第二章 出会いと再会と ー前編ー
森に囲まれた小高い丘の上に人間の村が有った。
多少畑も有るが食料調達は狩猟採集が主だった。
背後に強力な力の気配を感じた
「
「名は?」
討手は間髪を入れずに
生み出す
力は互角で
互いの剣を押し合って一旦離れると再度激突した。
互いに打ち合っては離れる。
何合目だろうか。
既に夜になってから大分経った。
普通の異界の者なら
だが両者とも一向に疲れた様子を見せなかった。
「
互いが後ろに跳んで離れた時、不意に
剣が地平線から顔を出した朝日を反射し、光が
討手が斬り掛かってくる気配を感じた
一瞬で天高く噴煙が噴き上がる。
瞬時に数キロ離れた場所に移動した討手は海上を走る灼熱の火砕流と降り注ぐ火山弾を物ともしないまま辺りの気配を探っていた。
噴火と同時に異界の者の気配は消えた。
討手は異界へ戻っていった。
朝――。
季武は六花の数十メートル後方を校門に向かって歩いていた。
ふと見ると昨日の鈴木とか言う
校門に近付いてくる六花にさり気なく視線を向けている。
声を掛ける為に待っていたのだろう。
六花は可愛いし性格も
「如月さん、おはよう」
鈴木が
「あ、鈴木君、昨日はありがとう」
「気にしなくて
鈴木が更に言葉を続けようとした時、
「六花、行くぞ」
季武が六花の横を通り過ぎながら言った。
「うん!」
六花は慌てて季武に
い、今、六花って呼ばれた!
六花!
六花、六花、六花……。
六花は季武の声で自分の名前を
嬉しい!
六花って名前で良かった!
名前
違う名前だったらその名前で呼ばれてただけでしょ、と突っ込んでくれる友達は残念ながら六花にはいない。
名前呼ばれただけで心臓が
でも今なら心臓が止まっても幸せなまま死ねる!
「六花」
再び季武に名前を呼ばれて六花は我に返った。
「な、何?」
「お前の猫に付いて聞きたいんだが」
「うん、
わざわざ話し掛けてくれたって事は嘘
休み時間も季武は普通に話し掛けてきた。
やはり怒ってないらしい。
六花は安心した。
六花と話しているのを見た女子の一人が季武に声を掛けたが完全に無視された。
六花の慌てた様子を見て季武はようやく最低限の返事をした。
それを見ていた女子達はまた季武に近付いてこなくなった。
季武君と話せるのは嬉しいけど女子の視線が痛い……。
季武はシマに付いて色々質問してきた。
「季武君、猫、好きなんだね。昨日もわざわざシマを見る為にビデオ通話してきたし」
「そうじゃない。お前の猫だから知りたいんだ」
六花の心臓が飛び跳ねる。
頬が赤く染まったのが分かった。
誤解しちゃダメ!
私に興味があるって言った訳じゃないんだし。
これだけ
六花は胸の中で溜息を
嫌がらせをされる
隣に座っている季武に気付かれずに出来る事は限られるのであまり
今までも
放課後――。
六花が学校から帰る途中、不意に物音がした。
建物の角からだ。
そこは細い横道になっている。
まさか、鬼?
六花はポケットの中のスマホを握り
季武が鬼を見たらすぐ連絡出来るように緊急連絡用のアプリを入れてくれた。
ホーム画面のアイコンをタップするだけでいいと言われている。
押すと季武のスマホに連絡が行くそうだ。
GPSで位置を特定出来るから
後は電源さえ切らなければ
六花がこわごわ路地を
「大丈夫ですか!?」
六花が声を掛けながら近寄る。
その人が驚いた表情で振り向く。
あ!
この前の女の子だ!
以前、横断歩道で
「平気。
女の子が答えた。
六花が手を差し出すと女の子はその手を取った。
彼女の手が冷たかったからか一瞬、背筋がゾクッとした。
女の子は六花の手から顔へ、ゆっくりと視線を上げた。
それから、そろそろと立ち上がった。
立った瞬間、女の子がよろけて六花に倒れ込んできた。
六花が慌てて抱き留める。
同性とは言え頬と頬が触れそうになるくらい近付いたせいか心拍が跳ね上がった。
「だ、大丈夫? 具合悪いの?」
「なんでもない。有難う」
女の子はそう言って体勢を立て直した。
「ね、この前、落とし物しなかった?」
六花が訊ねた。
「……もしかして小さい巾着?」
「やっぱり!」
六花は鞄からハンカチを取り出して開いた。
古い布だから他の物と
「拾ったとき追い掛けたんだけど見失っちゃって……。そこの交番に届けようと思ってたんだけど、つい忘れちゃってて。ごめんね」
「交番に行こうなんて思い付かなかったから持っててくれて良かった。有難う」
女の子は石と巾着を受け取った。
「わたし、
女の子が自己紹介した。
「私は如月六花」
六花も名乗りながら内心で首を
八田……五馬?
なんか聞き覚えがあるような……。
「どこの学校?」
五馬の問いに六花が学校の名前を答える。
「何年? わたし、そこに転入するの。知ってる人がいたら心強いから」
「三年だよ」
「良かった、同じ学年だね。学校で会ったらよろしくね」
「うん!」
六花は笑顔で頷いた。
翌日の昼休み――。
六花は屋上の階段室の横で季武の隣に座り昼食を食べていた。
「ね、鬼退治って人間には絶対無理なの?」
「え?」
季武が弁当箱から顔を上げた。
「
「それ、俺達」
季武が事も無げに答えた。
「え!……〝達〟って、頼光四天王全員? もしかして頼光さんも?」
季武が頷いた。
「なんで京都で活躍してたのに東京に来てるの? 東京に鬼が出るようになったから?」
「鬼は大昔から世界中に
「そうだったんだ……」
季武によると頼光も四天王も名前は人間界用に付けたもので本当の名前は人間には発音出来ないそうだ。
「なんで頼光さんだけ貴族だったの?」
「綱も一応貴族だった」
「あ、ごめん」
「気にしなくて
季武はどうでも良さそうに答えた。
貴族になりすます必要があったので貴族でかつ武官の役職に
「貴族の振りをしたのは貴族じゃないと入れない場所が有ったから。最初は頼光様だけだったんだが
散位とは
官職には限りがあったから官位を持っているからと言って官職に
異界の者は意識して姿を
六花が季武達に鬼から助けてもらった時も彼らは隠形だった。
だから他の人達には鬼だけではなく季武達も見えてなかったのだ。
「じゃあ、季武君って、
季武が頷いた。
酒呑童子がホントにいて頼光四天王がそれを討伐したのが実話だったなんて!
てことは土蜘蛛とかの話もホントなんだ。
なんか凄い秘密を知ってしまった気がする……。
まぁ鬼が
「じゃあ、鬼から助けてくれたとき一緒にいたのは……」
「貞光」
「
季武が再び頷いた。
すごい!
信じられない!
頼光四天王に鬼から助けてもらっちゃった!
夢みたい……。
こんな幸運が自分の身に起きるなんて。
これが夢なら醒めないで……。
「このオレンジの、何?」
季武が、感動している六花に訊ねた。
「あ、カボチャのニョッキ」
「
「ホント!?」
六花は更に舞い上がった。
「じゃあ、また作ってくるね!」
そうだ!
「ね、季武君は嫌いなものある? 好きなものは?」
六花と季武が食べ物の話をしている内に昼休みは終わってしまった。
次の時間は体育だった。
ロッカーから取り出そうとして体操服が切られているのに気付いた。
また……。
季武君に知られないようにしなきゃ。
既に一度、破いてしまったからと言って親に買ってもらっている。
その時、母と一緒に買いに行って値段を見た。
中学生の小遣いで買うのは
運動部でもないのにまた
ましてやそれが何度も続けば嫌がらせをされているとバレてしまう。
親も怒るだろうし季武に知られたら彼も腹を立てるだろう。
それは
体操服をロッカーの奥に押し込むと授業を休む口実を考え始めた。
放課後――。
六花が帰り支度をしていると、
「お前、
季武が訊ねてきた。
「あ、体調が……」
「昼休みは元気だっただろ」
「あの、女の子の身体の……」
「そうか」
季武は納得して自分の鞄を手にした。
また季武君に嘘
季武君、ごめんなさい。
心の中で季武に手を合わせる。
六花は罪悪感で胸が痛んだ。
折角あの後も普通に話してくれてるのに、また嘘
でも嫌がらせって知ったら怒りそうだし……。
向こうも季武を怒らせたくないらしく、彼に気付かれないような嫌がらせをしてくる。
だから六花が季武に隠せばバレない。
自分に対してではなくても
私が我慢すればすむんだし……。
季武と仲良くしている以上、
「貞光と待ち合わせしてるんだ。中央公園まで一緒に帰らないか?」
六花はその誘いに一も二もなく頷いた。
季武に嘘を
季武と六花は校門を出て並んで歩きながら中央公園へ向かった。
「お前、鬼が怖いんだろ」
季武が訊ねた。
「うん」
「俺は平気なのか? 俺も同じ異界の者だぞ」
「季武君は
六花が
「もし俺が鬼みたいな姿になったら?」
「そうなっても中身は変わらないでしょ」
六花が当然のように言った。
口先だけではない。
六花は本当に鬼のような姿になっても今までと同じ態度で接してくれる。
分かってはいたがそれでも嫌われなくて安心した。
「ホントはそう言う姿なの? 茨木童子も女の人に化けてたって言うし」
六花が疑問を口にした。
「
季武が答える。
「そうなんだ」
「俺は生まれた時からこの姿だ。見た目は変えられるが」
「どう言う意味?」
「人間と同じ外見って事だ。顔や体型を変える事は出来るし、定住してる時は少しずつ年を取った見た目に変えてるが」
討伐員は人間と同じ見た目をしている。
違う姿になれないからこそ意識を失っても外見が変化しないので人間ではないと発覚する心配が無い。
「そうなんだ」
六花は興味深そうに季武を見ていたがその
季武の言う事を素直に受け入れている。
「それじゃ、俺はここで」
中央公園の前で季武が別れを告げると、
「気を付けてね」
と六花が言った。
その言葉に心からの
その途端、六花の顔が真っ赤になる。
「また
季武は片手を上げて六花と別れた。
夜――。
「六花! 六花!! チャーハンが
母の声で六花は我に返った。
「あっ!」
六花が慌てて火を止める。
六花は母親と一緒に台所で夕食と明日の分の弁当を作っていた。
フライパンを
これくらいなら焦げた部分を自分用に回せば何とかなりそう。
今日は失敗ばかりしていた。
理由は分かっている。
季武の笑顔だ。
今まで多少機嫌良さそうな笑みを浮かべる事はあっても、まともに六花に向かって微笑んでくれた事は無かった。
季武の笑顔の破壊力は
あの笑顔の為ならなんでも出来る。
また
何をすれば
どうしたら、もう一度あんな風に
「六花! お鍋が吹いてるわよ!」
「きゃーっ!」
その日の夕食は
弁当用の料理で失敗したものを夕食に回し、夕食用で上手く出来たものを弁当用にしたからだ。
「母さん、これ、タイヤみたいな味がするぞ」
父が奇妙な物体を箸で
「お父さん、タイヤ食べた事あるんですか?」
母は不機嫌な声で答えると、
「六花、この醤油味の塊は何?」
箸で塊を
「……多分、肉じゃが、だと……」
六花が消え入りそうな声で答えた。
如月一家が、人間がどこまで悲惨なものを食べられるかの限界に挑戦している時、シマは自分の餌を美味しく平らげていた。
同じ頃――。
季武は貞光と中央公園のベンチでコンビニ弁当を食べていた。
「今日は空振りか」
季武がそう言うと、
「
と貞光が答えた。
「
「都会は緑が少ねぇっつーけど、木より土の方が少ねぇよな」
貞光がレジ袋に入れた土を
水はペットボトルを持ち歩いていた。
土属性の武器をレジ袋から取り出すのは情けないものを感じる。
桜の花びらが雨のように降りしきっていた。
地面を桜色に染め、ひっきりなしに降り注ぎ、それでも
「こっちは終わった。今日は帰るぞ」
「オレ達も帰ろうぜ」
貞光の言葉に頷くと季武は立ち上がった。
夕食後――。
風呂や宿題などを終えた六花はベッドの上のシマの隣に寝転んだ。
「シマ、今日ね、季武君が
シマを優しく撫でながら
「でも今頃鬼退治に行ってるんだよね。季武君、大丈夫かな。ケガしないと
シマは、そっぽを向いたまま大人しく撫でられていた。
深夜――。
洗練された服装の若い女性が夜道を急いでいた。
「遅くなっちゃった」
肩に掛けた白いバッグが女性の足取りに
女性は広い公園の入り口で足を止めた。
近道をするか、安全を取って遠回りするか考えて、早く帰れる方を選んで公園に足を踏み入れた。
道の両側に植わっている木々の枝の下を足早に歩いていると、不意に何かが首に巻き付きそのまま引っ張り上げられ足が宙に浮いた。
女性が苦しさに顔を上げる。
え!?
目の前のものが何か、すぐには分からなかった。
大きな黒っぽいものに視界を塞がれている。
それが巨大な蜘蛛の顔だと気付いて思わず目を疑った。
樹の上に巨大な蜘蛛がいる。
真正面から見ているから正確な大きさは分からないが顔だけでも横幅が一メートル近くある。
叫ぼうと口を開けたが
巨大な蜘蛛が糸を引き寄せる。
蜘蛛の牙が近付いてくるのを見て再び叫ぼうとしたが、やはり声は喉に張り付いて出なかった。
首に巻き付いた糸が
巨大な蜘蛛は糸を引き寄せて女性の頭を
が、直前で動きを止め、女性を
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