第四章 復活と土蜘蛛と ー中編ー
季武は突然土煙に包まれた。
だが何かが足に巻き付いて煙の中に引き戻された。
季武は地面に倒れたまま、ずるずると煙の中に引き
「くっ!」
太刀を抜くと足に向かって刀を振った。
しかし煙が濃すぎて腰から下が見えず巻き付いているものは斬れない。
不意に目の前に何かが突き出された。
すんでのところで身を
顔の真横に突き立った何かはすぐに煙の中に消え、再度季武目掛けて飛び出してきた。
それを
胴着が裂けて破れる。
季武は太刀を何かが飛び出してきた方へ向かって投げ付けた。
引き
だが足に巻き付いたものは緩まず膝から下が拘束されたままだ。
不意に地中から殺気を感じて
地面から突き出した何かは即座に地中に消えた。
季武は地面から
「ーーーーー!」
手応えと共に叫び声が聞こえた。
素早く半身を起こすと足に巻き付いているものを脇差で斬る。
すぐに立ち上がると上に跳んだ。
数メートルの高さから地上を見下ろしたが煙しか見えない。
それでも背負っていた弓を手に取って煙に向け立て続けに矢を放った。
一瞬、何かの気配がして消えた。
着地の瞬間を狙われないよう街灯の上に降り立つ。
弓を持ったまま身構える。
煙は徐々に薄くなって消えた。
敵の姿も気配も無かった。
「季武! 無事か!」
スマホから金時の声が聞こえた。
「取り
「
「歩きながら話す。全員このまま都内を見回ってから帰れ」
季武は街灯の上から辺りを見回してみたが異変は見当たらなかった。
街灯から飛び降りると周囲を警戒しつつ歩き始めた。
息を殺して様子を窺っていた
季武に刺された脇腹が痛む。
異界の者は
今も脇腹から血は出ていない。
だがこの前も痛みが消えるまで時間が掛かった。
やはり一人では無理か……。
あの小学生。
異界の者が人間として
それが茨木童子だったと分かった時は自分が手を下すまでもなく、あいつが四天王を始末してくれるかもしれないと期待した。
しかし鬼の核を砕いて加勢を送ってやったのに頼光達にあっさり
瀕死の状態で出ていっても負けるのは目に見えていたから助けてやったが茨木童子も回復に時間が掛かるだろう。
全快したあと手を組むにしても圧倒的に戦力が足りない。
仲間を集めた方が
翌日の昼休み――。
「今日は民話研究会あるんだろ? 終わったら一緒に帰らないか?」
季武が六花を誘った。
「民話研究会は無理に出席しなくて
「放課後、居残りなんだ」
「え! まさか日本史のテスト?」
居残りを命じられるとしたらテストの点数が悪かったからだろうが、午前中に解答用紙が返ってきたのは日本史だけだ。
「点数悪かったの?」
六花が信じられないという表情で季武を見た。
季武は有史以前から
授業で出てくる事は全て知っていると思っていた。
「平安時代だの鎌倉時代だのって時代区分が出来たのは明治からだし、鎌倉幕府成立も前は一一九二年だったし」
「前は?」
六花も一一九二年と習っている。
「一時期一一八五年だった」
いつから幕府が始まったかに付いては研究者達の間でも諸説ある状態だから教科書の記述も何度か変わっているのだ。
「そっか、詳しい人の方が
六花は教わった事を覚えてるだけだからそれなりの点数が取れているが、歴史に詳しいと教科書の内容は突っ込み所が多いのだろう。
「五馬ちゃんもそれで歴史が苦手なのかな」
「え?」
別に歴史に詳しい訳ではなく、中央とは離れた場所に住んでた
「五馬ちゃんも歴史に詳しいのにテストでは
「……お前の友達のフルネーム、なんだった?」
「五馬ちゃん? 八田五馬だけど、どうして?」
「聞き覚えがある気がするんだ」
季武が答える。
「記紀は読んだ?」
「ああ」
「記紀に
イナは記紀を誰でも読める時代になってからは毎回読んでるから季武も話を合わせるために読んだ事がある。
イナは毎回記紀の内容に付いて聞いてくる。
季武は実際の神の事など知らないから記紀の内容の真偽も分からないが、そう答えるとイナはそれで納得する。
それで聞き覚えがあるような気がしたのか?
季武はイナと話したいだけで記紀に興味はないから内容はほとんど覚えてない。
イナも記紀を読むもののそれほど興味を
六花もいつも通り一回読んだだけで忘れていたから読み返したのだろう。
「それと今日は遅くなるから無理だが早く帰れる時はお前を呼べって言われてるんだ」
「お料理? 私はいつでも
「すぐに作れるものが
「急いで食べたいって事? まさか、ご飯食べてない訳じゃないよね!?」
「いや、お前の帰りが遅くならないように時間を掛けずに作れる
「そう言うのは簡単な料理だから色々あるけど何が
「いや、帰る途中に店に寄って買った方が
「それなら食べたいもの
そんな話をしている内に予鈴が鳴った。
放課後、四天王のマンション――。
マンションのリビングに入った綱は、
「季武は?」
貞光と金時しか
「居残りだって」
「なぁ、
貞光が言った。
「なんかあったのか?」
「この
「げ、それ六花ちゃんに知られたら食事作ってもらえなくなるじゃん」
「それは問題ねぇよ。六花ちゃん、知ってっけど今まで通りだし」
「
「昔からそうじゃん。
「甘いのは季武に対してだけじゃないけどな。憧れの対象になったのは酒呑童子討伐後からだけど、その前から俺達も色々世話になってたし」
「にしても季武はちょっと甘え過ぎだよな」
金時の言葉に綱と貞光が同意するように頷いた。
その晩――。
四天王の任地から遠く離れた場所で、ある討伐員が
「まさか、こんなに沢山
討伐員が静かにその場を離れ
「知らせられちゃ困るね」
討伐員が斬り掛かる。
討伐員が刀を斬り上げた。
土蜘蛛の脚の一本が切り落とされる。
「ーーーーー!」
土蜘蛛が叫び声を上げる。
討伐員が近くの樹から
土蜘蛛に避ける
槍を突き立てられようとした時、何かがぶつかって討伐員が倒れた。
土蜘蛛の糸だ。
討伐員は糸で地面に貼り付いて動けない。
もがいている討伐員に土蜘蛛の脚が突き立った。
討伐員は核になって異界へ戻った。
討伐員に糸を飛ばしたのは仲間ではない。
油断なくを辺りを見回していると知らない土蜘蛛が現れた。
見知らぬ土蜘蛛は敵意が無い事を示すように少女の姿になった。
土蜘蛛も警戒したまま中年女性の姿に
「助けてくれた事には礼を言うよ」
「すぐに上の者から今の
中年女性は
そこは廃工場だった。
中年女性が入っていって皆を呼ぶと十人ほどの男女が出てきた。
人間の姿をしているが全員土蜘蛛だ。
「メナ、そいつは?」
「討伐員に襲われた所を助けてくれた」
メナと呼ばれた中年女性は少女を振り返った。
「サチ」
少女はそう名乗ると中年女性に言ったのと同じ事を繰り返した。
「でも、どこに……」
「まずはここから離れた方が
場所がどこであれ討伐員が一人という事は有り得ない。
同じ地区の担当者が他にも
「
サチはそう言って隠れ家から出ていった。
そこに
サチは隠れ家から数十キロほど離れた山の中で立ち止まった。
「こんなとこに連れてきてどうする気だ」
土蜘蛛の一人が警戒心も
「ここならすぐには見付からない」
サチが答える。
「それで?」
メナが訊ねた。
「~~~」
サチがある名前を言った。
頼光の異界での呼び名だ。
土蜘蛛達の間に緊張が走る。
討伐員の中でも特に
頼光と顔を合わせて生き延びた者は
「……あたしらが言うのも
「特別な時だけこっちに来るって聞いてる」
土蜘蛛達が口々に頼光のことを話す。
だが、どれも噂だ。
「仲間が大勢殺された。あいつに一矢報いたい。だから手を貸してくれる仲間を捜してる」
「
サチの言葉に土蜘蛛の一人が答えた。
「
「え?」
「北山の仲間を殺した連中を見付けた。せめて手下だけでも倒したい」
サチが言った。
「あたしらに恩を売ったのはその為かい? 化物退治に手を貸せって?」
「恩に着せるつもりは無い。やる気の無い者は
サチの言葉に土蜘蛛達は再び視線を交わした。
おそらく彼らは長年一緒に行動しているのだろう。
だから言葉にしなくても意志の
サチにもかつてはそう言う仲間が大勢
あいつ、
「やる!」
若い女性が言った。
「ミツ、本気なのかい?」
「サチはハシを殺した討伐員を倒してくれた。ハシの
ミツの言葉に土蜘蛛達は顔を見合わせた。
ミツを含め土蜘蛛達は離れた場所でしばらく話し合っていた。
それからメナと数人の土蜘蛛がやってきた。
「こいつらは、あんたに協力するそうだ。あたしらは少し様子を見させてもらうよ」
「そう。じゃ、行こう」
サチが歩き出した。
土曜日――。
六花は四天王のマンションに料理を作りに来ていた。
放課後だと短時間で料理出来るものしか作れないので、ビーフシチューのような
四人にブランチを作って出した後、夕食の支度を始めた。
「六花ちゃん、
「特に無いですよ」
「なら
「図々し過ぎだろ」
季武が綱を睨み付けた。
「私は
「甘い顔するとこの先ずっと
「今までもそうだったんでしょ」
「貞光や金時の妻が作ってくれた時も有った」
「綱さんの奥さんは?」
声が分からなくて妻が怒ったと言っていたから
「綱の妻は三人ともあんまり……」
「三人!?」
「綱は決まった相手が三人
季武が金時の説明を補足した。
「決まったって言えんのかよ」
貞光の言葉に六花が首を
「綱は他の女にも手を出してるからね」
金時が言った。
そう言えば何度も修羅場に巻き込まれたって言ってたっけ。
「エリはそろそろ十代後半くらいのはずなんだけどなぁ……」
「え、人間なんですか?」
「そうだよ」
綱が答えた。
「
貞光が季武を睨んだ。
「異界の者同士は恋愛感情って持たないんだよね。繁殖行為が必要ないからそう言う感情も無いんだよ」
「同じ人間と長く一緒に
金時と貞光が説明してくれたが
同じ人間と長く一緒に
「イナちゃんもそうだけど、人間って生まれ変わっても中身はあんまり変わらないんだよね。だから決まった相手を想い続けられるみたいだよ」
金時が六花の疑問を見抜いたらしい。
と言うか恐らく毎回同じ説明をしてくれているのだろう。
「綱は決まった相手っつって……」
「それもう
綱が貞光を遮った。
性格がほぼ変わらないなら見た目以外は好みのタイプのままだろう。
「でも、私、前世のこと覚えてませんけど、綱さんの奥さん達は覚えてるんですか?」
「覚えてないよ」
「じゃあ、どうやって捜すんですか?」
「
「生まれ変わると顔も名前も変わっちゃうし、向こうはこっちを覚えてないから分かり易いように。それに出会う前に鬼とかに襲われたりしないようにする為にも」
綱が言った。
そう言えば季武が
「全然分かり
「でもイナちゃん、江戸の頃とか結構からかわれてたじゃん」
綱の言葉に六花は訊ねるように季武を見た。
「女性が髪を結う習慣が有った頃の話だ。髪を上げるとお前の痕は見えるから」
この辺りの生まれで見鬼で
「何度か場所を変えようかって言ったんだが、これで早く見付けてもらえるならって言うから……」
「イナちゃん性格が可愛いよな」
金時が羨ましそうに言った。
「キツい女ばっか選ぶからじゃん」
「ミホちゃん、すっげぇキツかったよな」
「お前、良くミホちゃんと喧嘩して家追い出されて季武んちに転がり込んでたもんな」
「お前らが入れてくれねーからだろ! 追い返さないの季武だけだったし」
「イナが可哀想だって言うから仕方なくだ」
「それでイナちゃんがミホちゃんに取りなしに行ってたんだよな」
「金時が
二人きり……。
初めて会った時は夫婦になったって言ってたけど、もしかしてそのとき以外にも恋人になった事があったって事かな。
いつもわざわざ捜してくれてるみたいな感じだけど。
それともイナって言ってるから最初の時の話かな?
「
「あんとき俺んちに来たんだよな。金時に頼まれて仕方なくキヨが取りなしに行ったら
綱が言った。
季武君に追い返されて、綱さん
「貞光さんの家に行ったんですか?」
「いや、金時はミホちゃんに謝って家に入れてもらったけど綱は他の女ん
貞光が答えた。
「そう、それで更にキヨちゃん怒らせたんだよね」
「ちょうど
「良く他の女の家に泊まった足で帰れるな」
季武は視線も
激怒したキヨは綱を家に入れなかった。
「そしたらまた他の女の家に行ってさぁ」
「謝れよ、そう言う時は」
「結局どうしたんですか?」
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