第四章 復活と土蜘蛛と ー後編ー
「あの時、
「
「
季武が冷ややかな声で言った。
「お
「なんで
「季武! なんでバラすんだよ!」
「お前のせいで俺までブチ切れた
「
「どんな修羅場だったんだよ!」
キレた理由、聞かなくても分かるくらい綱さんって、しょっちゅう
「修羅場そのものじゃなくて回数の問題だ」
「たった
「なんで
「しょうがないじゃん! 家に帰れなくて寂しい思いしてる時に優しくされたら
「そんなんだからキヨちゃんが怒んだろ!」
「頼光様は人間界には住んでないんじゃ……」
「都に
季武の言葉に貞光と金時が振り返った。
「都って言えば、六花ちゃん、頼光四天王知ってたよね? どこで聞いたの?」
金時が訊ねてきた。
貞光も表情からすると同じ事を知りたいらしい。
「よく覚えてませんけど、多分、子供の頃に昔話か何かで……」
「
綱が言った。
「民話研究会って具体的にどんな事するの?」
「家で資料を読んでその事に付いて
「資料って……例えば……」
金時が恐る恐るという感じで訊ねた。
「はっきり聞けば
綱が今までのお返しとばかりに言った。
「今昔物語に出てる頼光四天王の話って、金時さんはお祭りの話だけで、貞光さん一人の話は死んだ振りの強盗の罠に引っ掛からなくて賢明だって
「読んだのかーーー!」
金時と貞光が頭を
六花がそっと横目で季武の方を窺うと、季武はバツが悪そうな顔で視線を
決まり悪そうなのはお祭りの話の方かな、それとも妖怪の話の方かな。
「人を
「お前は女の所に行ってて
「あん時もキヨちゃん怒らせてたじゃねぇか!」
「で、でも、今昔物語には〝いずれも堂々たる容姿で武芸に秀でて思慮深く〟って書いてありますし……」
六花が慌てて
そう言う男達が
「そんな細かいとこまで覚えてるんだ……」
「読んだばかりなので……」
六花は申し訳さそうに小さな声で言った。
この様子だと、貞光さんが無礼な男に腹を立てて殺した話を読んだ事は黙ってた方が良さそう。
「一応言っとくが
「あ、やっぱり」
「って、やっぱそれも読んでたのか……」
貞光の顔が引き
この話は頼光の弟が貞光にある男を殺すように命じたというものである。
その時は命令を聞くつもりはなかった(貞光は頼信に
だが、その男が「自分は腕利きだからお前に殺せる訳がない」と失礼な事を言ったのに腹を立てて男とその郎党達を殺してしまったと言うものである。
そして自分がムカついたから殺しただけなのに「さすが頼信様は人を見る目がある」などと他人事のように言っていというものだ。
それを読んだ民話研究会のメンバーが「頼信関係ないだろ」と突っ込んでいた。
お祭りや妖怪と、この話を合わせて民話研究会の
「貞光、ムカついただけで大勢殺すような凶暴な
綱が貞光を見ながら意地悪く言った。
貞光がムッとした顔で綱を睨み付けた。
「いえ、人違いだと思ってました!」
六花が慌てて言った。
「
「え、
金時が初耳と言う顔で訊ねた。
「何かの本に載ってるとか。でも『
「俺達が出てるのは後世に書かれたものだけだからなぁ」
頼光と四天王が生きてた(事になっている)頃に書かれた同時代資料に名前が出てくるのは頼光だけだ。
他は死後、大分
「かなり
「今昔物語ですら百年くらいは
「じゃあ、今昔物語の他の話も実際は違うんですか?」
「季武が妖怪の赤ん坊連れてきたってのは嘘だね」
「出てきた途端バッサリ
「貞光さんが強盗に引っ掛からなかった話は……」
この話は、死体が道に転がっていた横を貞光が通り過ぎたと言うものである。
死体があると郎等から報告を受けた貞光は自分の装備を確認した上で郎党の隊列を整えて横を通り過ぎた。
それを見ていた人達は大勢の郎党を引き連れてるくせに死体に
しかしそれは強盗が死体の振りをしていたもので、貞光の後から来て不用意に近付いた者は殺されて
それで貞光は常に用心を
「誰かと
貞光が首を
「あの頃は道端に死体が転がってるのは珍しくなかったから
「死体が転がってたって……平安時代ってすごく平和そうなイメージですけど……」
「あ~、それは『写真はイメージです。実際の商品とは異なります』って注意書きと
「上級貴族でさえ乱闘して死人が出てたりしたくらいだかんな」
確かに『御堂関白記』にも何度か暴力事件が出てきたし『今昔物語集』にも強盗の話は沢山出てくる。
『今昔物語集』は後世に書かれたものだが。
「事件じゃなくても
「貴族でも貧乏な
「行き倒れなんか、ほったらかしも珍しくなかったんだよね」
そう言えば貞光さんが強盗に引っ掛からなかった話の次は芥川龍之介の『羅生門』の元になった話だっけ。
季武達によると異界の者は人間を殺す事を禁じられている。
だから戦争中は
「
金時が言うと他の三人が実感の
「やたら
綱が言った。
「だからあれ俺じゃねぇ!」
「綱さんって都に
「都に
「
季武が白い目で綱を見ながら言った。
「あ、綱以外は恋人
「俺達、性欲とか
金時と貞光の言葉に六花が耳まで真っ赤になった。
「金時、貞光、お前達は二千年越えのおっさんだが、六花は
「二千年越えでおっさんなんだ……」
「じじいって言うと
「
「それ自称じゃん」
「
「
「あれ、四千年近く前だろ!」
「おかしいと思ってたんだよなぁ」
「サバ読むとか女かよ」
綱達が頼光の話を始めた。
六花はそれを背中で聞きながら料理の続きを始めた。
四天王のマンションからの帰り道、
「えっと……、
六花が季武に訊ねた。
「異界の者なら分かる」
「人間が見た時とは違って見えるって事?」
「そうじゃなくて、近付くと異界の者の固有の気配がするから」
鬼が家に入ってこられなかったのも季武の痕が発している気配のせいだったらしい。
六花が頷いたときマンションに着いた。
季武に礼を言って六花はマンションに入った。
夜――。
四人はそれぞれに散らばって都内を見回っていた。
「茨木童子が都内に
「一番隠れ
「都内で一人暮らしの人間なら喰われても
それぞれが周囲に気を配りながらスマホのグループ通話で話していた。
その時スマホの着信音が聞こえた。
全員が一斉に口を
グループ通話中だから着信音が鳴るのはもう一台の連絡用のスマホだ。
頼光なら普通にグループ通話に入ってくるから、今もう一台のスマホに連絡してくるのは六花だけだ。
ただ六花が助けを求める為の連絡は四人全員のスマホに通知が来る。
「六花に会いに行ってくる」
季武にしか来なかったなら救援信号では無いはずだが声が
ただの連絡ではないのだ。
他の三人に緊張が走った。
「場所は?」
金時の問いに、
「中央公園」
季武が答えた。
中央公園に近付いた季武は公園の方から六花の気配がしないのに気付いた。
季武は
太刀と脇差を腰に差し
用心して小道を通って広い場所に出た時、芝生の上に人の姿をした
しかし――。
季武は眉を
「季武君! 助けて!」
その言葉に後ろに跳んだ。
季武の立っていた場所に土蜘蛛の脚が刺さる。
季武は太刀を抜きざま、横に払った。
土蜘蛛の脚が斬り落とされる。
「ーーーーー!」
土蜘蛛が叫び声を上げた。
更に土蜘蛛に斬り掛かろうとした時、別の気配を感じて飛び
二体の土蜘蛛が攻撃してきた土蜘蛛を
「キシャーーーーー!」
二体の土蜘蛛が威嚇しながら牙を鳴らした。
季武が太刀を構え直した時、
「季武!」
綱達が駆け付けてきた。
三人が武器を手に土蜘蛛達に斬り掛かろうとした時、突然
四人はそれぞれ大きく後ろに跳んで煙の外に出た。
季武は街灯の上に立つと辺りを見回したが周囲に異界の者の気配は無かった。
煙が消えると縛られた六花一人が取り残されていた。
「季武君!」
「六花ちゃん!」
駆け寄ろうとした三人を季武が手で制した。
「季武君?」
六花が戸惑った表情を浮かべた。
季武は
「す、季武君?」
六花の声が震えた。
「季武君、どうしちゃったの? 綱さん、金時さん、貞光さん」
六花は助けを求めるように綱達を見たが、三人は黙って立っていた。
綱達は六花を
三人には六花に見えるが季武はイナを間違えない。
それに、確かに何か違和感がある。
「六花は
「刃物を突き付けられたら誰だって怖いよ」
六花が媚びるように答える。
「知らない相手だったらな。俺になら武器を突き付けられても怖がったりしない」
「あ! そうだ! イ……六花ちゃんは危害を加えてこないって分かってるものは怖がらない!」
金時の言葉に六花の偽物は舌打ちした。
三人が武器を構え直した。
再び土煙が立って偽の六花を
視界が遮られる。
四人は再度
季武は街灯の上に立った。
煙が収まると季武は地面に下りた。
偽の六花が
季武がそれを拾い上げる。
「六花ちゃんが
「なら急いで捜さないと!」
慌てる綱達をよそに季武は自分のスマホで六花の家の固定電話に掛けた。
「はい。如月です」
スピーカーから六花の声がした。
綱達が安心したように溜息を
「六花」
「季武君!? なんで
六花の言葉を聞いた綱達が白い目で季武を見た。
「スマホ落としただろ」
季武がそう言うと、
「ううん」
六花が否定した。
「え、持ってるのか? 今、そこにあるか?」
「うん、あるよ」
「スマホで出てくれ」
季武はそう言って通話を切ると六花のスマホに掛けた。
「はい、どうしたの?」
スマホ画面に六花の顔が写った。
「すまん、なんでもない」
季武は通話を切った。
「念の為、本物か確かめてくる」
季武はそう言うと六花のマンションに向かった。
季武がマンションの前で気配を探り本物だと分かると三人に連絡した。
四人は見回りを再開した。
「あのスマホが話に聞くクローン
「そうだ」
季武が答えた。
「
「
クローン携帯とは本物と同期している別の
一番簡単なクローンの作り方はアプリをインストールするもので、主に機種変更などをしたとき簡単にデータを移したり、子供のスマホを見守るのに使用される。
他人を内密に監視する場合、アプリが入ってる事に気付かれたらバレるので普通は違う方法を
「なんで分かった? てか、
「俺に助けを求めた」
「あ~、確かにイナちゃんは口が裂けても助けてとは言わないな」
「助けを求めるくれぇなら季武
「出てきたの、土蜘蛛だよな」
「前に地中から攻撃してきたのは土蜘蛛か」
季武達が討伐してきたのは大半が鬼とは言え、他の
「六花ちゃんの事はどこで知ったんだ?」
「季武がいつも一緒に
金時の言葉に綱と貞光が納得した。
同じ頃――。
都心から離れた空き家に土蜘蛛が集まっていた。
「
サチが怒鳴った。
そこには季武を襲った土蜘蛛達が集まっていた。
「全員で掛かっていれば仲間が来る前に
「サチ、あんたこそ
ギイという土蜘蛛がサチを遮った。
「
「
ミツが言った。
土蜘蛛達はその話を聞いて
だからミツがやられそうになるまで出てこなかったのだ。
「どうせ
サチがそう言うと、
「そうだけど……
「
土蜘蛛達が口々に答えた。
頼光一人に
部下もそれに劣らぬ化物と聞けば及び腰になるのも無理はない。
ミツが
ミツはサチの手助けが目的だから迷いは無いが他の者は
だからサチの考えを知りたいらしい。
今ここに
五人掛かりでなら各個撃破出来るのではないかと思ったが腰が引けている状態では実力を発揮するのは難しい。
となれば後は数を頼みにするしかない。
確実に倒せるだけの人数を揃えれば
「もう少し数を増やそう。皆で各地から仲間を
サチがそう言うとミツ達は頷いて散っていった。
サチも帰っていった。
メナも立ち去ろうとしてエガが考え込んでいるのに気付いた。
いつもエガと一緒に
「エガ?」
メナに呼び掛けられて我に返ったエガはカズを連れてどこかへ消えた。
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