれるか?」
季武は六花のマンションの前に着くと頼んだ。
六花はすぐにポケットから出して渡した。
「返すまではこれ使っててくれ」
季武は自分のスマホを渡した。
季武はマンションへ戻るとスマホの通話履歴とメールをチェックした。
六花は何度か五馬にメールやLINEでメッセージを送っていたが返事は一度も来ていなかった。
「どうかしたか?」
綱が画面を覗き込んだ。
「ちょっと待ってくれ」
季武はGPSで五馬のスマホを検索した。
出た!
「八田のスマホの電源が入ってる」
五馬が持っているとは限らないが少なくとも電源は入っている。
「え!」
綱はスマホを取り出して五馬に掛けようとした。
「待て。電源が入ってる事に気付いたってバレる」
季武は綱を止めた。
「八田のスマホの場所が分かりました」
季武は頼光に報告した。
頼光と四天王、それに保昌と保昌の部下達はGPSの示す場所に向かった。
GPSの場所に近付いた時、酒呑童子と茨木童子の気配を感じた。
かなりの数の鬼も
この前はうっかり近付いてしまって酒呑童子達に気付かれてしまったので今回は離れた場所から完全に気配を消してきた。
保昌達は離れた場所に
スマホがあるのは高級マンションだった。
部屋までは分からない。
多数の鬼が入れる場所となるとそれなりに大きい家か、部屋が広いマンション、後は倉庫くらいしかない。
倉庫は人の出入りがあるし一戸建ては窓から中が見える。
隠形で自分の姿は消せても血や人間の肉体を見えなくする事は出来ない。
家の中で人を喰えば室内が血で
鬼が見えなくても家の中が
そう言う意味では中を覗かれる心配の無いマンションの部屋は鬼にとっても都合が良いのだ。
その時、ガラスが砕ける音と共に鬼達が降ってきた。
「気配は消してたのに!」
「鬼に知らせた
「土蜘蛛か!」
最初の鬼は地面に足が付く前に頼光に真っ二つにされて消えた。
「全員、気を抜くな!」
「はっ!」
綱、貞光、金時は鬼に斬り掛かっていった。
季武は街灯の上から弓で鬼を狙い撃ちにし始めた。
茨木童子が空から季武に斬り掛かってきた。
季武は跳んで
刀と刀がぶつかり合い火花を散らした。
綱は酒呑童子と斬り合っていた。
貞光と金時は次々に鬼を斬り伏せていったが鬼は後から後から降ってくる。
「金時! 穴を塞いでこい!」
頼光が叫んだ。
「は!」
金時がマンションに向かって駆け出した。
茨木童子が空に飛び上がって金時の方に向かおうと季武に背を向ける。
季武が茨木童子に向けて刀を投げ付けた。
刀に翼を切り裂かれた茨木童子が落ちる。
季武は脇差を抜いて払う
茨木童子は季武が払った脇差を
茨木童子が刀を思い切り振り下ろした。
季武はそれを脇差で横に
脇差の切っ先が茨木童子を
「ーーーーー!」
茨木童子が逆上して吠えた。
鬼の
酒呑童子は
「貴様!」
酒呑童子が
季武の脇差を刀で受け止めて動きの止まった茨木童子に貞光が大太刀を斬り下ろした。
茨木童子が真っ二つになる。
綱が酒呑童子に向かって真っ直ぐ突っ込んでいった。
酒呑童子の腹に綱が髭切を突き立て、金時が鉞で首を切り落とした。
同時に、
「ーーーーー!」
土蜘蛛の断末魔の叫びが聞こえた。
保昌達が核を狙っていた土蜘蛛を討伐したのだ。
その瞬間、頼光達の周囲で大量の鬼の気配が湧いて頼光達は多数の鬼に取り囲まれた。
確実に
「はっ!」
貞光が大太刀を
「終わったな」
頼光が言った。
「私達は
頼光はそう言い残すと保昌と共に異界へ戻った。
季武は六花のスマホを取り出した。
「五馬ちゃんのスマホ探すのか?」
「ああ」
「これ、ベランダに落ちてた」
金時が懐からスマホを出した。
季武が試しに掛けてみると金時の持っているスマホが振動した。
画面に六花と表示されている。
「室内じゃなくてベランダ?」
綱が言った。
「連中に気付かれないように外から置いたんだろ」
「外からって十五階……」
金時は言い掛けて口を
異界の者なら何階だろうと外から上がれる。
ましてや土蜘蛛なら
誰も口には出さなかったがもはや疑いようが無い。
大江山でも
だがここで喰われたならスマホは室内に落ちていたはずだ。
四人のスマホが同時に振動した。
綱が画面を見た。
「一旦
綱の口調から核が戻ってないのは明らかだ。
「どうすんだよ! 二度も同じ手を喰らったなんて、オレ達の方が
貞光が頭を
「どうせ核にされてもすぐに再生されて
金時はそう言って溜息を
「抜かったな」
頼光が厳しい表情で腕を組んでいた。
「保昌様は……」
「向こうで
季武以外の三人が同情するような表情を浮かべた。
元々保昌達は土蜘蛛から核を守るための
それがあっさり奪われてしまったのだから今頃がっつりと
「また一からやり直しですか」
「そうなる」
頼光と四天王は溜息を
頼光が部屋に戻り、季武も部屋へ行こうとした時、
「季武、お前まだ告白してないのか?」
綱が声を掛けた。
「六花ちゃん、落ち込んでるんだろ。お前に好きだって言われたら喜ぶぞ」
「六花は八田が死んだかもしれないって時に嬉しい事があったりしたら八田に申し訳ないって考えるはずだ」
「ならデートはどうだ? 俺がデートプラン建ててやるよ。都内には
綱が言った。
こいつ、女子に近付けないように見張られてたのに、しっかりデートスポット調べてたのか……。
季武は半ば呆れて綱を見た。
昼休み――
季武と六花はいつものように屋上に
「え、日曜日?」
六花が聞き返した。
「
「どうして?」
「食事の礼だ」
「そんなの
「見返りなしじゃ気軽にリクエスト出来ないって言ってたぞ」
「……高いお店じゃないよね?」
「綱が調べてた店だから学生向けだ」
「綱さんがわざわざ調べてくれたの?」
「自分で行くためだ」
「え、五馬ちゃんと行こうと思ってたお店って事?」
六花が痛ましそうな表情を浮かべた。
しまった!
綱と五馬に同情しているのだろう。
季武は胸の中で舌打ちした。
「多分、八田と付き合う前からだ。女を
そう言えば綱さんって女ったらしなんだっけ……。
「女に近付かないように見張ってるんだが隙を見ては口説こうとするからな」
「……見張ってる? 痕を付けた恋人がいるんでしょ。その人だったらどうするの?」
「その時はそう言うから」
「そっか」
「で、行けそうか?」
「そう言う事なら」
綱からは丸一日のデートプランを渡されていたがこの様子では六花は楽しめそうにない。昼食後に喫茶店に行くだけにしておいた。
季武は五馬の話をすべきか迷っていた。
六花が五馬を心配しているのは分かっている。
ただ、季武達に負担を掛けたくないから何も聞いてこないのだ。
もし鬼に喰われてしまっていたら五馬が死んだと告げなければならない。
たった一人の友達が死んだと訊かされるのも悲しいが、それを告げる方も
死んだと言われなければ生きてるかもしれないという希望を持っていられると言うのもあるだろう。
しかし五馬はまず間違いなく
四天王は酒呑童子以外にも昔から多くの
おそらくはその中の一人だ。
エリの痕を付けていた事から考えても六花から季武の気配がするのに気付いて四天王に近付く為に仲良くなったのだろう。
五馬が鬼と手を組んでいたと訊かされれば利用するために友達の振りをしたのだと知って心を痛めるに違いない。
だから出来れば教えたくない。
いっそ死んだ事にしてしまおうかと思ったが五馬は自分の死を
再び姿を現す可能性がある。
五馬の死を悲しんだ後に生きてる姿を見たら季武に嘘を
それに死んだと思っていた五馬が生きている姿を見て混乱した心の隙を突かれて利用される恐れもある。
五馬が六花の前から消えたままで
たった一人の友達が
だが人間側に付いている季武でさえイナ以外の人間の感情には
まして人を喰いに来てる
六花が初めて五馬と下校した翌日の事は
見た事もないくらいはしゃいでいた。
相当嬉しかったのだ。
だから出来る事なら教えたくない。
このまま八田が二度と姿を見せないでくれれば……。
外見が違えば六花は五馬だと気付かないはずだ。
五馬の見た目で出てこないでくれるだけで
それだけで六花はこれ以上傷付かずにすむ。
六花に気付かれずに討伐出来ればそれに越した事は無いのだが……。
放課後――
六花をマンションに送り届けた季武は、中央公園に入って隠形になると歌壇の低木の
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