第二章 出会いと再会と ー中編ー
休み時間――。
「如月さん」
六花が教室へ向かっていた時、五馬が声を掛けてきた。
「あ、八田さん」
「五馬で
「ううん、そんな事ないよ。私も五馬ちゃんって呼んで
「
六花は五馬と並んで歩き始めた。
「
「変って何が?」
「六花ちゃんが拾ってくれた落とし物、変だと思わなかった? 石ころなんか……」
「思い出の品でしょ。全然おかしくないよ」
六花の答えに五馬は
悲しい思い出でもあるのかな。
それならこの話はしない方がいいよね。
六花は話題を変えようと民話研究会の話をした。
「楽しそう。私も民話、大好きなの」
「鈴木君に頼めば入れてくれるよ」
「
五馬が嬉しそうに言った。
昼休み――。
いつものように六花と季武は屋上へ向かった。
屋上にいっている
「今日ね、ヒレカツにしたの。季武君が鬼に勝てますようにって」
その言葉を聞いて季武はとびきりの笑顔を六花に向けた。
六花が真っ赤になって
心臓が全力疾走してる。
嬉しくて叫び出しそう。
この笑顔の為なら体操服を何枚破られてもいい……と言いたいところだけど、これ以上体育休んでると学校から親に連絡されそうだし、どうしよう……。
「いつも悪いな。食費、大丈夫か?」
季武が心配そうに訊ねた。
「うん、お母さんがやりくりしてくれてるから」
「そうか」
季武は六花の答えに安心したように頷いた。
「季武君って平安時代から生きてたなら、もう千歳くらい?」
「貞光と金時の二人は二千年を少し越えてるだろうって」
関東に水田での稲作が伝わったのは紀元前三世紀頃。
貞光と金時が
「俺はその二百年後くらい。綱は俺より三百年くらい後だろうって」
「綱さんは別の場所にいたの?」
「いや、来たのがいつかなんて覚えてても意味ないからな。どのくらい後だったか気にしてなかっただけだ」
季武が二百年後くらいと言うのは貞光と金時が来てから季武が来るまでに人間が世代交代した回数から大体二百年くらいではないかと見当を付けたそうだ。
綱も同様に当たりを付けたらしい。
ただ、これもおおよその年数でしかない。
年号が無かった時代だし何度季節が巡ったかなど数えてなかったから分からないのだ。
「頼光様は三千年くらいって言ってる」
「どう言う意味?」
「
当然、年齢という概念もない。
だから基本的に討伐員の年齢は
「頼光さんとか、他の四天王の人達もこの辺にいるの?」
「貞光はあっちの中学で、金時は向こうの高校、綱はそっちの高校」
季武は学校の方向を指しながら言った。
「頼光さんは?」
「
中間管理職……。
頼光は人間界に
本人が初めて人間界へ来たのが三千年前くらいだと言っているから季武達の年齢
「じゃあ、頼光さんは
「
「それで狐を射る事が出来たんだ」
六花が何気なくそう言った途端、季武の動きが止まった。
『今昔物語集』の話だと分かったらしい。
狐の話というのは、頼光は
普通の弓でも届きそうにない距離に
だが頼光は見事に狐を射貫き褒め
季武はバツが悪そうな顔でまた食べ始めた。
『今昔物語集』で季武君が出てきた話って、お祭り見に行ったのと妖怪の赤ちゃん
どちらもあまり
祭の話は、見物に行く為に乗った
そして「帰りもまた牛車に乗ったら死んでしまう」と言って人通りの無くなった夜中に顔を隠して徒歩で帰ってきた。
その挙げ句、季武は牛車に近付く事すらしなくなった。
妖怪の子供を
その妖怪に子供を抱けと言われて受け取った後、妖怪が子供を返せと言うのに返さずに
幼児誘拐犯……。
相手は妖怪だけど……。
「ところで、お前の首の後ろの
季武が話題を変えるように言った。
「えっ!? み、見た?」
六花が赤くなって首の後ろを手で隠した。
「ご、誤解しないで欲しいんだけど、これは生まれたときから付いてる
「知ってる。俺が付けた」
「え? でも……」
「初めて会った時だ」
季武が言った。
「それ……、私が生まれる前? だよね? これ、生まれた時からだし」
季武が頷いた。
「お前、見鬼で
「初めて会った時って、いつ?」
六花が訊ねた。
「俺が
「でも天皇の名前で……」
「俺が来た時は
「大和朝廷が出来る前って、もしかして邪馬台国の場所とか知ってるの!?」
六花が思わず身を乗り出すと季武が
「相変わらずミーハーだな。その質問、何度目だよ」
「え……」
六花が目を見開いた。
てことは私、生まれたのも季武君と会ったのも二回だけじゃないんだ。
「ごめん、何度も……」
「
季武が優しく微笑んだ。
その笑顔に六花の鼓動が早くなって頬が熱くなった。
「邪馬台国はどっかにあったんだろうけど、俺達は基本的には任地から離れられないんだ。だから俺も『
「そうなんだ」
六花が目を丸くしながら頷いた。
「昔の事、なんでも聞いていいぞ。
「ホント!?」
「ああ」
季武は笑顔で頷いた。
昔の話を実際に生きてた人から聞ける!
『今昔物語集』の話が本当なら鬼だけではなく妖怪も
何から聞こうか考えながら、最初に浮かんだ疑問を口にした。
「初めて会った時ってどんな感じだったの?」
貞光達の付けた当たりが正しければ二千年近く前。弥生時代だ。
季武は異界に生まれるとすぐに任務で人間界に来た。
その時、手違いで人間界での注意事項をきちんと説明されないまま来てしまい、冬に食べ物が手に入らなくなって行き倒れになった。
それを助けたのが昔の六花だった。
「そのとき持ってた
そう言ってから照れくさそうな顔で、
「そうだよ、初めて会った時から食い
と言った。
その表情に六花が
「そのまま、お前んちに転がり込んだ」
「……季武君って、女の子になったり出来るの?」
「
そこまで話してから六花の言わんとしてる事に気付いた。
「見た目は変えられるが性別は変えられない。茨木童子は男だって言っただろ」
女装は可能だが性別そのものは変えられないから女の鬼なら茨木童子では無いと言う事だ。
「つまり……」
「あの頃はあんまり細かいやりとり無しで夫婦になったから……」
「じゃあ、もしかして……」
六花は
「ああ」
季武は視線を
六花は真っ赤になって俯いた。
「場所、変えても
「え?」
「そこの
「
六花は首を振った。
「いつもそう言うな。
「ありがとう」
六花は微笑んだ。
「いつも聞いてくれてるの?」
「ああ」
「もう聞かなくて
「分かった」
いつもの台詞を聞いた季武は優しく
放課後――。
図書準備室に行くと少し遅れて鈴木が五馬と一緒に入ってきた。
六花と五馬は目が合うとお互いに
全員揃った所で鈴木が新しいメンバーとして五馬を紹介した。
「名前に聞き覚えある気がするんだけど……」
太田が言った。
「記紀に八田って名前の人が出てくるよ。『古事記』に
鈴木が答えた。
「鈴木さん、詳しいんだね」
「いや、僕も聞き覚えある気がしたから記紀を読み返したんだ」
五馬の言葉に鈴木が照れくさそうに言った。
そっか、記紀だったんだ……。
六花も『古事記』や『日本書紀』は読んだから当然その名前を見ているはずだ。
六花は納得して椅子に座った。
昼休み――。
「はい、これ」
いつものように屋上で六花は季武に弁当を差し出した。
「
季武は嬉しそうに受け取って早速弁当箱を開いた。
こういう姿を見ていると、もしかして季武も自分に好意を持ってくれているのではないかと考えたくなるが確かめる勇気は無かった。
思い上ってるって怒られて嫌われたくないし……。
「朝や夜はどうしてるの?」
「コンビニで弁当買ってる」
季武が六花の問いに答えた。
「コンビニが無かった頃は?」
「江戸の町が出来てからは、今で言う
「その前は?」
江戸の町が出来るまえは田舎だったはずだ。
「畑で採れた野菜が主だな。江戸の町が出来るまでは普通の村に住んでたから。後は森で採取とか動物狩ったりとか」
「お米じゃないの? この辺の人だってお米食べてたよね? 水田が伝わった後に来たって言ってたし」
「米は
季武の言葉を聞いた六花は絶句した。
脱穀すらしてないお米食べた事あるんだ……。
「それに、炊いてもどう言う訳かお前みたいに
まさかと思うけど、お米
「火加減が難しくていつも黒焦げになる」
研ぐとか以前の話だった……。
まぁ
しかし二千年近く人間界で暮らしていて料理が出来ないと言うのも不思議だ。
食べ物が手に入らなくて行き倒れになったのなら食事は
六花が首を
季武はポケットからスマホを出して画面を見た。
「放課後、頼光様が来るんだが会いたいか?」
「頼光様や他の四天王とスマホで連絡取ってるの!?」
六花は驚いて大きな声を上げた。
「そりゃ、人間じゃないけど頼光様以外は
季武が苦笑した。
「そ、そうだよね」
「で、どうする?」
「迷惑じゃない?」
六花が躊躇いがちに訊ねた。
「迷惑なら聞かない」
「それなら貞光さんにもお礼言いたいから季武君達さえ良ければ……」
季武は頷いてメッセージを打つとスマホを
「平安京で鬼退治してた人がスマホ……」
「家にはパソコンもあるぞ」
季武が笑いながら言った。
「そ、そうなんだ……」
平安時代の人がスマホやパソコンを使っている、と言うのは衝撃的だった。
平安時代の人と言ってもタイムスリップしてきたのではなく、ずっと人間社会で生きてきたのだから文明の
「二十年前もパソコン使ってるのを見て驚いてたな」
季武が
「二十年前?」
「……前回のお前は二十年前に死んだんだ」
季武が沈んだ声で答えた。
「私、今十四だから、死んでから次に生まれるまでに五年くらい? 生まれ変わるのに掛かるのがそのくらいなの?」
「いや……」
季武は目を伏せた。
「俺が鬼にやられそうになった時に
「上って……季武君の世界って人間の生まれ変わりとかに関係してるの? もしかして、
「生まれ変わりとかは俺達の世界じゃないんだが……説明が難しいな……」
季武が考え込んだ。
「あ、別に、無理しなくても
六花は慌てて手を振った。
何となく、季武や、季武の世界を理解するには一生掛かりそうだな、と思った。
放課後――。
季武と中央公園に行くと頼光と季武以外の四天王が揃っていた。
「六花、頼光様だ。貞光は覚えてるだろ。後は、右から金時、綱」
頼光も季武と同い年くらい(の見た目)かと思っていたが、落ち着いた感じの成人男性の姿をしていた。
二十代半ばくらいだろうか。上品な印象のスーツを着ている。
すごい
伝説の英雄という
黒い
酒呑童子を倒した人と会えるなんて……。
四天王は全員十代(の外見)だった。
頼光も四天王もアイドルが裸足で逃げ出すよ》な
『今昔物語集』の〝堂々たる容姿〟という言葉から肩幅が広くて胸板が厚い
貞光は季武と似たようなブレザーだったが胸に付いてる校章やネクタイの柄が違った。
目付きがキツいせいか怖そうな印象を受ける。
ドラマなら不良役をやらされそうな感じだ。
確か『今昔物語集』では失礼な口
綱は
黒い学ランのボタンを外して前を開けている。
金時は気さくな表情を浮かべていた。
着ているのはラフな格好の私服だ。
季武を含め四天王は今時の学生と言う感じだった。
並外れた美形という点を
「初めまして。如月六花です」
六花が頭を下げた。それから、
「えっと、名字は……」
六花が困ったように季武に訊ねた。
「伝承と同じだ」
「どの伝説?」
「そう言えば話によって名前が違うんだったな。
季武はそういって六花に四人を紹介した。
「碓井さん、この前はありがとうございました」
「貞光で構わねぇよ。イナちゃん、相変わらず昔話に詳しいんだな」
貞光が言った。
「頼光様
綱が言うと、
「イナちゃんは鬼や蜘蛛が怖いんだから酒呑童子や土蜘蛛討伐した頼光様に憧れるのは当然じゃね?」
金時が答えた。
「イナ?」
六花が
どうやら六花は過去に〝イナ〟と言う名前だった事があったようだ。
しかも全員過去に会った事があって〝イナ〟を覚えているらしい。
「お前、毎回ピンポイントで見付けんな」
「どう言う嗅覚してんだよ」
「毎回って、そんなに何度も?」
六花は季武を見上げた。
「お前が生まれ変わる度に会ってる」
「脱穀してないお米食べた事あるって言ってたけど、私、昔はお料理出来なかったの? それとも季武君にご飯作ってあげた事なかったの?」
六花が訊ねた。
「そりゃイナちゃんが
貞光は顔も怖いが言葉遣いも荒っぽい。
「イナちゃんがお料理下手だった事は無いよ」
金時はかなり当たりが柔らかい話し方をする。
「いつも季武がイナちゃん見付けて、俺達が季武んちで食わせて
綱は少し子供っぽい印象を受ける。
一番沢山鬼退治の話が残っているから四人の中で最も
「お前達、いつまでイナちゃんに甘える気だ」
頼光が四人を睨み付けた。
「頼光様だって人間界で庶民やれば分かりますよ」
「人間は生でも
旨いらしいって事は……。
『御伽草紙』では酒呑童子退治に行った時、仲間だと信用させるために鬼が出してきた人肉を喰ったと書いてある。
「
六花の考えを見抜いた季武が言った。
「あ~、やっぱ『
金時が苦笑した。
「読んでなかった事ないじゃん」
綱が言った。
「あれじゃ、俺達の方が鬼じゃねぇか」
貞光が不満を口にする。
「神様の手も借りてないし、盛り過ぎだよな」
金時の言葉に全員揃って頷いた。
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