第六章 計略と罠と ー前編ー
人間達は相変わらず狩猟採集が中心だった。
森の中で少女が落ちている木の実を拾っては
ドングリを掴んだ少女が
目が合うと少女は微笑み掛けてきた。
少女は目の前に来てしゃがむとドングリを差し出した。
「食べる?」
信じられない思いで少女を見上げた。
「あ、木の実は食べられないのかな」
牙を見て肉食動物だと思った
だが差し出されたドングリを食べると少女は嬉しそうに
「もっと食べる?」
飼い慣らした所で役に立たない動物に食料を与えるなんて
「あ……」
少女は肩を落とすと木の実を籠に戻した。
翌日も少女は木の実を拾いに来ていた。
「あ、昨日の子だよね」
少女は
「お肉、取っておいたの」
村で飼っている犬にでも
呆れつつも少女の
ふと以前の少女を思い出した。
そう言えば
馬鹿な人間は何度生まれ変わっても馬鹿なままらしい。
けれど自分を抱き上げた腕はとても柔らかくて温かかった。
人間には食い物だけではなく、何かを抱き
少なくとも
子供が出来たからもう会いには来ないだろうと思っていたが予想は外れ、良く肉を持っては会いにきた。
年月が経ち、徐々に会いに来る間隔が
年老いて自由に歩き回れなくなったのだ。
一目で長くないのは分かった。
覗き込んだ自分に気付くと、人間の顔の筋肉が
自分が差し出されたものを食べた時の、
もう表情を変える力さえ残ってないのだ。
明日の朝まで
村から出た所で討伐員が立ちはだかった。
「
休み時間――。
六花が一人で廊下を歩いているとクラスの女子が向かいから歩いてきた。
周囲から笑い声が上がる。
「やだ、みっともな~い」
「どんくさ~い」
「ホントホント」
石川の言葉に同調する言葉が続く。
六花は恥ずかしさを
夜――。
貞光は異界と人間界との次元の境に空いた穴を
「終わったぞ」
と言った。
「こっちは特に異常ないな」
スマホから金時の声が聞こえてきた。
「そろそろ引き上げるか」
「そうだな」
貞光と季武は一緒に歩き始めた。
「季武」
スマホから綱の声が聞こえた。
「なんだ」
「お前、まだ六花ちゃんに告白してないって?」
「え!?
「嘘だろ!」
「六花にはしてない」
「六花ちゃんにはじゃねぇだろ! 人間には前世の記憶が
「付き合ってないのに毎日弁当作らせてたのかよ!」
「弁当だけじゃないぞ。俺達の食事も作ってもらってんだぞ」
綱が言った。
「何か
「六花ちゃんの恋心を利用して
「恋心って……六花も俺を好きなら問題ないだろ」
「六花ちゃんは好かれてると思ってないのが問題なんじゃん!」
綱が大声で叱り付けた。
「え、六花ちゃん、季武の気持ち知らないのか?」
「あんだけベタベタしててそれはねぇだろ」
「五馬ちゃんが、六花ちゃんに付き合ってるか聞いたらはっきり否定したって」
「両想いなら別に……」
「両想いじゃねぇだろ!」
「告白してないなら付き合ってないって事だろ!」
「六花ちゃん、今フリーって事じゃん。他の男に告白された時、そいつ選んでも文句言えないんだぞ」
綱の言葉に季武が息を飲む。
「好意的な気持ちははっきり口に出せっていつも言ってるじゃん!」
「お前はイナちゃんに甘え過ぎだ!」
「なんで毎回そうなんだよ! いい加減覚えろ!」
三人から集中砲火を浴びた季武が黙り込んだ。
異界の者に
だから「好きだ」と言うのが恥ずかしい訳ではない。
言うのは簡単だ。
問題はそれ以外の言葉だ。
六花に訊かれた質問に答えるのは簡単なのだが自発的に言う場合、人間を傷付けてしまう言葉とそうではない言葉の区別が付かない。
同じ言葉でも状況などで傷付くかどうかが変わるとなると
イナ以外の人間なら傷付いたところでなんとも思わないが、そもそも季武は他の人間とは話さない。
イナを悲しませたくないが、どんな言葉で傷付くのかが分からない。
それでつい口が重くなる。
イナは昔の話が好きだから質問に答えてやると喜ぶ。
それでいつも昔話ばかりしていた。
黙り込んでしまった季武に金時達は溜息を
授業中――。
六花は体育の授業で体育館に
女子はバレーボールだった。
男子は校庭で陸上競技だ。
突然勢い
「きゃ!」
六花がよろめく。
周囲から悪意のある
季武が見てないので石川達は教師の注意を引かないように失敗を
ようやく授業が終わった時には六花は
それで油断した。
後ろから体操服が引っ張られたかと思うと布が裂ける音がした。
振り返ると石川の取り巻きが逃げていく所だった。
背中に風が当たる感触がして手を回すと体操服が破れている。
押さえた手と背中に肌の感触が伝わる。
肌が見えてる!
恥ずかしくて背中を手で押さえたまま駆け出した。
更衣室に飛び込むと急いで制服を取り出して着替えた。
破けた体操服をロッカーに入れると溜息を
男子とは違う場所だったんだから休めば良かった。
六花は授業に出た事を後悔した。
体操服は一月分の小遣いでは買えない。
体操服が買える金が貯まるまで体育を休んでいたら季武が心配するだろう。
お母さんに頼んでお年玉下ろしてもらうしかないかな?
でも、なんて言おう……。
数千円程度ならお小遣いを貯めなさいって言われたらどうしよう。
六花はロッカーの前で途方に暮れていた。
「どうした? 大丈夫か?」
季武の声に我に返った。
「なんでもないよ。体育、苦手だから終わってホッとしただけ」
「そうか」
季武は頷いた。
季武に気付かれないように出来る事は限られているとは言え
廊下の角を曲がろうとした六花は自分の名前が聞こえた気がして立ち止まった。
「……仲良くしてると殺されちゃうよ」
そっと角から
「六花ちゃん、人を殺した事が有るの? それなら
「証拠が無いからだよ。死体が出てきた事は無いの」
「死体が無いって……それじゃ、
「保育園の子が家出なんかする訳ないでしょ。あの子と同じ保育園に行ってた子に聞いたの。保育園で時々子供が消えたんだけど、
五馬が石川の話を聞きながら、ふと窓を見ると六花が廊下の曲がり角に隠れてるのが映っていた。
自分の話だと気付いて立ち聞きしているのだろう。
「……それ、六花ちゃんも保育園の時?」
「そうだよ」
「その後は? 小学校とか中学とかで誰か
「え……」
石川は一瞬、
「ある。あるよ、何度も。あの子と話した子が何人も
と早口で
嘘だ。
五馬は黙って石川を見付めた。
保育園の話は「消える前後に『鬼だ』と言った」「三年間に五人」と具体的だった。
それが小学校入学後から「六花と話した」に変わっている。
人数も言わなかった。
この中学に六花が入学してから行方不明者が出ていれば同じ学年に在籍してる者なら人数を覚えていないのはおかしい。
六花の噂が有名だとしたら行方不明者は印象に残るはずだから人数が分からない訳がない。
特に民話研究会の子達はそう言う話には敏感だ。
本当に行方不明者が
六花のせいだとは言わなくても「行方不明は神隠しではないか」くらいの話はするはずだ。
だが六花が入学して以来行方不明者が出たなどと言う話は聞いてない。
行方不明者など
訊かれるとは思っていなかったから話を作ってなかったのだ。
それで具体的な事を言えなかった。
「わたし、民話研究会に入ってるけど、それでも保育園児が言った話を
「殺されてから後悔しても遅いんだからね」
石川はそう捨て台詞を吐くと去っていった。
綱が言っていた、季武が来る前から仲間外れにされていたと言うのはこれだ。
行方不明者が出る度に「鬼のせいだ」と言ってるのを気味悪がられたのだ。
小学校に入ってからは言ってないのだろうが、幼い頃の話が
もう一度窓に目を向けると六花は
六花は肩を落として教室に向かっていた。
五馬はああ言ってくれたが六花と仲良くし続けたら彼女までイジメられてしまうかもしれない。
あんな風に言ってくれるからこそ迷惑かけたくないし……。
もう話さない方が
民話研究会でなら話しても石川達に見られる心配は無いだろうが、今は毎日四天王の食事を作りに行ってるから出席していない。
だから退会しようかと考えていた。
もし退会したら季武以外の話し相手は五馬だけだ。
その五馬とも話が出来なくなるなんて考えただけで
六花は深い溜息を
金曜日の昼休み――。
「六花、明日、頼光様が来るんだが……」
弁当を食べ終わると季武が言った。
「あ、じゃあ、明日は行かな……」
「いや、頼光様の分も頼みたい」
「え!? 私、貴族が食べるようなお料理なんて作れないよ」
六花が慌てた様子で言った。
「いつもと同じで
「そんな訳には……」
「確かに貴族の頃は
「でも……」
「今あの頃の
「そうなの?」
「カレー粉もトマトも無かった時代だからな。昭和の頃は普通にカレーやハンバーグ食ってたし」
平安時代の人がカレーやハンバーグ……。
「昭和の頃、
「いや、
「そうなんだ」
取りあえず庶民の料理で大丈夫らしい。
ここ数日、石川達のイジメで精神的に参っているから頼光に会えれば大分持ち直せるだろう。
六花は季武に頼光の好きなものを聞きながらメモを取った。
土曜日――。
六花が四天王のマンションへ行くと既に頼光が来ていた。
「頼光様、夕食の時に
「作ってもらうだけじゃ悪いからさ、早めにいらしていただいたんだ」
「昔の話、色々聞きたいだろ」
金時と季武が言った。
「そんな事の為にですか!? 私は別に……」
「いや、話くらいでは足りないほど世話になってるからな」
「
「気にしなくて
と言った綱を頼光が横目で睨み付けた。
綱が慌てて目を
どうやらキッチンにいるのは料理中に話が出来るようにと言う配慮らしい。
緊張して失敗しないと
六花はそう思いながら冷蔵庫のドアを開けた。
今から作る牛すじの煮込みには使わないキャベツが三玉も入っていた。
「このキャベツ、何に使うんですか?」
「千切りの練習しようと思って。使って
「なら、まずお昼ご飯作りますね」
六花はキャベツ二玉をそれぞれ四つに切るとキャベツと豚肉を焼いて醤油を
一皿に四等分したキャベツを二つずつと焼いた豚肉を載せて出した。
五人が食べてる間に
全員が食べ終えると金時が食器を持ってきて洗い始めた。
「金時さん、私が後で……」
「今時家事を全部女性にやらせるとか無いよ。それより頼光様に話聞いたら?」
六花が頼光に目を向けると構わないと言うように頷いた。
「
「いや、人間だ」
「仲が良かったんですか?」
「まぁ、そう言えるかもしれんな」
「大江匡衡も何か伝説になってんの?」
「匡衡さんの手紙、頼光様の事べた褒めだったので……」
「手紙が残ってるのか?」
頼光が意外そうに言った。
「手紙そのものが残ってるかは分かりませんけど、昔の資料をデータベース化したものがあって文章だけはパソコンで見られるんです」
「わざわざ検索して見付け出して読んだんだ……」
綱が呟いた。
六花は赤くなって俯いた。
季武に送られて家へ帰る途中、
「明日から民話研究会のある日は食事、作りに来なくて
と言われた。
「え……?」
もしかして毎日通うのは迷惑だったのだろうかと
「夜の見回り前の打合せや頼光様への連絡はその日にするから」
と言う答えが返ってきたので安心した。
「そう言う事なら」
六花は素直に頷いた。
実際は六花に隠すような話は無いし、仮に有ったとしても彼女が家に帰ってからすれば
だが五馬から六花に友達が
学校の友達が五馬を始めとした民話研究会の生徒だけだとしたら食事作りに来る為に出席出来ないのは
いくら昔話が好きで、頼光四天王が六花のアイドルだとしても人間同士の雑談もしたいだろう。
学校で季武以外の生徒と話す機会が民話研究会くらいしか無いなら休ませる訳にはいかない。
しかも季武は付き合ってるつもりでも六花はそう思ってないとなれば
季武に断るのを任せたら六花を傷付けるか誤解させるような言い方をしかねない。
それで金時が口実を考えた。
日曜日――。
夜遅く、都内各所で人間の遺体の一部が発見され、翌朝のニュースで流れた。
TVでニュースを流しながら前日六花が作っていった朝食を食べていた四人が同時に顔を上げた。
「こりゃ、放課後まで放っとけねぇな」
貞光の言葉に頷くと、季武は六花に連絡を入れた。
月曜日――。
休み時間、六花が廊下を歩いていると、
「六花ちゃん」
五馬が声を掛けてきた。
「五馬ちゃん、私に話し掛けない方が
「でも、これ、六花ちゃんに
五馬はそう言って紫色の和紙で折った小さな動物を差し出した。
「あっ、可愛い」
「わたしのとお揃いで作ったの」
五馬はそう言って同じ物をポケットから出して見せた。
「ホントに貰って
「六花ちゃんの為に作ったんだよ」
「ありがとう」
六花の頬が嬉しさでうっすらと赤く染まった。
友達からのプレゼントも、お揃いの物も初めてだ。
六花は無くさないようにスカートのポケットに入れた。
六花は石川が教室のドアの向こうに
石川はドアの窓から六花と五馬を見ていた。
次の休み時間――。
六花は周囲を石川と取り巻きに囲まれた。
取り巻きに六花を押さえ付けさせると、石川は六花のスカートのポケットに手を入れて五馬から貰った折紙を取り出した。
「返して!」
六花が叫んだ。
石川が身を
六花は急いで石川の
廊下に出た直後、ドアの脇に
六花が派手に転ぶ。
周囲から笑い声が聞こえたが気にしている暇は無い。
急いで起き上がったが石川の姿は見えなかった。
六花は学校中を探し回った。
予鈴が聞こえてきても教室へは戻らず
最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り生徒達が教室から出てきても六花はまだ探していた。
そこへ五馬がやってきた。
「六花ちゃん、これ……」
五馬の
六花は息を飲んだ。
「ゴミ捨て場に落ちてたんだけど……」
それを聞いた途端、六花の目から涙が
「ごめん、ごめんね。五馬ちゃん、ごめんね」
六花は泣きじゃくりながら、ひたすら「ごめんね」と繰り返した。
「分かってるよ。あの子達でしょ」
五馬はそう言ってくれたが涙が止まらなかった。
今までの
五馬は六花が落ち着くまで付き添っていてくれた。
「六花ちゃん、一緒に帰ろ」
「うん。ごめんね」
「気にしないで。それより大丈夫?」
「ありがと。心配掛けてごめんね」
六花と五馬は並んで歩き始めた。
「もう謝らなくて
五馬は慰めるように言った。
その言葉にまた泣きそうになったがこれ以上泣いたら迷惑だろうと思って必死で
六花は途中で五馬と別れるとスーパーで買い物をして四天王のマンションに向かった。
スマホに季武が今日は迎えに来られないと言うメッセージが来ていた。
つまりマンションに帰ってくるまで
四人が帰ってくる前に料理を終えてマンションを出れば泣き
鬼退治で朝から一日中都内を回っている四天王にせめて食事くらいは作って
予想通り季武達は帰ってこなかったので六花は顔を見られずに四天王のマンションを後にする事が出来た。
休み時間――。
廊下を歩いていた太田の前に女子生徒が立った。
「何か
太田の言葉が終わる前に生徒が何か呟いた。
女子生徒が姿を消すと太田は彼女の事を綺麗に忘れていた。
放課後――。
民話研究会が終わり皆が椅子を片付けている時だった。
「ねぇ、クラスメイトから聞いたんだけど……」
そう言って太田が、ある場所の名前を出した。
「そこがどうかした?」
佐藤が不思議そうに訊ねた。
大通り沿いにあるただの歩道橋だ。
「そこの下に時々露店が出てるんだけど、そこで売ってるキーホルダーって願い事が叶うんだって」
「ホント~?」
「ホントだって。しかも! 今ならなんと、お値段たったの三百円!」
「あんたはテレビ通販の司会者か!」
佐藤がそう突っ込んでから、
「時々って、いつも出てるわけじゃないの?」
と訊ねた。
「露店は許可が必要だからゲリラ的にやるんだと思うよ」
鈴木が言った。
「なんだ、なら、たまたま売ってる時に通りかかったらラッキーって事かぁ」
佐藤は肩透かしを食わされたと言う表情で言った。
「六花ちゃん、一緒に帰ろ」
「うん」
六花は頷くと五馬と一緒に歩き出した。
「ねぇ、六花ちゃん、太田さんが言ってた場所に行ってみようよ」
「
六花は
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