第四章 復活と土蜘蛛と ー前編ー
人間は
不意に異界の者の気配がした。
異界の食糧より
どうやら
餌を見付けた
人間に気を取られている
倒した
……いや、そう言えば上の連中が何か言っていた
だが動物みたいな見た目をしている
まぁ、
少女は
馬鹿な人間だ。
少女は隣にしゃがみ込むと背中を撫でて、
「有難う」
と例を言った。
別に人間を助けた訳ではないのだが。
翌日、
一緒に
少女は
子供が逃げるまで待っているのだ。
怖いなら自分もさっさと逃げれば
自分が飛び掛かる前に少女は
やはり人間は馬鹿だ。
少女の
日曜日の午後――。
頼光達が茨木童子と戦った翌日の放課後、六花は四天王の住むマンションに来ていた。
目の前に頼光が座っている。
昨日、茨木童子と戦った後、四人はいつも通り都内の見回りに向かった。
マンションへ帰ると頼光が部屋に
頼光が茨木童子の件だと切り出すと、綱が六花が一緒に
もし何かしくじっていたのだとしたら雷が落ちるのは目に見えている。
そのとき六花が
頼光は六花が何か知ってるかもしれないならと承諾したが、季武が夜遅いから緊急でないなら明日にして欲しいと頼むと一旦
綱達は中央公園ではなくマンションに連れてこいと主張した。
三人の魂胆――手料理――は分かっていたが、六花はこのところ体育を休んでいたから長時間の立ち話をさせたくなかったので同意した。
頼光がソファに座り六花はその真向かいに腰掛けていた。
四天王は六花の背後に立っている。
最初、遠慮しようとした六花を四人が強引に勧めた。
頼光の正面を指定された事で〝
「して、いかがされたのですか」
貞光が訊ねると頼光は溜息を
「茨木童子の核が戻ってなかった」
「しかしあそこに茨木童子の気配は……」
「お前らの失態でない事は分かっている。後始末をしいてる者から報告を受けたからな」
あの哀れな
季武以外の三人は密かに同情した。
『しいてる』という事は
「おそらく何者かが助けたんだろう」
「そもそも
鬼に戻った?
意味が分からない六花に頼光達が説明してくれた。
異界の者には
核とは人間の魂のようなものだ。
その核に元素が集まると異界の者が生まれる。
核は異界に自然発生し、それが異界の者になる。
人間界の生物と同じく異界の者にも沢山の種族が
鬼や土蜘蛛、
通常はそのまま異界で生きていく。
だが
昔、酒呑童子を討伐したとき多くの鬼達を倒した。
異界の者は致命傷を受けると核に戻るが、核が無事なら何度でも再生出来る。
核になると
討伐されて
核を砕いた場合、目に見えないほど細かく粉砕すれば二度と復活は出来ない。
要は処刑だ。
だが中途半端に砕くと出来た破片の数だけ同じ鬼が出来てしまう。
昨日、茨木童子と戦っている最中に襲ってきた鬼達はおそらく核を砕いて再生させたものだろうとの事だった。
茨木童子が
本来なら酒呑童子や茨木童子は核を砕かれるはずだった。
しかし何故かその二人の核だけは砕かれなかった。
上は決定事項を
核を人間の女性に宿すと異界の者は人として生まれてくる。
頼光や四天王のような人の振りではなく、普通の人間の肉体を持って生まれてきて人と同じように年老いて死ぬ。
異界の者だった頃の記憶は無い。
異界の上層部は酒呑童子と茨木童子を人として生まれ変わらせる事にした。
酒呑童子と茨木童子、二つの核を同じ世界で保管すると何かの
そのため交代で片方を人間界に送る事にした。
今は茨木童子が人間になっていた。
それが
「子供に化けた茨木童子と一緒に
頼光の問いに六花は少年との
「なるほどなぁ。なら、お母さんが倒れたって言えば
「ランドセル
金時と綱が言った。
「人間の振りだけならともかく、学校にまで行ったりすっか? 小学生が行方不明ってニュースは聞いてねぇから喰ってねぇはずだし」
「あの、転んだ時はまだ人間だったって事はないですか?」
六花がおずおずと訊ねた。
「根拠は?」
頼光が問い返した。
六花は、転んだ時は悪寒がしたものの身体に
「最初に会ったのって
金時が訊ねた。
「二度目に頼光様に会った日の前の日です」
「六花ちゃんが二度目に会った日って
「放課後に鬼を討伐した次の日だな」
金時が綱の言葉を
「あん時まだ人間だったんなら、あの喰い残しは茨木童子じゃねぇな」
放課後に鬼退治……。
あの日は怒ってたんじゃなくて鬼退治の為に急いでたんだ。
「人間だったなら普通に登校してるよな」
「小学生が鬼になるってどんな時だ?」
「大人なら
貞光が言った。
「家族を皆殺しにされたとか」
「んな事件起きてねぇだろ」
「あ、私の勘違いかも……」
「いや、人間が鬼になる条件は
元が鬼……。
六花の表情に気付いた頼光が、
「どうした?」
と訊ねた。
「な、なんでもありません!」
「気付いた事があるなら……」
「あ、そう言う訳では……」
六花は手を振った。
それでも頼光に表情で促されると、
「核があるって事は、酒呑童子も茨木童子も最初から鬼だったんですよね?」
と言った。
「そうだ」
「伝説では酒呑童子は元は人間だったって事になってるんだっけ。その事?」
金時が訊ねた。
「はい、酒呑童子も茨木童子も人間だったのが鬼になったって伝承が残ってる地域がいくつかあって……」
「茨木童子も?」
「どうして戻ったの?」
綱と金時が同時に口を開いた。
「茨木童子は、貰った恋文の中に血で書いたものがあってその血を
「小学生が
「大人なら普通にありそうだけどな」
「後は床屋さんで働いてる時に、うっかりお客さんの頭を切ってしまって、手に付いた血を舐めたら、それがクセになってわざとケガをさせて血を舐めてるうちに鬼になったとか」
「それなら小学生でも有るだろうな」
頼光が言った。
「子供ならケガはしょっちゅうですからね」
金時が同意した。
「血を舐めて鬼に戻ったとして、鬼に戻った茨木童子が起こしたと
頼光の言葉に四天王は顔を見合わせた。
六花も何か有ったか考えてみたが聞いた覚えは無い。
残虐な事件の報道はされてなかったはずだ。
「喰ってないはずはありませんが、小学生とは言え最近まで人間だったなら痕跡を残せばニュースになると知っているでしょう」
「そうなれば討伐員に
「あの喰い残しの事件のニュースを見てたとすれば
「茨木童子はかなり知恵が働くしな」
「人目に付かない場所で残さず喰ってしまえば事件として報道されたりしませんから」
四天王が口々に言った。
「それで、今後は
「えっと、私はもう
これから話し合いをするなら帰った方がいいだろうと思って訊ねると、
「ああ、
頼光が答えた。
「それでは失礼します」
「待った!」
立ち上がった六花を綱、金時、貞光が同時に引き止めた。
「え?」
「いや、ほら、もう少しゆっくり……」
「でも頼光様から今後のお話があるんじゃ……」
「別に六花ちゃんが聞いても問題ありませんよね」
金時の言葉に、
「まぁな」
三人の
「私にお手伝い出来る事があるんですか?」
頼光達の役に立てるなら
「冷蔵庫は
季武が冷ややかな声で言った。
「ああ、お料理……」
「今言ったように冷蔵庫には何も無い」
「ちゃんと一杯にしておいたぞ」
「炊飯器も買ったんだよね」
「米も」
綱、金時、貞光の言葉を聞いた頼光と季武が冷たい視線を三人に向けた。
「えっと……、
六花が頼光に許可を求めた。
「いつもすまない」
頼光が心の底から申し訳なさそうに謝った。
翌日の放課後――。
図書準備室で六花が悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
「ああ、蜘蛛か。如月さん、蜘蛛、嫌いだから」
鈴木の言葉に
「こんなの踏んじゃえば……」
太田がそう言いながら踏み潰そうとした。
「待って!」
六花が慌てて太田の腕を掴んで止めた。
「え? 蜘蛛嫌いなんでしょ」
「でも、殺さなくても……」
「気持ち悪いし、殺しちゃいなよ」
佐藤が言った。
「そんな理由で殺すなんて可哀想だよ」
六花が太田や佐藤と言い合っている間に五馬が蜘蛛を
「五馬ちゃん、ありがとう」
「なんで六花ちゃんがお礼言うの?」
五馬が不思議そうに訊ねた。
「逃がしてくれたでしょ。お
「嫌いなんでしょ」
「うん、でもそんな理由で殺すのは良くないよ」
六花の言葉に五馬はなんとも言えない表情を浮かべた。
「じゃあ、始めようか」
鈴木の言葉に
「六花ちゃん、一緒に帰ろ」
民話研究会が終わると五馬が誘ってきた。
「うん」
六花は嬉しくて
季武達は茨木童子捜索のため授業が終わると即座に都内の探索に向かった。
学校を休まないのは生徒達の口コミに
四人はクラスメイトの話に耳を傾けながらスマホでネットをチェックしていた。
六花と五馬は並んで校門を出た。
「六花ちゃん、卜部君に分からないこと聞いてるって言ってたけど、好きな食べ物とか?」
「うん、お弁当に入れて欲しいものとか」
「卜部君って、どんな料理が好きなの?」
六花と五馬は料理の話を始めた。
その晩――。
都内各所で人間の身体の一部が見付かったと言うニュースが流れた。
夕食の支度を手伝っていた六花は料理をしながらニュースを聞いていた。
茨木童子かな?
でも場所が随分離れてるような……。
江戸川区、足立区、大田区、練馬区と言う事は二十三区内でもほぼ東西南北の端の区だ。
不意にスマホの着信音がして画面を見ると季武からで、明日は学校を休むから弁当は作らなくて
ニュースを見た四人は手分けして別々の現場に向かった。
翌日――。
一時間目が始まるまでに季武が来なかった事で休みだと分かると、六花は女子達から堂々と嫌がらせをされた。
今日は休みでも明日は来るかもしれないので鞄や机など季武の目に触れるような物を傷付けられたりはしなかったが、休み時間の度に突き飛ばされたり足を掛けられて転ばされたりした。
休み時間――。
五馬が教室から出ると六花の後ろ姿が見えた。
よろよろしているところを見ると重い物を抱えているようだ。
おそらく英語の課題だろう。
五馬のクラスも一限目に英語の課題を提出させられてクラスメイトが二人で全員分を職員室へ運んでいった。
六花は人が
不意に六花のクラスの女子が背後からぶつかった。
明らかにわざとだ。
六花の腕から落ちた課題が辺りに散らばる。
ぶつかった女子は悪意のある笑みを浮かべながらそのまま歩み去った。
「バカだよね、あの子」
五馬の背後でクラスメイトの女子が言った。
振り返ると数人の女子が六花を見ながら話ていた。
「六花ちゃん、何かしたの?」
五馬はクラスメイトに訊ねた。
「卜部君と仲
「それで?」
「それでって……」
クラスメイト達は「分からないのか」と言うように
五馬が黙って
「八田さんは卜部君に興味ないみたいだね」
ようやく一人がそう答えた。
どうやら六花が季武と親しいのを
五馬はクラスメイトに背を向けて六花の
五馬に気付いた六花が顔を上げた。
「五馬ちゃん、ありがとう」
六花は申し訳なさそうな表情で礼を言った。
「ぶつかったの、わざとだよ」
「うん」
六花は俯いたまま頷いた。
「やり返してる?」
「……そう言う事、したくないの」
「どうして?」
「自分がやられて嫌な事は他の人だってされたら嫌でしょ」
すぐに答えが返ってきた。
「向こうは
「でも、やったらきっと嫌な気持ちになるよ。されたら嫌な事だって分かっててやるなんて。それに、そんな事したって人に知られたら軽蔑されるよ」
「誰もあの子の事、軽蔑してないと思うよ」
「例え軽蔑されなくても、そんな事したなんて人に知られたら恥ずかしいよ」
五馬が複雑な表情を浮かべた。
「一緒に
六花が悲しそうな顔で言った。
「私は無視されるの、慣れてるし平気だから」
五馬は手早く課題を拾い集めて立ち上がると六花に手を差し出した。
「職員室に持ってくんでしょ。行こ」
六花は泣きそうな
その夜――。
「なんか見つけたか?」
綱のげんなりした声がスマホから聞こえてきた。
一日中都内を歩き回ったにも関わらず
徒労感で四人共うんざりしていた。
「いや、穴すら開いてねぇ」
貞光はそう言って信号に書いてある地名を読み上げた。
ちょうど四ヶ所なので四人は一人ずつ別行動を取って調べていた。
グループ通話でお互いがどこに
季武も地名を言った。
「そこ埼玉じゃん」
「道路の手前は都内だ」
「ここも川を渡ったら千葉だ」
「こっちも目の前の川渡ったら神奈川じゃん」
「なんでこんなぎりぎりの所に喰い残してんだよ。川の向こうなら隣の管轄だったのによ」
「そんな事、どう……」
不意に季武の声が途切れた。
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