第五章 土蜘蛛と計略と ー前編-
粗末の服を
食料は狩猟採集に頼っているが森に囲まれ海も近い
食料に困らないので集団での戦いは起きなかった。
目の前で倒れた人間は近くの村で他の人間と
少女は倒れている男の頭の傷を見ると、
草を
少女が顔を上げたとき目が合った。
少女が微笑んだ。
どうやら
やがて男が意識を取り戻した。
「大丈夫? ね、謝りにいこう。私も一緒に行くから。
「嫌だね。
「
「うるせぇ!」
男が少女を思い切り殴り付けた。
少女が地面に叩き付けられた。
地面の石に頭部をぶつけたのだろう。
少女は声もなく
「ちっ」
男は舌打ちすると
大方
村を追い出される
馬鹿な人間。
少女に背を向けると
朝――。
六花がマンションを出ると季武が
「季武君、どうしたの?」
季武は六花のスマホはクローンが作られていると説明した。
「クローンって言うのがあると何か困るの?」
「LINEやメールを勝手に見たり出来る」
「ええ! どうしたら
夕辺の電話を考えると
「クローンスマホは壊したが他にもクローンがあるかもしれないから番号も含めて別の機種に変えて欲しいんだ」
「う、うん」
どうしよう……。
季武に迷惑が掛かるなら変えない訳にはいかないが
何より未成年では親が一緒でないと買えないはずだ。
お母さんになんて言おう……。
「お前のスマホは補償に入ってるから壊れた事にすれば大した金額じゃない」
六花の考えを見抜いた季武が言った。
「私のお小遣いで払える?」
「来月の使用料と一緒に引き落とされるからお前は払わなくて
季武の言葉に六花は頷いた。
昼休み――。
六花と季武はいつものように屋上に
「
「ああ。それが?」
「頼光様の血を引いてる人は強いのかなって思って」
「
「でも頼政さんって、頼光様の子孫じゃ……」
「異界の者と人間の間に出来た子供は普通の人間だ。
「そうだったんだ」
そう言えば『平家物語』には最初、頼政は化物退治は武士の役目ではないと断ったと書いて有った(それでも命令されて仕方なく引き受けた)。
それに『
昔の人でも化物と戦おうなんて考えないのが普通だったんだ……。
民話研究会で頼光から始まる家系は化物担などと言っていたのだが誤解だったようだ。
頼光は化物担で間違いないが。
放課後――。
六花は民話研究会に出ていた。
「他に、鬼の事で何か意見がある人は?」
鈴木の言葉に六花は手を上げた。
「あの、意見じゃないんだけど……」
「どうぞ」
「茨木童子が酒呑童子の腹心だったって言うのは聞いた事あるけど、他に酒呑童子の部下にそう言う鬼っていたの?」
「資料は少ないけど酒呑童子にも茨木童子とは別に四天王と呼ばれる鬼がいたよ」
鈴木によると、金童子、熊童子、星熊童子、虎熊童子だそうだ。
「それとは別に『いくしま童子』って言うのもいたよね」
「『いしくま童子』でしょ」
「色んな説があるんだよ。『いくしま童子』ってなってるのもあれば『いしくま童子』ってなってるのもある」
「そうなんだ」
「じゃあ、今日はこの辺でお開きにしようか」
鈴木がそう言うと、皆は立ち上がってそれぞれ自分が座っていたパイプ椅子を畳んで片付けた。
夜――。
都心から離れた場所で土蜘蛛達が集まっていた。
「仲間になってくれそうな奴は見付からないのか?」
サチの問いに
「どうせ討伐員は倒した所で
ギイが答えた。
「仮に核を砕いたとしても新しい討伐員を送ってくるだけだと」
「こっちも」
土蜘蛛達が口々に言う。
討伐員は核になって
それに対し、
返り討ちに遭う危険を冒して討伐員を倒したところで
「しかも相手が
「わざわざ
「脈が有りそうな
皆の視線がメナに集まった。
「説得すれば仲間になってくれるかもしれない」
「人数が増えるなら
「どちらにしろこの人数では敵わないんだ。もっと捜すしかない」
サチがそう言うと
「エガ? 迷ってるの?」
いつもエガと一緒に
「ギイが言った通りだ。討伐員なんて倒したところで
「抜ける気?」
「まさか」
「じゃあ……」
「少し
エガはそう言うと歩き出した。
日曜日――。
六花が夕食を作っている時に季武以外の三人が帰ってきた。
「お帰りなさい」
六花が三人に声を掛けた。
「うぉ! お帰りなさいとか言われたの
「季武は必ず言ってもらえるから
「キツい女ばっか選ぶからじゃん」
「お前の女達だって結構キツいだろ。特にキヨちゃんとか」
言い合いを始めそうになった金時と綱に、
「季武君は……」
と訊ねた。
「買い物。すぐ帰ってくるよ」
「あの、教えて欲しい事があるんですけど……」
「
「二十年前に死んだ前世の私の事なんですけど……」
「前回か。前回って言うと
「
「
貞光が訂正した。
「そうだった。ごめん、季武と知り合った直後だったからおれ達、まだ紹介してもらってなかったんだよね。綾ちゃんがどうかしたの?」
「季武君と一緒にいた時に死んだって聞いたんですけど、罪悪感持つような殺され方だったんですか?」
「え、聞いてないの?」
「ったく、あいつ
「罪悪感は無いと思うよ。守れなかった悔しさはあるだろうけど」
金時が言った。
「季武が怒ったのはようやく再会出来たのにすぐ殺されたからだよ」
「怒った?」
綱の言葉に
「すっげぇ激怒して綾ちゃん殺した鬼、
と貞光が言った。
「
「核の事も、どうせ砕かれるって言ってもおれ達が決める事じゃないから
「
綱が言った。
「寿命まで生きられたとしても一緒に
「お
そう言った貞光を綱がムッとした顔で睨んだ。
「じゃあ、何かと心配してくれるのは鬼から守れなかった負い目とかじゃ……」
「心配してるのは、また早死にされるのが
「前回は季武の巻き添えだったから早めてもらえたけど普通の死に方じゃ無理だから」
「早めてもらったっつっても二十年も掛かってるから半分にもなってねぇしな」
「綾ちゃんの前のイナちゃんが死んでから四十年近く
「とにかく、綾ちゃんの事は気にしなくても
「気にしてんじゃなくてウゼェんだろ。
「あっ、
「わーーー!」
金時と綱が同時に貞光を遮った。
「え……それ……」
「あ、あははは……」
白々しい笑い声を上げた金時と綱を貞光が白い目で見ていた。
「じゃあ、心配掛けないようにするには……」
「あ~、それは無理」
「
「
金時が言った。
「鬱陶しい訳では……それに、感情が無いって言いますけど季武君、怒った事ありますよ」
「傷付くって言うのは外側から斬り付けるようなもので、おれ達は言葉で攻撃されても何も感じないんだよ」
「人間だってそこらの犬に
「貞光、例えが悪いぞ」
綱が
「人間を見下してる訳じゃないからね。その手の差別感情も持ってないから。理由は分かってもそれで傷付いたりはしないって意味だからね」
「向きが違うって言うのかな。外部からの攻撃で痛みを感じたりはしないけど、怒りは内部から沸いてくるものだから。大切な人を傷付けられたら腹が立つんだよ」
綱が言った「大切な人」と言う言葉にドキッとしてしまったが、仮に綾の事が大事だったとしても六花も同じように思われてるとは限らない。
でも、わざわざ同じクラスに来たって……。
六花は平静を装いつつ料理を続けた。
放課後――。
民話研究会が終わると、
「六花ちゃん、今日も季武君と帰るの?」
五馬が声を掛けてきた。
「ううん、季武君は用事あるから」
「じゃあ、一緒に帰ろ」
「うん!」
六花は嬉しくて勢いよく頷いた。
季武と一緒に下校するのも嬉しいが五馬と帰るのも楽しい。
六花と五馬は並んで校門を出た。
「ね、どこかでお喋りしてかない?」
五馬がそう誘ってきた。
「ベンチで
体操服でお小遣いを
「
五馬が快諾してくれてホッとした。
幸いゴールデンウィーク明けで季候も
コンビニから出てきた六花をエガとカズが見ていた。
「エガ?」
カズが物問いたげな視線をエガに向けた。
エガは都内に残ったまま季武を見張っていた。
カズはいつもエガと行動を共にしているので必然的に一緒に監視していた。
サチやメナほど上手く気配を消せない二人は遠くのビルから見張る事しか出来なかったが。
「ハシの事は聞いてる?」
エガが唐突に訊ねてきた。
「討伐員に殺されたって事だけ……」
ハシがやられたのはカズが群れに加わる前だから会った事は無い。
「あたしもハシとは親しかった」
ミツはハシを慕っていたようだが、エガとミツは特に親しくない。
「ミツはハシが連れてきた。ミツはハシをすごく
不思議そうな表情をしたカズにエガはそう説明すると一旦言葉を切って唇を噛んだ。
「ミツが討伐員にやられそうになった時、ハシとあたしが助けに入った。ハシはあたしとミツを逃がす
「…………」
異界の者同士が恋愛感情を
だが仲間との連帯感は生まれるし
だから失えば喪失感を
討伐された者は核を砕かれて再生出来なくなるから二度と会えないのだ。
一緒に
突然エガが屋上から飛び降りた。
「エガ! どこに行くの!」
カズが声を掛けたがエガはそのまま走っていってしまった。
カズは慌ててエガの跡を追い掛けた。
六花と五馬はコンビニで買ったお茶を持って歩いていた。
「六花ちゃん、あそこのベンチ、空いてるよ」
五馬がそう言った時、六花の背筋を悪寒が走った。
振り返った六花は恐怖で凍り付いた。
道路の先に巨大な蜘蛛が
「六花ちゃん……」
五馬の声で我に返った。
六花は
スカートのポケットに手を入れスマホを取り出すと季武に言われたアイコンを押した。
巨大な蜘蛛がこちらに向かって歩き出した。
蜘蛛が近付いてくる。
逃げなければ季武が来る前に喰われてしまう。
そう思っても身動き出来ない。
「六花ちゃん?」
再度声を掛けてきた五馬に、なんとか手を動かして自分のスマホを押し付けた。
逃げたくても足が動かなかった。
「逃げて」
六花が小さな声で五馬に言った。
「え?」
五馬は戸惑った様子で六花を見た。
「それ、持って逃げて。早く……」
声が
「え、これ? なんで?」
「GPSで場所が分かるから……。スマホがある所に季武君が助けに来てくれる……」
「六花ちゃんは?」
そう言ったものの聞くまでもなかった。
足が
六花が、
幼児は蜘蛛の進路上に歩いていく。
このままでは蜘蛛に喰われるか
六花は咄嗟に駆け出した。
「六花ちゃん!?」
五馬が驚いて声を上げる。
六花は子供に駆け寄ると抱き上げた。
蜘蛛に背を向けて走り出す。
子供は
六花は構わず
「五馬ちゃん、早く逃げて!」
六花が子供を
「早く!」
六花に
少し走っただけで距離が空いてしまった。
五馬は立ち止まって六花の方を向いた。
「五馬ちゃん、早く逃げて!」
「でも、六花ちゃん……」
蜘蛛は六花のすぐ後ろまで迫っている。
蜘蛛が脚を振り
六花は気付かずに走っている。
蜘蛛の狙いは六花だ!
六花を殺そうとしている!
「六花ちゃん、危ない!」
五馬が叫んだ。
六花が振り返る。
振り
六花は急いで子供を降ろすと蜘蛛と反対側の方へと背中を強く押した。
子供がよろめきながら数歩前に進む。
六花が、
「逃げて!」
と叫ぶ前に子供は走り出していた。
蜘蛛の脚が振り下ろされる。
「伏せろ!」
季武の声と共に飛んできた矢が蜘蛛の目の一つに突き立った。
蜘蛛が叫び声を上げる。
蜘蛛の脚に次々と矢が刺さり軌道をずらした。
狙いを
矢が立て続けに飛んでくる。
蜘蛛が後ろに跳んだが、着地した瞬間、貞光の刀が一閃して蜘蛛の左脚を二本同時に斬り落とした。
金時も鉞で胴に斬り付ける。
六花の横を駆け抜けた綱が大きく跳んで
蜘蛛が断末魔の声を上げて消える。
季武がどこからか飛び降りてきて六花の隣に着地した。
「季武君、ありがとう」
他の三人も駆け寄ってきた。
「六花ちゃん、大丈夫?」
「はい、皆さん、ありがとうございました」
六花は四天王に頭を下げた。
「六花! 伏せろと言われたら伏せろ!」
「季武!」
「ご、ごめんなさい」
六花が季武に頭を下げた。
「
「いえ、言うとおりにしないと邪魔になるんですから……」
「怖い時に動けないのなんか普通じゃん」
「そうそう、気にしなくて
その時、さっきの子供を連れた女性が二人の警官と一緒にやってきた。
「この子がうちの子を
「え! ち、
六花が慌てて否定しようとした。
「あれ、もしかしてその子助けた?」
「またか~」
季武以外の三人が一斉に笑った。
どうやら過去にも似たような事があったらしい。
それも多分何度も……。
六花は赤面した。
でも見殺しにするなんて出来ないし……。
綱達は
警官は笑っている三人には目もくれなかった。
「君……」
警官の一人が六花に声を掛けた。
季武は警官達の前に立つと手を
その瞬間、警官達も女性と子供も何事も無かったかのように立ち去った。
「一応、警察の方も手を回しておいた方が
「お手間を掛けさせてしまってすみません」
六花が申し訳なさそうに頭を下げた。
「これがオレ達の仕事だから」
「仕事って言っても
「しょうり?」
「係って言うか担当者って言うか……」
「役人って意味だよ。こう言う時に
六花は納得して
「どうかした?」
金時が声を掛けた。
「五馬ちゃんと一緒だったんですけど……。逃げてくれたのかな」
「…………」
季武は周りの気配を探ったが近くには
「送る。あと明日からは送り迎えする」
「……うん」
六花は咄嗟に断りかけたがもしかしたら再度狙われるかもしれないと思って承諾した。
綾が再会直後に死んだ上に六花までとなったら嫌われてしまうかもしれない。
生まれ変わったら覚えていないとは言え、それは
次に生まれてきた時また好きになるかもしれないのだ。
「それでは皆さん、失礼します」
六花は綱達に再び頭を下げると、もう一度周囲を見て五馬が
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