第七章 罠と疑惑と ー前編ー
ふと、近くで異界の者の気配を感じた。
人口の増加に
討伐員は手当たり次第に草を
秋も大分深まっているから生えている草は
不意に足音が近付いてきた。
今は農繁期は過ぎたが採取出来るものも無くなったので普通の人間は来ない。
驚いた事に家畜ではない動物に餌を
大抵は子供だが。
馬鹿な人間は何度生まれ変わっても馬鹿なままらしい。
今日も自分に食べ物を持ってきたのだろうが討伐員が
気配を殺したまま影から様子を
討伐員が草に手を伸ばしたとき少女が駆けてきて、
「
と言って草を払った。
「何をする!」
「
「俺は平気だ」
討伐員は草に手を伸ばした。
少女が
「
「邪魔をするな!」
「お腹減ってるなら、
少女が袋から肉の欠片を出した。
「肉は食えない」
落葉樹ばかりの所で動物を食わずに
もう
「お肉じゃなければ
「ああ」
「なら、村に来れば有るよ」
どうやらこんな所で草を食っていたのは人間達と上手く
上の者も少し考えれば人に合わせられない者が
異界の者の愚かさには呆れるばかりだ。
「もう
討伐員は少女の言葉には耳を貸さずに黙って立ち去った。
そもそも
まぁ、どうせ
村での暮らしを
昼休み――。
六花は五馬と屋上に
「卜部君、鬼と戦ってるから休みなんだよね?」
「うん」
「今までは学校に来てたのにずっと休んでるのは
「今、鬼が沢山いるんだって」
「どう言う事?」
「理由は分からないけど鬼が増えたって」
「じゃあ、今日も戦ってるの?」
「多分」
六花は
「どこで戦ってるの? 綱さんも一緒?」
「さぁ?」
「ね、戦ってる所に差し入れ持っていってあげたら喜ぶんじゃない? 綱さんが一緒なら私も行きたい」
「どこに
行き先、聞いてなくて良かった。
五馬ちゃんに嘘
「そっか、残念。早く会いたいね」
五馬はそう言うと話題を変えた。
放課後――。
六花と五馬が図書準備室に向かっていると女子生徒の一人がぶつかってきた。
「きゃ!」
六花は思わずよろけた。
「大丈夫!?」
備品室の戸に手を付くのと五馬が六花を支えたのは同時だった。
その瞬間、悪寒がして慌てて数歩後ろに下がった。その拍子に五馬の手も離れる。
中に鬼が
そっとドアを開けて隙間から中を覗いたが何も
気のせいかな。
六花は首を
四天王はネットカフェに来ていた。
季武達に感知出来ないほど
そこでネットで情報を集める事にしたのだ。
四人が住んでるマンションにはパソコンが一台しかないし、スマホは画面上に表示出来る情報量が少ないのでネットカフェでそれぞれがSNSやニュースなどを調べていた。
不意に季武のスマホが振動した。
ポケットからスマホを出すと六花からだった。
スマホの時刻表示を見ると、もう放課後だ。
本来なら迎えに行っている時間だがうっかりしていた。
しかし
大した理由も無いのに掛けてくるはずがない。
季武はスマホを耳に当てた。
車が通り過ぎる音しか聞こえない。
「六花?」
と呼び掛けてみたが無言のまま切れた。
急いで掛け直したが繋がらない。
GPSで場所を調べてみると学校から少し離れたビルの裏手だった。
多少の誤差はあるだろうからビルの前の歩道に
だが校舎の外に
たった今掛けてきたのだから
着信音や振動に気付かないとは思えない。
GPSで表示されている辺りにはファーストフード店やコンビニなどは無いから
もし表示通りビルの裏に
二十年前、目の前で倒れた綾の姿が脳裏を
季武はネットカフェから飛び出した。
ビルの前に六花の姿は無かった。
建物の間を通って裏へ回る。
そこにも
不安が
もう一度GPSで調べようとしたとき背後で風を切る音がして
後ろに目をやると鬼が刀を振り下ろした所だった。
季武は着地と同時に地面を蹴ると上に跳んだ。
そのまま両側の壁を交互に蹴りながら屋上まで上がる。
羽の音がしたかと思うと茨木童子が上空から斬り掛かっていた。
後ろへ跳んで間一髪で
背負っていた弓を手に取ると茨木童子に矢を放った。
他の鬼達が次々に屋上に上ってくる。
季武は床を蹴って階段室の上に乗ると茨木童子に立て続けに矢を放った。
他の鬼達が階段室に飛び乗ってくる。
季武は茨木童子に矢を
その合間に他の鬼にも矢を放つ。
ビルからビルへ飛び移って他の鬼を
上空を飛び回って矢を
季武は茨木童子を集中攻撃して近付けないようにしながら建物から建物へと飛び移って古いビルの屋上へと移動し階段室の上に立った。
他の鬼達が季武を追い掛けてくる。
次々に季武の
ほとんどの鬼が屋上に集まった頃合いを見計らって弓を背中に戻すと
鬼達に背を向けると大太刀を思い切り振り下ろしてから真上に跳ぶ。
両断された
季武目掛けて突っ込んできた茨木童子の刀を大太刀で受けると互いに
屋上の鉄柵の
向かってくる茨木童子に狙いを定めて限界まで弓を引き
茨木童子は狙いが定まらないように上下左右に動きながら向かってくる。
見切った!
季武が矢を放つ。
茨木童子は咄嗟に
茨木童子がバランスを崩す。
立て続けに飛んで来る矢をかろうじて
季武はビルから飛び降りると、屋上から水に流されて落ちた鬼を残らず倒した。
火属性だったため大半の鬼は消えるか、残っていてもダメージを受けていたので簡単に
辺りに鬼の気配が無くなったのを確認すると、もう一度GPSで六花のスマホの位置を調べた。
やはりさっきと同じ所だ。
季武は再度GPSの
様々な
季武は六花のスマホに掛けてみた。
スマホの振動音が背後から聞こえてくる。
振り返るとビルの壁とその横に置かれた古いダンボール箱の隙間から
スマホを切ってダンボールを
スマホに手を伸ばしたとき画面に明かりが
六花のスマホに電話が掛かってきたのだ。
季武は六花のスマホを手に取った。
画面に「八田五馬」と表示されている。
季武は通話のアイコンを押した。
「あ、もしもし……」
「六花!」
季武が声を上げると六花も驚いたように、
「季武君!? なんで、季武君が私のスマホ持ってるの!?」
と言った。
「六花、今どこだ? どうして八田のスマホから掛けてきた?」
「学校だよ。スマホが見付からなくて探してたら、五馬ちゃんが着信音鳴らしたらってスマホ貸してくれたの」
「無事なんだな」
「うん……季武君、今、学校に来てるんじゃないよね?」
「六花は学校のどこだ?」
「教室だけど……」
「そこで待ってろ。今から行く」
季武は電話を切ると通話履歴を見た。
ついさっき季武に掛けた履歴が残っていた。
季武が教室に入っていくと六花と五馬が
季武は六花にスマホを手渡した。
「ありがと。どうやって見つけたの?」
「GPSで」
「あ、そっか。五馬ちゃんのスマホでGPS使わせてもらえば良かったんだ」
「他人のスマホじゃ出来ないぞ」
季武がGPSで探せたのは頼光と四天王は六花のスマホを探せるように設定してあったからだ。
「六花ちゃんのスマホ、どこで見付けたの?」
「近くの路地で」
「六花ちゃん、あの子がやったんじゃない? 階段から
「い、五馬ちゃん!」
六花が慌てて五馬を遮った。
「あ、あの、階段はホントに私が足を踏み外したから落ちたんだよ。スマホは……イタズラかもしれないけど、誰がやったのかまでは……」
「帰ろう」
季武は六花を遮って言った。
六花は五馬に礼を言って別れを告げると季武に
「今まで学校に
季武が六花に訊ねた。
「うん。あのね、スマ……」
「授業の後、
「うん」
「スマホが無い事に気付いたのは?」
「民話研究会が終わって、スマホ見ようとした時」
落ちていたのは学校の近くの路地だったし嫌がらせでクラスメイトが持ち出して捨てたと言う可能性はあるだろう。
階段から落ちたのは本当に足を滑らせたのだとしても、季武を怒らせないように六花が隠していただけで嫌がらせは続いていたのだ。
気付かなかったのは
イナは昔から争い事が嫌いで、特に季武が怒りそうな事は隠す傾向があった。
だが六花は最後の授業が終わると鞄からスマホを出してスカートのポケットに入れるのが習慣化していた。
習慣というのは無意識にやっている事が多いからまず忘れない。
私服ならポケットが付いてないとか小さくて入らなかったと言う事はあるだろうが制服のポケットは大きさも位置も変わらない。
中学生に
鞄から取り出すのを忘れた可能性が無いとは言えないが……。
しかし嫌がらせなら季武に電話しないだろう。
電話が掛かってこなければ季武が六花を探してあそこへ行く事は無かった。
茨木童子は明らかに待ち伏せしていた。季武が来ると分かっていたのだ。
茨木童子は中学生に変身する事が出来るが、小学生に化けた茨木童子に腕を掴まれたとき思わず払ってしまったと言うくらいだからポケットから抜き取れるほど近付かれたら鬼だと気付かなくても距離を取るだろう。
少なくとも気付かれずに
放課後より前に鞄から盗み出していたなら授業が終わってスカートのポケットに移そうとした時点でスマホが無いと気付いただろう。
何より盗んだ後、放課後まで待つ理由が無い。
「あの……何かあったの?」
六花に目をやると考え込んでいる季武を心配そうに見ていた。
「たまたま近くまで来たからどこに居るのかと思ってGPSを使っただけだ」
「そう」
六花は納得したような表情を浮かべたが瞳が心配そうに揺れていた。
季武は内心で溜息を
昔からイナを完全に
いつも気付いていても季武が黙っている限り騙されてる振りをしてくれていた。
多分バレてるんだろうとは思っても気付かない振りをしてくれてるのに甘えていた。
そう言えばイナとは喧嘩した事が無いな。
綱達が恋人と派手に喧嘩するのは隠し事をすると彼女達が怒るからだろうか。
「あの、季武君?」
「ん?」
「綱さんが五馬ちゃんに話さないなら季武君達がどこにいるのか私にも言わないでくれる? 五馬ちゃんに聞かれたとき嘘
「分かった」
二人はスーパーで夕食の材料を買うと四天王のマンションへ向かった。
キッチンに荷物を置くと季武はネットカフェに戻っていった。
季武はLINEで他の三人を自分の部屋に集めた。
「どうした?」
金時が訊ねた。
季武は三人に
「茨木童子が待ち伏せてた!?」
「スマホをポケットに入れるのが習慣化してたってのは季武が言うなら間違いないだろうな」
季武はイナにべったりなだけではなく、常に見ているから習慣などは本人以上に熟知している。
「けど、六花ちゃんは人に化けた鬼が近付いてきたら気付くだろ。茨木童子が化けた
「そう思うが……綱も橋姫と一緒に馬に乗っても気付かなかったしな」
「橋姫に気付かなかったのは美女に化けてたからじゃね?」
金時の言葉に貞光が同意するように
綱がムッとした顔で二人を睨んだ。
季武は六花が鞄を隠された時の事も話した。
「多分、あの後も嫌がらせは続いてたんだと思う。俺が怒るから隠してただけで」
貞光達は密かに視線を交わした。
「六花ちゃん、良く忘れ物すっか?」
「この前話しただろ。教科書……」
「その
「無い……」
不意に季武が考え込んだ。
「どうした?」
「俺があの中学に行くようになってしばらくしてから六花がロッカーに鍵を取り付けたんだ。鍵を掛けてる生徒はほとんど
「盗られたら困るもの入れてんだろうな」
「なら教科書も忘れたんじゃなくて……」
「
「そうなると
ただ、それだと茨木童子が待ち伏せていた理由の説明が付かない。
「イナちゃん、争い事が嫌いだからな。お陰でこっちは喧嘩したとき取りなしてもらえて助かってたけど」
「でも普通の中学生がポケットからスマホを
「制服のスカートのポケットは意外と深いからそう簡単には落ちないしな」
「鬼が生徒の誰かを
金時の言葉に季武がハッとした表情をした。
鬼以外……。
「季武、思い当たる事でも有るのか?」
「ちょっと待ってくれ……」
季武はスマホを出すと六花にビデオ電話を掛けた。
「季武君、どうしたの?」
六花の背後に四天王のマンションのキッチンが写っている。
まだ料理中なのだろう。
「六花、最近何か変わった事は無かったか?」
「この前言ってた変な事なら特に……」
「何かに襲われたりは?」
六花が口を
「鬼を探す
季武が重ねて聞く。
「
やはり鵺か……。
しかし――。
「
「多分どこかに連れてこうとしたんだと思う。肩を
「ミケ?」
「うん、季武君がミケって呼んでたのと同じ子だと思う」
「ミケは鵺を倒した後どうした?」
「えっと、始めはその場で食べてた」
「始めは?」
「うん、食べてる途中で急に私に
「
「そうじゃないの!」
六花が慌てて否定する。
「注意してくれたの! 多分……」
「注意?」
「うん、喰べてる最中に突然上を見て……それから唸り始めたの。きっと、まだ他にもいるから早く帰るように注意してくれたんだと思う。私が駆け出したら鵺を
「……そうか。六花、そう言う事はちゃんと話してくれ」
「ごめんなさい」
六花が謝ると季武は通話を切った。
「六花ちゃんが狙われてるって事か?」
「六花ちゃんじゃないだろ。スマホが落ちてた場所で茨木童子が待ち伏せしてたんだし」
「六花ちゃんを人質にしたかったがミケが邪魔して失敗したから
「今まで
「鬼の
「これだけ時間掛けて
「土曜に来てもらえば
「土曜まで日が有るし、その間に被害が出たら
金時はそう言って頼光に連絡した。
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