第六章 計略と罠と ー中編ー

 六花と五馬が歩道橋の近くに行くと露店が出ているのが見えた。


「やった! 良かったね、六花ちゃん。一緒に買おうよ」

「え? 私はいよ」

 六花は手を振った。


「なんで? そりゃ、わたしだって本気にしてる訳じゃないけど、でも願い事しても損はしないでしょ」

「そうだけど……」


 貞光さん達にそう言うの買っちゃダメって言われてるし。


 ただでさえ「またか~」なんて言われてるのだ。


 例え三百円でも買って「やっぱりね~」なんて笑われたら恥ずかしいし……。


 何より今は体操服を買うお金を貯めなければならない。


「これ、石だから壊される心配もないよ」

「うん……」

「わたし、六花ちゃんとお揃いの物が欲しかったんだけど迷惑だった?」

「そんな事ないよ」

 六花は慌てて否定した。


 六花も五馬とお揃いのキーホルダーは欲しい。

 自分には縁が無いものと思ってあきらめてたが本当ホントは友達とお揃いの物に憧れていた。

 だからそれを他ならぬ五馬がくれた時はすごく嬉しかった。


「あ、もしかして、お金が足りないの? それな……」

「よっしゃ! 特別に二個で三百円にしてあげるよ!」

 店番をしている男が言った。

本当ホント!? 六花ちゃん、如何どうする?」

 六花が買えば五馬は半額で買える事になる。

 最初から買う気だった五馬にとっては得になるのだ。


 願い事の為じゃなくて、友達とお揃いのキーホルダーを買う為なら騙された訳じゃないから貞光さん達に笑われたりしないよね。


「ホントにいんですか?」

 六花が男に訊ねた。

「いいよいいよ、帰りの電車賃が足りなくてさぁ。このままだと歩いて帰らなきゃいけないんだよね」

「そう言う事なら……」

 百五十円ならバスを使う場所へのお使いを頼まれたとき片道を徒歩にして交通費を浮かせればなんとかなる。

 六花と五馬は一緒にキーホルダーを選び始めた。


 六花が部屋に入っていくと、シマは珍しくベッドの上に座った姿勢でこちらをジッと見ていた。


「シマ! これ見て!」

 六花はポケットからキーホルダーを取り出した。

「これ、五馬ちゃんとお揃いなんだよ」

 六花はシマの隣に座ってキーホルダーを見せた。

 シマの目はゆらゆらと揺れ動くキーホルダーの石を追っていた。


「願い事が叶うんだって! ホントかな?」

 六花はシマに訊ねた。

 シマは黙って六花を見上げた。


 六花は嬉しそうな表情で、

「実はもうお願いすること決めてあるんだ」

 と言って石を握り締めた。

 シマはそれを見ると丸くなって寝てしまった。


 夜――。


 土蜘蛛達は車座になってそれぞれが捕まえてきた人間を喰っていた。


「例の物は?」

「あの娘の手に渡った」

卜部あいつ、鬼になったあの娘を見たらどんな顔をするかな」

 土蜘蛛達はそう言ってほくそ笑んでいた。


 翌朝――。


 土蜘蛛達は遠くから六花のマンションの入り口を見物していた。

 自分の恋人が鬼になったと知った季武の顔を見てやろうと集まっていたのだ。


「まさか……」

 土蜘蛛が信じられないと言うように呟いた。

 六花は人間のままだった。


「あの娘はかなり参ってるように見えた」

 季武に気付かれないようにしながら六花を見張っていた土蜘蛛が言った。


 そばに季武や友達がる時はいつも通りの笑顔を浮かべていたが一人になると思い詰めた表情をしていた。


 だから頃合いだと思って太田に露店の話をするよう暗示を掛けたのだ。

 あのキーホルダーに付いている石には念が込められていた。

 他人の不幸を願えば呪いが跳ね返って鬼になるはずだった。


「まだ願ってないんじゃ……」

「いや、呪力が消えてる。呪い以外の事を願ったんだ」

 メナが言った。

「別の手を考えるしかない」

 土蜘蛛達は落胆して散っていった。


 放課後――。


 夕食を作り終えた六花は季武に送られて自分のマンションへ向かっていた。


「最近いつも綱さんだけないね。特殊な任務?」

 昔からだが、伝説では綱が一人で鬼退治をする話が多いせいかイナもそう言う事が良くあると思い込んでいる。

 実際は伝説として残るような大物を一人で相手にする事はまず無いのだが。


「デートだ」

「えっ! 彼女が出来たの!? 彼女を作れないように男子校から転校させてもらえなかったのに……」

「お前が紹介したんだろ」

「五馬ちゃん?」

 季武が頷いた。


 いくら恋人の生まれ変わりとは言え、もう毎日のようにデートしてるなんて……。

 綱さんってホントに手が早いんだ……。


 中央公園の入口に差し掛かった時、

「少し休んでいかないか?」

 季武が言った。


「うん!」

 季武は六花をともなって公園に入った。

 とにかく急いで告白しろとせっつかれていた。


「六花ちゃんが可哀想だろ」

 と言われると六花を傷付けたくない季武としては早く言わない訳にはいかない。


「好きだ」「付き合って欲しい」だけなら絶対傷付いたりしないとのお墨付きも貰っている。

 もし泣いたとしてもそれはうれし泣きだから心配いらないとも。

 それだけ言って承諾してもらえばそれでいから早くしろと他の三人から迫られていた。


 今も玄関を出る時、貞光と金時が睨んでいたから言ってしまおうと思って中央公園に誘ったのだ。


 自動販売機に向かおうとした時、不意に鬼の気配が湧いた。


「六花!」

 咄嗟とっさに六花をかかえて前にぶ。

 背後で空を切る音が聞こえた。


 後ろに視線を向けると鬼がる。

 鬼が横に払った斧を間一髪でかわしたのだ。


 三メートルは優に超える大鬼だ。

 枯れ木のような肌に赤い目が光っている。


 鬼が斧が振り上げてこちらに向かってきた。


 季武は六花を抱えて横に跳ぶ。

 斧が季武達のた場所に振り下ろされる。


 別の鬼が刀を構えて突っ込んできた。

 六花を抱えたまま更に後ろに跳んでける。


 周囲を鬼に取り囲まれていた。

 みな同じ見た目をしている。近くで鬼の核を割った者がいるのだ。


 もく属性か。


 しかしごん属性の物は近くに無い。


 季武が地面を掴むと三メートル近い長さの槍が現れた。

 槍を片手に六花と鬼の間に立つ。


 ポケットからスマホを出すと前を向いたまま後方の六花へ投げた。

 六花がスマホを両手で受け止める。


「出来る限り姿勢を低くしてろ!」

 その言葉に六花は地面に伏せた。


 季武は鬼に向かって槍を横に振った。

 槍穂やりほねられた首が飛ぶと同時に鬼が消える。


 六花は地面に伏せたままスマホの電話帳を開いた。


 頼光様は異界むこうだよね。


 異界にスマホの電波が届くか、あるいは人間界こちらに来てるか試している暇は無い。

 六花は一番上にあった金時に掛けたがいつまでも出なかった。


 季武は長大な槍を振り回して鬼を近付けないようにしながら戦っていた。

 軽々と振り回しているように見えるがあれだけ長いと重さもかなりある。

 それを勢いよく叩き付けられたら衝撃は相当なものだ。


 大きな鬼達が次々とね飛されていく。

 地面に倒れた鬼はすぐには動けないほどのダメージを受けている。

 季武は鬼を側に寄せ付けないようにしながら隙を見ては槍穂で倒れている鬼にとどめを刺していた。

 鬼の数が少しずつ減っていく。


 金時さんが出られないなら貞光さん……。


 貞光は通話に出た。


「貞光さん! 季武君が鬼に襲われてて……」

「すまん! 綱が茨木童子に襲われてっから掩護えんごに行く途中なんだ」

 そう言って通話は切れた。


 なら綱さんに掛けてもダメだよね。


「季武君! 綱さんが茨木童子に襲われてるんだって!」

「綱の場所、調べてくれ! GPS、使えるか?」

「うん!」

 季武は背後から襲ってきた鬼に柄を素早く手繰たぐって後ろに突き出した。

 槍柄やりえの後部に付いている石突いしづきで突かれた鬼が吹っ飛ぶ。


 六花はスマホのGPSで綱の居場所を検索した。

 検索中の文字が表示される。


 早く早く!


 六花は季武とスマホを交互に見ながら表示されるのを待った。


 出た!


「綱さんは新宿御苑!」

「分かった」

 季武が左斜め前に鬼の胸を槍穂で突き刺した。

 その隙をくように後ろに回り込んでいた鬼が六花に飛び掛かった。

「六花!」


 間に合わない!


 その時、季武の横を黒い影が駆け抜けた。

 黒い影は鬼に飛び付き首をひねった。

 鬼が倒れる。


「あ……!」

 六花が「この前の」と言う前に、

「ミケ!」

 季武が大声を上げた。


 ミケと呼ばれた動物は季武を見ると、自分より遙かに大きな鬼をくわえて逃げていった。

 離れた所にた三体の鬼が逃げ出す。


 季武は槍を手放して弓に持ち替えると矢を立て続けに放って鬼を倒した。

 もう立っている鬼はない。


 季武は弓から太刀に持ち替えると、倒れている鬼達にとどめを刺してまわり始めた。

 鬼が次々に消えていく。

 季武は慎重に辺りの気配を探って他にない事を確認した。


「帰るぞ」

 季武は六花に声を掛けた。

「え、綱さんの所へは……」

「お前を送ってから行く。鬼が出るかもしれない場所に置いていく訳にはいかない」

 六花は頷くと急いで季武にいて歩き始めた。


 六花のマンションの前に着くと季武が、

「部屋まで送っていけなくてまん」

 と謝った。


「大丈夫。早く綱さんの所に行ってあげて」

 六花がそう言うと季武は地面をった。

 真っ直ぐ飛んでマンションの屋上へ降り立つ。


 そこから別のビルの屋上に飛び移った。


 ビルの上を飛んでいくんだ……。


 それなら迂回の必要が無い。

 季武を見送った六花はマンションに入った。


「大江山ではよくもやってくれたな!」

 茨木童子がえた。

「昔の借り、返させてもらおう!」

幾度いくどでも成敗せいばいしてろうぞ!」

 綱も怒鳴り返した。


 綱は大鎧姿で手には髭切ひげきり太刀たちが握られていた。


「ほざけ!」

 茨木童子が正面から刀を脇腹に付けて突っ込んできた。

 別の鬼が綱の左後ろから刀を振りかざして駆け寄ってくる。

 周囲にはたけが三、四メートルの鬼達がた。


 どの鬼も綱に斬り掛かる隙をうかがっている。


 綱は大きく後ろに跳んだ。

 周りを囲んでいた鬼達の後ろに立つと背後から斬り付けた。

 鬼が真っ二つになって消えた。


 別の鬼が斬り掛かってくる。

 それを斬り上げるとその鬼もちりになって消滅した。

 そのまま髭切を横に払う。別の鬼が消える。


 後ろから鬼が斬り掛かってきた。

 綱は斜め前に跳んだ。


 そこに茨木童子が他の鬼を蹴散けちらしながら突っ込んできた。

 綱が茨木童子の振り下ろした刀を髭切で受ける。


 視界の隅に斜めに斬り込んでくる鬼が見えた。


 くそ!


 綱が舌打ちしたとき斬り込んできた鬼に矢が突き刺さった。鬼が消える。


「季武!」

 季武は樹の上から立て続けに矢を放った。

 鬼が次々と消滅していく。


 別の方向から鬼の咆哮ほうこうが聞こえた。

 大太刀のやいばが鬼を切り裂いたのだ。


「貞光!」

 綱が茨木童子と鍔迫つばぜり合いをしながら叫んだ。

 横から綱に斬り掛かろうとしていた別の鬼が後ろに跳んだ。

 まさかりが空を切った。


「金時、見参!」

 金時がまさかりかついでポーズを取った。

「遅いぞ!」

 綱が言った。


「しょうがないだろ! 途中で鬼と出会でくわしたんだ」

 金時はそう言いながら鬼に鉞を振り下ろした。

 鬼が横に跳んでけた。

 そこに矢が飛んできて更に横に跳んだ。


 貞光と金時は次々に鬼を斬り殺していった。

 綱は茨木童子と斬り結んでいた。

 季武が三人の死角から仕掛けようとする鬼を次々と射貫いていく。


 とうとう茨木童子だけになった。


「今日こそ異界むこうに送り返してやる!」

 綱が言った。

「核にしてな!」

 金時が鉞を振りかぶった。


 そのとき土煙が辺りに立ち込めた。


 綱達が咄嗟に煙の外に跳んだ。

 煙が収まると茨木童子はなくなっていた。


「くそ! 逃がしたか!」

 金時が悔しそうに言った。

「五馬ちゃん、大丈夫?」

 綱が太い樹に駆け寄る。


 季武は驚いて綱が走って行く方に目を向けた。


 八田がたのか!?


 気付かなかった。

 季武達は人間を巻き込まないよう常に人の気配に注意を払っている。

 いくら相手が茨木童子でも戦いに意識を取られて気付かない事は有り得ない。

 鬼退治は人間を襲わせないためなのだから巻き添えにしてしまったら本末転倒だ。


「お前ら、有難ありがとな。じゃ、俺、デートの続きするから」

「そこは茨木童子を捜すとこだろ!」

 季武が突っ込んだ。

 とは言え季武も六花が無事か気になった。


「貞光、頼光様への連絡を頼む」

 季武はそう言い残すと六花の家に向かった。


 六花のマンションの前で気配を探ると六花がるのが分かった。

 六花が無事だったので季武はそのまま茨木童子捜索に向かう事にした。

 きびすを返し掛けて六花が心配してるかもしれないと気付いてLINEで無事を伝えた。


 翌日の昼休み――。


 季武は茨木童子捜索の為に休みだった。


 六花は弁当を食べに屋上へ行こうと席を立った。


 ロッカーに鞄を仕舞しまっていると五馬がやってきた。

 手にランチクロスを持っている。


「六花ちゃん。お昼、一緒に食べない?」

「うん。じゃあ、屋上行こ」

 二人は並んで屋上へ向かった。


 屋上に出ると六花は五馬の隣に座ってランチボックスを開けた。


「ね、六花ちゃん、キーホルダーにお願いした?」

「うん」

「何をお願いしたか聞いてもい?」

「季武君達がケガしませんようにって」


 あと「五馬ちゃんといつまでも仲良しでいられますように」ってお願いしちゃったけど、そんなの聞いたら重すぎて引くよね。


「それ、鬼と関係あるの?」

 五馬が訊ねた。

「え?」


 そうだって言っていのかな?

 この前、季武君達が蜘蛛と戦ってるの五馬ちゃんが見てたなら鬼と戦ってるって答えても大丈夫だろうけど……。


「昨日、綱さんとデートしてたら鬼が襲ってきたの」

「えっ! ホント!?」


 やっぱり五馬ちゃんとデートしてたんだ。

 それに鬼とかも見えるんだ。


 この前の蜘蛛が見えていたようだからそうではないかとは思っていたが。


「うん、新宿御苑にたら急に鬼が襲ってきて、そしたら綱さんが戦い始めたの」

「だ、大丈夫だった? ケガは?」

「綱さんが守ってくれたから、わたしはなんともないよ」

「良かった。怖かったでしょ」


 綱さんを襲った鬼って茨木童子だし。


「すごく怖かった。怪我ケガをしないようにお願いしたのって、卜部君も鬼と戦ってるから?」

「うん」

 綱が鬼と戦っている所を見たならその部分は肯定しても問題ないだろうと判断して頷いた。


「もしかして、鬼と戦う為に学校休んでるの?」

「多分。鬼の事、なんて言ってた?」

 六花は訊ねた。


 季武が他の三人は恋人にも人間ではない事は打ち明けないと言っていた。

 綱も黙っているつもりなら六花が話してしまう訳にはいかない。

 どこまで話していのか確認する必要がある。


「鬼に狙われてるから倒してるって。それだけ。六花ちゃんは?」

「私もおんなじ。鬼から助けてもらったのが知り合ったきっかけだから」

 綱は話していないらしい。

 それならこれ以上は言わない方が良さそうだ。


「ね、六花ちゃん、綱さんの事、卜部君から何か聞いてる? わたし、綱さんの事、色々知りたいの」

「えっと、あんまり……。男子校に通ってるって事くらいかな」


 人間じゃない事とか言ってないなら昔の話をする訳にはいかないよね。


 そうなると六花に話せる事はほとんど無い。


 放課後――。


 六花は玄関に向かうため階段を降りていた。

 下から石川が上がってくる。

 六花は目を伏せた。


「六花ちゃん」

 五馬の声に顔を上げると手を振っていた。

 待っててくれたのだろう。


「五馬ちゃん」

 石川とれ違って五馬に微笑み掛けたとき何かが背中にぶつかった。

「きゃ!」

 六花が階段から足を踏み外す。


 次の瞬間、床に叩き付けられていた。


「六花ちゃん!」

 五馬が駆け寄ってきた。

「大丈夫!?」

 衝撃ですぐには動けなかった。

 五馬に手を借りてなんとか上半身を起こした。


「っつ……」

 六花が肩の痛みに顔をしかめる。

「保健室行こ。怪我ケガしてるかもしれないし」

「平気……痛っ!」


 五馬に支えられて立ち上がろうとすると右足に痛みが走った。

 どうやら足首をひねったらしい。

 六花は五馬の助けを借りて保健室へ向かった。


「ね、今の、あの子が押したんでしょ」

 五馬が階段の方を振り返りながら言った。

「違うよ。私が足を踏み外しただけ」

本当ホントに? あの子の仕返しが怖いからとかじゃなく?」

「そうじゃないよ」


「でも色々されてるでしょ。なんでやり返さないの?」

 五馬が訊ねた。

「やり返したらやり返されるよ。そんなこと繰り返してたら、いつまでも終わらないよ」

「悔しくないの? 頭にこない?」


「そりゃ、悔しいし悲しいけど喧嘩する方が嫌だよ。喧嘩しても嫌な気持ちになるだけだし」

 五馬がなんとも言えない表情を浮かべて六花を見ていた。


 保健室の先生に見てもらうと足首は軽くひねっただけだと言われた。

 後は肩の打ち身だった。


「どっちも二、三日で治ると思うわよ」

「ありがとうございます」

 包帯をきつく巻いてもらうとなんとか一人で歩けるようになった。


「大した事なくて良かったね」

 五馬が言った。

「ありがとう、五馬ちゃん。この事、綱さんに言わないでね。季武君が知ったら心配するから」

「あ、ごめん、もう連絡しちゃった」


「え!」

 六花が声を上げるのと、

「六花!」

 季武が保健室に飛び込んでくるのは同時だった。


「季武君」

「歩いて大丈夫なのか? 病院へは……」

「大した事ないよ」

 六花は慌てて言った。


「六花ちゃん、ごめんね」

「気にしないで」

「それじゃ、また明日ね」

「うん、ありがと」

 六花は五馬に手を振った。


 六花は保健の先生にも礼を言ってお辞儀じぎをすると保健室を出た。


「今日はまっすぐ家に……」

「ホントに平気だよ」

 六花は季武の言葉を遮った。


「今日の夕食の為の下拵したごしらえ、冷蔵庫に入れてあるの。明日まで置いておいたらダメになっちゃうよ。食材捨てる事になったら頼光様に無駄遣い、叱られちゃうんじゃない?」

 六花がそう言うと季武は一瞬、言葉にまった。


 そして、

本当ホントに足は大丈夫なんだな」

 と念を押してから四天王のマンションへ向かった。


「ね、綱さん、五馬ちゃんに話さないの?」

 六花が季武に訊ねた。

渡辺綱わたなべのつな本人だって事なら話さないだろうな」

「五馬ちゃんは信じてくれるよ。鬼退治の話とか、きっと喜んでくれるよ」


「いくら民話が好きだからって鬼がるなんて普通信じないぞ」

「昨日、茨木童子と戦った時、五馬ちゃんも一緒だったんでしょ」

「ああ」

「綱さんが鬼と戦ってたっ……」

「鬼が見えたのか!?」

 季武が六花の言葉をさえぎった。


「う、うん」

 六花が季武の勢いに気圧けおされたように頷いた。

 そう言えば六花が土蜘蛛に襲われたとき五馬は「危ない!」と叫んでいた。


 五馬には土蜘蛛が見えていたのだ。

 やはり何かが引っ掛かる。

 だがそれがなんなのかどうしても分からなかった。


 夜――。


 土蜘蛛達が集まっていた。

 サチやメナもいる。


「仲間になってくれそうな奴は見付からないのか?」

 サチの問いに皆が首を振る。

「もう少し仲間が多ければ乗ってきそうな奴は何人かるが今の所たった四人だからな」

「なら増やそう」

 土蜘蛛の一人が言った。


「どうやって」

異界むこうから連れてくればい」

「呼んだところで頼光四天王あいつらる所なんか……」


異界むこうの連中はこっちの地理を知らないんだ。やつらの任地だと言う事は黙ってればい」

 土蜘蛛達が顔を見合わせた。


「こっちでうま人間ものをたらふく喰わせてから討伐員がなくなれば食べ放題になると言うんだ」

「確かに黙ってれば分からないだろうな」

 メナが言った。


「人間の味を教えてやるんだ。他のものが喰えなくなるように」

「そうなっちまえばこっちのもんだな」

「一気に襲い掛かった方がい。その為にも呼び寄せてからしばらくは人間を喰わせながらどこかに隠れさせておこう」

 土蜘蛛達は異界の者を連れてくる者と隠れ家を用意する者の二手に分かれた。

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