第五章 土蜘蛛と計略と ー後編ー
貞光が刀を一閃すると鬼が消えた。
弓を構えていた季武は辺りを見回して他に気配が無いのを確認すると街灯から飛び降りた。
着地した瞬間、目の前に何かが落ちてきた。
翼?
異界の者の身体の一部だ。
見上げると二階の窓の
「ミケ!」
ミケは季武が追おうとするより早く姿を消してしまった。
季武はもう一度翼に目を落とす。
形状からして鵺のものだろう。
以前、貞光達がミケを見たのは中央公園――つまり六花のマンションの近くだ。
あの辺で鵺が出たのか?
出たとして教えに来る理由は――――六花か!?
季武は急いでスマホを取り出すと六花に掛けた。
「はい」
画面に六花の顔が写った。
「六花! 無事か!」
「うん。どうしたの?」
六花の戸惑った様子で答えた。
「すまん、無事なら
季武はそう言って通話を切った。
「季武、お
貞光の言葉に季武は黙って地面に目を向けたがそこにはもう何も無かった。
異界の者の身体の一部が残るような倒し方が出来る者は
少なくとも普通の討伐員には無理だ。
頼光のような上位の者なら可能かもしれないがやっても意味が無いので出来るか訊ねた事は無い。
他にミケが知らせに来る理由があるとしたらそれはなんだ?
ミケは見付かったら捕まって
当然
少なくとも今までは一度も無かった。
何か理由があるのか?
あるとしたらそれはなんだ?
ミケの知性や能力がどの程度なのか分からないから
季武は内心で首を
サチが土蜘蛛の集まっている部屋に入って来た。
「あの娘は」
ギイの問いに、
「鵺が異界の獣にやられた」
サチが答えた。
「何?」
「人質が本物のあの娘なら連中も手出し出来ないと思ったんだが」
「いっそエガがやったようにあの娘を……」
「殺すだけが復讐じゃない」
メナがギイの言葉を遮った。
「え?」
「
「
サチが後を引き取って続けた。
土蜘蛛達は顔を見合わせた。
翌朝――。
校門前で登校してきた石川の前に女子生徒が立ち
「何よ、あんた……」
言い掛けた石川に、生徒は手を
生徒が立ち去ると石川は何事も無かったように歩き始めた。
昼休み――。
季武と六花はいつものように屋上に
「ね、
六花が訊ねた。
「金時は出た事ないから
「下毛野さんの方が乗馬が得意だったの?」
お祭りに行く為に
「金時は頼光様の
坂田金時は頼光の郎党(部下)である。
御堂様こと藤原道長は頼光の上司(のようなもの)だったと言うだけで道長と金時の間に雇用関係は無いと言う事らしい。
「基本的に俺達が
「そうなんだ」
ちょっと残念な気がした。
数少ない四天王のまともな話だと思ってたのに……。
四天王が無条件で
どちらにしろ
そう考えると『今昔物語集』で
後は牛車に酔って気絶したり、妖怪の子供を
頼光様だけ悪く言われてないのは
「何より大江山の時、下毛野はどこかに派遣されてて
そう言えば下毛野公時は十八歳で亡くなってると鈴木が言っていた。
だから金時一人の話が少ないのだろう、と。
「今は頼光四天王なんて古典が好きな人間くらいしか知らないし、俺達四人が人前で集まる事は無いから。下手に名前を変えると混乱するしな」
季武や貞光という武士が使いそうな名前を付けたのは都へ行く時でそれまでは違う名前だった。
都で貴族に
そのため都に行ったばかりの頃は良く名前を呼び間違えた。
季武達が頼光を「あの人」と呼んでるのも、頼光も
酒呑童子討伐で名を
季武によると都で名乗っていた名字は息子の振りをする為に暗示を掛けた親のものだそうだ。
明治に入ると政府が
そのとき偶々季武達が名乗っていた名字が渡辺、卜部、坂田、碓井だった。
届け出れば苗字を変更する事も可能だったのだが変えたら混乱するのは目に見えていた。
頼光四天王の
頼光四天王と同じ名前だと気付いた所で本人だと考える人間は
それで伝説と同じ名前を使っているそうだ。
夜――。
見回りから帰った金時は部屋で学校のグループLINEを見て顔色を変えた。
金時が部屋を飛び出すと貞光と綱も出てきたところだった。
視線を交わした三人は、そっと季武の部屋を
季武の気配はするが特に変わった様子はない。
「貞光、ゲームしようぜ」
金時がそう声を掛けると、
「おう!」
「俺もやる!」
貞光と綱が答えた。
三人はダイニングに向かった。
TVを付けて大きな音のするゲームを起動すると顔を寄せた。
「誰だよ、こんな事したの」
金時が声を
「季武が知ったら激怒するぞ」
「
LINEに裸の六花の写真と
カメラ目線ではないから隠し撮りだし顔と身体の影の向きがわずかにズレてるから良く見れば合成写真だと分かる。
「おい、別のSNSに六花ちゃんが身体売ってるって書いてる
「急いで
金時が言い終える前に綱が
「一応
「スマホに来たのも早く消せ。人間には手ぇ出さなくても俺達には
貞光が言いながら自分のスマホに送られてきた六花の写真を消す。
綱と金時も急いで消去した。
「なぁ、季武にも来てんじゃねぇか? 気付いてねぇだけで……」
「様子を見てくる」
金時が季武の部屋に向かった。
六花が部屋で勉強をしているとスマホの着信音が鳴った。
季武かと思って手に取ると知らない人達から大量のメッセージが来ていた。
男の名前ばかりだ。
そして学校のグループLINEに自分が書いた覚えのないメッセージと写真があった。
自分の裸の写真に動揺する。
こんな写真撮った事ない!
学校のLINEだから学校中の生徒に見られた!
季武君にも……。
私、こんなことする子だって思われちゃった……。
男子達も見てるならもう恥ずかしくて学校に行けない。
いや、それ以前に外出すら無理だ。
どうしよう!
六花は何も考えられなくなり、ただその場に凍り付いていた。
「季武、ちょっといいか?」
金時が部屋に入った時、季武は宿題をしていた。
様子からして
「スマホ貸してくれ。俺の、調子悪くて」
季武はノートから目を離さずにスマホを放った。
金時は受け取るとLINEの画面を開いた。
「六花ちゃんの事なんだが、前に友達が
スマホを操作しながら訊ねた。
LINEの画面には六花に関する
「
「理由は聞いたか? まさか、ズバッと切り込んだりしてないよな?」
金時は季武をグループから退会させた。
写真などを消させた後でまた加入させておけば
「お前達に止められたから
「そうか、なら
「六花は暗示が
「え!? それ、確かか?」
「六花と初めて会ったのは
金時は最後まで聞く前に部屋を飛び出した。
「貞光、急いで六花ちゃんのとこに行け!」
金時は季武に聞こえないように声を潜めて言った。
「え?」
「六花ちゃん、暗示が効かないって……」
「あっ! そうだった!」
「今から六花ちゃんに連絡するが早まった真似してないか確認してきてくれ」
「分かった」
貞光がマンションから飛び出していった。
「綱、季武見張ってろ。万一六花ちゃんに連絡しそうになったら鬼が出たって言って家から連れ出せ。俺達が六花ちゃんと話すまで季武に連絡させるな」
綱はすぐに季武の部屋に向かった。
金時は急いで六花に掛けた。
六花は着信音で我に返った。
スマホを見ると金時の名前が画面に表示されている。
金時さん?
なんで金時さんが……。
あっ! まさか、季武君に何かあったんじゃ!?
六花は急いで画面をタップした。
「六花ちゃん、大丈夫!?」
金時が言った。
「え?」
「LINE、
金時さんも見たんだ!
なら綱さんや貞光さんも……。
四天王全員に見られたと思うと気が遠くなりそうだった。
手からスマホが滑り落ちる。
「六花ちゃん、大丈夫!? 六花ちゃん!」
金時が呼び掛けてくる声は六花にはもう聞こえていなかった。
四天王全員にあんなものを見られてしまった。
もうダメだ。
六花は両手で顔を
どうしたらいいのか分からない。
その場で身動きも出来ずに
驚いて顔を上げると貞光が入ってくる。
「貞光さん!?」
「良かった、無事だな」
「え、鬼は出てな……」
「そうじゃなくて、通話の返事が無くなったって言うから」
貞光は六花の足下に落ちているスマホを拾い上げるとスピーカーにした。
「六花ちゃんは無事だ」
貞光の言葉を聞くと、
「六花ちゃん、あれ、今消してる最中だから。写真もだけど見た人の記憶も。明日には誰も覚えてないしネット上の痕跡も消えてるから」
金時が六花に言った。
「え……でも、一度ネットに出たら消えないんじゃ……」
「そう言うの専門にしてる
末端の方まで
「あの、あれ、私じゃ……」
「分かってるから安心して」
話を聞く前から信じてくれて、わざわざ連絡をしてくれたり家まで様子を見に来てくれたりしたのだ。
「季武は見てないし知らない。教えないから大丈夫だよ」
金時が言った。
無条件で信じて助けてくれる人達がいる。
目に涙が浮かんだ。
それを瞬きして必死で
しかし――。
「……季武君が知らないのに金時さん達が知ってるって事は……」
「学校のグループLINEって言っても実際は部外者が大勢入ってるから、そこから流失したんだと思う」
金時が答えた。
つまり見ず知らずの大勢の人、それも沢山の男性があれを見たのだ。
目の前が真っ暗になりそうだった。
「明日には全部消えてるし誰も覚えてないから大丈夫だよ」
金時が安心させるように同じ言葉を繰り返した。
「親には暗示掛けて六花ちゃん見えないようにしてあっから
貞光の言葉に六花は素直に
実際には見られて困る操作など無いのだが暗示で記憶を消せないならこれ以上傷付けない為には目に入る回数を減らすしかない。
貞光はスマホとパソコンをチェックしてブラウザのキャッシュを全て消すと、家を出る前に六花に「この手のものは鬼に目を付けられ
検索くらいで鬼に見付かる事はまず無いのだが、全て消去するまでには時間が掛かるし六花としてはどこかに残ってたらと思うと不安で確認したくなるかもしれない。
しかし、それで残ってるものを見付けたらまた傷付く。
だから鬼を持ち出して絶対検索しないように釘を刺したのである。
綾が殺された事を気にしていたから鬼に襲われる危険があると言われたらしないはずだ。
貞光が帰ってくると綱もリビングに戻っていた。
「六花ちゃん、大丈夫そうか?」
綱が貞光に訊ねた。
「……あれ見ちまうと
六花のスマホに届いていた男共の本性
「なんでこんな連中を守る必要があるんだ」
と言った元討伐員の言葉に共感出来てしまう。
それくらい
正直、貞光自身「人間を守っているのではない。規則を破ってこちらに来た連中を討伐しているだけだ」と何度も自分に言い聞かせる必要があった。
以前、六花に話したように自分に向けられた言葉なら何とも思わない。
だが怒りは自分の中に湧く感情だ。
これが抑えきれなくなればその矛先は怒りを生んだものに向かう――人間に。
「記憶消せねぇってのは、かなりキツいな……」
貞光が言った。
六花が傷付くような悪口は以前にも散見された。
ただ、六花が見たかは分からない。
季武が六花はLINEはほとんど使ってないと言っていた。
LINEでやり取りをする友達が
学校の連絡の直前直後には悪意のある言葉は無かったから連絡の確認だけなら画面の外に流れてしまった中傷は見ていない可能性が高い。
自分の悪口を見た事があるから
貞光は
二十年前の季武の事は誰でも知っているからか小吏は何も聞かずに承知した。
その夜、六花の中学に紛れ込んでいる土蜘蛛の家に異界の者が忍び込んできた。
となると
土蜘蛛は
小吏は土蜘蛛だと気付かないまま暗示を掛けると、スマホとパソコンを操作して出ていった。
土蜘蛛はLINEを見て最近のイジメはネットでするのだと気付いた。
おそらく六花に嫌がらせをしろと言う暗示だけで具体的な指示が無かったから普段自分達がやっている手段――ネットを使ったのだ。
スマホやパソコンを
イジメの指示も。
だがこれで予想が正しかった事が証明された。
異界は人間界には干渉しない。
その大原則を破って人間がやったイジメの痕跡を消しに来た。
季武が異界に乗り込んで核を砕いたのは容易に
そして季武が問題を起こした原因はあの娘で間違いないだろう。
だから本来なら不干渉のはずの人間のイジメに小吏が派遣されてきたのだ。
ただ、今回のイジメを無かった事にしたのはあれは死の危険があるからだろう。
死なれては意味が無い。
明日、改めて別の方法を指示しよう。
翌朝――。
石川は女子生徒に変化した土蜘蛛と話していた。
「え?」
石川が戸惑った表情を浮かべた。
「ネットは使うな。自殺を考えない方法にしろ」
「ネットの悪口くらいで自殺なんかしないよ」
あっけらかんとした口調で石川が言った。
こいつはネットの中傷による自殺を知らないのか!
「他の嫌がらせ……なら、知り合いの大学生にレイプさせ……」
「自殺を考えない方法と言ってるだろ!」
土蜘蛛は石川のあまりの頭の悪さに思わず怒鳴り付けた。
人間は愚かな生き物だと思っていたがここまで頭の悪い者が
今までにも六花を中傷するような書き込みはあったが
季武が気付かなかったのだろう。
誰かが季武は六花以外は完全に無視していると言っていた。
ただスマホでのやり取りはしていないとも言った。
それでそいつのスマホを奪い、六花の振りをして季武を呼び出したが失敗した。
今回小吏が動いたのは季武が知ったからだろう。
ネットなど誰でも見られる場所では季武に気付かれる可能性がある。
季武に知られたら今回のように手を打たれてしまう。
しかし討伐員と違い、
小吏はどの程度記憶を消したのだろうか。
「お前達、今まであの娘に嫌がらせをした事はあるか?」
「毎日だよ」
石川は得意気に言った。
イジメを自慢出来る事だと思っているようだ。
「卜部の反応は?」
「初めて
過去の嫌がらせの記憶は消されていないらしい。
「その時以外は怒ってないのか?」
「あの子、卜部君に知られないようにしてるから。だから卜部君が気付かないような事、色々してるよ」
石川はあっさり答えた。
罪悪感など
石川に対する
「でも、卜部君がいつも
六花が黙っているのは彼女にとって
それとも季武が人間に危害を加えて討伐対象にならないようにするためだろうか。
六花が石川達の嫌がらせを気にしてないのならもっと酷いイジメをさせる必要があるが具体的な方法が思い付かない。
少し様子を見てみよう。
土蜘蛛は一旦自分がしたイジメの指示を取り消した。ネットイジメと強姦だけは禁止して。
死なれては意味がないし、死なないまでも自殺未遂でもして小吏が出てきてイジメ自体をしないように暗示を掛けられるのも困る。
小吏が暗示を掛けたにも関わらずイジメをさせたら自分達の存在に気付かれる。
命じられるまでもなくやっていたなら放っておいてもイジメるだろう。
嫌がらせをする時は事前に何をやるか連絡をするように指示し、許可した事以外はしないように暗示を掛けた。
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